第45話 向き合う勇気(4)
結局、どうするか決められないまま、父が退院する日が来てしまった。
煌斗からは、両親と話してみたほうがいいと言われたけれど、そもそもそれをどう切り出せばいいのかわからず、何も言えないままでいる。
なかなか気持ちの整理がつかないし、これまでどおりにできている自信もない。
両親に対してぎこちない態度をとってしまっている自覚があるだけに、家族全員が揃っている場で笑顔になれるかどうかもわからなかった。
早く本当のことを知ってスッキリさせたい気持ちと、それを知った時に自分がどうなってしまうのかという怯えが俺の中でごちゃ混ぜになっていて、一歩も前に進めない状態だ。
海里との関係はというと、あれから一切の接触はなく、話をするどころか、連絡すらしていない状況が続いている。
海里自身は、俺が煌斗に相談した翌日から学校に来ているものの、俺のほうに近寄って来ることも、視線を向けてくることもない。
怒っている雰囲気ではないし、あからさまに俺を避けてる様子でもないが、距離を置かれているのはあきらかだった。
俺は海里の全てを知ってるわけじゃない。
けれど、今まで俺に見せてくれた海里の優しさや俺への気持ちは本物だったと思っている。
今回のことも、煌斗の言うように何か事情があるんだろうなと思ってはいるが、俺自身、自分の気持ちを整理するだけで精一杯で、海里のことを気遣えるだけの余裕がないため、どうしても海里のことは後回しになっている状態だ。
(こんなことなら、謝ろうと思った時に連絡しておけば良かった)
そう後悔しても、時間が経てば経つほど色々考えてしまうせいか、なかなか行動に移せない。
結局、気持ちの整理がついたらちゃんと話そうと思うだけで終わってしまい、一体どうすれば気持ちの整理がつくのか、その手段も、自分がどうしたいのかもわからないままでいる。
◇
「凛音、ちょっといいか?」
久しぶりに家族全員で食卓を囲み、表面上は以前と変わりない時間を過ごした後。
部屋に戻ろうとリビングを出たところで、少し緊張した様子の父に呼び止められた。
「うん、大丈夫。どうしたの?」
普段通りに返事をしたつもりだったけれど、自分でも声が硬くなっているのがわかり、自嘲する。
「琴音はもう寝たし、たまには三人でゆっくり話そうかと思ってな。凛音に話しておかなきゃならないこともあるし」
俺の様子がおかしいことに気付いているだろうなとは予想していたけれど、退院したその日の晩にこんな風に言われるとは思っていなかっただけに、すぐに反応が返せない。
真っ直ぐに父の顔を見ることができなくて、ついうつむき加減になったところで、包帯が巻かれている右手が目に入った。
手術が必要なほどの大ケガをしたのに、入院中の病室でも仕事をしていた父の姿を思い出す。
父が忙しい人なのは知っていた。そんな中でもいつだって家族を大事にしてくれていて、俺にも目一杯愛情を注いでくれて。
そこには優しくて頼りがいがある父の姿しかなくて。
──俺はそんな父のことが大好きだし、尊敬している。
高校生にもなって自分の父親のことを大好きなんて照れくさくてなかなか口に出しては言えないけれど、今となってはちゃんと感謝の言葉や素直な気持ちをもっと口に出しておけばよかったと思ってしまう。
血の繋がりだけが全てじゃないと信じたいが、俺の望まない真実を知ってしまったら、俺の存在が父の人生を犠牲にしているのではないかという気持ちがずっと付きまとい、純粋な気持ちを口にする資格すらなくなる気がするのだ。
了承の返事をしたものの、いっこうに動こうとしない俺を見て、父が静かに歩み寄る。そしてケガをしていない左手で、ぎこちなく俺の頭を撫でた。
「俺の入院中、母さんと琴音を守ってくれてありがとな。頼りがいがあって優しくて思いやりがあるなんて、さすがは俺の自慢の息子だ」
「父さん……」
疑惑が生まれてからというもの、自分の気持ちだけで精一杯で、母さんや琴音のことにまで気を配れていなかったことを自覚しているだけに、そんな風に言われると罪悪感だけが増していく。
「今回の入院で数日とはいえ家族と離れてみて、やっぱり家族が一番大事だって実感した。その大事な家族を守り続けていくことが俺の生きがいであり、幸せなんだってさ。もちろんこれまでもずっとそう思ってきたけど、その思いが益々強くなった感じだ」
俺はその家族の中に入っているのか。
そう口に出して確かめたくなる衝動を、唇を固く引き結ぶことでぐっと堪える。
父は何も言わない俺を見てどう思ったのか、上体を屈め、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
その目は少し悲しそうで。俺の不自然な態度が両親を悲しませていることをあらためて実感し、胸が痛んだ。
「……俺も家族が大事だよ。父さんのことも母さんのことも琴音のことも大好き。父さんみたいに頼りがいがあるわけじゃないし、俺は自分にできることしかやってないけど、家族には何の憂いもなく笑って過ごしてほしいって思ってる」
本心で言っていることなのに、自分の口から出た言葉がどこか虚しく聞こえるのは、俺の存在が家族の関係を壊してしまいかねない可能性があるからだろう。
「お前はよくやってるよ。俺が高校生だった頃よりよっぽどしっかりしてるし、大人だ。俺の学生時代なんて、毎日寝るか遊ぶかサボるかしかしてなかったからなぁ」
随分とヤンチャな学生時代を過ごしていたらしいことが窺えて、こんな時なのについ笑ってしまう。
「フフッ、なにそれ。よくそんなんで卒業できたね」
「やるときゃやる男なんだよ、俺は。ここぞって時はバシッと決めるし、一夜漬けも得意だったからな」
「なんの自慢だよ。まったく……」
一気に緊張感が和らいだところで、父の表情に安堵の笑みが浮かんだ。
しかしそれはすぐに消え去り、父の顔つきが怖いくらい真剣なものに変わる。
「──凛音に話さなきゃならないことがある。俺と母さんの話、聞いてくれるか?」
その問いかけに、俺も口元の笑みを消し、静かに頷いた。
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