第38話 秘密の発覚(6)
母の様子にほんの少しだけ違和感を感じてから少し経った頃。父親が仕事中に、手術が必要なほどの重傷を負い入院することになった。
我が家で入院するなら母か琴音かな、なんて漠然と思っていた俺は、父が大怪我をして病院に運ばれたと聞かされて、ものすごく驚いた。
でも病気とかじゃなく、自分が設計した建物の進捗状況を確認しに行った際、突風で外壁工事の足場が崩れ、それが運悪く父に当たってしまったことが原因の怪我らしい。
意識はあったものの、誰がどう見てもすぐに病院に行ったほうがいいと思うほどの状態だったため、父は救急車で病院に運ばれた後、緊急手術を受けたのだ。
出血は酷かったみたいだが、幸い命に別状はなく、今は容態もずいぶん落ち着いている。
利き腕である右手を負傷したために何をするにも不便だと言ってはいるが、部屋が個室なのをいいことに、できる範囲で仕事をしているようだ。
「父さん、けがの具合どう?」
学校から帰ってすぐ、忙しい母に代わり、父の着替えと父に頼まれたものを持って病室を訪れた。
父は誰かと通話中だったようで、口パクで『すぐ終わる』と言っている。
俺はわざと呆れたような表情をしながら、部屋に備え付けの棚に入れてあった洗濯物を袋に入れ、持ってきた着替えを収納する。
まだ通話は終わらず、スピーカーにしているせいで、嫌でも会話の内容が聞こえてしまうため、部屋にいても仕方ないと思い、一旦飲み物を買いに部屋を出ることにした。
今の時代、パソコンやスマホがあれば、どこにいても仕事ができる。便利だなと思う反面、こんな時くらいちゃんと休めばいいのに、と思ってしまう。
父は家族を大事にしてくれているし、経営者として仕事もちゃんとしてるからすごいとは思うけど、琴音がまだ幼いのだから、元気に長生きするためにも絶対に無理はしないでほしい。
今回のことがあって、俺も色々考えさせられた。
父が突然いなくなったら、俺が母と一緒に妹を守っていかないとな、とか。今は漠然としかしていない将来のビジョンを、夢見る猶予なしに、たとえそれが望まない方向でも決めるしかなくなる場合だってあるんだよな、とか。
具体的にどうこうとかじゃないけど、もっと色んな面でしっかりしないと、俺みたいなぼんやりした人間は、良いように使い潰されて終わるかもしれない。なんて、つい不安になるようなことばかり考えてしまっていた。
共有スペースにある自販機で飲み物を買い、それを飲んでぼーっとした後、父のいる病室に戻る。
さすがにもう通話は終わってるだろうと思っていたのに、今度は回診の時間だったらしく、室内に看護師さんがいて驚いた。
(もう一回、出直すか……)
そう考えた時、たまたま看護師さんが使用しているノートパソコンに映し出されている父の情報が目に入った。
個人情報ではあるものの、病院側が患者に知られては困るような情報を載せているわけもないので、こんな画面なんだな程度に思っただけだったのだが。
一か所だけ。俺の記憶と違っているところに気付き、視線を止めてしまう。
視線の先にあるのは、血液型を表す記号。
そこに表示されていた血液型は、『B』。
母の血液型は『O』。──そして俺は『A』。
なので、これが本当だとすると、一般的に考えて、俺と父が親子関係だというのはあり得ない話になるのだ。
信じられないものを見て、頭が真っ白になる。
ずっと自分の血液型を勘違いしていたのか、それとも母の血液型を記憶違いしているのか。
たまたま目に入っただけとはいえ、勝手に見てしまったものを父に聞くのも憚られ、その場は何事もなかった振りをした。
その後は正直、父と何を話したのか記憶にない。
それどころか、ちゃんと普通に接していたかどうかすらも怪しい状況だ。
足早に病院を後にし、ショックでろくに動かない頭で必死に状況を整理する。
(あの血液型が間違いない場合、どういう可能性が考えられるんだろう?)
さっき思ったように、俺か母の血液型を、俺が勘違いしているだけなら何の問題もない。
だけど、俺が父親に似ているところが見当たらない理由が、母親似だからということだけではなかったとしたら……
嫌な想像に、身体が底冷えするような感覚に見舞われる。
妹の琴音も俺と似た顔立ちということもあって、これまであまり気にしていなかったことなのに、一度疑いを持ってしまうと、全てが怪しく思えてくる。
さらにこんな時に限って、これまで見過ごしてきた小さな違和感が、あれもこれもとすごい勢いで思い出されるのだから厄介だ。
すぐに家に帰る気にもなれず、近くにあったコーヒーチェーン店に入り、適当に注文をしてから空いている席に座る。
ガラス越しに、街を行き交う人々を眺めながら、まずは冷静になるべきだと自分に言い聞かせた。
スマホで親子関係を確認する方法を調べ、コンビニで自分の戸籍を入手できることを知った。
変な緊張感で味の全くわからないカフェラテを飲み干してから、席を立つ。
温かい飲み物だったはずなのに、手足の冷えは改善するどころか、変な汗が出てくるせいで、手のひらや足の裏がじっとりと冷たく感じた。
その不快な感覚も相まって、俺の思考はやたらとマイナス方向にむいてしまう。
(もしも血の繋がりがなかったとしたら、俺はいったいどうすればいいんだろう)
このまま何もしなければ、知らずに済むこともあるかもしれない。でもこんなもやもやした気持ちを抱えたまま、忘れたふりをして過ごすことは難しい。
かといって、単なる俺の勘違いじゃなかった場合のことを考えると、知らなかったほうが幸せだったと思ってしまうかもしれない。
そんなことを考えていたせいか、一番近いコンビニまでそれほど時間はかからなかったはずなのに、その道のりがやたらと遠く感じた。
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