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鈴蘭の咲く教会  作者: 八朔しろ
第一章
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2/8

夢色列車

 鈴蘭の花が、風を受けて揺れる。ふわりと花の香が漂い、華岡麗(はなおかれい)は微笑んだ。今年もよく咲いてくれた。大ぶりの花は、頭を垂れながらも爛々と輝いている。

 「今年もよく咲きましたね」

カタカタと隣で音が鳴る。骨である彼女には表情はないが、どこか誇らしげな印象を受けた。そうだね、と華岡は答える。恐らく自分も同じような表情をしているのだろう。

 「そろそろ門を閉めるよミニスター」

 「はい、では私はもう一度仔羊が紛れ込んでいないか確認してきます」

 「お願いします」

ミニスターを見送った後、鈴蘭に囲まれた石畳の道を歩き、門に手をかける。


 「おっ、ギリギリ〜」


栗色の長い髪を靡かせ、女は閉まる門を押さえた。華岡は眉を少しだけ寄せて、口角だけは下げないように心がけながら女を見る。

 「ギリギリじゃないです、刑事さん。もうおしまいです」

 「いいじゃんちょっと長く開けるくらい。もしかしたら延長時間で迷える子羊がくるかもしれないぞ?」

 「そんなこと言ってたら24時間稼働になるでしょう!」

 「まあまあ、いいからいいから」

そんなことを言いながら刑事、天音香子(あまねきょうこ)は門を開けてするりと中へ入っていく。華岡はため息を吐きながらその後を追った。

高瀬彰人の件が解決した翌日から、彼女は仕事終わりに御心教会に通っている。何をするわけでもなく、教会の長椅子でだらりと寝転び、とりとめのないことを話している。夕飯時になると帰る。そんなことが1週間以上続いていた。

 「まるで野良猫のようですね」

見回りから戻ってきたミニスターが、華岡に囁いた。女性にしては長身の彼女は、今は長椅子で四肢を伸ばしている。

 「案外化け猫かもしれないね」

 「あらまあ。随分と大きいですね」

 「メインクーンなんじゃないか」

冗談を言い合っていると、天音がむくりと起き上がって不審そうに華岡を見る。

 「なに一人で喋ってんの」

 「いいえ、なにも」

華岡は笑みを崩さずそう言った。ミニスターの方はカタカタと笑っている。天音は気味悪そうに肩をすくめた。

 「やはり見えていないんですね」

ミニスターの問いに、華岡は首を縦に振った。その脇を、とっとことっとこと小さな人形が走り抜けていく。

 「お、フラワー! きたのかー」

そう言いながら天音は人形に手を伸ばす。人形はきゃっきゃと笑いながら香子の手の平に登る。

事件後、天音の髪を三つ編みにしてから、この人形の形をした精霊は彼女が気に入ったらしい。天音もはじめはびっくりしていたものの、可愛い容姿とコロコロとした笑い声にすっかり骨抜きにされている。

わちゃわちゃと触れ合う二人を、華岡はじっと見つめた。

 「貴女、勝手に妖精に名前つけたんですか」

 「名前がないと寂しいだろ、なあフラワー?」

天音がそう問いかけると、フラワーはきゃっきゃと笑う。髪の毛をくるくるといじるフラワーに、今日もかわいくしてくれよ?なんて天音は笑いかける。

 その様子をミニスターもカタカタと顎を震わせながら見つめている。

天音には、フラワーは見える。ミニスターは見えない。

それでいい。

そのまま、見えない方がいい。


 「あの、毎日毎日なぜこちらに」

フラワーのヘアアレンジを整える天音に、華岡は話しかける。

その問いに天音は少しの間の後、真剣な顔で華岡に向き直った。

 「みんなを救いたいから」

 「は?」

 「こないだみたいにさ」

そう言って天音は雑誌のあるページを華岡に見せる。そこには、先日まで教会に寝泊まりしていた赤髪の青年と、迎えに来た二人が写っていた。心なしかその笑顔は晴れやかに見える。『スーツを脱いだヒーローと、新しいスーツ』というキャッチコピーと共に、リクルートスーツを着た高瀬彰人(たかせあきと)がこちらに笑いかけていた。

世界も、世間も、なぜこんなにも残酷なんだろうか。

それでも笑ってこの仕事を受けたということは、彼にとってもう壁を越えたということなのだろう。

 「あんた、こうやって人を助けてるんだろ」

何度も、と天音は華岡を見つめる。持っている雑誌がくしゃりと歪む。

 「頼む。私にも、手伝わせてくれ」

震えた声だった。鷹のような目が、華岡を射抜く。いつもへらへらと笑っている口は、今は真一文字に閉じられている。本気なんだ、この人。華岡は息を吐き、答えた。

 「駄目です」

 「なんで!?」

 「あのね、僕はこれ以上被害が広がらないようにこういうことをしている訳で」

 「だからそれを手伝いたいって言ってるじゃん!」

 「あんたが手伝ったら意味ないの!これ以上見えるもん増えたらあんたに被害がいくかもしれないの!」

 「大丈夫だもん!」

 「なーにが大丈夫だもんだ!こら!ジタバタしない!」

長椅子に寝転び直してジタジタと暴れる天音を、華岡が叱りつける。いい大人が何をしているんだ、本当に。猫より厄介だ。

帰る帰らないを繰り返していると、教会の扉がキィと開く音が聞こえた。二人は言い合いを止め、扉を見る。

 「あ、あの」

そこにはひょろりと長い、おどおどとした眼鏡の青年が立っていた。

 「おい、ホームランボールだ」

指さす天音の腕を、華岡は叩いて下ろさせた。


 教会横の建物は、普段は華岡が生活をしている宿舎だが、応接室として使うことも多い。

長いテーブルとずらりと並ぶ椅子は、古いながらもしっかりと手入れが行き届いており、ひとつひとつが年季と誇りを持って鎮座している。

 「どこでもどうぞ」

 華岡に促され椅子に座る青年は、どこか落ち着かない様子で二人を見た。てこでも帰りそうにない大型猫を彼の向かいに座らせ、華岡はやかんに水を入れる。

 「紅茶でいいですか」

 「はーい」

 「貴女じゃない貴女じゃ」

元気に返事をする天音を無視して、華岡は青年を見た。見られた青年は益々挙動不審になりながらも頷いたので、三人分ティーカップを準備する。

 「それで、加藤さん」

 「はい」

 「行方不明の人を捜してほしいと」

 「はい」

シューシューと沸き立つやかんの音に、華岡は席を立つ。華岡が紅茶の準備をしている間、猫もとい天音は、机に両肘を立てて口元の前で指を組む。

 「警察に届けは出してるのか」

 「えっと、はい、同じように行方不明になってる人がいるみたいで、見つかっていないんです」

そう言って青年、加藤典明(かとうのりあき)は落ちかかった眼鏡を持ち上げる。深呼吸をして背筋を伸ばすと、彼は思ったよりも長躯であることが窺える。幼さが残る顔立ちだが、その佇まいは凛としていて芯がある。

 「平坂、という駅があるんですが」

 「ああ、あのトンネルの中の駅か」

猫が鳴いた。

 「そうです、ここから結構離れてはいるんですけど」

加藤は携帯を操作すると、あれ?と小首を傾げた。

 「あ、すみません。ここ電波がなくて」

 「あ、え、そうなんですか」

そうなんだ、ともう一度言い、加藤は眉を下げる。困った顔が似合う男だ。こんなに大きな体をしているのに、なんだか小動物のような愛らしさを感じる。

 「実は、ネットを使わないと話が進まないんです。あの」

 そう言葉を切り、加藤は華岡とやかんを見る。華岡は紅茶のポットを見ながらああ、と笑った。

 「気にしないでください、外でお話を聞きますよ。これはいつでも飲めますから」

そう言って華岡はポットをそのまま冷蔵庫に仕舞う。あっつあつだぞそれ。大丈夫かそれ。

眉を寄せる天音と、あわあわとする加藤をぐいぐいと宿舎の外へ出しながら、華岡は振り返ってウインクをした。

パタン、と扉が閉まると、冷蔵庫が開き、ティーカップにお茶が注がれる。

ガチガチと骨を合わせる音が響く。宿舎の窓が控えめに開く。

 「みなさん、お茶にしましょう」

ミニスターの号令と共に、宿舎がぶわりと沸き立った。賑やかになる応接室に、「賑やかなのは結構ですが、後片付けまでありますからね」というミニスターの凛とした声が響いた。


 「黄府《こうふ》町平坂《ひらさか》駅。珍しいところにあるから、この町では観光スポットになってるんだ」

教会の階段を下りながら、天音は華岡に説明する。ここから数市離れた地域にある駅のようだ。

 「同時に、怪奇現象のスポットでもあるんです」

 「怪奇現象」

華岡は天音を見る。天音は知らないとでもいうように肩を竦めた。

 「ええ、夢色列車(ゆめいろれっしゃ)をご存じですか」

そう言って加藤は、二人を振り返る。ずり落ちてきた眼鏡をあげる。

天音は当然、知らないというように華岡を見た。華岡も首を横に振る。

 「虹色に輝く列車で、その機体と写真を撮ると幸せになれるっていう噂が最近流れているんです」

加藤は話しながら携帯電話を二人の方向に向ける。そこには、七色に光る列車の形をしたなにかが映し出されていた。記事の切り抜きだろうか、画像は荒く不鮮明だ。

 「僕の友人は、これを撮って行方不明になったんです」



 出来立ての香りというのは、どうしてこうも心を揺さぶられるのだろう。

カラオケのブース内に運ばれてきた大盛りのポテトフライを見つめながら、天音はそう思った。加藤の提案でカラオケボックスで話を聞くことになったが、中々良案だったと思う。個室だし、ポテト食えるし。

少し準備があるので、と加藤はノートパソコンを開いて難しそうな顔で操作をしていた。天音と華岡は加藤の様子を見て顔を見合わせる。天音が華岡に耳打ちした後、華岡はああと頷いた。

 「お腹減りましたよね」

 「うん、そうだよなー。なあ加藤君、食べていい?」

 「どうぞ」

ノートパソコンを操作する加藤に承諾を得て、ポテトフライを食べる。過剰な塩味が脳天を突く。これこれ、という味だ。

華岡は物珍しそうにそれを見ている。鼻をひくひくと動かしながら、ポテトフライと天音を交互に見比べた。手にはしっかりと炭酸ジュースの入ったコップが握られている。

ぎゅうぎゅうと握りしめられたコップは、些か苦しそうにこちらに傾いている。溢れる溢れる、と天音はコップの端を人差し指で牧師の方へ押し戻した。はっと息を呑んだ彼はそのまま少しだけジュースを飲む。

食べてどうぞ〜と言いながら天音はバスケットを少しだけ華岡の方へ押しやる。華岡はそれを恐る恐るつまみ、口へ運んだ瞬間に目を見開いて天音を見つめる。

輝く瞳を見ながら、キラキラという表現がこれほど似合うことは無い。と天音は思った。目は口ほどに物を言う。うまかったんだなぁ。

 「神父さん、ポテト初体験?」

 「ふぁい」

 「よかったねぇ、おいしくて」

 「牧師です」

 「ワンテンポ遅れたね」

キラキラとした瞳が細められて、こちらに向けられる。何か言いたげだが、口は咀嚼の為にもごもごと動いていた。思わず吹き出す天音を、華岡は益々細くした目で見る。

ごくりとポテトを嚥下した後、華岡は口を開いた。

 「ポテト歯に挟まってますよ」

 「まじ?」

天音はうそだろーと言いながら手鏡を取り出す。白魚の手がそれをぬっと遮った。

 「あ、駄目です」

華岡が後ろの壁を指さす。振り返ると鏡が天音の席の後ろに備え付けられていた。何が駄目なんだ、分からん。天音はそのまま力づくで手鏡を見ようとするが、駄目駄目、とぐっと押さえつけられる。こいつ、割と力強いな。

 「こっちなら大丈夫です」

そう言って華岡は、無理矢理天音と自分の座り位置を交換し、手を離す。なんだこいつ。眉を寄せながらポテトを爪楊枝で取る。

 んっと軽い咳払いが聞こえ、大人二人は姿勢を正した。  

 「すまんすまん、夢色列車の話だな」

その言葉に、加藤はこくりと頷く。

 「すみません、準備できました」

そう言って加藤はパソコン画面を二人に向ける。そこには夢色列車に乗ると幸せになれる!という縦画面の動画がポップな音楽付きで流れていた。その動画が終わるとまた同じような動画が違う音楽で始まる。実際に写真を撮った人も流れてくる。なるほどこれは中々画面映えするな、と感心している天音をよそに、華岡は加藤に問うた。

 「この列車、平坂駅にしか現れないんですか?」

 「いえ。そういうわけでは無いんですが、平坂駅はトンネル内の駅なので、少し薄暗いんですよ」

 「それが?」

華岡は首を傾げるが、天音は先程のいくつもの動画を思い出す。

 「映え、か」

 「そうです」

加藤は頷く。ばえ?と何も分かっていない声を出す華岡に、電車が光ってるから暗いほうが写真映えするだろ、と説明をする。あぁーとやっと納得した華岡に、天音は若干の不安を覚えた。

大丈夫かこのおじいちゃん。ついてこれるのか話に。

 「夢色列車、なんて名前だったから分かりませんでしたが、幽霊電車の類という感じですね」

 急についてくるな、話に。そして置いていくな、私を。

 「恐らくそうだと思います。オカルトが好きな友人は、元々平坂駅は幽霊電車のスポットだと言ってました」

 お前そっちにも乗れるんかい。幽霊電車の説明をしてくれ、誰か。

そんな天音の心を知ってか知らずか、加藤はパソコン内のタブをタップする。

 「これは昔からあるホームページサイトです」

加藤は画面をスクロールさせる。画像の下には大きな虹色の波打つ文字で光る!幽霊電車と書かれていた。

その下の説明文には、死者を乗せた電車、触れると異界に連れて行かれる、などと書かれていた。

どれもおどろおどろしい文章が並んでおり、幸福になるなどという言葉は何一つない。

 「まるで別物だな」

 「時代と共に、怪異も移り変わることはありますが」

今回はそういう訳でもなさそうですね。と華岡は続ける。加藤はこくりと頷いた。

 「そうなんです、友人もそこが引っかかったみたいで。何故今更になって幽霊電車がパワースポットになったのか、確かめたいと言って、平坂駅に行ってしまったんです」

 俯く加藤に、華岡ははぁ~と仰け反って天井を見上げる。

 「僕、嫌いなんですよね。好奇心でこういうところに首を突っ込む馬鹿」

言いながら、天音に目線をやる。

 「あぁ、お前の周りに馬鹿がいなかったからその年でポテトすら食えてねえわけだ」

天音はそう言いながらジュースを啜る。

 「まあ、そうだな。ただ、今回の好奇心に関しては、警察として注意しなきゃいけないな」

警察?と加藤は目を丸くして天音を見た。にこりと笑って天音は続ける。

 「今平坂駅は、立ち入り禁止になっているんだ。まあ、君達は知っていると思うが」

そう言いながら、天音は加藤の後ろをちょいちょいと指さした。後ろには、華岡の後ろと同じで壁の一部が鏡張りになっていた。

 「さて、呼び出してもらおうか。さっきパソコンで会話してた、友人お二人さんを」


 「嫌いなんですよね、好奇心で首を突っ込む馬鹿」

華岡はそう言いながら、ソファで小さくなっている三人を見る。加藤の横には、先程写真に写っていた2人が座っていた。

 「まあまあ。立ち入り禁止のテープをくぐらなかったのはとても偉いぞ」

そう言いながら天音は三人の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 「ごめんなさぁい」

 「でも僕達、警察信用できなくてぇ」

 「やっぱり私もこいつら嫌いだわ神父さん」

 「牧師ですね、止めなさい皆さん死にかかってます」

固まっている三人の頭の一番外側を掴んで、ぎゅうぎゅうとプレスするように押し込む天音を、華岡は制す。

男三人はぴえぴえと情けない声を上げながら押し潰されている。

 「全く……君達が思ってる以上に警察は有能だからね」

そう溜息をつきながら、天音は手を離す。

 「でも警察の人って怪異なんて信じてないでしょ」

 「そうですよ!だから僕達御心教会に相談に」

 「そもそもなんで御心教会に来たんですか」

華岡は三人をじとりと見ながら尋ねた。呆れと怒りの入り混じった瞳は、いつもと比べて少し濃い青に染まっている。怖い。単純に怖い。

ぷるぷると震えながら、紫髪の男がおずおずと手を挙げた。

 「あ、あの、僕、藤姫(ふじき)の弟でして」

 藤姫、と言われて天音はああ、と膝を打つ。高瀬彰人を探していた片割れだ。元気じゃない方の。

ピンときていない華岡に説明すると、華岡は頭を抱えて俯いた。 

「何かあったら連絡してくれ、とは言いましたけど」

華岡はそこで言葉を切り長い長い息を吐く。

 「何かを起こして連絡してくれとは言ってません。違い、わかりますよね」

 「まあまあ、何か起こす前に来てくれたからさ。なにも起こしてないよ、な」

 怒気を含んだ声色に、天音は華岡を宥める。 そして、三人に向き直ってこほんと咳払いをした。

 「君たちはひとつ、勘違いをしている」

天音は人差し指をぴんと立てる。その指を自身の口元に持っていき、「内緒だぞ」と口添えて話し出した。

 「まず、警察組織自体は怪異の存在を認識している」

華岡は怒りを抑えるためにじゅぅ、とジュースを啜る。パチパチとした刺激に顔をしかめる。

 「まあ個人感ではそれぞれだ、私も先週精霊?と遭遇するまで信じてなかったしな。ただ組織的には対策部署がある。だから君達が思っているようなことにはならない、大丈夫だ」

そう言いながら、天音は携帯電話を操作する。華岡はポテトを食べる。咀嚼する度に目がキラキラと輝いている。ちょっとだけ気分が戻ってきたみたいだ。

 「ただなぁ、警察としても怪異、というものに関してのデータが少ない。今の情報を正式に提供してくれるか?」

この件は私たちに任せてさ、と言いながら天音は三人に笑いかける。笑顔の奥の瞳は鋭く、NO(ノー)とは言わせない意思が見えた。三人は首をぶんぶんと縦に振る。

 「よかった、素直ないい子たちだ」

天音はそう言ってまたにこりと笑う。先ほどとは違い、少し柔らかな笑顔だった。


 三人には後日警察に情報提供してもらうという約束の元、カラオケボックスを後にする。少しだけ温い風が、天音と華岡の頬を撫でた。夏の足音は夜から近づいてくる。

 「それで」

 「それで?」

 「どうするんですか?これから」

 華岡は天音に問いかける。

 「貴女、このままはいおしまい。なんて人じゃないでしょう」

 「私より牧師さんの方がそうでしょう?」

お人好しだもんねえ、と覗き込んでにやにやとする天音に、華岡はむぅ、と唇を尖らせる。

 「……こうしているうちにも、行方不明の時間は増えていますからね。なんとかしなくては」

 「うん、そうだな」

私もそう思うよ。そう言って、香子は鷹のような目で前を見据えた。


 トトン、トトンと振動が体に響く。列車の謎を解明するにはまず乗ってみなければ、ということで、平坂駅の一歩手前までの移動手段をこれにした。

窓の外を眺めながら、華岡は独り言のように話し出す。

 「死んだ人は、どこにいくと思いますか」

 「は?」

 「日本では、草葉の陰から見守っているという言葉があります」

トトン、トトン、と列車が振動する。

窓ガラスに、きょとんとした天音の顔が反射する。

 「死してなお、近くで僕たちを見ている。どうやって見ているのでしょう」

華岡は窓の自身から目を離し、隣の刑事をじっと見る。

 「どうって、そんな死んだら幽霊になって近くにいるんじゃないのか」

 「ふふ、実に日本で生まれ育った返答です」

にこりと笑う華岡の瞳に、困惑した天音が反射する。

 「じゃあ、天国っていらなくなりませんか?」

 「う、うーん。基本天国にいて、こう、たまーにこっちにふらふらーっと来る、みたいな」

 「うんうん、でも割と天国ってね、歩いて行けるほど近くないんですね」

恐らく、そうなんですよ。と華岡は笑う。

なんだこの会話。どこに向かっているんだ。天音は困惑で顔を顰めた。

 「だから、移動手段なんです。現世でも、天国でも、列車というものは」

華岡はそう言ってまた窓の外を見る。トトン、トトンと列車は進む。

いつの時代も、どこにあっても、トトン、トトンと。

窓ガラスに映る自身を見つめながら、華岡は尋ねる。

 「刑事さん、夜ってこんなに向かいの窓に自分の顔見えるんですね」

 「ん?あぁ、そうだな。全然これで前髪直したりとかできるな」

 「その、ばえ?じどり?ってどうするんでしたっけ」

 「え?ええと」

天音はこうだけど、と携帯電話のカメラをインカメラにして自分と華岡を映す。

華岡はなるほど、となにかを納得したように呟いた。

 「ありがとうございます」

そのまま目的地まで黙り込んだ華岡に、天音は戸惑いつつ、所在なげに窓の外を眺めていた。


 平坂駅には天音の言った通り、立ち入り禁止のテープが張られていた。テープの外には目付きの悪い男が仁王立ちしていた。見たところ、二十代前半だろうか。天音を見るなりこちらに大股で歩み寄る。漆黒のポニーテールがゆらゆらと闇に煌めく。爬虫類を思わせるぎょろりとした目は、その幼めな顔つきには不釣り合いにギラギラと輝いている。

 「おうおうおう、つい最近手の平くるくるした天音警部補~。何用ですかね~?」

 「うるせえよチビコラ。澤平(さわひら)からちゃんと連絡いってんだろボケカス」

 「うるせえよデカゴリラ。おめーがでかいだけでこちとらちょーっと平均身長より低いだけじゃおい。おつむの栄養タッパに取られました?」

 「お前みたいにひょろっひょろににならなくてよかった~!頭より全然こっちに栄養取られてた方が良いね~!ほらさっさと入れろよ」

ここで揉めてても解決しねえだろ。天音がそう言うと、男、一条夏鈴(いちじょうかりん)はうざったい顔面をすっと引っ込めた。上着の襟をしゃんと正す。

 「後ろさんは……あぁ、なるほどね。わかった」

そう言って男は華岡にちらりと目線をやるが、すぐに平坂駅に視線を戻す。

華岡は薄い笑みを浮かべたまま男に軽く会釈した。

なんだ、妙に物分かりがいいな。一応説明はいると思ったのだが。そう思いながら天音は華岡を見る。視線に気付いたのか、華岡は天音を見て首を傾げた。

 「一応あいつが、さっき話してた怪異対策課の人間」

一条の背中を追いながら、天音はその背を指差す。華岡はそうでしょうね、と頷いた。

細く長い黒のポニーテールがゆらゆらと揺れる。ゆったりとしなやかに動く髪を見ながら、華岡は隣の女の髪を見た。妖精によってアレンジされた髪が、びょんびょんと生物のように跳ねている。元気だなあ。

駅はトンネル内にあるというだけあって少しひんやりとしていた。警察数名がぽつぽつと点在し、様々な箇所を調査している。

 「幽霊列車は一日一回、全く同じ時刻に通過することが分かっている。これはこの三日間ほど調査して分かったことだ。一応停止させられないか色々な策を講じてみたが、どれも失敗に終わっている」

 「その時刻って?」

 「あと十分後といったところかな」

手元の腕時計で、一条は時刻を確認する。天音は頷いた。一度実物を見ておくのもいいだろう。白線の内側に立つ。華岡も倣ったように隣に立った。

トトン、トトンと鳴るはずもない電車の音がする。トンネルの奥、ゴウゴウと音を立てながら遊園地の電飾のような光の塊が、こちらに向かってきているのがわかる。

あれが、幽霊列車か。眩い光に目を細めながらぼうっとそれが向かってくるのを眺めていると、視界の端で白が動いた。

 「刑事さん」

 「こちらのことは、よろしくお願いしますね」


振り向くと、華岡麗は白線の外側に悠々と歩いていき


そのまま、線路に身を投げた。



ゴウ、という音と共に、天音は走り出していた。

ホームを蹴り上げ、華岡の腕を掴む。

掴まれた牧師は、大きく瞳を見開いた。

光る電車は二人を照らし、その大きな車体で飲み込んだ。


 体に痛みを感じ、目を開ける。

目の前には、仏頂面の牧師と、列車の音。それから、ビービーと煩い警告音。

夢、だったのだろうか。 

そう思いながら華岡を見ると、彼はチッと舌打ちをする。

 「よろしくって言ったのになんで付いてきたんですか」

 「なんて!?」

けたたましい警告音に華岡の声はかき消される。困惑した顔の天音をよそに、華岡は運転室に目を向けた。

ガタン、と列車が停止し、大慌てで運転室から何かが飛び出してくる。

 「ちょっとー!なにしてるのナマミの方!ダメよこれはキミタチの列車じゃないよ!」

それは、青白く光る炎だった。ふよふよと浮き動き、その炎の上には車掌帽が乗っかっている。

 「すみません、緊急事態でして」

華岡はそう言って立ち上がり、炎に深々と頭を下げる。

 「実はこの列車に何人も僕たちのようなものが入り込んでいるんです」

 「え、そんなにみんな接触事故起こしたの?!ダメよナマミは大事にしないとね!何れなくなるものなんだからね!」

 「いえ、そうではなく……合わせ鏡で乗車してしまったようで」

 そう言って華岡は窓に目線を向けた。窓には自身の姿が反射して映っている。

その窓を同時に見ながら天音は素っ頓狂な声を上げた。

 「合わせ鏡ってなんだよ」

窓の反射越しに天音と目が合う。華岡は反射の天音と目を合わせたまま言葉を続けた。

 「あの、本当に知らないんですか」

 「マジでなに」

 「鏡を合わせてその間に入ると、そこが異世界への通用口になるって話、知らないんですか!」

 「知らん!なんだそれは!」

言い合う二人に、炎はあたふたふわふわと周りを回る。大きい車掌帽がぐるんぐるんと揺れる。

 「喧嘩しないで~!あんまり列車止めるとワシ怒られる~!」

右往左往する炎に、華岡はすみませんと頭を下げる。

 「ともかく、一度列車を点検して異物を放り投げてもらえますか。そうしてくだされば後は僕たちがなんとかしますので」

 「分かった、点検を行うね。ありがとうナマミの方!」

それじゃあね!と言って炎は大きく上下に動く。その瞬間、天音と華岡の体は宙に浮いた。

 「まてまてまて!わからん!結局なんもわからんぞ!」

 「だから付いてくるなって言ったんですよ」

 「いってねえだろー!!!!」

叫び声と共に、二人の体は列車外へと投げ出される。派手にダイブしてホームとキスをした天音の上に、華岡がずしんと着地した。こいつまじで。ふざけるなよ。

目を丸くして駆け寄る一条に、華岡は腰を上げて衣類を整えながら口を開く。

 「いまから行方不明者が全員列車から排出されます。準備してください」

その声と同時に、ぽん、と列車から何かが投げられた。それは明らかに人の形をしていた。


ぼんぼん人が投げ出されている光景を見ながら、天音は華岡を突っついた。

 「おい、結局なんだよ」

はあ、と華岡はため息を吐く。

 「ええとですね、自分と列車を撮るために、インカメラにするでしょう」

あまりやりたくはないですが、と華岡は指をちょいちょいと動かす。天音はああ、と自分の携帯電話をインカメラにして華岡に渡す。

 「そうすると、極稀に合わせ鏡になるんですよ」

華岡が持つ携帯電話を、天音は覗き込む。そこには未だに光り続けている幽霊列車が映っていた。窓ガラスが反射し、自分たちの後ろ姿が映り込み、それがまた反射し、玉手箱のように奥に奥に続いている。それは何とも不気味で、神秘的で、天音は思わず見入ってしまう。

華岡はそんな天音を横目で見ながら「はい、もうおわり」とぱっと携帯電話を下げた。

 「ええと、今のが異世界への扉みたいなやつってことか」

 「そうだよ~、こっちの世界に来る正規ルートなんだよ~」

ふよふよと、大きな車掌帽とともに、青い炎がこちらに近寄ってくる。

 「列車は異物を飲み込むと強い光を発するんだよ、だけど正規ルートで来られちゃうとワシらは異物を発見できないの」

 光っているのも列車側の故障かなと思ってたの~と炎はわたわたと動く。

上にはちゃんと報告したから故障かと思ってた車両も点検しなおすから安心してね!とぴょんぴょんと左右に揺れた。

点検して見つかったら天国から放り投げられるのだろうか、と天音はぼんやりと考えた。

十数人にも及ぶ行方不明者がホームに投げ出された後、列車はすうっと光を失った。 

それは青く、白く、控えめな青い光でそこに佇んでいた。

 「あ、終わったみたい!ナマミの方!ありがとう!」

そう言って炎はくるくると回る。大きな車掌帽がゆらゆらと揺れる。

 「いえいえ、こちらこそ。列車の評判だけは教会で聞いてましたから、解決できてよかったです」

 「あ、もしかして御心教会の牧師さんかい?なるほど通りで!いや聞いていた通りのお人だね!」

それじゃあね!と炎は運転室に戻っていく。列車はゴトン、と動き出す。青白い穏やかな光は、線となって駆け抜けていく。それはまるで、夜空を駆ける流れ星のようだった。

 「……綺麗だ」

線を追う天音が、言葉を零した。華岡はあぁ、と呟いた。

 「貴女、見えるんですね」

天音ははあ?と首を傾げた。


 事件から数日。いつも通り、教会を開け、掃除をし、花に水をやる。お茶を入れ、少しブレイクタイムを挟んで、また日常業務を行う。

なんの変化もない、落ち着いた日常が戻ってきた。華岡はため息をひとつ吐いた。

 「そろそろ、門を閉める時間だね」

そう言ってミニスターを見ると、彼女は怪訝そうにそのしゃれこうべを傾げた。

 「まだ、一時間前です」

 「あれ、そうだっけ」

教会の時計は十六時を指していた。

 鈴蘭の花が、夕日を吸い込んで揺れている。

真っ白の牧師は、門に手をかけたまま佇んでいた。何かを待つようにぼうっと遠くを見ている。

 「Mr」

凛とする声に、はっとして振り向いた。

 「もう、十八時です」

 「……日が長くなったね」

そう言って、牧師は門を閉める。かちゃり、と鍵をかける音が震える。

どうも、静かで慣れない。

人形が、華岡の近くに走ってきて足元を引っ張る。

 「今日は、来ないみたいだよ」

そう言いながら華岡は人形を手の平に乗せる。寂しそうに頬を膨らまし、人形は華岡の指を握る。

 「大丈夫ですよ、今は忙しいだけで、必ずまた来ますからね」

そう言うミニスターに、華岡は笑う。

 「ミニスター、そんな不確定なことフラワーに言ってはいけないよ。それに、彼女は来ない方がいいんだから」

 ミニスターは華岡を見る。そして、閉じた門を見る。

真っ白なワンピースと、それに合わせたエプロンドレスが揺れる。

 「フラワーと、呼ぶんですね」

その骸骨の小さな呟きは、カタカタという骨の音に吸い込まれた。


 後日、お騒がせ三人組は警察にしっかりと情報を提供しに行ったらしい。

なんだか熱量が高い子がいたよなんて澤平が笑っていた。まあ、オカルト好きならテンションが上がるだろうな。そう思いながら天音は今日も教会へ向かう。

あれから数日、天音自身も事件記録の記入やまさかの聞き取りされる側での聞き取り調査で大変忙しかった。御心教会に行くのもあの事件以来だ。

いつも通り、閉まりかけの門扉に手をかける。

 「ギリギリ~」

そう言いながら目線を上げると、牧師はなんとも言えない顔をして香子を見ていた。

透き通った空色の瞳がくるりと丸くなり、くしゃりと楕円に曲がる。

 「……なんだよ」

 「……いえ、なんでも」

華岡は刑事から目を逸らす。静寂。それを破ったのは落ち着いた女性の声だった。

 「Mr.。仔羊でも迷い込みましたか」

教会の端からぬるりと、ミニスターが顔を出す。口をあんぐりと開けた天音を、ミニスターはおや、と言いながら見下ろした。

 「メインクーン」

自分より頭一つ大きいその巨大骸骨に、天音は顔を真っ青にしてへたり込む。

 「おや」

 「ミニスター、言っただろう。もう見えてるって」

どこか弾んだ牧師の声が、夕暮れの教会を包む。

鈴蘭は今日も、風に併せて凪いでいる。

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