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第94話 綿羽旗は小さいものを嫌う

 綿羽旗フィーニスは、きれいな旗だった。


 きれい、という言葉が最初に来る。


 強そうでも、速そうでも、怖そうでもない。


 白い綿羽の鳥。


 丸い身体。


 細い足。


 首元には銀色の小さな輪。


 尾の先だけが淡い青で、動くたびに白い光をこぼす。


 第一印象だけなら、子どもが絵本で好きになりそうな旗だった。


 ただ、その周りだけ、空気がやけに片づいている。


 公開観察用の第二召喚庭には、フィーニスのための低い止まり木が置かれていた。止まり木の周囲には銀の円が三重に描かれ、その外側には小型使い魔の観察用として、いくつかの登録済み個体が用意されている。


 小さな鳥。


 小さな狐。


 透明な魚。


 羽のある小さな光球。


 どれも、札がついている。


 どれも、行動範囲が決められている。


 フィーニスはその中心で、羽をふくらませていた。


 かわいい。


 でも、かわいいものがいつも優しいとは限らない。


 俺たちは銀線の外に立ち、クレストフォール側の説明を聞いていた。


 フェルン先生が記録板を持ち、セラが補助に立つ。


 昨日のユアンもいる。肩の狐は登録札をつけ、きちんと彼の肩に座っていた。


 リリィは少し後ろにいる。


 迷子一号は封印布付きの小袋の中。


 彼女はいつものように笑っている。


 ただ、今日は毒舌が少ない。


 少ないというより、温存している。


 いつでも使えるように、舌の奥で構えているような感じだ。


「フィーニスは、クレストフォール競技部の旗です」


 フェルン先生が説明する。


「性質は清浄維持、秩序選好、小型個体への過敏反応。特に、未登録小型召喚物や不規則に増殖する使い魔を嫌います」


 未登録。


 小型。


 不規則。


 全部、リリィのほうへ向かう言葉だ。


 リリィはにっこり笑った。


「紹介状に私の悪口が書いてあるみたいですね」


 フェルン先生は少しだけ目を伏せる。


「あなた個人への説明ではありません」


「便利な一般論です」


「ただ、相性が悪い可能性は高いです」


 そこは否定しない。


 リリィの笑みが少しだけ薄くなる。


「正直で結構です」


 コレットが記録板を開いた。


「公開観察の範囲を確認します。カルミア側はフィーニスに直接干渉しません。召喚行為もしません。迷子一号は封印布内に保持。反応が出た場合は、双方で記録し、リリィさん本人に確認してから扱います」


 フェルン先生が頷く。


「その通りです」


 コレットはリリィを見る。


「大丈夫ですか」


 リリィは肩をすくめた。


「大丈夫と言えば嘘になりますが、だめと言うほどでもありません」


「記録します」


「そこを?」


「はい」


 コレットは真面目に書いた。


 リリィ、大丈夫ではないが観察続行。


 リリィは少し呆れた顔をする。


「部長さん、私の微妙な強がりまで記録するのやめません?」


「微妙だから記録します」


「本当に性格が悪い」


 でも、声は少しだけ柔らかかった。


 公開観察が始まった。


 最初に、登録済みの小鳥型使い魔が円の外から内側へ入る。


 フィーニスは首を傾げた。


 綿羽がふわりと揺れる。


 小鳥は指定された線で止まり、札を揺らす。


 フィーニスは羽を少しだけ整えた。


 嫌がってはいない。


 むしろ、確認している。


 登録札。


 行動範囲。


 契約者。


 それらがそろっている小さいものは、許容される。


「かわいいですね」


 ロイが小声で言う。


 リリィが返す。


「かわいくても検閲はします」


「検閲」


「かわいい検閲です」


 ロイが少し困った顔をした。


 次に、小さな狐が入る。


 ユアンの契約獣だ。


 狐は白線の手前で座り、尻尾を巻いた。


 フィーニスは羽をふくらませ、銀の輪を鳴らす。


 小さく、チリ、と音がした。


 怒りではない。


 警戒。


 狐が一歩下がると、フィーニスは落ち着いた。


 フェルン先生が説明する。


「フィーニスは接近距離に敏感です。小型個体でも、登録と距離が守られれば過剰反応はしません」


 アルフが呟く。


「距離の旗か」


「清潔の旗でもある」


 クララが目を輝かせている。


 長い説明が来そうだったので、ミラが先に言う。


「短く」


 クララは悔しそうに頷いた。


「境界を汚されるのを嫌う旗です」


「わかる」


 リリィが小さく拍手した。


「クララ先輩、短いときの切れ味が増していますね」


「褒めていますか」


「半分くらい」


「ありがとうございます」


 また受け取る。


 リリィは少し笑った。


 次に、透明な魚。


 水球の中で泳ぐ小さな個体が、円の内側を横切る。


 フィーニスはほとんど反応しなかった。


 水球の範囲が決まっているからだ。


 次に、羽のある小さな光球。


 これは少し揺れる。


 光球は登録済みだが、動きが不規則だった。


 フィーニスの綿羽が逆立つ。


 尾の淡い青が白くなり、止まり木の周りの銀線が光った。


 光球はすぐに契約者の手元へ戻される。


 フィーニスはしばらく羽を整え続けた。


 まるで、空気についた小さな汚れを払うみたいに。


 リリィの笑みが消えた。


 ほんの一瞬。


 すぐに戻ったけれど、俺は見た。


 小さいものが増えると、羽が汚れる。


 ノルの夢の言葉。


 あれはかなり近い。


「リリィ」


 俺が小声で呼ぶと、彼女は目を細めた。


「なんですか。私が羽を汚す側に見えましたか」


「そこまでは言ってない」


「顔に書いてあります」


「書いてない」


「先輩の顔、わりと余白が広いので」


「失礼だな」


 軽口が返ってくる。


 でも、少し遅い。


 フェルン先生は次の段階へ移った。


「ここからは、登録済み個体の不規則行動に対する反応を観察します。危険はありません」


 小さな鳥型使い魔が二羽、円の外から入る。


 一羽目は指定通り、線の手前で止まる。


 二羽目は、わざと少しだけ遅れて入る。


 動きがずれる。


 フィーニスの羽が膨らむ。


 チリ。


 銀の輪が鳴る。


 さらに、三羽目。


 小さな鳥が予想外の角度から入る。


 フィーニスは止まり木から跳んだ。


 速い。


 小さい身体が白い線になり、三羽目の前に降りる。


 攻撃ではない。


 けれど、強い拒絶だった。


 羽を広げ、綿のような白い光で進路を塞ぐ。


 三羽目はすぐに戻された。


 フィーニスは自分の羽を何度も整えた。


 汚れたわけではない。


 でも、汚れたように振る舞う。


「嫌い方が上品ですね」


 リリィが言った。


「私よりよほど行儀がいい」


 セラが少し顔を歪めた。


「リリィ」


「はい?」


「今の反応は、あなたに向けたものではありません」


「知っています」


 リリィは笑う。


「私に向けたものではない反応が、私によく刺さるだけです」


 セラは黙った。


 その沈黙は、昨日より少し誠実だった。


 公開観察は続く。


 次は、登録済みだが小型群体の使い魔。


 五つの小さな光点が、一つの契約として扱われる。


 フィーニスは明らかに嫌がった。


 止まり木の上で足を踏み替え、首元の銀輪を鳴らす。


 光点がまとまっている間は耐える。


 しかし、一つがふわりと遅れると、フィーニスは即座に動いた。


 白い羽が広がり、遅れた光点を円の外へ押し返す。


 綿羽なのに、硬い。


 柔らかそうに見えるのに、境界を守る力は強い。


 ネルが呟く。


「小さいのがばらけるの、嫌いなんだ」


 フェルン先生が頷く。


「はい。フィーニスは小型個体そのものより、統制されない小型個体の増加を嫌います」


「統制されない」


 リリィが繰り返す。


「便利な言葉がどんどん増えますね」


 コレットが記録板に書く。


 フィーニス、小型そのものではなく、未登録・距離逸脱・増加・不規則性を嫌う。


 リリィのランダム召喚と高相性ではなく、高反発。


 リリィが横から覗く。


「高反発。寝具みたいですね」


「表現を変えますか」


「いえ。面白いので採用で」


 コレットはそのままにした。


 俺はフィーニスを見ていた。


 この旗は、ただ小さいものを嫌っているわけではない。


 秩序からこぼれるものを嫌う。


 登録されていないもの。


 決まった距離にいないもの。


 増え方が読めないもの。


 つまり、リリィの召喚そのものだ。


 だが、それだけではない。


 この旗は、たぶんリリィの毒舌にも反応する。


 毒舌は、言葉の不規則な飛び方だ。


 冗談は、まっすぐな会話の線をずらす。


 フィーニスは、そういうずれを嫌うかもしれない。


 いや、旗が言葉まで見るかはわからない。


 でも、旗は人の性質を見る。


 白旗も、崖旗もそうだった。


 なら、フィーニスもリリィの「予測できなさ」を見る。


 その時、ノルが立ったまま少し眠そうに揺れた。


「ノル」


 俺が呼ぶと、彼女は目を半分閉じたまま言う。


「起きてる」


「本当か」


「半分」


 ノルはフィーニスを見た。


「あの旗、きれいにするんじゃない。散らかる前に、散らかりそうなものを嫌う」


 クララが反応する。


「予防的清浄性」


 ミラが言う。


「短く」


「散らかる前に嫌う旗」


「わかる」


 リリィが小さく笑った。


「私、存在前から嫌われそうですね」


「存在前って何だ」


「召喚する前から、出てくるものが嫌われるという意味です」


 その冗談は、かなり痛い。


 フェルン先生が次の札を持つ。


「最後に、封印状態の未登録召喚物に対する反応を確認してもよろしいでしょうか」


 全員の視線がリリィへ向いた。


 迷子一号。


 封印布付き。


 まだ袋の中。


 リリィは笑った。


「来ましたね。石の大舞台」


 コレットがすぐに聞く。


「リリィさん、できますか」


「できますか、ではなく、やりますか、にしてください」


 声が少しだけ硬い。


 コレットはすぐに言い直した。


「やりますか」


 リリィは少し黙った。


 それから、小袋を手に取る。


「やります。開けません。封印布のまま、距離は外円のさらに外。私が持ちます」


 フェルン先生が頷く。


「それで構いません」


「構うと言われたら帰るところでした」


「理解しています」


 リリィが少しだけ眉を上げた。


 理解しています。


 便利な言葉だが、フェルン先生の声は逃げていなかった。


 リリィは銀線から十分離れた位置に立った。


 小袋を両手で持つ。


 封印布は巻かれたまま。


 ただの石。


 登録外。


 未登録。


 性質不明。


 迷子一号。


 フィーニスは最初、反応しなかった。


 止まり木の上で羽を整えている。


 リリィが一歩、近づく。


 まだ外円の外。


 フィーニスの首が、かくりと動いた。


 小袋を見る。


 封印布を見る。


 リリィを見る。


 リリィは笑っていた。


「こんにちは。石です」


 誰に向けた挨拶なのか。


 フィーニスは羽を膨らませた。


 チリ。


 銀輪が鳴る。


 セラが記録する。


「封印状態、距離外、反応あり」


 リリィがもう一歩近づく。


 フィーニスの羽が逆立つ。


 尾の青が白くなる。


 小袋は開いていない。


 石は見えていない。


 それでも反応する。


「中身、見えてないよね」


 ネルが言う。


 フェルン先生が頷く。


「見えていないはずです」


 クララが早口になりかけ、ミラに見られて短くする。


「由来に反応している可能性があります」


「由来?」


「召喚されたものだという痕跡」


 リリィが小袋を見た。


「石にも経歴があるんですね」


 笑っている。


 でも、手が少し震えている。


 フィーニスが止まり木から跳んだ。


 小さな白い鳥が、銀の円の内側を回る。


 リリィのほうへ向かうのではない。


 円の内側を何度も回り、自分の境界を確認している。


 嫌がっている。


 怖がっているのかもしれない。


 ただ、攻撃はしない。


 未登録のものが近づく前に、周囲を清める。


 散らかる前に、散らかりそうなものを嫌う。


 ノルの言葉がぴったりだった。


「止めますか」


 コレットが聞く。


 リリィは首を横に振った。


「まだ」


 その声は軽くない。


 終わりではない。


 続行。


 彼女は自分で選んでいる。


 リリィが最後にもう半歩近づいた。


 外円の線から、まだ十分距離がある。


 だが、フィーニスは強く鳴いた。


 チリン。


 庭の鈴が一つ、反応した。


 密告鈴。


 リリィの肩が跳ねる。


 その瞬間だけ、彼女の笑みが消えた。


 俺は一歩出かけた。


 でも、止まった。


 周りを持つ。


 直接つかむな。


「終わり」


 リリィが言った。


 短い声。


 山で覚えた言葉を、彼女が使った。


 コレットがすぐに頷く。


「終了します」


 フェルン先生も同時に言う。


「観察終了。フィーニス、鎮静手順」


 セラとユアンが動き、登録済みの小鳥を下げる。


 銀線の光が弱まる。


 フィーニスは止まり木に戻り、羽を何度も整えた。


 リリィは小袋を胸元に戻した。


 手はまだ少し震えている。


 ロイが音を出しかけ、止めた。


 無音合図。


 今は何も鳴らさない。


 ガレスが水を差し出す。


 リリィは受け取った。


「ありがとうございます。石の保護者も喉が渇きます」


「水は大事」


「知っています」


 いつもの返し。


 でも、水を飲む手はゆっくりだった。


 フェルン先生がリリィに向き直る。


「協力に感謝します。フィーニスは、封印状態でも反応しました。召喚由来の痕跡に過敏である可能性があります」


「つまり、私が何を出しても嫌われる可能性が高いと」


「可能性は高いです」


 フェルン先生は逃げずに言った。


「ただし、反応は拒絶であって、即時攻撃ではありません。距離と範囲を守れば観察可能です」


 リリィは少し笑った。


「希望のある嫌われ方ですね」


「そう捉えるなら」


「捉えません。今のは嫌味です」


「失礼しました」


 フェルン先生は真面目に謝った。


 リリィは少し困った顔をした。


 この学校の人たちは、昔と同じように刺してくる。


 でも、時々昔とは違う受け止め方をする。


 それがリリィを一番困らせているように見えた。


 観察後、カルミア側の控室に戻ると、コレットはすぐに記録を整理した。


 フィーニスは小型個体そのものではなく、未登録、距離逸脱、増加、不規則性、召喚由来の痕跡に反応。


 迷子一号は封印布内でも反応対象。


 リリィのランダム召喚とは公式戦で強い反発が予想される。


 ただし、攻撃ではなく境界維持が主反応。


 距離、範囲、出現数、出現位置が鍵。


「鍵、多いですね」


 リリィが言う。


「あなたの召喚が不確定なので」


 コレットが真面目に返す。


「部長さん、真正面から刺しますね」


「刺しましたか」


「少し」


「すみません」


「いえ。今のは事実なので許します」


 リリィは椅子に座り、迷子一号を机に置いた。


 封印布はまだ巻かれている。


「出してもいないのに嫌われるとは、なかなか高得点です」


 ネルが言う。


「嫌われたの、リリィじゃない」


 リリィは目を細める。


「迷子一号ですか」


「召喚由来の痕跡」


「ネル先輩まで専門用語を使うように」


「クララが短く言った」


 クララが少し誇らしそうにする。


 リリィは迷子一号を見た。


「でも、私が出したものです」


「それでも、リリィそのものじゃない」


 ネルの声は少し不器用だった。


「小さいものを嫌う旗に、リリィが嫌われたみたいに言うのは違う」


 リリィは黙った。


 ネルの言葉は、雑で、まっすぐで、逃げ道が少ない。


 だから、時々よく届く。


「……ありがとうございます」


 リリィが小さく言った。


 ネルは少し慌てる。


「いや、別に」


「照れないでください。私まで照れるので」


「照れてない」


「そういうことにしておきます」


 少し空気が緩んだ。


 ロイが指先で机を叩くか迷い、やめた。


 リリィがそれを見る。


「完了音、出さないんですか」


「まだ完了じゃない気がして」


「正解です。今日は嫌われただけなので」


「嫌われ方の観察は完了しました」


 ロイが真面目に言う。


 リリィは少しだけ笑った。


「では、嫌われ方完了音をお願いします」


「それは名前が嫌です」


「贅沢ですね」


 ロイは迷った末、机を小さく叩いた。


 コン。


 完了音。


 リリィはその音を聞いて、少しだけ息を吐いた。


 緊張が解けたのかもしれない。


 俺はフィーニスの動きを思い出していた。


 小さいものを嫌う旗。


 でも、ただ嫌うだけではない。


 境界を守る旗。


 散らかる前に嫌う旗。


 ランダム召喚を拒絶する旗。


 なら、公式戦でリリィの召喚が偶然出た場合、フィーニスはどう動く。


 逃げるのか。


 清めに来るのか。


 境界を作るのか。


 フィーニスの嫌悪は、旗の逃走方向を読む手がかりになるかもしれない。


 そう考えかけて、俺は止まった。


 作戦化を急ぐな。


 リリィを先に見ろ。


 コレットも同じように記録板の端に書いていた。


 リリィを作戦材料にしすぎない。


 その下に、小さく付け足す。


 ただし、本人が使うと言ったら、使えるように準備する。


 リリィがそれを覗き込む。


「部長さん、本当に厄介ですね」


「厄介ですか」


「優しさと作戦が同じ紙に載っているので」


「分けたほうがいいですか」


「いえ」


 リリィは少し考えた。


「一緒でいいです。たぶん、私にはそのほうが逃げ道が少なくて困ります」


「困るんですね」


「困ります。でも、逃げ道がありすぎると、私はすぐ逃げます」


 それは、かなり正直な言葉だった。


 控室が静かになる。


 リリィはすぐに笑う。


「今のは忘れてください」


「だから俺にそれを言うな」


 俺が返すと、リリィは「あ」と小さく言った。


 それから、少し申し訳なさそうに目を伏せる。


 俺は首を横に振った。


「今のは覚える」


「ひどい」


「必要だから」


「便利な言葉になってきましたね」


「本当に便利なんだ」


 リリィは笑った。


 今度は少しだけ、窓に映る笑みとずれなかった。


 夜、ノルが短い夢を見た。


 食堂車ではなく、クレストフォールの控室で。


 机に突っ伏したまま、彼女はぽつりと言った。


「白い羽、汚れる前に逃げる」


 俺とコレットとクララが反応する。


 ノルは続けた。


「小さい足、増えると嫌。小さい声、ばらけると嫌。名前のないもの、羽につく前に払う」


 クララが息を吸う。


 ミラはいない。


 だから誰も止めない。


「未命名召喚痕跡に対する予防的排除反応」


 長い。


 でも、今回は少しだけ必要そうだった。


 リリィが扉のところに立っていた。


 また、いつからいたのかわからない。


「つまり」


 彼女は言った。


「私は羽につく前に払われる埃候補ですね」


「違う」


 ネルが即座に言った。


 リリィは目を瞬かせる。


「早いですね」


「違うから」


 ネルはそれ以上うまく言えないようだった。


 でも、その早さで十分だった。


 リリィは少しだけ笑った。


「では、違うということで」


 窓の外で、白い鈴が風に揺れた。


 鳴らなかった。


 明日から、作戦を考えなければならない。


 リリィのランダム召喚。


 フィーニスの拒絶。


 クレストフォールの整った召喚術。


 登録外を嫌う文化。


 その全部を、雑に混ぜるとリリィが傷つく。


 でも、混ぜなければ勝ち筋は見えない。


 俺は手袋の指先を握った。


 戻り言葉は、ルカ。


 そして、今日の記録。


 綿羽旗フィーニスは、小さいものを嫌う。


 正確には、名づけられず、登録されず、どこへ行くかわからない小さいものを嫌う。


 リリィはそれに笑っていた。


 でも、笑っているだけではなかった。


 そのことを、俺たちは忘れずに次へ進まなければならない。


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