表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/165

第71話 山は荷物を選ばない

 巡業列車が山に入ると、窓の外の世界が急に縦になった。


 ルミナリアの庭は、横に広がる場所だった。


 白い石畳。


 青い花壇。


 金の縁取り。


 視線を水平に滑らせると、どこまでも整った美しさが続いていた。


 でも、山は違う。


 窓の外で、森が下へ落ちている。


 崖が上へ立っている。


 雲が線路の横を流れている。


 川は遠く下で白く泡立ち、道は細い紐みたいに斜面へ張りついている。


 世界が、横ではなく縦に続いていた。


「落ちそう」


 ロイが窓に額をつけて言った。


「窓から離れろ」


 ネルが即座に言う。


「見たいんです」


「落ちたいの?」


「落ちたくはないです」


「じゃあ離れろ」


 ロイは少しだけ離れた。


 でも、目はまだ窓に張りついている。


 気持ちは分かる。


 俺も、正直かなり見ていた。


 列車の車輪が、普通の線路とは違う音を立てている。


 がたん、ではなく。


 ぎし、でもなく。


 きいん、と細く張った音。


 山岳路線用の魔法軌条だとクララが説明してくれた。


 説明してくれた、というより、止まらなくなった。


「山岳地域では通常の水平安定式軌条では斜面荷重に耐えられないため、古式の鉤爪軌条と現代魔力制御を併用しているんです。あの外側の歯車状のものが列車を線路へ噛ませていて、ただし現代式だけでは反動が大きすぎるので、古代の地脈固定符を」


「クララ」


 コレットが言う。


「はい」


「今は景色を見たい」


「景色にも術式が」


「あとで」


「はい」


 クララはしゅんとした。


 三秒後に窓の縁の古い刻印を見つけて、また目が輝いた。


 見すぎない練習は続いているが、山岳路線は彼女には刺激が強すぎるらしい。


「すごい」


 リリィが、珍しく素直に言った。


 迷子一号を膝の上に乗せている。


 石は、列車の揺れに合わせてころころ転がろうとして、リリィの指に止められていた。


「召喚したら、何が出るんだろ」


「崖から落ちないやつだといいな」


 俺が言うと、リリィは真顔で頷いた。


「切実」


 ロイが振り返る。


「羽が生えたやつとか?」


「前に羽の生えた鍋が出た」


「飛べるんですか」


「煮えた」


「怖い」


 ネルが頭を抱えた。


「なんで鍋が煮えるの」


「知らない。呼んだら煮えてた」


「ほんとに召喚って嫌」


「私も嫌」


 リリィがさらっと言うので、誰も返せなかった。


 自分の魔法を嫌だと言える軽さ。


 それも、白旗の後だと少し違って聞こえる。


 嫌いだから終わり、ではない。


 嫌いなまま、使い方を探す。


 俺たちは、そういうことばかりしている。


 ミラは、窓の外を見ていなかった。


 通路側の席に座り、荷物棚の方を見ている。


 いや、荷物棚というより、そこに積まれた俺たちの鞄を見ている。


 列車が揺れるたびに、鞄の一つが少しずれる。


 ミラの指が、ぴくりと動く。


 落ちる前に取りたいのだ。


 まだ落ちてもいないのに。


「ミラ」


 ガレスが静かに呼んだ。


「大丈夫」


「まだ何も言ってない」


「落ちない」


 ミラは、少し不満そうに荷物を見る。


「でも、傾いてる」


「俺が直した」


「少し傾いてる」


「山道では、少し傾く」


 ガレスがそう言うと、ミラはようやく荷物から目を離した。


「少しなら」


「少しなら」


 この二人の会話は、短い。


 短いのに、妙に意味がある。


 ガレスは、壊れたものや落ちそうなものを見つけるのが早い。


 ミラは、重いものや傾いたものを見つけるのが早い。


 似ているようで、少し違う。


 ガレスは、壊れる前の周りを見る。


 ミラは、背負う前の重さを見る。


「懐かしい?」


 俺が聞くと、ミラは窓の方を見た。


 そこには、霧の向こうに段々畑みたいな斜面が見えていた。


 細い道。


 石垣。


 小さな屋根。


「少し」


「故郷、この近く?」


「近い。でも違う山」


「山にも違いがあるんだ」


 言ってから、馬鹿みたいな質問だと思った。


 海の人に、海にも違いがあるんだ、と言うようなものだ。


 ミラは気にしなかった。


「ある。ここの山は高い。私の山は、横に長い」


「山が横に長い?」


「尾根が長い。風が横から来る。ここは下から来る」


 ミラが窓を少し開ける。


 冷たい風が車内に入ってきた。


 ロイが「寒っ」と言い、ネルが「閉めて」と言いかけて止まった。


 ミラは目を細める。


「下の川が近い。石が白い。たぶん、旗は速い」


「旗?」


 コレットが反応する。


 帳面を開きかけて、ミラを見る。


「書いていい?」


 ミラは頷いた。


「いい」


 コレットは素早く書き始める。


「下の川が近い。石が白い。旗は速い」


「まだ見てないけど」


 俺が言うと、ミラは首を横に振る。


「山で速いものは、先に分かる」


「どうやって」


「道が逃げてる」


 道が逃げている。


 俺は窓の外を見る。


 斜面に張りついた細い道は、確かにまっすぐ進んでいない。


 崖を避ける。


 岩を避ける。


 川へ落ちないように曲がる。


 まるで、何かから逃げているみたいに。


「道が逃げてる山では、旗も逃げる」


 ミラは、当たり前のように言った。


 クララが、ものすごく書きたそうな顔をしている。


「クララ」


 コレットが言う。


「許可」


 クララはミラを見る。


「理論化してもいいですか」


 ミラは少し考えた。


「難しくしすぎないなら」


「努力します」


「難しくした」


「まだです」


 クララは慌てて言った。


 山岳地方。


 俺たちにとっては、これから行く巡業先。


 でも、ミラにとっては、言葉より先に身体が知っている場所なのだ。


 風の向き。


 道の曲がり。


 石の色。


 荷物の傾き。


 それらを見て、旗の速さを予想する。


 カルミアでは、彼女の筋力強化は欠陥魔法として扱われている。


 使えば強い。


 でも、一定時間後に全身が動かなくなる。


 だから危ない。


 だから回収が必要。


 だから、試合では切りどころを間違えると負け筋になる。


 それは正しい。


 でも、ミラが今見ている山では、少し違うのかもしれない。


 動けなくなるほど力を使うことが、ただの欠陥ではない場所。


 荷物を持ち、崖を登り、短い距離で命をつなぐ場所。


 そんな土地では、筋力強化の意味が変わる。


「ルカ」


 ミラが俺を見る。


「何」


「山では、荷物を軽くしすぎると危ない」


「重い方がいいってこと?」


「違う」


 ミラは首を横に振る。


「軽いと思うと、雑に持つ。雑に持つと、崖で落とす。重いと知って持つ方が、落とさない」


 ガレスが、静かに頷いた。


「皿も同じ」


「皿?」


「軽いと思うと割る」


「山の話が皿に戻った」


 ネルが言う。


「ガレスだから」


 リリィが言った。


 全員が少し納得した。


 重いと知って持つ。


 ミラの言葉は、山の荷物の話であり、たぶん自分の魔法の話でもある。


 力を使えば、あとで動けなくなる。


 それを軽く考えると落ちる。


 でも、重いと知って使えば、背負い方を考えられる。


 俺たちは、ミラの欠陥をどれくらい重いものとして持っていただろう。


 試合で使う札として。


 回収が必要な危険として。


 それだけではなく、彼女が山で学んだ持ち方として見ていただろうか。


 列車が大きく曲がった。


 窓の外で、谷が一気に開く。


 白い川。


 黒い岩。


 斜面に張りつく校舎。


「見えた」


 アルフが言った。


 全員が窓へ寄る。


 ネルに「落ちる」と言われたロイまで、また寄った。


 今度はネルも止めなかった。


 谷の向こう、崖の中腹に、灰色の校舎が建っていた。


 建っている、というより、岩に噛みついている。


 屋根は低く、壁は厚い。


 校庭らしき平地はほとんどない。


 代わりに、崖沿いの広い足場と、斜面を縫うような複数の競技路が見える。


 旗奪競技場だ。


 ただし、俺たちが知っている競技場とは形が違いすぎる。


 地面が平らではない。


 境界線が水平ではない。


 観客席らしきものは、崖の段差に彫り込まれている。


 あそこで試合をするのか。


 正直、かなり嫌だ。


「グライフ山岳魔法学校」


 コレットが資料を読む。


「山岳地方の強豪校。地域魔法の実用性を重視。旗は崖旗。公式名は、岩走りの旗ルベオ」


「ルベオ」


 リリィが名前を繰り返す。


「強そう」


「崖を駆ける獣型旗とある」


 コレットが続ける。


「過去五年、ホーム戦での旗奪取許可数、ゼロ」


「ゼロ?」


 ロイが聞き返す。


「一度も取られてないってこと?」


「ホームでは」


 アルフが言う。


「高低差を使う旗なら、当然かもしれない」


「当然で済ませたくないな」


 俺は窓の外を見る。


 崖の競技路を、小さな影が走った気がした。


 岩から岩へ。


 上から下へではなく、下から上へ。


 人間の動きではない。


 布でもない。


 獣。


 でも、一瞬だけ旗のように赤い尾が見えた。


「今の」


 俺が言うより早く、ミラが立ち上がっていた。


 列車の揺れの中で、まったく足元がぶれない。


「旗」


「見えた?」


「見えた」


 ミラの声が、少し低くなる。


「速い」


 彼女は、窓の外をじっと見ている。


 懐かしさではない。


 緊張でもない。


 もっと複雑な顔。


 帰ってきた人間の顔ではなく、帰ることを許されるか分からない人間の顔に見えた。


 列車が駅へ近づく。


 山腹に作られた小さな駅。


 ホームは短く、片側は岩壁、片側は谷だ。


 安全柵はある。


 あるけれど、信用していいのか少し迷う高さだ。


 列車が止まると、冷たい風が扉の隙間から入ってきた。


 ルミナリアの花の匂いは、もうない。


 石。


 土。


 濡れた木。


 遠い川。


 そして、何か獣のような匂い。


「荷物」


 ミラが言った。


 誰より早く立ち、棚の鞄を下ろし始める。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


「待て」


 ガレスが止める。


「持ちすぎ」


「山では一度で持つ」


「山でも持ちすぎると落とす」


 ミラが止まった。


 少しだけ、不満そうに。


「でも、ここでは」


「ここでも」


 ガレスが言う。


 短い。


 でも強い。


 ミラは、三つ目の鞄を戻した。


「二つ」


「二つ」


 ガレスが頷く。


 俺は自分の鞄を持つ。


 思ったより重い。


 いや、いつも通りの重さのはずだ。


 山に来ると、荷物の重さまで変わるのかもしれない。


 列車を降りると、足元の石が冷たかった。


 ホームが少し傾いている。


 ほんの少し。


 でも、体がすぐに気づく。


 平地の感覚で立つと、谷の方へ持っていかれる。


「足、開いて」


 ミラが言った。


 俺たちは反射的に従う。


「膝、固めない」


 ロイが慌てて膝を曲げる。


「荷物、谷側に出さない」


 リリィが迷子一号を胸元へ押さえる。


「風、下から来る時は、上着を閉じる」


 クララが、言われた通りに上着を閉めながら感心した顔をした。


「実用的です」


「実用」


 ミラは、その言葉を繰り返した。


 少しだけ、表情が変わる。


 嬉しいのか。


 苦いのか。


 どちらとも言えない。


 駅の出口には、グライフ山岳魔法学校の生徒たちが待っていた。


 灰色の制服。


 厚い靴。


 膝と肘に革の保護具。


 ルミナリアとは真逆だ。


 礼式の美しさではなく、転んでも破れないことを優先した服。


 その先頭に、背の高い女子生徒が立っていた。


 短く切った黒髪。


 日に焼けた肌。


 肩に赤い布を巻いている。


 彼女は俺たちを見ると、まず荷物を見た。


 次に靴。


 最後に顔。


 山の人間は、たぶんその順番で見るのだろう。


「カルミア魔法学園、第七魔法競技部」


 コレットが名乗る。


「巡業リーグ公式訪問で来ました」


 女子生徒は頷いた。


「グライフ山岳魔法学校、競技部副主将、タリア・ロックです」


 声は低く、よく通る。


「遠いところを」


 そこまで言って、彼女の視線がミラで止まった。


 ミラも、彼女を見ていた。


 一瞬、風が強くなる。


 タリアの目が細くなった。


「ミラ・ガルド」


「タリア」


 知り合い。


 いや、ただの知り合いではない。


 呼び方に、昔からの距離がある。


 近い。


 でも、今は近くない。


 そういう距離。


「中央の学校に行ったって聞いた」


 タリアが言う。


 中央。


 カルミアは王都ではない。


 没落した地方校だ。


 でも、山から見れば、山の外は中央なのだろう。


 ミラは荷物を握り直した。


「カルミア」


「山を降りたら、全部似たようなもの」


 タリアの言葉に、ネルが眉を動かす。


 俺は少しだけ手で制した。


 まだ早い。


 これは、ただの悪口ではない。


 たぶん、この土地の痛みが混じっている。


「戻ってきたのか」


 タリアが聞く。


 ミラは首を横に振った。


「巡業で来た」


「そう」


 タリアは、ミラの荷物を見る。


 二つの鞄。


 持ちすぎではない。


 でも、軽くもない。


「荷物、減ったね」


 ミラの表情が少し固くなった。


「落とさないため」


「中央では、そう教わる?」


「ガレスが言った」


 タリアの視線がガレスへ向く。


 ガレスは無表情で軽く頷いた。


「山でも、持ちすぎると落とす」


 タリアは、少しだけ笑った。


 好意的かどうかは分からない。


「分かってる人もいるんだ」


 その一言で、ミラの肩が少しだけ動いた。


 褒められたのはガレスだ。


 でも、ミラが反応した。


 山と中央。


 持つもの。


 降りた人間。


 戻ったわけではない人間。


 この章は、どうやら最初から荷物が重い。


「案内します」


 タリアが言った。


「道は狭い。谷側に荷物を出さない。足音を揃えない。揃えると崩れやすい板がある」


「足音を揃えない?」


 ロイが聞く。


「山では、揃った音が危ない時がある」


 ロイの顔が真剣になる。


 音の話だ。


 彼にとっては、もう他人事ではない。


「小さくした方がいいですか」


 タリアはロイを見る。


「場所による。岩に聞け」


「岩に」


 ロイは困った顔をした。


 ノルが眠そうに言う。


「夢なら聞けるかも」


「起きて聞いて」


 ネルが突っ込む。


 タリアは少しだけ怪訝な顔をしたが、追及しなかった。


 山の学校は、ルミナリアほど礼式に細かくない。


 代わりに、足元に細かい。


 俺たちは、タリアの案内で駅を出た。


 道は本当に狭かった。


 岩壁側を歩く。


 谷側を見るなと言われても、見てしまう。


 下には川が白く光っている。


 遠い。


 かなり遠い。


「落ちたら」


 ロイが言いかける。


「言うな」


 ネルが遮る。


「はい」


 ミラは先頭近くを歩いていた。


 足取りが違う。


 列車の中やカルミアの廊下では、少し重く見える歩き方。


 でも、この道では自然だった。


 膝を固めない。


 足を置く前に石を見る。


 荷物を体の内側へ寄せる。


 風が来る前に、肩を低くする。


 ミラの体は、山を知っている。


 それは魔法以前の強さだった。


「ミラ」


 俺が声をかける。


「何」


「歩き方、教えて」


 ミラは振り返った。


 少し驚いた顔。


「今?」


「今」


「言った」


「足開いて、膝固めない、荷物谷側に出さない、以外にもあるだろ」


 ミラは、少しだけ考えた。


「山を見る」


「山を見る」


「道だけ見ない。道は山の一部。石を見る。風を見る。前の人の背中だけ見ない」


 それは、競技にもそのまま使える言葉だった。


 旗だけを見るな。


 道も、風も、石も見る。


 クララがまた書きたそうにしている。


 コレットはすでに書いていた。


 許可は取ったのだろうか。


 ミラを見ると、彼女は頷いた。


 もう許可済みらしい。


 歩きながらでも、二人の間で何か通じている。


 グライフ山岳魔法学校の校門は、門というより岩の裂け目だった。


 左右の岩壁に校名が彫られている。


 その上を、赤い布のようなものが一瞬走った。


 全員が見上げる。


 赤い尾。


 岩を蹴る四肢。


 旗竿ではなく、背中に短い布を立てた獣の形。


 崖旗ルベオ。


 それは、校門の上を走り抜け、垂直に近い岩壁を蹴って、さらに上へ消えた。


「速っ」


 ネルが思わず言う。


 ロイは口を開けていた。


 アルフは、眉間に皺を寄せる。


「あれを取るのか」


「ホームでは五年取られてない」


 コレットが言う。


「納得」


 ジャックがぼそりと呟いた。


「あれ、壊すのも無理そうだ」


「壊さないでください」


 クララが即座に言う。


「言っただけだ」


 白旗アウレリアは、礼を見た。


 鉄旗は、命令を見た。


 崖旗ルベオは、たぶん足を見る。


 荷物を見る。


 重さを見る。


 山の持ち方を見る。


 ミラは、消えた崖旗の方をじっと見ていた。


 その横顔には、懐かしさがあった。


 悔しさもあった。


 そして、少しだけ怖さもあった。


「あれ」


 ミラが言う。


「私の山にも、似たのがいた」


「旗?」


「獣」


 ミラは、荷物を持ち直した。


「追うと落ちる。待つと来ない。背負うものを間違えると、道がなくなる」


 タリアが振り返る。


「覚えてるなら、まだ山の足だ」


 その言葉は、褒めているようにも聞こえた。


 試しているようにも聞こえた。


 ミラは、すぐには答えなかった。


 少ししてから、短く言う。


「忘れてない」


 タリアは頷く。


「なら、落ちないで」


 それだけ言って、校門の中へ進む。


 俺たちも続いた。


 岩の裂け目を抜けると、風の音が変わった。


 学校の中なのに、屋外だ。


 中庭はなく、代わりに崖へ張り出した足場がある。


 その足場の端で、山岳校の生徒たちが訓練していた。


 跳ぶ。


 掴む。


 背負う。


 引き上げる。


 魔法の光は少ない。


 体の動きが多い。


 でも、魔法がないわけではない。


 靴裏に淡い光。


 膝の補助に短い発光。


 荷物を持ち上げる瞬間だけ、肩に魔力が走る。


 短く、強く、すぐ消える。


 ミラの筋力強化に似ている。


 ただし、彼らは使ったあと倒れない。


 使い方が違うのか。


 土地が違うのか。


 鍛え方が違うのか。


 それとも、ミラの欠陥だけが、何か別の形で重いのか。


「見すぎ」


 ミラが言った。


 俺ははっとする。


「悪い」


「いい。でも、私を見るより山を見る」


「分かった」


 言われた通り、俺は山を見た。


 崖。


 足場。


 風。


 荷物。


 生徒たちの靴。


 崖旗が消えた上の岩。


 そこには、ミラの魔法を理解するための手がかりが、たぶんいくつもある。


 グライフ山岳魔法学校。


 ミラの故郷に近い強豪校。


 崖旗ルベオ。


 五年、ホームで奪われていない旗。


 そして、ミラが忘れていない山の足。


 ルミナリアの白い庭から、俺たちはずいぶん遠くまで来た。


 でも、やることは変わらない。


 欠陥を、欠陥のまま見る。


 その土地で、何が欠けていて、何が強みなのかを見直す。


 荷物を軽く見ない。


 重いと知って、持ち方を覚える。


 山は、荷物を選ばない。


 持つ人間の足だけを、静かに見ている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ