第69話 第七魔法競技部のレイナ
ルミナリア貴族魔法学院の朝は、最後まで姿勢がよかった。
出発の日だというのに、慌ただしさがない。
宿舎の廊下には白い光が均等に差し、窓辺の花瓶には昨日と同じ角度で青い花が挿してある。
荷物を運ぶ生徒たちの足音まで、どこか礼式の一部みたいだった。
その中で、カルミアの第七魔法競技部は、当然のように浮いている。
ロイは荷物の留め具を鳴らしてネルに睨まれ、リリィは迷子一号を荷造りの紐に絡ませ、ミラは荷物を一人で三人分持とうとしてガレスに止められ、クララは昨日の検証記録の写しに顔を近づけすぎてコレットに帳面で軽く叩かれた。
いつも通りだ。
ルミナリアの白い廊下には、あまり似合わない。
でも、昨日ほど恥ずかしくはない。
たぶん、俺たちが慣れたのではない。
廊下の方が、少しだけ俺たちを見慣れたのだ。
「それ、廊下が成長したみたいな言い方ですね」
レイナに言われて、俺は自分が口に出していたことに気づいた。
「言ってた?」
「はい」
「寝不足かもしれない」
「ルミナリアの廊下に人格を与えるほどですか」
「白旗が鳥みたいに動く学校なら、廊下も少しは成長するだろ」
レイナは、少しだけ笑った。
白い宿舎の入口。
そこに立つ彼女は、出会った頃より少し違って見える。
姿勢は相変わらず綺麗だ。
髪も整っている。
手袋の指先も揃っている。
でも、完璧に見せるための固さが少し減った。
代わりに、疲れがある。
迷いもある。
未練もある。
それらを消していない顔だった。
「荷物、全部?」
俺が聞くと、レイナは手元の鞄を見た。
「はい。ルミナリアから借りたものは返しました。記録写しはコレットさんが持っています。白旗アウレリアの反応記録は、後日正式にカルミアへ送られるそうです」
「白い招待状は?」
言ってから、少し踏み込みすぎたかと思った。
でも、レイナは怒らなかった。
鞄の留め具に指を置く。
「持ってきていません」
「そっか」
「家にあります。机の奥に」
その言い方は、昨日までより少しだけ具体的だった。
しまったものを、しまったものとして覚えている声。
「持ってくればよかった?」
俺が聞くと、レイナは少し考えた。
「いいえ」
短い返事だった。
「まだ、持ち歩くものではありません。捨てるものでもありません。今日は、家に置いたままでいいです」
「そっか」
「はい」
それ以上、俺は聞かなかった。
招待状の置き場所は、レイナが決める。
俺が持ち方を指定するものではない。
「全員、出発準備は?」
コレットの声が宿舎の入口に響いた。
小さい体で、よく通る声を出す。
これも一種の才能だと思う。
ロイの大音量とは違う方向で。
「できてます」
「迷子一号もいます」
「荷物、軽い」
「嘘つけ。ミラ、それ絶対重い」
「重くない。背負い方がいい」
「背負い方で限界は消えない」
ガレスがミラの荷物を一つ受け取る。
ミラは少し不満そうだったが、渡した。
成長だ。
たぶん。
「ノルは?」
コレットが見回す。
ノルは、柱にもたれて半分寝ていた。
「起きてる」
「目」
「片方」
「両方」
「厳しい」
ノルは両目を開けた。
三秒後に片方閉じた。
コレットは諦めた。
「今日は、ルミナリア側との最後の挨拶がある。代表者と先生方、それから白旗アウレリアにも礼をする」
「旗に礼」
ジャックが面倒そうに言う。
「捕まえ損ねた相手に頭下げんのか」
「勝った相手にも礼をする」
アルフが答える。
「じゃあ、俺は嫌いだって言っとく」
「礼として成立するなら」
「するか?」
「昨日の白旗なら、たぶん少し考える」
ジャックは鼻を鳴らした。
でも、出ていく気はない。
彼も彼なりに、このルミナリアの白旗を嫌っていないのだと思う。
嫌いだと言いながら、壊さなかった相手。
それはジャックにとって、意外と大事な分類なのかもしれない。
俺たちは宿舎を出て、礼式演習庭へ向かった。
白い道。
青い花壇。
金の装飾。
数日前に来た時は、全部がこちらを試しているように見えた。
今も、少しはそう見える。
でも、同時に、ただここにあるものにも見えるようになった。
美しい庭。
窮屈な庭。
誰かが誇る庭。
誰かが来られなかった庭。
白旗アウレリアが飛ぶ庭。
一つの意味だけではない。
それを教えたのは、たぶんレイナだ。
庭の中央には、マリエル先生、セシリア、アドリアン、ユリウス、数人の記録官が立っていた。
白旗アウレリアは、止まり木の上で静かに揺れている。
朝の光を受けた布が、昨日より柔らかく見えた。
気のせいかもしれない。
でも、この数日で俺は、気のせいを少し大事にするようになっている。
ノルの夢も、リリィの迷子一号も、ガレスの水も、最初はだいたい気のせいに見えるからだ。
「カルミア魔法学園、第七魔法競技部の皆様」
マリエル先生が礼をする。
俺たちも、ぎこちなく礼を返した。
ルミナリア式ではない。
カルミア式でも、たぶんない。
不揃いな礼。
でも、誰も笑わなかった。
「昨日までの公式戦、合同検証、追加検証にご協力いただき、ありがとうございました」
「こちらこそ」
コレットが代表して答える。
背が小さいのに、こういう時は本当に部長に見える。
「白旗アウレリアの反応記録は、ルミナリア側で整理したのち、カルミア魔法学園へ正式に送付します。あわせて、巡業リーグ礼式旗研究会へも報告します」
「研究会」
クララが小さく震えた。
見すぎを我慢している顔だ。
コレットが横目で見る。
「クララ」
「まだ見ていません」
「まだ」
「今からも、許可があるまで見ません」
「よし」
クララが深呼吸する。
研究会という言葉に反応しないのは、彼女にとってかなり厳しい修行だ。
「また、カルミア魔法学園第七魔法競技部は、本校の今後の対戦研究対象として登録されます」
マリエル先生の言葉に、ロイが小さく息を飲んだ。
ネルが「今さら?」という顔をする。
でも、俺は少しだけ背筋が伸びた。
低評価校。
観察対象。
欠陥例。
そう呼ばれていた俺たちが、対戦研究対象として登録される。
それは、きっと喜んでいいことだ。
喜ぶと、次から本気で研究されるということでもある。
嫌な副作用つきの喜び。
競技では、だいたいそういうものが一番本物だ。
「アドリアン・ヴァロワ」
マリエル先生が促す。
アドリアンが一歩前に出た。
やはり、動きが絵になる。
絵になりすぎて、少し腹が立つ。
「カルミア魔法学園第七魔法競技部の皆様」
彼は礼をした。
「昨日の公式戦、そして検証で示された不揃いな礼に、改めて敬意を表します」
「不揃いって褒め言葉なんですか」
ロイが小さく囁く。
俺は小声で返す。
「たぶん、今回は」
「難しい」
「ルミナリアだから」
アドリアンは続ける。
「次に対戦する時、私たちはあなた方の失敗宣言、小音合図、非接触誘導、そして滞在判定を前提に研究します」
コレットの目が鋭くなる。
負け筋が見えた顔だ。
「それでも、また対戦したい」
アドリアンの視線が、俺たちを一人ずつ見て、最後にレイナで止まった。
「特に、レイナ・オルコットさん」
レイナの肩が、ほんの少し動く。
「あなたの一度目は、美しくはありませんでした。けれど、私たちの白旗はそこを通りました。次は、私たちもその一度目を前提に礼式を組みます」
レイナは黙って聞いていた。
アドリアンは、少しだけ笑う。
「あなたは、どの所属として、その挑戦を受けますか」
庭の空気が変わった。
それは、予定されていた質問ではなかったと思う。
マリエル先生の眉がわずかに動いた。
セシリアもアドリアンを見る。
ユリウスは記録板を持つ手を止めた。
俺たちも、誰もすぐには反応できなかった。
どの所属として。
その言葉は、レイナの胸の奥に直接届いたはずだ。
ルミナリアに来たかった自分。
オルコット家の娘。
没落校へ来た生徒。
カルミアを仮の場所だと思っていた人間。
白旗に失敗を見られた選手。
公式戦で勝った第七部員。
どれも消えていない。
全部、彼女の中にある。
俺は何も言わなかった。
言えなかった、ではなく。
言わない方がいいと思った。
ここは、レイナが自分で立つ場所だ。
ネルも口を閉じていた。
その手が少し握られている。
言いたいことはあるのだろう。
でも、言わない。
昨日の約束が、ちゃんと残っている。
そこは持つ場所が違う。
レイナは、白旗アウレリアを見た。
白旗は止まり木の上で揺れている。
近づきはしない。
助けもしない。
ただ、そこにいる。
失敗のそばに降りることはできても、名乗りを代わりにすることはできない。
レイナは、ゆっくり息を吸った。
「私は」
声は、少し震えていた。
でも、庭に届いた。
「ルミナリア貴族魔法学院に来たかった者です」
最初に、それを言った。
俺は少しだけ目を見開く。
レイナは続ける。
「白い招待状を、今も家の机の奥にしまっています。捨てていません。忘れてもいません」
ルミナリアの生徒たちが静まり返る。
この庭で、そんなことを言う人間は多くないだろう。
選ばれた側の庭で、選ばれなかった痛みをそのまま言葉にする。
それは、美しいかどうかではなく、かなり強い。
「私は、オルコット家の娘です。家の事情で選べなかった道がありました。そのことを、まだ完全には納得していません」
セシリアが、目を伏せた。
ユリウスは、記録板に何かを書こうとして、やめた。
今は記録するより聞く時だと、彼も分かったのかもしれない。
「私は、カルミア魔法学園を仮の場所だと思っていました。第七魔法競技部の不揃いさを、恥ずかしいと思っていたこともあります」
ロイが少しだけ肩を縮める。
ネルは下を向かない。
ガレスも、ただ聞いている。
責めるための沈黙ではない。
受け取るための沈黙だ。
「でも」
レイナは、手袋の指先を握る。
その手は震えていた。
それでも、彼女は自分の手を隠さない。
「昨日、私は第七魔法競技部で勝ちました」
白旗アウレリアの布が、ふわりと揺れる。
「一度目を失敗し、二度目を成功させました。ネルの手と足、ロイの音、アルフの線、ルカの不介入、コレットさんの記録、ガレスさんの水、ミラさんの荷物、リリィさんの迷子、クララさんの距離、ノルさんの夢、ジャックさんの壊さない嫌い方。全部があって、白旗は私たちの庭へ滞在しました」
「俺のだけ言い方悪くないか」
ジャックが小声で言う。
「事実だ」
アルフが返す。
ジャックは黙った。
少しだけ、照れているようにも見えた。
レイナは、ほんの一瞬だけ笑った。
そして、アドリアンを見る。
「ですから、次に挑戦を受ける時、私は」
そこで、声が一度止まった。
庭の朝が、息を止める。
レイナの指が、鞄の留め具に触れる。
たぶん、家の机の奥にある白い招待状を思い出している。
持ってきていない。
捨てていない。
置いてきた。
その置き方も、今日の名乗りに含まれている。
「カルミア魔法学園」
レイナが言った。
声は震えていた。
でも、次の言葉は逃げなかった。
「第七魔法競技部のレイナ・オルコットとして、受けます」
庭に、音がなかった。
一瞬、本当に何も聞こえなかった。
風も。
衣擦れも。
ロイの札の小さな揺れも。
それから、白旗アウレリアが羽を広げた。
白い布が、朝の光を受けて大きく揺れる。
飛び立つわけではない。
でも、止まり木の上で、まるで礼を返すように広がった。
ロイが、小さく鳴らした。
「ちん」
誰も止めなかった。
音は、レイナの名乗りのあとに落ちた。
急かさず。
飾らず。
ただ、そこに置くように。
そして、拍手が起きた。
最初は、カルミア側。
コレットが小さく手を叩いた。
次にロイ。
ネルは拍手が下手だった。力が入りすぎている。
ガレスは静かに。
ミラは大きめに。
リリィは迷子一号を落としかけながら。
クララは記録板と拍手の間で迷って、両方を諦めきれずに変な動きになった。
ノルは半分寝ながら手を合わせた。
ジャックは面倒そうに一回だけ叩いた。
でも、叩いた。
それから、ルミナリア側にも拍手が広がる。
控えめで、整った拍手。
でも、昨日よりずっと温かい。
アドリアンは拍手をせず、深く礼をした。
「承知しました。第七魔法競技部のレイナ・オルコットさん」
その呼び方に、レイナの目が揺れる。
彼女は、礼を返した。
今度の礼は、ルミナリア式に近かった。
けれど、カルミアの不揃いさを隠すための礼ではない。
自分がどこに立つかを言ったあとの礼だ。
「次は、負けません」
アドリアンが言う。
レイナは、少しだけ笑った。
「こちらも、次は一度目から隠しません」
「それは厄介ですね」
「はい」
その「はい」は、少し誇らしげだった。
俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
大げさに喜ぶ場面ではない。
レイナはまだルミナリアへの未練を持っている。
白い招待状は家の机の奥にある。
今日の名乗りで、それが消えたわけではない。
でも、彼女はカルミアを仮の場所としてではなく、自分が挑戦を受ける所属として言った。
第七魔法競技部のレイナ。
それは、勝利より少し遅れて届いた、本当の一歩だった。
「レイナ」
ネルが近づいた。
拍手が収まった後の庭で、二人は向き合う。
ネルは少し迷っていた。
言葉を選ぶのが苦手な顔だ。
この顔の時のネルは、だいたい何か不器用なことを言う。
「今の」
「はい」
「よかった」
レイナは目を瞬いた。
短い。
不器用。
説明がない。
でも、たぶんネルにしては最大限だった。
レイナは、少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「でも、ルミナリアに来たかったって言ったのも、よかった」
ネルは視線を逸らす。
「そこ消したら、なんか違うから」
「はい」
「あたし、たぶん前なら、カルミアって言えたならそれでいいじゃんって思った」
「今は?」
「今は、机の奥の招待状も一緒に置いとけば、って思う」
レイナの表情が、少しだけ崩れた。
泣くほどではない。
笑うほどでもない。
でも、きれいに整えきれない顔。
「乱暴な言い方ですね」
「悪い」
「いいえ」
レイナは首を横に振った。
「今のは、持つ場所が合っていました」
ネルは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「そういう言い方、照れる」
「照れてください」
「性格悪」
二人は、少しだけ笑った。
その笑いも、まだぎこちない。
でも、ぎこちなさを隠すための礼ではない。
ぎこちないまま、隣に置くための笑いだった。
マリエル先生が、最後の書類をコレットへ渡した。
「巡業列車の出発時刻まで、あと一時間です」
「ありがとうございます」
コレットが受け取る。
「それと」
マリエル先生は、レイナを見る。
「あなたの名乗りを、公式の挨拶記録に残します。訂正希望があれば今のうちに」
レイナは、まっすぐに答えた。
「訂正はありません」
「承知しました」
記録官が筆を走らせる。
公式の挨拶記録。
そこに、レイナの名乗りが残る。
カルミア魔法学園第七魔法競技部のレイナ・オルコット。
俺は、ふと自分の名前のことを考えた。
ルカ・ヴァレン。
かつて名門選手だった名前。
今は、カルミアの第七部にいる名前。
魔法を使えば、記憶が落ちる名前。
いつか、自分でも呼び方が曖昧になるかもしれない名前。
レイナが自分で名乗ったのを見て、少し羨ましかった。
同時に、少し怖かった。
俺は、最後まで自分を同じように名乗れるのだろうか。
その時、横からノルが言った。
「ルカはルカ」
「急に何」
「顔に出てた」
「寝てるくせに」
「半分起きてるから、半分見える」
便利すぎる半分だ。
でも、少し助かった。
「ありがと」
俺が言うと、ノルは頷いた。
「戻り言葉、忘れないで」
「うん」
ルカ。
俺の戻り言葉。
みんなに呼ばれる名前。
レイナが自分の所属を名乗った日、俺は自分の名前を少しだけ強く意識した。
それも、たぶん記録には残らない小さな変化だ。
けれど、俺にとっては大事だった。
挨拶が終わると、白旗アウレリアが止まり木からふわりと浮いた。
全員が見上げる。
白旗は庭の中央を一周し、レイナの前で少しだけ高度を下げた。
触れない。
捕まらない。
滞在もしない。
ただ、通る。
失敗のそばを通るように。
未練のそばを通るように。
名乗りのそばを通るように。
レイナは手を伸ばさなかった。
でも、目を逸らさなかった。
「また」
彼女が言った。
白旗が、布を揺らす。
返事に見えた。
たぶん、返事だった。
白旗は止まり木へ戻る。
庭の光が、少しだけ眩しくなった。
出発の時間が近い。
俺たちは荷物を持ち直し、ルミナリアの門へ向かった。
門の前で、ユリウスが待っていた。
少し意外だった。
彼は記録板を抱えている。
俺たちを見ると、丁寧に礼をした。
「レイナ・オルコットさん」
「はい」
「昨日と今日の発言について、個人的な記録をまとめました。後日、正式な形式に整えてから送ります」
レイナは、少しだけ警戒した顔になる。
ユリウスはすぐに続けた。
「見世物、という言葉は使いません」
レイナの目が変わる。
「では、何と?」
「まだ決めていません」
ユリウスは、少し困ったように言った。
「失敗の共有、と書くと軽い。礼式内前提、と書くとあなたが消える。戦術情報、と書くと未練が消える。どれも足りません」
クララが、後ろで小さく震えた。
参加したいのを我慢している。
偉い。
「だから、まだ決めていません。あなたに確認してから書きます」
レイナは、しばらく彼を見ていた。
そして、静かに頷く。
「分かりました。送ってください」
「ありがとうございます」
ユリウスは礼をした。
昨日、彼は失敗を見世物と言った。
今日は、その言葉を撤回しただけではなく、言葉が足りないことを足りないまま持っている。
それもまた、少しだけ変化なのだろう。
ルミナリアで変わったのは、俺たちだけではない。
たぶん、白旗も。
セシリアも。
ユリウスも。
アドリアンも。
ほんの少しずつ、何かを置き直した。
巡業列車の汽笛が遠くで鳴る。
ロイがびくっとした。
「俺じゃないです」
「分かってる」
ネルが即答する。
「でも、いい音です」
ロイが言う。
「汽笛?」
「はい。出発の合図なので」
ロイは、自分の札に触れた。
「俺も、いつかああいう音がいいです」
「大きいけど?」
「大きくても、行き先が分かる音なら」
ネルは少し黙って、それから言った。
「じゃあ、まず迷惑じゃない大きさから」
「はい」
ロイは頷く。
前より少しだけ、焦っていない顔だった。
門を出る直前、レイナが振り返った。
ルミナリアの白い校舎。
青い花壇。
金の装飾。
白旗のいる庭。
来たかった場所。
勝った場所。
未練を置いていくわけではない場所。
彼女は、深く礼をした。
長すぎず。
短すぎず。
逃げるためでも、縋るためでもない礼。
そして、前を向いた。
「行きましょう」
コレットが言う。
俺たちは歩き出す。
巡業列車へ。
次の土地へ。
次の旗へ。
レイナは、俺の少し前を歩いていた。
その背中はまだ細い。
未練も、失敗も、家の事情も、白い招待状も、全部背負うには大きすぎるように見える。
でも、彼女は一人で背負っていない。
ネルが横にいる。
ロイが後ろで小さく鳴らないように気をつけている。
ガレスが水を持っている。
コレットが成長を先に書いた帳面を抱えている。
俺たちは、不揃いに歩いている。
カルミア魔法学園。
第七魔法競技部。
レイナ・オルコットは、今日、それを自分の名乗りにした。
未練を捨てずに。
失敗を隠さずに。
勝利を大げさに飾らずに。
ただ、次に挑戦を受ける場所として。
その名乗りは、巡業列車の汽笛に混じって、朝の空へ消えていった。
消えたけれど。
たぶん、忘れない。




