第52話 招待状は白いまま
歓迎茶会という言葉には、油断させる力がある。
茶会。
軽い響きだ。
茶を飲む。
菓子を食べる。
少し話す。
その程度なら、俺たちでも何とかなるのではないか。
そう思った俺が甘かった。
ルミナリア貴族魔法学院の「軽い歓迎茶会」は、軽くなかった。
宿舎の談話室で休む間もそこそこに、俺たちは夕刻、学院内の温室庭園へ案内された。
温室庭園。
名前だけでもう強い。
白い骨組みのガラス天井。
夕日を受けて淡く光る窓。
季節が違うはずの花が、色を揃えて咲いている。
中央には長い卓。
白い布。
銀の茶器。
小さすぎる菓子。
皿の上で菓子が行儀よく並んでいる。
菓子まで礼節を守っている。
ロイが小声で言った。
「小さい」
「声も小さい」
俺が言うと、ロイは少し誇らしそうに頷いた。
「練習してる」
えらい。
かなりえらい。
だが、問題は菓子の大きさだけではない。
卓の周りには、ルミナリアの生徒たちがいた。
競技部だけではない。
学院長代理。
礼法担当の教師。
旗管理係。
交流委員。
肩書きが多い。
肩書きが多い場は、たいてい面倒だ。
グラナートなら、目的、手順、禁止事項、記録形式で済んだ。
ここでは、誰にどの順番で挨拶し、どこに座り、どの茶器を使い、どの菓子をいつ取るかまで、全部が無言で問われている気がする。
白旗アウレリアは、温室の奥にある白い鳥像の上にいた。
歓迎の庭で見たときより近い。
翼を畳み、首を少し傾けている。
見ている。
明らかに見ている。
手。
礼。
視線。
歩調。
クララが言った通り、白旗は振る舞いを見ているのだろう。
ネルは、その視線を感じているのか、肩が硬い。
レイナ先輩は逆に、恐ろしく整っていた。
髪の乱れはない。
背筋はまっすぐ。
指先まで綺麗。
俺が今まで見た中で、一番「貴族令嬢」らしいレイナ先輩だった。
それが少し怖かった。
無理をしている。
いや、本人は無理と認めないだろう。
でも、見ていれば分かる。
失敗を一度しなければ成功しない魔法を持つ人が、ここでは一度も失敗しないように振る舞おうとしている。
それは、かなり危ない。
「ルカ」
ネルが小声で言った。
「何だ」
「茶器、多くない?」
「多い」
「どれ使うの」
「分からない」
「元名門でしょ」
「忘れた」
「便利な言い訳」
「便利じゃないぞ。わりと困る」
ネルは少しだけ黙った。
「……ごめん」
「いや、軽く言った俺も悪い」
こういうところで、ネルはちゃんと止まる。
怒ると速いが、傷つけたと分かると止まる。
それが彼女の強さでもあり、面倒なところでもある。
俺たちが茶器の前で固まっていると、レイナ先輩がすっと横に来た。
「一番外側の茶匙は使わないわ。飾りよ」
「飾り?」
ネルが顔をしかめる。
「使わない匙を置くの?」
「歓迎卓では珍しくないわ」
「意味分かんない」
「意味が分からなくても、触らないこと」
レイナ先輩は小声で言った。
厳しい。
でも、助かる。
「右の薄いカップが香りを見るもの。飲むのは中央。菓子は手前の白いものから」
「なんで」
「そういう順番だから」
「理由は?」
「由来はあるけれど、今説明すると茶が冷めるわ」
ネルは不満そうだったが、従った。
俺も従った。
ロイも、ガレス先輩も、ジャックも、ミラも、リリィも、クララも、だいたいレイナ先輩の動きを見ていた。
ノル先輩は半分寝ながら、なぜか正しい順番で茶器を扱っていた。
「ノル先輩、知ってるんですか」
俺が聞くと、彼女は眠そうに答えた。
「夢で見た」
「何の夢ですか」
「昔の茶会」
何を見ているんだ、この人は。
白旗アウレリアが、ノル先輩の手元を見て羽布を少し揺らした。
礼。
あるいは、記録。
クララがすぐに記録する。
ノル先輩、夢由来の茶器作法。白旗微反応。
「それも記録するのか」
「します」
クララは真剣だった。
茶会は始まった。
セシリアが柔らかく場を進める。
アドリアンが時折、華やかな話題を出す。
ルミナリアの生徒たちは、誰も大きな声を出さない。
笑うときも、笑いすぎない。
驚くときも、驚きすぎない。
失礼な質問はしない。
ただ、失礼ではない質問が、たまに深く刺さる。
「カルミアの皆さまは、グラナートで敗戦後に評価点を得られたと伺いました」
交流委員の男子生徒が言った。
「敗戦後に」
ネルの眉が動く。
ロイが札を探す。
今日は持っていない。
俺は胃にいい包みを思い出した。
コレットが丁寧に答える。
「はい。公式勝点ではありませんが、合同訓練成果として巡業評価補助点をいただきました」
「素晴らしいですね。敗北を無駄になさらない姿勢は、たいへん学ぶところがあります」
褒めている。
言葉だけなら。
でも、敗北を無駄にしない、という言い方は、負けたことを綺麗に飾って棚に置かれたような感じがする。
コレットは微笑んだ。
少しだけ硬い。
「ありがとうございます」
ネルがカップを持つ手に力を入れた。
危ない。
茶器が薄い。
割れたら終わりだ。
俺が目で止めると、ネルは不満そうに目で返してきた。
何。
割るな。
割んないし。
たぶん。
目だけで会話できるようになってきたのは、いいのか悪いのか分からない。
そのとき、別の女子生徒がレイナ先輩に声をかけた。
「オルコット様は、以前、当学院の春季招待候補にお名前があったと伺っております」
空気が、ほんの少し変わった。
レイナ先輩の指先が止まる。
カップの縁に触れる手。
一瞬だけ。
でも、白旗アウレリアの羽布が動いた。
見ている。
手の止まりを。
「ええ」
レイナ先輩は答えた。
声は美しい。
「そのような時期もございました」
「お会いできなかったのが残念ですわ。もし当時ご入学なさっていたら、きっと当学院でも目立つ存在でいらしたでしょう」
丁寧な言葉。
柔らかな声。
刃。
もし当時。
ご入学なさっていたら。
今ではない。
ここではない。
その言葉が、レイナ先輩の胸を刺したのが分かった。
でも、彼女は微笑んだ。
「光栄なお言葉です」
それだけ言った。
白旗アウレリアは、彼女の手元を見ている。
レイナ先輩はカップを置いた。
音はほとんどしない。
完璧に近い所作。
完璧すぎる。
「レイナ先輩」
俺は小さく呼びかけようとした。
でも、その前にアドリアンが言った。
「オルコット嬢の魔法は、必ず一度失敗してから成功すると伺いました」
茶会の空気が止まった。
笑顔は残っている。
でも、視線が集まる。
白旗の羽布が、静かに動く。
礼節と名誉に敏感な旗。
失敗をどう扱うか。
それを、見ている。
レイナ先輩は顔を上げた。
「ええ。その通りです」
認めた。
隠さなかった。
グラナートで、彼女は一度目の失敗を戻る様式として見せた。
でも、ここは貴族校だ。
失敗を美しく扱うことに、別の重さがある。
「興味深い特性です」
アドリアンは微笑む。
「ルミナリアでは、初手の完成度も重要な評価対象になります。礼節も魔法も、第一印象が場を定めますから」
丁寧に言っている。
でも、要するに、一度目の失敗は不利だと言っている。
レイナ先輩の笑顔が、少しだけ固まった。
「存じております」
短い答え。
ネルが、カップを置いた。
音が少し鳴った。
全員の視線が、今度はネルへ移る。
白旗アウレリアも、見る。
ネルは笑っていない。
「一度目が全部って、ずいぶん忙しいですね」
俺は胃が痛くなった。
早い。
火がつくのが早い。
アドリアンは微笑んだままネルを見る。
「アーレン嬢」
「嬢じゃない」
ネルが即答した。
場の温度が下がる。
セシリアが柔らかく言う。
「失礼いたしました。ネル様」
「様もいらない」
「ネル」
俺は小さく止める。
ネルは俺を見ない。
「一度目が失敗でも、二度目で成功するなら、それは成功でしょ」
レイナ先輩がネルを見た。
驚いた顔。
アドリアンは答える。
「もちろん、結果としての成功は成功です。ただ、場によっては最初の失敗が名誉に関わることもあります」
「名誉って便利ですね」
ネルの声は冷たい。
「何でもそれで人を黙らせられる」
まずい。
かなりまずい。
でも、誰かが止める前に、レイナ先輩が言った。
「ネル」
声は静かだった。
「もういいわ」
「よくない」
「私のことよ」
「だからよくない」
二人の視線がぶつかる。
茶会の卓。
白い花。
銀の茶器。
礼節の場。
そこで、カルミアの二人が正面から火花を散らしている。
白旗アウレリアの羽布が少し広がった。
逃げるのか。
いや、見ている。
露出させているのかもしれない。
礼節不足を。
あるいは、礼節の下に隠れた本音を。
「ネルさん」
コレットが小さく言う。
「ここでは」
「ここでは何?」
ネルは少しだけ振り返る。
「綺麗に言えばいいの? 『初手の完成度も大切ですね』って? 『名誉って素敵ですね』って?」
セシリアの表情が少しだけ動く。
それは怒りではなかった。
興味に近い。
ネルは続ける。
「レイナ先輩が一度失敗しないと成功しないの、あたしは面倒だと思う。でも、それを人前で綺麗に刺されるのは、もっと嫌」
レイナ先輩の目が揺れた。
ネルは、レイナ先輩を庇っている。
かなり乱暴に。
本人も庇っているつもりなのか分からない。
でも、庇っている。
「アーレン」
アドリアンが言った。
今度は嬢も様もない。
ネルが少しだけ目を細める。
「何」
「率直さは、時に礼を傷つける」
「礼って、そんなに弱いの?」
痛烈だった。
場がさらに静かになる。
白旗が羽を広げた。
完全に。
白い羽布が温室の夕日を受けて光る。
礼節と名誉に敏感な旗が、反応している。
クララが記録しようとして、手を止めた。
今、記録の音すら失礼に聞こえるかもしれない。
レイナ先輩が立ち上がった。
椅子の音は、小さい。
美しい。
でも、怒っている。
たぶん。
ネルにではない。
アドリアンにでもない。
自分に。
「失礼いたしました」
レイナ先輩は言った。
「少し、風に当たってまいります」
礼をする。
完璧。
完璧すぎる礼。
そして、温室を出ていった。
ネルがすぐに立ち上がろうとする。
俺は止めた。
「何」
「今は俺が行く」
「なんで」
「お前が行くと、たぶん続きをやる」
「やらないし」
「半分くらいやる」
「……少し」
認めた。
俺はコレットを見る。
コレットは頷いた。
「お願いします」
俺は席を立った。
セシリアが道を示す。
「温室の外、月桂樹の小径です」
「ありがとうございます」
アドリアンは何も言わなかった。
白旗アウレリアは、羽を半分閉じた。
見送っているようにも、判定を保留しているようにも見えた。
温室の外は、夕方の空気が少し冷たかった。
花の香りが薄くなる。
代わりに、湿った土と葉の匂いがする。
月桂樹の小径は、温室の裏手に続いていた。
白い石の道。
背の高い植え込み。
その先に、小さな噴水。
レイナ先輩は、噴水の前に立っていた。
背筋はまだ伸びている。
でも、肩が少し震えている。
「レイナ先輩」
俺が声をかけると、彼女は振り返らずに言った。
「見ないで」
珍しい声だった。
弱い。
怒っている。
泣きそう。
どれでもあり、どれでもない。
「見ません」
俺は少し離れて立った。
噴水の水音がある。
温室の中の声は、ここまでは届かない。
「情けないわね」
レイナ先輩は言った。
「私は、ここに来たかった」
それは、さっきまでの貴族校の言葉ではなかった。
いつものレイナ先輩の言葉でもない。
もっと素の声だった。
「招待状をもらったの。白い封筒だったわ。金の縁取りがあって、校章の封蝋がついていた」
彼女は噴水を見つめたまま続ける。
「父は、誇らしそうだった。母は、何度も読み返していた。私は、何を着ていけばいいのか、どんな礼をすればいいのか、ずっと考えていた」
白い招待状。
きっと、彼女はそれを大事にしていた。
今でも細部を覚えているほどに。
「でも、行けなかった」
声が少しだけ低くなる。
「家の事情。資金。立場。いろいろな言葉があったわ。どれも正しい言葉だった。正しい言葉ばかりで、何も言えなかった」
正しい言葉。
それはときどき、人を黙らせる。
名誉と同じように。
礼節と同じように。
「それから私は、カルミアに来た。没落校。第七部。欠陥魔法持ちの集まり」
「先輩」
「分かっているわ」
レイナ先輩は少しだけ笑った。
苦い笑いだった。
「今は、それだけではないと分かっている。第七部が残り物ではなく、残ったものだとも思っている。グラナートで得た一点を、私は誇っている」
彼女の手が、スカートの布を少し握る。
「でも、ここに来たら、昔の私が出てきた」
昔の私。
白い招待状を持って、ここに来るはずだった自分。
「あの子は、まだ思っているのよ」
レイナ先輩の声が震えた。
「本当なら、私はここにいるはずだった。歓迎される側ではなく、迎える側で。欠陥魔法を説明される側ではなく、優雅に誰かを案内する側で。一度目の失敗を笑われる側ではなく、初手から美しく成功する側で」
俺は黙って聞いた。
下手な慰めは、たぶんいらない。
「ひどいでしょう」
彼女は言った。
「第七部のみんなと来たのに。コレットが初ポイントを取って、ロイが小声で喜んで、ネルが私を庇ってくれたのに。それでも、私はまだ、ここに選ばれなかった自分が悔しい」
「ひどくないです」
俺は言った。
思ったより早く言葉が出た。
レイナ先輩が少し振り返る。
「簡単に言わないで」
「簡単ではないです」
俺は噴水を見た。
「俺も、元の場所にいたかもしれない自分のことを考えます。レガリアに残って、記憶を失わず、競技を嫌いにならず、エレナとも何か違っていて」
言いながら、胸が少し痛くなる。
「でも、今はカルミアにいる。それで全部納得できているかと言われたら、できてない」
レイナ先輩は黙った。
「だから、ひどくないと思います。今の場所を大事にしていても、来られなかった場所が痛いことはある」
自分で言って、自分にも刺さった。
戻れない場所。
失ったかもしれない記憶。
選ばなかった道。
選べなかった道。
それらは、今を選んだからといって消えるわけではない。
「あなた」
レイナ先輩は言った。
「たまに、妙にまともなことを言うわね」
「たまに」
「ええ、たまに」
「褒められたと受け取ります」
「かなり」
リリィ語だ。
二人で少し笑った。
笑えるなら、少し大丈夫かもしれない。
レイナ先輩は噴水の水面を見た。
「ネルに、庇われたわ」
「かなり乱暴に」
「ええ。礼節としては最悪」
「でも」
「でも、嬉しかった」
小さな声だった。
「あの子、私の失敗を面倒だと言うくせに、他人に綺麗に刺されると怒るのね」
「ネルなので」
「説明になっているのが腹立たしいわ」
レイナ先輩は、ようやくこちらを向いた。
目元は少し赤い。
でも、涙はこぼれていない。
彼女らしい。
「戻るわ」
「大丈夫ですか」
「大丈夫ではないわ」
さっきと同じような言葉。
でも、少し違う。
「でも、崩れるなら、第七部の前で崩れる。ここで、一人で美しく崩れるつもりはない」
それは、かなりいい答えだと思った。
失敗を隠さない。
一度目をなかったことにしない。
戻る。
グラナートで学んだことが、ここにも繋がっている。
「それ、表に入れます?」
俺が聞くと、レイナ先輩は少し考えた。
「入れなさい」
「いいんですか」
「ええ」
彼女は背筋を伸ばした。
「ただし、美しく書くこと」
「コレットに言っておきます」
温室へ戻ると、空気はまだ少し硬かった。
ネルは席に座っているが、落ち着かない顔をしている。
コレットは表を抱えている。
セシリアは静かに茶を注ぎ直していた。
アドリアンは白旗アウレリアを見上げている。
俺とレイナ先輩が戻ると、全員の視線が集まった。
レイナ先輩は、まずセシリアとアドリアンへ礼をした。
「席を外し、失礼いたしました」
声は落ち着いている。
完璧ではない。
少しだけ揺れている。
でも、その揺れを隠していない。
白旗アウレリアの羽布が、小さく動いた。
クララが今度はそっと記録した。
揺れを隠さない礼。白旗微反応。
アドリアンが言う。
「こちらこそ、踏み込みすぎたようです」
謝罪。
丁寧な謝罪。
どこまで本心かは分からない。
でも、形は整っている。
レイナ先輩は微笑んだ。
「いいえ。事実ですから」
そして、少しだけ間を置く。
「私の魔法は、一度失敗してから成功します。初手の完成度を重んじる場では、不利です」
茶会の空気が静まる。
レイナ先輩は続けた。
「けれど、その一度目を恥じて隠すほど、私は二度目も濁します。ですから、今後の練習では、一度目をどう見せ、どう戻るかを考えます」
白旗アウレリアが、羽を少し広げた。
レイナ先輩は白旗を見上げる。
「アウレリア。あなたが礼を見る旗なら、失敗のあとの礼も見ていただけるかしら」
旗に話しかけた。
温室の全員が、ほとんど息を止めた。
白旗は、首を傾けた。
そして、翼の羽布を一枚だけ落とすように揺らした。
落ちたわけではない。
白い布の一部が、光を受けてふわりと開いた。
返事。
たぶん。
鉄旗とは違う。
命令ではない返事ではなく、礼への応答。
セシリアが小さく言う。
「アウレリアが、応じました」
レイナ先輩は礼をした。
今度の礼は、完璧ではなかった。
少しだけ手が震えている。
でも、美しかった。
ネルがその礼を見て、ぼそっと言った。
「今のは、さっきよりよかった」
レイナ先輩が振り返る。
「さっきより?」
「うん」
「もっと良い言い方があるでしょう」
「かなりよかった」
「雑に足せばいいものではないわ」
でも、レイナ先輩は少し笑った。
ネルも、少しだけ笑った。
茶会の空気が、ようやく少し緩んだ。
コレットが表に書く。
レイナ先輩。
過去の招待状。
今の立場。
失敗のあとの礼。
使い道。
一度目を隠さず、戻る姿勢として見せる。
それを見て、レイナ先輩が言った。
「悪くないわ」
コレットは少し笑った。
「美しく書けましたか」
「ええ」
アドリアンがその表を見て言った。
「カルミアは、何でも表にするのですね」
「必要なので」
コレットが答える。
「失礼ながら、少々実務的すぎるようにも見えます」
セシリアが柔らかく言う。
コレットは表を見た。
「はい」
素直に認めた。
「でも、わたしたちは実務的にしないと、持てないものが多いので」
その言葉に、ルミナリア側の生徒たちが少し黙った。
持てないもの。
敗北。
欠陥。
招待状。
屈辱。
苛立ち。
失敗。
そういうものを、紙に置いて、分けて、使える形にする。
それが第七部だ。
白旗アウレリアは、今度はコレットを見ていた。
礼節としては、表を茶会に持ち込むのは美しくないのかもしれない。
でも、そこに誠実さがあると見たのか。
羽布が、少しだけ揺れた。
茶会はそのあと、少し穏やかに進んだ。
ネルはまだ苛立っていたが、カップを割らなかった。
ロイは歓迎の鐘の話で、音量を抑えたまま盛り上がった。
ミラは菓子の小ささに驚き、ガレス先輩があとで夜食を作ることになった。
リリィは迷子一号を卓上に置こうとして、セシリアに「小皿をご用意します」と言われ、逆に困っていた。
クララは白旗の反応を記録しすぎて、礼法担当の教師に「記録の姿勢も礼に含まれます」と注意され、真剣にメモした。
ノル先輩は途中で本当に寝たが、白旗はなぜか彼女を責めなかった。
「眠りにも礼がある」
ノル先輩は寝言で言った。
意味は分からない。
でも、白旗は少し揺れた。
茶会が終わるころ、外は暗くなっていた。
温室のガラスに、室内の灯りが映る。
白旗アウレリアは鳥像の上で翼を畳んでいる。
レイナ先輩は、最後にもう一度白旗へ礼をした。
今度は、揺れていた。
でも、隠していなかった。
それに対して、白旗は静かに首を傾けた。
拒まれたわけではない。
受け入れられた、と言い切るのも早い。
でも、見られた。
失敗のあとの礼を。
招待状を持って来られなかった少女と、カルミアの一員として来た今のレイナ先輩を。
温室を出たあと、ネルがレイナ先輩に言った。
「さっきは、勝手に怒って悪かった」
レイナ先輩は目を丸くした。
俺も驚いた。
ネルが謝った。
しかも、わりと素直に。
「……分かっているならいいわ」
レイナ先輩は少しだけ偉そうに言った。
いつもの調子に戻りかけている。
「でも」
ネルは続けた。
「またああいう言われ方したら、たぶん怒る」
「そこは反省しなさい」
「嫌」
「ネル」
「レイナ先輩が怒ればいいじゃん」
レイナ先輩が黙った。
「あたしが怒るより、たぶんそっちのほうが綺麗なんでしょ」
ネルの言葉は雑だ。
でも、核心をついていた。
レイナ先輩はしばらく黙って、それから言った。
「考えておくわ」
「そこは約束しないんだ」
「淑女は軽々しく約束しないの」
「面倒」
「礼節よ」
二人はまた火花を散らした。
でも、最初の火花とは少し違う。
相手を焼くためではなく、距離を測るための火花。
コレットが表に書く。
ネルさん、勝手に怒ったことを謝る。
レイナ先輩、自分で怒ることを検討。
「それ書くの?」
ネルが言う。
「重要なので」
コレットは真面目だ。
俺は少し笑った。
第六章は、たぶん面倒だ。
白旗は礼を見ている。
ルミナリアの笑顔は柔らかく、言葉は綺麗で、針は細い。
ネルは苛立つ。
レイナ先輩は揺れる。
俺は胃薬を握る。
でも、今日ひとつ分かった。
レイナ先輩は、ここに来られなかった自分を捨てなくても、カルミアの一員としてここに立てるかもしれない。
招待状は白いまま、過去に残っている。
でも、今の彼女の手には別のものがある。
一度目の失敗。
戻る礼。
第七部の表。
そして、乱暴に怒ってくれる後輩。
それが美しいかどうかは、まだ分からない。
けれど、白旗アウレリアは見た。
拒まなかった。
それだけで、今日のところは十分だった。




