第4話 十二人いるらしい
仮入部という言葉には、便利な響きがある。
正式ではない。
責任は薄い。
いつでも撤回できる。
逃げ道がある。
だから俺は、その日の昼休み、第七魔法競技部の部室に向かっていた。
逃げ道があると思いながら、逃げ道とは逆方向に歩いている。
人間というのは不思議だ。
いや、俺が不思議なだけかもしれない。
午前の授業は、思っていたより普通だった。教師は俺の名前を二度間違え、三度目に正しく呼び、一度だけ出席簿を閉じたあと俺の存在を忘れかけた。隣の席の生徒は消しゴムを貸してくれたが、返す頃には俺から借りたことを忘れていた。
慣れている。
慣れているはずだった。
それでも、教室で名前を呼ばれない時間が続くと、背中の内側が少し冷える。
自分が透明な薄紙になっていくような感覚。
そこにいる。
たしかに机に座って、ノートを開いて、教師の板書を写している。
なのに、周囲の視線が俺の上を滑っていく。
悪意ではない。
悪意ならまだいい。
悪意は、相手を見ている。
これは違う。
見失われる。
ただそれだけだ。
「ルカ・ヴァレン」
廊下を歩いていると、背後から名前を呼ばれた。
振り向く。
そこに立っていたのは、ネル・アーレンだった。
腕を組み、壁にもたれ、いかにも「偶然ここにいただけ」という顔をしている。そういう顔をしている時点で偶然ではない。
「何だ」
俺は振り向いたまま答えた。
「別に」
「名前を呼んで別に、は会話として破綻している」
「昼、部室に来るんでしょ」
ネルは廊下の先を見ながら言った。
「行かないと言ったら?」
「部長が探しに行く」
「面倒だな」
「だから先に捕まえに来た」
「もっと面倒なのが来た」
ネルは眉を寄せた。
「あんた、仮入部したんでしょ」
ネルが改めて俺を見る。
「仮だ」
「仮でも部員」
「その定義は誰が決めた」
「部長」
「信用ならない」
「同感」
同感なのか。
俺たちは少し黙った。
廊下の向こうで、生徒たちが昼食の話をしながら通り過ぎていく。誰かがネルに手を振り、ネルは短く返した。その生徒は俺の方も一瞬見たが、すぐに視線を外した。
ネルはそれを見ていた。
「……あんたさ」
ネルは通り過ぎる生徒の背中を見たまま言った。
「何だ」
「いつもそうなの?」
「何が」
「見られてるのに、見られてないみたいなやつ」
ネルの言い方は雑だった。
言い方は雑だ。
けれど、言いたいことは分かった。
「最近はな」
俺は短く答えた。
「最近」
「前は違った。たぶん」
「たぶんって何」
「覚えていないことが増えた」
ネルは黙った。
彼女は口が悪い。
だが、踏み込んではいけないところで雑に踏み込むほど鈍くはないらしい。
「……ふうん」
「その反応は何だ」
「何でもない」
「またそれか」
「言葉にしたら、たぶん変になるから」
意外な返事だった。
ネルは廊下を歩き出す。
俺も、仕方なく隣を歩いた。
「部室、昼は人が多いのか」
俺は話を変えた。
「今日は多いと思う。部長が『仮入部の子が来るから、顔合わせしましょう』って朝から言ってた」
「聞いていない」
「今言った」
「事後報告にもなっていない」
「逃げる?」
ネルが横目で聞いた。
「逃げたら?」
「ロイが追いかける」
ネルは真顔で言った。
「音で居場所が分かるから撒きやすそうだな」
「あいつ、意外と足は速いわよ」
「欠点の補い方が物理的だ」
ネルが少し笑った。
ほんの少し。
すぐに表情を戻したが、見えた。
俺は何も言わなかった。
言うと、たぶん噛みつかれる。
階段を上り、第七魔法競技部の部室前まで来ると、中からすでに声が聞こえていた。
ロイの声は分かる。
大きいから。
コレットの声も分かる。
柔らかいから。
ガレスの声は聞こえない。
たぶんいるなら鍋か工具の前だ。
それ以外に、いくつか知らない声が混ざっていた。
一つは、やたら上品。
一つは、眠そう。
一つは、鋭く小さい。
一つは、理屈っぽい。
そして一つは、扉越しでも分かるくらい不機嫌だった。
「帰るか」
扉の向こうの声を聞いて、俺は言った。
「今さら?」
「人が多い」
「十二人いる部活だから」
ネルは当然のように返した。
「初耳だ」
「言ってなかった?」
「誰も」
「じゃあ今言った」
「この部活は重要情報の扱いが軽すぎる」
ネルは扉を開けた。
開けてしまった。
逃げ道は、音を立てて閉じた。
「来たわ」
ネルが言った。
部室の中にいた全員の視線が、こちらへ向いた。
いや、正確には半分くらいがこちらへ向き、二人くらいがネルを見て、一人は寝ていて、一人は紙を読んでいて、一人は窓枠に足を乗せていた。
人数が多い。
部室が狭い。
雨漏りの桶が増えている。
情報量が多すぎる。
「ルカ君、いらっしゃい」
コレットが部室の中央で立ち上がった。
机の上には青い練習旗。
その横には、部誌らしき厚いノート。
さらにその周りに、見知らぬ部員たち。
「今日は、第七魔法競技部の顔合わせをします」
コレットは部誌の横に手を置いて言った。
「仮入部一人のために?」
「ええ」
「重い」
「大丈夫。みんな軽めにしてくれるわ」
その言葉に、窓際から鼻で笑う声がした。
「軽め? この部で?」
声の主は、女子の上級生だった。
長い髪をきれいにまとめ、姿勢がよく、制服の着こなしも妙に整っている。部室の古びた空気から一人だけ浮いていた。いや、本人が浮かせようとしているのかもしれない。
彼女は俺を上から下まで見た。
「あなたが噂のルカ・ヴァレンですの」
女子の上級生は、俺を上から下まで見て言った。
「その言い方で好意的だった試しがない」
「好意を期待していましたの?」
「期待していない」
「賢明ですわ」
ネルが小さく舌打ちした。
「レイナ先輩、初対面からそれ?」
ネルが小さく舌打ちした。
「初対面だからこそ、礼節は必要でしょう」
「礼節の皮を被った嫌味でしょ」
「嫌味に聞こえたなら、あなたの心に引っかかるものがあるのではなくて?」
「うわ、面倒」
上品な女子先輩は、レイナ・オルコット。
名前を聞く前から、そういう名前をしていそうな雰囲気だった。
机の端で、眠そうな女子生徒が半分目を閉じたまま手を上げた。
「ノル・フェイン……三年……記録係……たぶん」
机の端で、眠そうな女子生徒が半分目を閉じたまま名乗った。
「自分のことに、たぶんをつけるな」
「起きてる時の私は、精度が低いから……」
ノルはそのまま机に頬をつけた。
寝た。
「寝たぞ」
俺は机に頬をつけたノルを見た。
「ノル先輩はだいたいそう」
ネルが言った。
「でも試合の記録は誰より正確。寝てる時の方が頼りになる」
「それは人間としてどうなんだ」
「第七部ではよくある」
「よくあってたまるか」
部室の隅に、大柄な女子が立っていた。
背は女子の中では高い方で、腕や肩に鍛えた線がある。髪は短く、視線はまっすぐ。制服の上からでも分かるくらい、体の使い方が山育ちのそれだった。
「ミラ・ガルド」
彼女は短く名乗った。
「山の方から来た。よろしく」
ミラは必要なことだけを言った。
「よろしく」
普通だ。
あまりにも普通に名乗られて、逆に身構えた。
ミラは俺の視線に気づくと、少し首をかしげた。
「何?」
ミラが聞く。
「いや。まともな自己紹介だったから」
「失礼」
「悪い。最近の基準がおかしくなっている」
ミラは少し考え、それから真面目な顔で頷いた。
「ここでは、よくある」
「またそれか」
その隣で、小柄な女子後輩が椅子に腰かけていた。
可愛らしい名前をしていそうな見た目だ。
淡い髪、丸い目、細い手足。
ただし目つきは鋭く、口元には「馬鹿を見る準備はできています」とでも言いたげな薄い笑みがある。
「リリィ・クロフトです。元ライバル校から来ました。よろしくお願いします、元有名人さん」
小柄な女子後輩が、笑顔のまま棘を差し込んできた。
「よろしく、元ライバル校」
リリィは一瞬だけ目を細めた。
「名前で呼んでいただいて?」
「そっちが先に肩書きで呼んだ」
「なるほど。意外と面倒な方ですね」
「この部では普通らしい」
「それは困ります。私、普通の基準をここまで下げたくありませんので」
毒舌だ。
しかも、かなり切れる方の毒舌。
ロイが慌てて間に入る。
「リリィ、ルカさんはすごいんだよ! 旗を捕まえて、僕の音も使ってくれて」
ロイが慌てて間に入る。
「へえ。音量事故を戦術と呼び換える才能があるんですね」
「言い方」
「褒めています」
「この部は褒め方が壊滅的だな」
部室の奥の本棚前に、もう一人女子がいた。
眼鏡をかけ、古い紙束を抱え、周囲の会話より紙面に興味がありそうな顔をしている。髪はきちんと結ばれているが、リボンが少し曲がっていた。
「クララ・ヴェルム」
彼女は紙から目を離さずに言った。
「魔法理論担当。現代魔法の成績は悪いです。古代魔法だけ読めます」
「自己紹介に成績の悪さを入れるのか」
「先に言っておくと説明が早いので」
「合理的だな」
「ありがとうございます」
クララはそこで初めて顔を上げ、俺を見た。
目が合う。
彼女の視線は、他の生徒とは少し違った。
俺の輪郭ではなく、その奥の術式を読もうとしているような目。
「ルカ・ヴァレンさん」
「何だ」
「あなたの欠陥魔法には、現代標準式とは違う干渉がある可能性があります」
クララは俺を観察するように言った。
「初対面で人の魔法を解剖するな」
「解剖ではなく観察です」
「似たようなものだ」
「違います。解剖には切開が伴います」
「なお悪い説明をするな」
ネルが隣で笑いをこらえていた。
ロイはもう笑っていた。
レイナは呆れた顔。
ノルは寝ている。
ミラは真面目に聞いている。
リリィは楽しそうに俺の反応を見ている。
情報量が多い。
「あと二人いるわ」
コレットが言った。
「まだいるのか」
「十二人いると言ったでしょう」
「さっき聞いた」
部室の壁際、作戦図の前に立っていた男子が一歩出た。
整った制服。
表情は落ち着いていて、年齢の割に妙に大人びている。線は細いが、姿勢が安定している。派手さはない。けれど、フィールドで視界の端にいたら嫌なタイプだ。
「アルフ・メイナード。二年。守備と戦術補佐を担当している」
作戦図の前に立っていた男子が名乗った。
「守備専門か」
「専門というより、他が不得手だ。防御結界を一方向にしか張れない」
「読み違えたら終わりだな」
「そうだ」
即答。
アルフは淡々としている。
「だから読み違えないようにする」
「できるのか」
「いつもは無理だ」
「正直だな」
「嘘をついても結界の向きは増えない」
少し気に入った。
いや、気に入ったというほどではない。
会話が楽だ。
余計な飾りがない。
「部長の敗北幻視とは相性がよさそうだ」
俺が言うと、アルフの目が少しだけ動いた。
「そこまで聞いているのか」
「見学者なのに、だいぶ聞かされた」
「なら、君も巻き込まれている」
「不吉なことを言うな」
「事実だ」
アルフはそう言って、一歩下がった。
最後の一人は、窓枠に足を乗せていた男子だった。
最初から目に入っていた。
入っていたが、関わると面倒そうだったので見ないふりをしていた。
だが、向こうから見られている。
鋭い目。
乱れた髪。
制服の着方はだらしなく、口元には不機嫌な笑みがある。
彼は窓枠から足を下ろし、こちらを見た。
「ジャック・バーネル」
窓枠に足を乗せていた男子が、ようやく名乗った。
「どうも」
「元名門だって?」
「元、だな」
「落ちたやつが、うちに何しに来た」
ジャックは笑わずに言った。
部室の空気が少し硬くなった。
ロイが焦った顔をする。
コレットが何か言おうとする。
ネルは口を開きかけて、やめた。
俺はジャックを見た。
目が逸れない。
敵意。
警戒。
それから、たぶん少しの期待。
こういう目は知っている。
誰かを試す目。
自分から壊しにいって、壊れなかったら認める種類のやつだ。
「昼飯を食いに」
俺は答えた。
ジャックが眉を寄せる。
「は?」
「昨日、ガレス先輩のスープがうまかった」
沈黙。
それから、ロイが吹き出した。
ネルも顔を背ける。
リリィがくすりと笑う。
レイナは呆れ、ミラは真面目な顔で「確かにうまい」と頷いた。
ジャックはしばらく俺を睨んでいたが、やがて舌打ちした。
「ふざけたやつ」
ジャックが舌打ち混じりに言った。
「よく言われる」
「言われ慣れてるやつは嫌いだ」
「なら初対面で嫌いな相手が増えてよかったな」
「ぶっ飛ばすぞ」
「部室で攻撃魔法はやめて」
コレットが即座に言った。
慣れている。
ジャックは肩をすくめた。
「撃たねえよ。ここで撃ったら、たぶん一番壊したくないもんに飛ぶ」
「自覚はあるのか」
「あるから問題児なんだよ」
「理屈が分からない」
アルフが静かに補足した。
「ジャックの攻撃魔法は、味方の近くを通り、一番壊してはいけないものを狙いやすく、強敵相手ほど制御不能になる」
アルフが静かに補足した。
「競技に出していいのか、それ」
「出すと強い」
「出すまでが問題だろ」
「その通りだ」
淡々と肯定された。
第七魔法競技部。
十二人。
負ける未来だけを見る部長。
一瞬しか魔力が出ない平民女子。
音が大きすぎる後輩。
物を壊す魔法しか使えない修理好き。
一度失敗しないと成功しない貴族的な先輩。
眠って旗と会話する記録係。
筋力強化後に全身が止まる山育ち。
ランダム召喚の毒舌後輩。
古代魔法しか読めない理論担当。
一方向しか守れない戦術補佐。
壊してはいけないものを狙う問題児。
そして、魔法を使うほど記憶と存在感を失う俺。
なるほど。
確かに、十二人いる。
ただし、部活というより事故物件の見本市だ。
「何か言いたそうですわね」
レイナが言った。
「言っていいのか」
俺は聞き返した。
「品位を保てるなら」
「保てそうにない」
「では黙っていてくださる?」
「そうする」
ネルが小声で言う。
「素直」
ネルが小声で言う。
「学習した」
「早いじゃない」
「お前相手には使わない」
「むかつく」
「便利な言葉だな」
部室の机の上で、青い練習旗がぴょんと跳ねた。
全員の視線がそちらへ向く。
旗は、なぜか俺の方へ近づいてきた。
昨日まであれほど逃げていたくせに。
机の端まで来ると、布の先を少しだけ上げる。
「気に入られてる」
ノルが寝たまま言った。
起きていたのか。
「今の、見えているのか?」
俺はノルの方を見る。
「夢と現実の境目くらい……」
「不安になる説明だな」
クララが練習旗をじっと見る。
「この旗、古い反応をしています」
クララが練習旗をじっと見ながら言った。
「古い反応?」
「標準競技旗ではなく、土地契約型の名残に近いです。忘れられたもの、名前、居場所への反応が強い」
「昼休みに重い話をするな」
「事実です」
「アルフと同じ系統の会話をするな」
アルフがこちらを見る。
「同じではない。私は余計な説明を省く。クララは必要以上に増やす」
「その分析も余計だ」
「そうか」
ジャックが窓際で笑った。
「おもしれえじゃん。元名門様、旗にまで同情されてんのか」
「旗に同情される人生は、さすがに想定外だ」
ロイが大きく手を上げる。
「でも、いいことですよ! 旗に好かれる選手は強いです!」
「好かれているのか、珍獣扱いされているのか」
「どっちでも強いです!」
「雑」
コレットが部誌を開いた。
古い革表紙のノート。
何人もの筆跡が重なり、紙の端は擦り切れている。
「では、ルカ君の名前を仮入部として記録します」
「今ここで?」
「ええ。全員の前で」
「儀式か」
「少しだけ」
コレットはペンを取った。
俺の名前を書く。
ルカ・ヴァレン。
黒いインクが紙に染み込む。
ただそれだけのことを、十二人近い人間が見ていた。
いや、ノルは半分寝ている。
ガレスは作業棟から持ってきたらしい小さな包みを開けている。
ジャックは興味なさそうな顔をしている。
でも、見ている。
誰かが俺の名前を書く。
誰かがそれを見る。
その事実が、妙に落ち着かなかった。
「これで」
コレットが顔を上げる。
「第七魔法競技部、十二人です」
その言葉の直後だった。
コレットの表情が消えた。
いや、消えたというより、遠くを見た。
瞳の焦点が合わなくなる。
指先からペンが落ちる。
床に転がる音。
「部長?」
ネルが声をかけた。
コレットは答えない。
部室の空気が一瞬で変わった。
ロイが立ち上がりかける。
アルフが机の上の駒を見た。
ノルが目を開ける。
ガレスが無言でコレットの背後へ回る。
慣れている。
この反応は、慣れている。
「コレット」
俺は思わず名前を呼んだ。
彼女の肩が、小さく震えた。
その唇が、かすかに動く。
「旗が」
声は細かった。
「奪われる」
誰も茶化さなかった。
「誰の旗だ」
アルフが聞く。
コレットは机の上の青い練習旗を見た。
旗は震えている。
「私たちの」
静かな声。
「練習場で。五人。ロイ君の音。ネルさんの一瞬。ルカ君が、魔法を使う」
胸の奥が冷えた。
ルカ君が、魔法を使う。
「その後」
コレットは息を呑んだ。
「ルカ君が、誰かの名前を忘れる」
部室が、音を失った。
雨漏りの音だけがする。
ぽちゃん。
ぽちゃん。
青い旗が机の上で小さく震える。
俺は自分の手を見た。
魔法を使う。
記憶を失う。
誰かの名前を忘れる。
それは、いつか起こることだ。
この部に関われば、きっと。
分かっていた。
分かっていたはずなのに、部誌に書かれた自分の名前を見た直後だと、妙に息苦しかった。
「……仮入部でそこまで重い未来を見るな」
俺は言った。
声は、思ったより軽くならなかった。
コレットがゆっくり瞬きをする。
焦点が戻る。
ガレスが彼女の肩を支えた。
「ごめんなさい」
「謝ることじゃない」
「でも」
「負け筋が見えるんだろ」
俺は部誌を見る。
ルカ・ヴァレン。
黒い文字。
「なら、潰せばいい」
言ってから、自分で驚いた。
そんなことを言うつもりはなかった。
競技は嫌いだ。
魔法も使いたくない。
記憶を失いたくない。
なのに、口から出たのは、競技者の言葉だった。
負け筋を潰す。
勝つために。
守るために。
コレットが俺を見る。
ネルも。
ロイも。
十二人の視線が、今度は俺の上を滑らなかった。
重い。
見られることは、こんなに重かったのか。
忘れられることに慣れすぎて、忘れていた。
ジャックが窓際で笑った。
「言うじゃねえか、仮入部」
「仮だ」
「その仮、いつまで保つかな」
「少なくとも今日いっぱいは保たせる」
「短いな」
「現実的だ」
ネルが小さく息を吐く。
「じゃあ、今日の練習で試せばいい」
「何を」
「部長が見た負け筋。ロイの音、私の一瞬、あんたが魔法を使う未来。魔法を使わずに潰せるか」
アルフが頷いた。
「検証する価値はある」
クララが紙を取り出す。
「記録します」
ノルが目を閉じた。
「私も……寝ながら見る……」
「起きろ」
「起きてる……半分……」
リリィが椅子の上で足を組み替えた。
「面白くなってきましたね。仮入部初日から、名前を忘れるかどうかの検証ですか。さすが第七部、歓迎会の趣味が最悪です」
「同感だ」
レイナが扇子もないのに扇子を持っていそうな仕草で顎を上げる。
「ですが、負け筋を見た以上、放置する方が品位に欠けますわ」
「品位の使いどころが独特だな」
ミラが静かに立ち上がった。
「練習場に行く?」
ガレスが頷く。
ロイが拳を握る。
「僕、今度はちゃんと音を使います」
「声」
「……使います」
小さかった。
少し笑いが漏れる。
コレットはまだ青ざめていたが、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんなさい。少し、怖い未来だった」
「怖くない未来だけ見えるなら苦労しないだろ」
「ええ」
「なら、行くぞ」
言ってから、また自分で驚いた。
行くぞ。
誰に言った。
何のつもりで。
部室の扉へ向かう俺の背後で、ロイが嬉しそうに言った。
「はい、ルカさん!」
その声は大きすぎなかった。
それでも、ちゃんと聞こえた。
青い練習旗が机の上から跳ね、俺たちの後を追うように床へ降りた。
怖がりな旗。
逃げ癖のある旗。
忘れられたものに反応する旗。
その小さな支柱が、こつこつと床を叩く。
十二人いるらしい。
俺を含めて。
その事実が、まだ少し信じられなかった。




