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第32話 命令を待つ獣

 鉄旗を間近で見る許可が出たのは、ネルが訓練標的に触った翌朝だった。


 許可、といっても歓迎ではない。


 グラナート式に言えば、観察機会の付与。


 もっと正確に言うと、合同基礎訓練前の安全確認として、相手校の旗性質を把握する時間。


 案内役の男子生徒はそう説明した。


 ロイは小声で言った。


「言い方、全部硬いっす」


「軍事校だから」


 アルフが答えた。


「便利な説明になってきたな」


 俺が言うと、アルフは少しだけ考えた。


「実際、かなり説明できる」


 それはそうだ。


 グラナート軍事魔法学院では、廊下の歩き方まで軍事校だった。


 宿舎の朝は鐘で始まる。


 起床、整列、点呼、朝食、移動。


 すべて時間が決まっている。


 カルミアの旧客室では、ノル先輩が寝ているかどうかを基準に朝が進んでいたので、かなり違う。


 ここでは、ノル先輩も起こされた。


 本人は「夢が途中」と不満そうだったが、ガレス先輩に背負われるより自分で歩くほうが検査が早いと言われ、しぶしぶ立った。


 ミラはグラナート式の荷物検査に少し緊張していた。


 昨日注意された山岳式の結びは、検査担当に確認された。


 結果は、条件付き許可。


 規定外だが、安全性が認められるため、カルミア内部荷物に限り使用可。


 ミラは表情を変えずに頷いた。


 だが、あとで小さく「勝った」と言った。


 荷物の勝利だ。


 レイナ先輩はその表現を気に入り、「規定外の美」と呼んだ。


 ミラはよく分からない顔をしていた。


 鉄旗の観察場所は、第三旗舎だった。


 旗舎。


 文字通り、旗のための建物だ。


 カルミアでは、リメルは旧客室の旗金具か、部室の棚か、俺たちの足元にいる。


 グラナートでは違う。


 旗専用の格納設備がある。


 鉄の扉。


 温度管理。


 魔力供給管。


 整備台。


 記録板。


 旗ごとに区画が分けられ、番号が振られている。


「旗というより、兵器庫ですわね」


 リリィが小声で言った。


 案内役の生徒が振り返る。


「旗は兵器ではない。競技用指揮媒体だ」


「訂正が硬いですわ」


「用語は正確であるべきだ」


 クララが少し反応した。


「それは同意します」


 案内役はクララを見る。


「君は」


「カルミア魔法学園第七魔法競技部、契約担当クララ・ヴェルムです」


 契約担当。


 昨日ついたばかりの役職だが、クララはもう堂々と名乗っていた。


 案内役の眉が少し動く。


「契約担当。珍しい役職だ」


「読めるものがあるので」


「何を読む」


「古代契約文、旗の古層術式、列車床下文」


「列車床下文?」


 案内役が少しだけ本気で驚いた。


 グラナートの生徒も驚くことがあるらしい。


 クララは少し誇らしげだった。


「はい」


「後で記録を提出してほしい」


「写しなら」


 コレットがすぐに口を挟む。


「部の記録なので、提出範囲は確認させてください」


 案内役は頷いた。


「妥当だ」


 妥当。


 褒め言葉かもしれない。


 グラナート語は難しい。


 第三旗舎の奥に、鉄旗がいた。


 昨日見たものより近い。


 近いと、さらに獣に見えた。


 四本の脚。


 関節は金属だが、動きに硬さはない。


 背の支柱は鎧の背骨のように組まれ、その上に金属の旗布が折り畳まれている。


 旗布と呼ぶのが不思議なくらい、薄い板の集合体だ。


 光を受けると、鈍く青灰色に光る。


 頭に見える部分には、視覚魔石が二つ埋め込まれている。


 目のようだ。


 だが、表情はない。


 リメルは小さく跳ねた。


 鉄旗は動かなかった。


 ただ、視覚魔石がリメルのほうを向いた。


 それだけで、ロイが小さく息を呑んだ。


「見たっす」


「見ましたね」


 クララも言う。


 案内役の生徒は記録板を見る。


「鉄旗三号。基礎訓練用。個体名はない」


「個体名がないんですか」


 コレットが聞く。


「正式運用上、番号で管理する」


 リメルが強めに旗布を揺らした。


 不満らしい。


 レイナ先輩も少し眉を寄せる。


「番号だけでは味気ないわ」


「味は運用に不要だ」


 案内役は淡々としている。


 レイナ先輩の目が細くなった。


 だが、すぐには噛みつかない。


 彼女の怒りにも置き場所ができつつある。


「では、その鉄旗三号は、待機中に何を見ているのですか」


 コレットが聞いた。


 案内役は少し考える。


「周辺環境。命令者。障害物。旗。魔力反応」


「旗」


 俺は思わず繰り返した。


 案内役がこちらを見る。


 視線が少しずれる。


 俺の存在感は、ここでも薄い。


「旗は優先観測対象だ」


「なぜ」


「競技における中心対象だからだ」


 答えとしては正しい。


 でも、少し足りない。


 鉄旗三号は、まだリメルを見ている。


 命令されていない。


 待機中。


 その状態で、リメルを見ている。


 観測対象だから。


 本当にそれだけか。


 ノル先輩が眠そうに言った。


「硬いけど、見てる」


 案内役が彼女を見る。


「何を言っている」


「夢の感じ」


「夢は観察記録として扱わない」


「グラナートでは?」


「少なくとも正式記録ではない」


「じゃあ非正式」


 ノル先輩は真面目だった。


 案内役は少し困ったように黙る。


 グラナート式の分類に、ノル先輩の夢は入りづらいらしい。


「触ってもいいですか」


 ネルが突然言った。


 全員が彼女を見る。


 案内役も。


「鉄旗に?」


「うん」


「許可できない。安全確認前の直接接触は禁止」


 ネルは舌打ちしなかった。


 成長かもしれない。


「じゃあ、どこまで近づける?」


「柵の外、赤線まで」


 床には赤い線が引かれていた。


 鉄旗との距離、約二歩半。


 ネルはそこまで歩き、しゃがむ。


 鉄旗三号を見る。


 鉄旗もネルを見る。


 いや、視覚魔石が動いた。


 ネルは指先を見せた。


 昨日、訓練標的に触れた指。


 少し赤みが残っている。


「あんたの仲間っぽいやつに触った」


 案内役が眉をひそめる。


「訓練標的は鉄旗ではない」


「分かってる」


 ネルは鉄旗から目をそらさない。


「でも、硬かった」


 鉄旗三号は動かない。


 だが、視覚魔石の光が少しだけ変わったように見えた。


 気のせいかもしれない。


 クララが小さく息を吸った。


「反応しました」


「記録上、待機観測反応だ」


 案内役が言う。


「感情反応ではない」


「感情と断定はしていません」


 クララはすぐ返した。


「ただ、魔力光量が変化しました。待機観測対象への反応です。重要です」


 案内役はクララを見た。


「君は、旗を擬人化する傾向があるのか」


「古代契約上、旗は証人です。道具としてのみ扱うほうが、わたしには不正確に見えます」


 はっきり言った。


 案内役は黙る。


 少しだけ空気が固くなる。


 グラナートの旗舎で、グラナートの鉄旗を前に、カルミアの契約担当が「道具としてのみ扱うのは不正確」と言ったのだ。


 かなり踏み込んでいる。


 だが、クララは引かなかった。


 昨日から彼女は、読めるものを読むと決めた。


 今、彼女が読んでいるのは文字だけではない。


 鉄旗の扱われ方だ。


「鉄旗は、命令に従うために調整されている」


 案内役は言った。


「感情や自律判断を過剰に認めれば、競技安全性が落ちる。旗自身も損傷する」


 その言葉は冷たい。


 だが、完全に間違っているとも言えなかった。


 グラナートは旗を粗末にしているわけではない。


 旗舎は整備され、鉄旗は磨かれ、損傷回避命令もある。


 道具として大切にしている。


 でも、証人としては見ていない。


 たぶん、そこが違う。


「損傷させないために、命令だけ聞かせるのか」


 俺が言った。


 案内役は俺を探すように視線を動かし、少し遅れてこちらを見る。


「それもある」


「それで、鉄旗は何を証明するんだ」


「証明?」


「グラナートの強さか。命令の正確さか。選手の規律か」


 案内役は即答しなかった。


 俺も、自分で聞いてから少し驚いた。


 単独判断禁止。


 これは質問だ。


 たぶん、ぎりぎり。


 コレットが横で俺を見たが、止めなかった。


 案内役は鉄旗三号を見た。


「鉄旗は、命令が正しく伝われば部隊は崩れないことを証明する」


 硬い答え。


 でも、彼の答えだった。


「崩れないこと」


「そうだ」


「崩れたら?」


 ジャックが言った。


 案内役の目が少し鋭くなる。


「崩れないよう訓練する」


「それでも崩れたらって聞いてんだよ」


 空気が変わった。


 ジャックの声には、少し棘がある。


 危ない。


 第4章の負け筋。


 ジャックが挑発に乗り、危険な攻撃を撃つ。


 今は攻撃こそ撃っていないが、その入り口に近い。


 俺は一歩動きかける。


 だが、ガレス先輩が先にジャックの肩に手を置いた。


「まだ」


 短い一言。


 ジャックは舌打ちしかけて、飲み込んだ。


 案内役は二人を見る。


「崩れた場合は、再編する」


「壊れたものは?」


 ガレス先輩が聞いた。


 案内役は、今度は少し丁寧に答えた。


「修復する。修復不能なら、記録し、次の運用に反映する」


 ガレス先輩は頷いた。


「直す」


「そうだ」


 少しだけ、空気が緩む。


 同じ「直す」でも、ガレス先輩とグラナートでは意味が違う。


 でも、完全に遠いわけではない。


 鉄旗三号が、かすかに脚を動かした。


 案内役がすぐに記録板を見る。


「待機姿勢補正」


 クララが小声で言う。


「いいえ、リメルを見たあとに脚を動かしました」


「姿勢補正だ」


「記録上は」


 案内役とクララが見合う。


 硬い。


 だが、敵対ではない。


 分類の違いだ。


 リメルは赤線の手前まで跳ねた。


 鉄旗三号との距離、二歩半。


 リメルの旗布が揺れる。


 鉄旗三号の視覚魔石が光る。


 二つの旗が向かい合う。


 誰も動かなかった。


 ロイも音を出さない。


 ネルも手を伸ばさない。


 レイナ先輩も口を挟まない。


 リリィも毒を吐かない。


 ミラも紐を出さない。


 ノル先輩も寝言を言わない。


 ただ、見ている。


 鉄旗三号の背中の金属旗布が、ほんの少し開いた。


 命令は出ていない。


 案内役の生徒が、明らかに反応した。


 記録板を見る。


 眉が動く。


「待機反応」


 声が、少し硬くなった。


「異常では?」


 クララが聞く。


「異常ではない。記録する」


 案内役は短く答えた。


 リメルの旗布にも、文字が浮かびかける。


 コレットがすぐに言う。


「一つだけ」


 リメルは少し揺れた。


 そして、文字を出さなかった。


 代わりに、ただ鉄旗三号を見た。


 記録しない選択。


 それも、リメルの判断なのかもしれない。


「リメル」


 俺が小さく呼ぶと、リメルは一回だけ跳ねた。


 大丈夫、と言っているように見えた。


 鉄旗三号は動かない。


 だが、金属旗布は開いたまま。


 少しだけ。


 まるで、閉じ方を忘れたみたいに。


「時間だ」


 案内役が言った。


「観察終了。合同基礎訓練に移る」


 リメルは赤線から離れた。


 鉄旗三号の旗布が、ゆっくり閉じる。


 音は小さい。


 しゃん、と金属板が重なる音。


 それが妙に耳に残った。


 旗舎を出ると、ロイがようやく息を吐いた。


「緊張したっす」


「鉄旗、怖かった?」


 ネルが聞く。


「怖いのもあるっすけど」


 ロイは少し考えた。


「寂しそう、とは言っちゃ駄目っすかね」


 誰もすぐには答えなかった。


 鉄旗が寂しそう。


 それは、グラナートでは正式記録にならない。


 でも、ロイにはそう聞こえたのだ。


 静かな大音量を覚えたロイだから、音のない場所に何かを感じたのかもしれない。


「駄目ではありません」


 コレットが言った。


「ただ、決めつけないようにしましょう」


「はいっす」


 クララも頷く。


「証拠は弱いです。でも、観察として残す価値はあります」


「寂しそう、観察になるんすか?」


「なります。非正式ですが」


 ノル先輩が眠そうに言った。


「夢なら、もっと分かるかも」


「無理はしないでください」


 コレットがすぐに言う。


「うん。硬い夢は、歯が痛い」


「夢で歯が」


 リリィが少し引いた。


「嫌な表現ですわ」


 合同基礎訓練は、旗舎の隣の第二訓練場で行われた。


 グラナートの生徒五人。


 カルミアからは、コレットの判断でネル、ロイ、アルフ、ジャック、俺が参加する。


 リメルは見学。


 鉄旗は訓練用の四号。


 三号とは別個体らしい。


 見た目はほとんど同じだ。


 グラナートの訓練内容は単純だった。


 命令伝達。


 旗移動。


 障害物回避。


 接触回避。


 基礎中の基礎。


 ただし、基礎の精度が異常に高い。


「指揮者、前方二」


 グラナートの指揮役が言う。


 鉄旗四号が動く。


「防衛、一」


 選手が壁を作る。


「転進、左」


 鉄旗が曲がる。


 命令から動作までが速い。


 俺たちは同じ内容を試す。


「リメル、前方二」


 コレットが言う。


 リメルは前へ二回跳ねた。


 そして、三回目も跳ねようとした。


「二! 二です!」


 コレットが慌てる。


 リメルは不満そうに止まった。


 グラナートの生徒が無表情で記録する。


 ロイが小声で言う。


「自由っすね」


「自由すぎる」


 アルフが言う。


 次は障害物回避。


 鉄旗四号は、命令通り最短で回避する。


 リメルは障害物の匂いを嗅ぐように近づき、なぜかその周りを一周した。


「リメル」


 コレットが困った声を出す。


 リメルは得意げだ。


 グラナートの記録係が、また板に何か書く。


 ジャックが低く言う。


「何書いてんだ」


「自律判断過多、かもしれない」


 アルフが答える。


「腹立つな」


「事実でもある」


 リメルは自由だ。


 でも、競技訓練としては扱いづらい。


 鉄旗は命令に忠実。


 しかし、命令外では閉じている。


 どちらが正しいのか。


 たぶん、簡単には決められない。


 次の訓練で、問題が起きた。


 接触回避。


 鉄旗四号とリメルを同時に動かし、互いにぶつからないよう命令する。


 グラナート側の指揮役が命じる。


「四号、右回避」


 鉄旗四号が右へ流れる。


 コレットが言う。


「リメル、左へ」


 リメルは左へ跳ねた。


 そこまでは良かった。


 だが、鉄旗四号がリメルの動きを見て、ほんの少しだけ速度を落とした。


 命令外の調整。


 待機反応ではない。


 動作中だ。


 グラナートの指揮役がすぐに追加命令を出す。


「四号、速度維持」


 鉄旗四号が元の速度へ戻る。


 その瞬間、リメルが跳ねた。


 鉄旗の前へではない。


 横へ。


 旗布を少しだけ広げる。


 まるで、さっきの三号の金属旗布に返事をするように。


 鉄旗四号の視覚魔石が光る。


 動きが、また一拍遅れた。


 グラナートの指揮役の声が鋭くなる。


「四号、速度維持。命令優先」


 鉄旗四号は動いた。


 リメルとの接触はない。


 訓練は続行。


 だが、空気は変わっていた。


 グラナート側の生徒たちは、今の一拍を見逃していない。


 アルフも見逃していない。


 コレットのペンも動いている。


 俺も、見た。


 鉄旗は、命令以外のものを見る。


 そして、リメルに反応する。


 それは弱点と呼びたくない。


 接点。


 接点だ。


「今の」


 ネルが小声で言った。


「一拍」


「ああ」


 俺は答えた。


「一拍だ」


 訓練後、グラナートの指揮役が案内役に何かを報告していた。


 声は聞こえない。


 だが、鉄旗四号の反応について話しているのは分かる。


 案内役の生徒は、こちらへ来た。


「カルミアの旗、リメルについて追加確認を行う」


「追加確認」


 コレットが少し緊張する。


「異常扱いですか」


「現時点では、相互反応の記録だ」


 案内役は言った。


「鉄旗の命令実行に一拍の遅延が発生した。原因がリメルの自律行動である可能性がある」


「訓練継続に問題は」


「現時点ではない。ただし、公式戦では監視対象となる」


 監視対象。


 響きは悪い。


 だが、無視ではない。


 グラナートは、リメルを見た。


 鉄旗も、リメルを見た。


「質問してもいいですか」


 俺は言った。


 コレットを見る。


 彼女は小さくうなずいた。


 単独ではない。


「鉄旗が命令以外のものを見たとき、それを全部矯正するんですか」


 案内役は俺を見る。


 今度は、少し早く俺を捉えた。


「競技安全上、必要なら矯正する」


「必要じゃなければ?」


 彼は少しだけ沈黙した。


「記録する」


 その答えは、意外だった。


 すぐに消す、ではない。


 記録する。


「鉄旗の反応も、記録するんですね」


 クララが言った。


「当然だ。反応を無視すれば、次の運用に生かせない」


 案内役は鉄旗四号を見る。


「鉄旗は命令に従う。だが、命令の質を上げるためには、旗の反応も記録する」


 グラナートも、旗を完全に無視しているわけではない。


 ただ、聞き方が違う。


 リメルには名前を聞く。


 鉄旗には反応を記録する。


 その違いは大きい。


 でも、接点はある。


「分かりました」


 コレットが言った。


「こちらも、リメルの反応を記録します」


 案内役が頷く。


「相互記録として扱う」


 相互記録。


 また硬い言葉だ。


 でも、悪くなかった。


 リメルが旗布を揺らす。


 鉄旗四号は、訓練場の端で待機している。


 命令を待つ獣。


 その言葉が、俺の中に浮かんだ。


 鉄旗は、命令を待っている。


 待たされているのか。


 待つことで守られているのか。


 まだ分からない。


 ただ、リメルを見たとき、一拍だけ命令が遅れた。


 その一拍を、グラナートは異常ではなく記録と呼んだ。


 それは、この学校にも隙間があるということだ。


 夜、宿舎でコレットは今日の記録をまとめた。


 鉄旗三号、待機中にリメルへ反応。


 鉄旗四号、接触回避訓練中にリメルへ反応し、一拍遅延。


 グラナート側、相互反応として記録。


 リメル、記録過多なし。


 クララ、鉄旗は道具としてのみ扱うのは不正確と指摘。


 ロイ、鉄旗が寂しそうと非正式観察。


 ネル、鉄旗への接触希望。


 ジャック、崩れた場合への反応に苛立ち。


 ガレス、修復への接点を確認。


 ルカ、弱点ではなく接点という言葉を採用。


「採用された」


 俺が言うと、コレットは頷いた。


「大事な言葉です」


 リメルが旗布に文字を浮かべた。


 接点。


 今日の記録は、それだった。


 触った、の次に、接点。


 少しずつ、鉄旗との距離が変わっていく。


 まだ勝てない。


 まだ奪えない。


 でも、触った。


 接点を見つけた。


 鉄旗は命令を待つ獣だ。


 その獣が、リメルを見て一拍だけ迷った。


 その一拍が、次に何になるのか。


 俺たちはまだ知らない。


 でも、第七部は記録した。


 道具ではなく、証人として。


 命令を待つ鉄の獣が、確かにこちらを見たことを。


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