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第25話 毒舌と迷子の小石

 リリィ・クロフトの毒舌には、二種類ある。


 一つは、ただ鋭いもの。


 ロイが余計なことを言ったとき。


 ネルが雑な理論を振り回したとき。


 俺が自分のことを棚に上げて誰かを心配したとき。


 その毒舌は、わりと公平に飛んでくる。


 痛い。


 だが、後に残る傷は浅い。


 もう一つは、先に自分を刺してから相手へ飛ばすもの。


 その違いに気づいたのは、巡業列車が午後の補給駅に停まったときだった。


 補給駅といっても、小さな町の駅ではない。


 巡業リーグ専用の停車場だ。


 車両に食材や魔力燃料を積み、各校が短時間だけ外へ出られる。


 駅舎には、学校ごとの売店や連盟の掲示板が並んでいた。


 上位校の生徒たちは、前方車両から整然と降りてくる。


 下位校は後ろから。


 俺たちはもちろん、一番後ろからだ。


「外っす!」


 ロイが小声で叫んだ。


 小声で叫ぶという矛盾した技術が、昨日から少し上達している。


「静かに興奮できるようになったな」


 俺が言うと、ロイは胸を張った。


「静かな大音量の応用っす」


「応用範囲が広い」


 ミラは荷物表を確認し、外へ持ち出すものを最低限に絞っている。


 レイナ先輩は昨日から磨かれた窓と自分の襟を交互に確認していた。


 ネルは「売店で何か食べ物あるかな」と呟いている。


 クララは駅舎の古い掲示を読もうとして、すでに目が輝いている。


 ノル先輩は半分寝たまま歩く準備をしていた。


 ガレス先輩は工具箱を持つ。


 ジャックは「補給駅でまで工具いるのか」と言ったが、自分も予備金具の袋を持っていた。


 リメルは旗金具から外れ、旧客室の床で跳ねている。


 外に出たいらしい。


 コレットは手帳を確認しながら言った。


「停車時間は四十分です。外出範囲は駅舎と連盟広場まで。旗の自走は許可区域内のみ。召喚魔法は」


「禁止ではありませんが推奨されません、でしょう」


 リリィが涼しい顔で言った。


「わたくしの魔法は、だいたい推奨されませんもの」


 その言い方は軽かった。


 だが、俺は少し引っかかった。


 推奨されない。


 それは列車内で何度も聞いた言葉だ。


 ロイの音も。


 リメルの自走も。


 カルミアの後部簡易スペース訓練も。


 リリィの召喚も。


 禁止ではない。


 でも推奨されない。


 その言葉は、思ったより人を削る。


「召喚しないで歩けるか」


 ネルが聞いた。


「わたくしが歩くだけで何か出るみたいに言わないでくださいまし」


「出ないの?」


「出るかもしれませんわ」


「じゃあ言うでしょ」


 リリィはふんと鼻を鳴らした。


「出たものまで含めて、わたくしです」


「言い切った」


 ロイが感心する。


「かっこいいっす」


「あなたに褒められると、少し不安になりますわね」


「何でっすか」


「勢いでだいたい褒めるからです」


 軽い毒舌。


 いつものリリィだった。


 駅に降りると、空気が変わった。


 列車内の金属と古い木の匂いではなく、乾いた土と焼き菓子の匂いがする。


 売店から、甘いものの匂いが流れてきた。


 ロイとネルが同時にそちらを見る。


「買う?」


「買うっす」


「部費」


 コレットが即座に言った。


 二人が同時に肩を落とす。


「自費なら」


 コレットが続ける。


 二人の肩が同時に上がる。


 分かりやすい。


 リメルは許可区域の印がある石畳の上を跳ねている。


 クララは駅舎の柱に刻まれた古い文字を見つけ、ノル先輩はその横で立ったまま寝そうになっている。


 ミラは全員の位置を見ていた。


 荷物だけでなく、人の配置も見るのが癖になっているらしい。


 レイナ先輩は、カルミアの制服が他校生徒にどう見られているかを気にしていた。


 昨日の今日だ。


 彼女の見栄は、まだ少し熱を持っている。


 問題は、売店の前で起きた。


 リリィが足を止めた。


 彼女の視線の先には、三人の女子生徒がいた。


 制服の色は深い緑。


 襟元に、小さな銀の鳥の校章。


 見覚えはない。


 だが、リリィの顔が変わった。


 いつもの涼しい毒舌の顔ではない。


 口元は笑っている。


 目だけが、少し冷えた。


「あら」


 深緑の制服の一人が言った。


「リリィじゃない」


 声は甘い。


 甘いが、砂糖ではない。


 薄く塗った毒みたいな甘さだった。


 リリィは一拍だけ遅れて笑った。


「ごきげんよう。相変わらず、声だけは綺麗ですのね」


 鋭い。


 初手から鋭い。


 ロイが小声で「知り合いっすか?」と聞く。


 ネルが「黙って見て」と返す。


 深緑の女子生徒は、笑顔を崩さない。


「カルミアに行ったって聞いていたけど、本当だったのね」


「ええ。あなたの情報網にも、たまには事実が混ざるようで安心しましたわ」


「元気そうでよかった。召喚はまだ失敗してるの?」


「そちらはまだ、成功した召喚しか自分の実力だと思えないまま?」


 空気が冷える。


 俺は思わずコレットを見る。


 コレットは状況を測るように二人を見ていた。


 レイナ先輩は一歩前に出かけて、止まった。


 昨日、自分の怒りの置き場所を決めた人間だからだろう。


 他人の怒りに、すぐ被せない。


 リリィは笑っている。


 だが、その笑顔は固い。


「紹介してくださらないの?」


 深緑の女子生徒が、俺たちを見る。


「カルミアのお友達?」


「部員ですわ」


 リリィが答える。


「友達かどうかは、あなたに説明する必要がありません」


「あら、冷たい」


「あなたの暖かさは、だいたい火傷しますもの」


 毒舌は見事だ。


 でも、俺には分かってきた。


 リリィは相手を刺している。


 同時に、自分も刺している。


 カルミアのお友達。


 その言葉に、彼女は一瞬だけ反応した。


 友達。


 部員。


 元の学校で、彼女がどういう扱いを受けていたのか、まだ詳しくは知らない。


 ただ、ランダム召喚が迷惑な失敗魔法として扱われていたことは聞いている。


 この深緑の制服の生徒たちは、たぶんその過去に近い。


「あなたが抜けたあと、召喚演習は静かになったわ」


 女子生徒が言う。


「余計なものが出なくなって」


 リリィの指が、ほんの少し動いた。


 召喚の前兆か。


 俺は身構える。


 リリィは笑った。


「静かになったでしょうね。意外性が消えれば、授業は眠くなりますもの」


「意外性?」


「あなた方は、予定通りに出るものだけを召喚と呼びますでしょう。わたくしは、予定外に来たものにも名前を聞く主義ですの」


「名前を聞く前に、制御したら?」


 周囲の二人が笑う。


 小さな笑い。


 昨日の食堂でも聞いた種類の笑いだ。


 安全な場所から、少しだけ相手を削る笑い。


 リリィの笑顔がさらに薄くなる。


 そのとき、彼女の足元に召喚陣が開いた。


 本人の意思かどうか、分からない。


 淡い光。


 周囲の視線が集まる。


 リリィの肩が、わずかに強張った。


 出てきたのは、小石だった。


 ただの小石。


 灰色で、丸くて、親指の先ほどの大きさ。


 石畳の上に、ころんと転がった。


 沈黙。


 深緑の女子生徒の一人が、口元を押さえた。


「相変わらずね」


 その言葉は、優しくなかった。


 リリィの頬が、わずかに赤くなる。


 怒りか、恥か。


 たぶん両方だ。


 彼女は小石を見た。


 まるで、それが自分の失敗の証拠みたいに。


 次の瞬間、ミラがしゃがんだ。


 小石を拾う。


「いい石」


 深緑の生徒たちが、きょとんとした。


 リリィも固まる。


「……ミラさん?」


「転がり方が素直」


 ミラは真顔だった。


「荷物止めに使える」


 ロイがぱっと顔を明るくした。


「昨日の召喚石っすね!」


「今日のは、少し丸い」


 ミラは小石を手のひらで転がす。


「揺れを見るのにいい」


 ネルが笑った。


「石、便利じゃん」


「ですわね」


 リリィがすぐに立て直す。


 ただ、その声は少しだけ震えていた。


「わたくしの召喚は、列車の揺れまで読む高性能仕様ですの」


「今考えたでしょ」


 ネルが言う。


「今考えられる頭があるということですわ」


 ロイが小さく拍手しかけ、レイナ先輩に目で止められた。


 深緑の女子生徒は、少し不快そうに眉を寄せた。


 彼女たちが期待した反応ではなかったのだろう。


 笑われる。


 リリィが傷つく。


 カルミアの部員が困る。


 たぶん、その流れを想定していた。


 しかし、第七部は小石を拾った。


 しかも、本気で使い道を探している。


「そんなものを使うの?」


 女子生徒が言う。


「ええ」


 リリィは小石をミラから受け取った。


「あなた方には不要でしょうけれど、わたくしたちは残ったものを使うのが上手になりつつありますの」


 レイナ先輩が少しだけ反応した。


 残ったもの。


 昨日の言葉だ。


 リリィは小石を指先で持ち上げる。


「予定外に来た小石。誰かに笑われた小石。けれど、列車の揺れを読むには十分。便利ですわね」


 深緑の女子生徒は、笑顔を消した。


「強がり」


「もちろん」


 リリィは即答した。


 その場にいた全員が、少し驚いた。


 リリィは続ける。


「強がりは大事ですわ。弱いところを見せる相手は選びますもの」


 その言葉は、相手への毒であり、自分の防具だった。


 俺は少しだけ胸が痛くなる。


 リリィは、自分の弱さを誰に見せるか選んできたのだ。


 たぶん、見せられない場所が多かった。


「行きましょう」


 コレットが静かに言った。


「停車時間は限られています」


 リリィは優雅にうなずく。


「ええ。わたくし、焼き菓子を見る予定でしたの。昔話に時間を使うほど暇ではありませんわ」


 深緑の女子生徒が最後に言う。


「リリィ」


 リリィは振り返らない。


「カルミアでも、また変なものを出して迷惑かけないようにね」


 リリィの足が止まる。


 空気が、また少し冷える。


 今度はネルが一歩出かけた。


 レイナ先輩も。


 ジャックは無言で相手を見ている。


 ロイは怒鳴らないよう、口を押さえている。


 リリィは振り返った。


 笑っていた。


「ご心配ありがとう」


 声は、いつも通りに聞こえた。


 でも、俺には少し違って聞こえた。


「変なものが出たら、名前を聞きますわ。それが迷惑かどうかは、こちらで決めます」


「決められるの?」


「ええ。今は、決めてくれる人たちがいますので」


 リリィはそれだけ言って、歩き出した。


 深緑の生徒たちは、もう追ってこなかった。


 売店の前まで来ると、ロイがやっと息を吐いた。


「めちゃくちゃ怒鳴りたかったっす」


「怒鳴らなかった」


 アルフが言う。


「偉い」


「アルフ先輩に褒められると、判定感あるっすね」


「判定している」


「やっぱり」


 ネルはリリィを見た。


「あいつら、元の学校?」


「ええ」


 リリィは焼き菓子を見ながら答えた。


「元ライバル校というより、元居場所候補ですわね。候補のまま終わりましたけれど」


「嫌な言い方」


「上品でしょう」


「上品な嫌さ」


 リリィは笑った。


 いつもの笑いに近い。


 でも、まだ少し硬い。


 ミラが手のひらを差し出した。


「石」


「返してほしいんですの?」


「使うなら、持つ」


「わたくしが持ちますわ」


 リリィは小石を自分のポケットに入れた。


 それから、少しだけ目を伏せる。


「……拾ってくれて、助かりましたわ」


 声が小さかった。


 ミラはこくんとうなずく。


「いい石だった」


「そこは、わたくしを助けたと言ってくださってもよろしいのよ」


「リリィも、いい」


 ミラは真顔で言った。


 リリィが固まった。


 ロイが口を押さえる。


 ネルが横を向く。


 レイナ先輩が少しだけ微笑んだ。


 リリィの耳が、分かりやすく赤くなる。


「……あなた、時々とんでもない角度で攻撃してきますわね」


「攻撃?」


「褒め言葉という名の奇襲です」


 ミラは首をかしげた。


 天然の褒め言葉は、毒舌より強い場合がある。


 焼き菓子をいくつか買い、俺たちは駅舎の端へ移動した。


 停車時間はまだ少しある。


 リメルは許可区域の石畳を楽しそうに跳ねている。


 クララは古い掲示板の前から動かない。


 ノル先輩はベンチに座って眠っている。


 コレットは部費の残高を確認して、少し渋い顔をしていた。


「赤字?」


 俺が聞く。


「まだ大丈夫です。でも、ロイさんとネルさんの焼き菓子消費が想定より多いです」


「自費じゃなかったのか」


「一部、試食を戦術検証として申請されました」


「却下しろ」


「却下しました」


 なら大丈夫だ。


 リリィは少し離れた柱のそばで、小石を見ていた。


 俺は近づく。


「隣、いいか」


「駄目と言ったら、遠くから見守るつもりでしたの?」


「不審者になるから帰る」


「なら、どうぞ」


 許可された。


 俺は隣に立つ。


 リリィの手のひらには、小石がある。


 本当にただの小石だ。


 魔力も、特別な刻印も見えない。


 俺には。


「あれ、嫌な相手だったな」


「ええ」


 リリィはあっさり認めた。


「嫌な相手ですわ。昔のわたくしをよく知っていて、今のわたくしを知らない相手」


「それは厄介だ」


「とても」


 彼女は小石を指で転がす。


「わたくしの召喚は、失敗ばかりでしたの。授業では指定されたものを出す。契約したものを出す。距離、時間、形、すべて揃える。それが正しい召喚です」


「リリィは違った」


「ええ。呼んでもいないものが来る。呼んだものは来ない。小鳥、石、濡れた靴下、知らない人の手紙、古い釘、まだ温かいパン」


「パン?」


「食べていませんわ」


「そこは聞いてない」


「食べていませんわ」


 二回言った。


 少し怪しい。


「変なものが出るたび、笑われましたわ。最初はわたくしも笑いました。面白いと思ったから。でも、周りがずっと笑うと、自分だけ面白がっているのが間違いみたいに思えてくる」


 リリィの声は淡々としている。


 でも、小石を転がす指が少し速くなった。


「だから、先に毒を吐くようになったんですの?」


「ルカさん、珍しくまともな推理ですわね」


「珍しくは余計だ」


「余計なものが出るのは、わたくしの得意分野です」


 リリィは小さく笑う。


 今の毒は浅い。


 少し安心する。


「先に刺せば、笑われても負けた感じがしませんもの」


「痛くはあるだろ」


「ええ。かなり」


 彼女はあっさり言った。


 その正直さに、俺は少し驚いた。


 リリィは続ける。


「でも、黙って笑われるよりはましでしたわ」


 俺は何も言えなかった。


 黙って笑われる。


 それは、たぶんかなりきつい。


 レイナ先輩なら姿勢で返す。


 ネルなら殴る勢いで言い返す。


 ロイなら大声でごまかす。


 俺なら、たぶん忘れたふりをする。


 リリィは毒舌で先に刺す。


 それが彼女の防具だった。


「カルミアでは」


 リリィが言った。


「変なものが出ても、誰かが拾いますのね」


「今のところは」


「今のところ」


「絶対と言うと、うちの部はだいたい事故る」


「賢明な言い方ですわ」


 リリィは小石をポケットに戻した。


「でも、今日の小石は、わたくしが持ちます」


「いい石だから?」


「ええ」


 彼女は少しだけ笑った。


「迷子の小石ですもの。わたくしと縁がありますわ」


 迷子の小石。


 その言い方は、少しだけ柔らかかった。


 駅の発車ベルが鳴る。


 集合時間だ。


 俺たちは旧客室へ戻った。


 戻る途中、リリィは深緑の生徒たちを見なかった。


 向こうは見ていた。


 でも、リリィは見なかった。


 無視ではない。


 選んだのだ。


 見る相手を。


 弱いところを見せる相手を選ぶように。


 列車が動き出すと、旧客室はまた揺れ始めた。


 ミラはすぐに荷物表を確認する。


 ロイは静かな大音量で合図を出す。


 レイナ先輩は窓の曇りを拭く。


 クララは補給駅で写した古い掲示を読み直す。


 ノル先輩は寝る。


 いつものような、いつもではないような列車の時間。


 その中で、リリィはポケットから小石を取り出した。


 床に置く。


 列車が揺れる。


 小石がころりと転がる。


 右へ。


 少し戻って、左へ。


 ミラがうなずく。


「揺れ、分かる」


 アルフが配置図を見る。


「簡易の傾斜計になる」


 クララが顔を上げる。


「石に古い文字はありませんが、動きの記録は取れます」


 ロイが小声で言う。


「名前、つけるっすか?」


「つけませんわ」


 リリィは即答した。


 小石がまた転がる。


 リメルが近づき、旗布で軽く止めた。


 リリィは少し黙った。


「……仮名なら」


「つけるんすね」


「仮名です」


 彼女は小石を拾い上げた。


「迷子一号」


「一号ってことは増える前提?」


 ネルが聞く。


「わたくしの召喚ですもの」


 リリィは胸を張る。


「予定外は、いつでも増えますわ」


 その言葉に、旧客室の空気が少し明るくなった。


 予定外は増える。


 それは普通なら困る言葉だ。


 でも、第七部では少し違う。


 予定外に出たものを、誰かが拾う。


 名前を聞く。


 使い道を探す。


 笑われた小石が、列車の揺れを見る道具になる。


 なら、予定外も全部が敵ではない。


 リメルの旗布に、文字が浮かんだ。


 迷子一号。


 リリィが慌てる。


「リメル、正式名称みたいに記録しないでくださいまし」


 リメルは誇らしげに揺れた。


「仮名ですわ。仮名」


 リメルは聞いていない。


 ロイが笑いをこらえて震えている。


 静かな大音量の喜び版かもしれない。


 レイナ先輩が小さくため息をつく。


「名前をつけたなら、責任を持ちなさい」


「あなたまで」


「名前とはそういうものよ」


 リリィは小石を見た。


 迷子一号。


 ただの小石。


 笑われた召喚物。


 でも今は、旧客室の揺れを読む小さな道具。


 リリィは、ほんの少しだけ表情を緩めた。


「では、責任を持って転がしますわ」


「言い方」


 ネルが笑った。


 列車は夕方へ向かって走る。


 迷子一号は、床の上をころころ転がり、ミラの印のところで止まった。


 リメルがそれを見守る。


 リリィは毒舌を少しだけしまい、代わりに小石の動きを見ていた。


 たぶん、彼女の毒は明日も鋭い。


 急に柔らかい人間になるわけではない。


 なる必要もない。


 毒舌は彼女の防具で、武器で、たぶん少しだけ芸でもある。


 ただ、その毒が全部、自分を先に刺す必要はないのだと思う。


 予定外に来たものを、笑われる前に捨てなくてもいい。


 誰かが拾う。


 名前を聞く。


 迷子なら、居場所を作る。


 旧客室の床で、小石がまた少し転がった。


 リリィはそれを指先で止める。


「迷子一号」


 彼女は小さく言った。


「あなた、思ったより役に立ちますわね」


 その声は毒舌ではなかった。


 褒め言葉だった。


 たぶん、小石に向けた。


 たぶん、自分にも少しだけ。


 リメルの旗布が、静かに揺れた。


 迷子一号の文字は、まだ消えない。


 予定外のものが、また一つ、第七部の荷物に加わった。


 重さはほとんどない。


 でも、たぶん大事な荷物だった。


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