第23話 荷物は背負い方で軽くなる
巡業列車の朝は、揺れで始まる。
窓の外が白み始めたころ、旧客室の床が大きく傾いた。
いや、実際には傾いていない。
列車がカーブに入っただけだ。
だが、寝ぼけた体には十分だった。
長椅子で寝ていたロイが、予備布ごと床へ落ちた。
「うわっ、試合開始っすか!」
「朝だ」
アルフが冷静に言った。
彼は壁にもたれたまま、すでに起きていた。
というより、寝たのか怪しい。
ノル先輩は逆に、カーブでも揺れでもびくともしない。
荷物棚の下に丸まって、完全に寝ている。
寝台ではない場所を選んでいるのは、たぶん彼女なりの理由があるのだろう。
いや、ないかもしれない。
クララは机に突っ伏していた。
頬の横に、古い音路の写しが散らばっている。
レイナ先輩は寝台の上で、信じられないくらい姿勢よく寝ていた。
眠っていても誇り高い。
ネルは窓際で膝を抱えている。
起きているのかと思ったら、目が開いたまま寝ていた。
少し怖い。
リリィは自分の上着を毛布代わりにして、箱を抱えたまま眠っている。
その箱にはクララの紙束が入っている。
寝ている間も濡らさないようにしているのは、文句を言いながら責任感があるからだろう。
ガレス先輩は座ったまま寝ていた。
工具箱に片手を置いている。
ジャックは床に背中を預け、腕を組んで目を閉じている。
寝ているのか起きているのか分からない顔だ。
コレットは机の向こうで、小さな手帳を抱えて眠っていた。
部長まで床に落ちそうだったので、俺はそっと手帳を押さえた。
そして気づく。
ミラがいない。
「ミラ?」
俺が声に出すと、旧客室の後ろの扉が開いた。
朝の冷たい風が入ってくる。
そこに、ミラが立っていた。
片手に紐の束。
もう片方の手に、昨日まで床に置かれていた荷物箱。
肩には、リメルの予備支柱。
首にはなぜか小さな鈴。
「起きた?」
「ミラこそ、いつから起きてるんだ」
「揺れが変わったから」
「揺れで起きるのか」
「山では、風が変わったら起きる」
列車と山が同じ扱いになっている。
ミラは旧客室へ戻ると、床に置かれた荷物を一つずつ見た。
それから、少しだけ眉を寄せる。
「この置き方、危ない」
「危ない?」
「次の急停止で、箱が飛ぶ」
ちょうどそのとき、列車が小さくブレーキをかけた。
荷物棚の端に置かれていた金具袋が、ずるりと前へ滑る。
俺が手を伸ばす前に、ミラが動いた。
魔法の光はない。
ただ、早い。
足を一歩ずらし、膝で箱を止め、肩の支柱で金具袋を押さえる。
同時に、足元の紐を引いた。
紐の先は、昨日彼女が結んでいた荷物に繋がっていたらしい。
棚の荷物が、そこでぴたりと止まる。
床に落ちたロイが目を丸くした。
「すごいっす! 今の魔法っすか?」
「違う」
ミラは首を横に振る。
「結び方」
「結び方で荷物が止まるんすか?」
「止まる」
ミラは当たり前のように言った。
その声で、何人かが起き始める。
ネルが目をこする。
「何、朝から訓練?」
「荷物訓練」
ミラが答えた。
「そんな訓練ある?」
「ある」
断言だった。
レイナ先輩が寝台から降りる。
髪を手櫛で整えながら、荷物棚を見た。
「確かに、みっともないわね」
「見た目の話じゃない」
ネルが言う。
「見た目も安全に含まれるわ」
レイナ先輩は真顔だった。
ミラはうなずく。
「見た目で、緩みが分かる」
「ほら」
レイナ先輩が少し得意げになる。
「ミラは分かっているわ」
分かっているの方向が少し違う気もする。
だが、ミラは本気だった。
彼女は床に紐を広げ、荷物を一つずつ置き直す。
重いものは下。
揺れるものは身体に近く。
割れるものは、揺れない人が持つ。
昨日、駅で言っていたことを、今度は車内全体に広げている。
「列車は山と似てる」
ミラは言った。
「足場が動く。風は読めない。荷物が勝手に行く。だから、先に道を作る」
「床が動くのを前提に固定するってことか」
アルフが言う。
「そう」
ミラはアルフを見た。
「結界も同じ?」
「近い。守る場所を決める」
「荷物も、逃げ道を決める」
アルフが少し考え込む。
たぶん、彼の中で結界と荷物紐がつながったのだ。
第七部では、だいたい何でも戦術になる。
ロイの迷惑音も。
レイナ先輩の失敗も。
ジャックの撃たない声も。
そして今度は、ミラの荷物固定だ。
「全員、起きてください」
コレットが手帳を抱えたまま起き上がった。
髪が少し跳ねている。
本人は気づいていない。
レイナ先輩が即座に直した。
「ありがとうございます」
「部長の髪が乱れていると、カルミアの規律が疑われるわ」
「そこまで見られますか?」
「見られるつもりでいなさい」
コレットは真面目にうなずいた。
「では、ミラさんの荷物訓練を正式な朝の作業にします」
「正式になった」
ネルが呟く。
「この部、何でも正式にするね」
「必要なら正式です」
コレットは手帳に書く。
朝作業。
荷物固定確認。
車内揺れ対応。
ミラ担当。
「担当」
ミラがその言葉を復唱した。
「嫌ですか?」
コレットが聞く。
ミラは少し考えた。
「嫌じゃない」
「では、お願いします」
ミラは小さくうなずいた。
表情はあまり変わらない。
でも、耳のあたりが少し赤い。
担当。
役割を与えられること。
それは、ミラにとって軽い言葉ではないらしい。
彼女は山岳地方の出身だ。
筋力強化のあと全身が動かなくなる欠陥魔法を持っている。
でも、山ではそれが実用だった。
力を使って荷を運び、動けなくなる前に仲間に回収される。
中央の基準では欠陥。
山の基準では、やり方の一つ。
それを俺たちは、まだ十分に分かっていない。
「じゃあ、ミラ先生」
ロイが元気よく言った。
「何からやるっすか?」
「先生じゃない」
「ミラ教官?」
「違う」
「ミラ荷物長?」
ミラは少しだけ考えた。
「荷物長は、少しいい」
「いいんすか」
ロイは笑った。
ミラ荷物長。
変な役職が生まれた。
だが、ミラは嫌ではなさそうだった。
まず、全員の荷物が床に並べられた。
列車生活に必要なもの。
競技用具。
リメルの記録箱。
クララの紙束。
ガレス先輩の工具。
レイナ先輩の衣装箱。
リリィの召喚具。
ロイの練習布。
ネルの紐と小道具。
アルフの地図。
ノル先輩の枕。
「枕、荷物?」
ジャックが言った。
ノル先輩は半分寝たまま、枕を抱きしめる。
「命」
「命なら仕方ないな」
ガレス先輩が真顔で言った。
仕方ないらしい。
ミラはそれぞれの荷物を見て、誰が持つべきかを決めていく。
「ロイ、軽いけど大きいもの」
「昨日と同じっすね」
「音で落としても壊れない」
「信頼が独特っす」
「ネル、すぐ使う紐」
「何で」
「一瞬で動く人は、取り出すのも早い」
ネルは少し意外そうな顔をした。
「あたし、雑に扱われてるだけかと思った」
「雑じゃない。早い」
「……そう」
ネルは紐を受け取り、目をそらした。
褒められると弱い。
「レイナ、外から見える箱」
「任せなさい」
「でも重すぎない箱」
「配慮が具体的ね」
ミラは真剣だ。
「クララ、紙は自分で持たない」
「え、なぜですか」
「読むと、足元を見ない」
全員が納得した。
クララだけが少し不満そうだった。
「でも、読まないと」
「読む場所を決める」
ミラは床に小さな印をつけた。
「ここ。揺れが少ない」
クララは目を瞬かせる。
「そんな場所が分かるんですか」
「分かる。床の音」
ロイが反応する。
「床の音!」
「今は鳴らさない」
アルフが先回りする。
「はいっす」
ミラはガレス先輩の工具箱を見た。
「ガレス、工具箱は重い。でも揺れに強い」
「強い」
「下。中央」
ガレス先輩は無言で工具箱を動かす。
それだけで車両の重心が少し落ち着いたように感じた。
ジャックには、昨日と同じ予備部品の袋。
だが、今日は少し違った。
「ジャック、壊れてもいいものじゃない」
ミラが言う。
ジャックの眉が動く。
「昨日は壊れてもいいものって言っただろ」
「昨日は安全。今日は、直すもの」
「直すもの?」
「壊れたら困る。でも直せる。だから、雑に持たない」
ジャックは袋を見た。
古い金具。
予備の留め具。
昨日の自走標的の脚も入っている。
彼が砕いたものだ。
「……分かったよ」
ジャックは袋を肩に担がず、両手で持った。
その持ち方は、少しぎこちない。
でも、雑ではなかった。
ミラは最後に、俺の前へ来た。
「ルカ」
「何だ」
「記録箱、身体の前」
「昨日もそうしてた」
「うん。でも、抱えすぎない」
「抱えすぎ?」
ミラは俺の腕を指した。
「強く持つと、転んだとき割れる。大事なものは、潰さない」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
記録箱。
リメルの記録。
俺が忘れたものを残すかもしれない箱。
大事だから強く抱える。
でも、強く抱えすぎると壊れる。
ミラは荷物の話をしている。
それは分かっている。
でも、俺には別のことにも聞こえた。
「どう持てばいい」
俺が聞くと、ミラは紐を一本取った。
「肩と手、半分ずつ」
彼女は記録箱に紐をかけ、俺の肩へ回す。
箱は胸の前に来る。
手を添えれば安定する。
でも、強く抱え込まなくても落ちない。
「これなら、手を使える」
ミラが言った。
「大事なものを持ってても、誰かを助けられる」
俺は胸の前の箱を見た。
確かに、両手が空く。
完全ではない。
でも、動ける。
「ミラ、天才か」
「山では普通」
「山、すごいな」
ミラは少しだけ誇らしそうにした。
その表情は薄い。
でも、確かにあった。
朝の荷物訓練は、思ったより長く続いた。
列車の揺れに合わせて、荷物を固定する。
急停止を想定して、身体の向きを変える。
廊下を通るとき、誰が前で誰が後ろか決める。
リメルが自走してしまった場合の回収役を決める。
ロイが音で合図を出す場合、荷物が共鳴しないようにする。
リリィの召喚物が荷物の中に出た場合の隔離場所を決める。
「なぜ、わたくしだけ事故前提ですの」
リリィが不満そうに言う。
「前提にすると、事故じゃなくなる」
ミラが答えた。
コレットがすぐ手帳に書いた。
前提にすると、事故ではなく作戦。
「部長、それ名言っぽく書かないでくださいまし」
「大事です」
「大事なら仕方ありませんわね」
仕方ないらしい。
昼前、最初の問題が起きた。
列車が山間部へ入り、線路が急に蛇行し始めたのだ。
前方車両からは、楽しそうな声が聞こえる。
上位校の生徒たちは、揺れを魔法で軽減しているのだろう。
後部補助車両には、そんな補助はない。
旧客室は大きく揺れた。
机の上のペンが転がる。
リメルの旗金具が軋む。
荷物棚の箱が、前へ滑る。
だが、落ちなかった。
ミラの紐が効いた。
ロイが短音を鳴らす。
無声に近い、小さな合図。
リメルが旗金具から外れ、自分で床へ降りる。
アルフが一方向結界を張り、クララの紙束が飛ばないようにする。
ネルが転がったペンを足で止める。
レイナ先輩は揺れに合わせて、優雅に箱を押さえた。
ガレス先輩は工具箱の上に手を置くだけで、車両の中心を守る。
ジャックは予備部品の袋を抱え、壁にぶつからないよう体を入れる。
リリィの足元に、小さな石が召喚された。
「今?」
ネルが叫ぶ。
「わたくしの意思ではありませんわ!」
石は床を転がり、荷物棚の下へ向かう。
ミラがそれを見た。
「石、止めない」
「止めないの?」
「流れを見る」
石は床を転がり、車両の揺れに沿って右奥へ向かった。
そこは、ミラが朝に印をつけた揺れの少ない場所だった。
彼女はうなずく。
「ここ、集まる」
「荷物の逃げ場所か」
アルフが言う。
「うん」
ミラは素早く紐を一本引き、右奥の床に荷物止めを作った。
次の揺れで、小さな箱がそこへ滑る。
止まる。
落ちない。
壊れない。
「成功」
コレットが言った。
揺れの中で、手帳に何かを書こうとして失敗し、ペン先が紙から外れた。
レイナ先輩がすかさず紙を押さえる。
「字が乱れるわ」
「すみません」
「揺れているときこそ、丁寧に」
「はい」
この人は何をしていても美意識を忘れない。
さらに大きな揺れが来た。
リメルが床を滑りかける。
俺の手が動く。
風。
使えば押さえられる。
だが、その前に、胸の記録箱の紐が肩にかかった。
両手が空いている。
ミラの結び方のおかげで。
俺は魔法を使わずに、リメルへ手を伸ばした。
同時にネルが動く。
俺とネルの手が、ほぼ同時にリメルの旗棒を押さえた。
一秒。
ネルが俺を見た。
「見た?」
「見た」
「使わなかった」
「使わなかった」
ネルは満足そうにうなずいた。
リメルが旗布を揺らす。
胸の記録箱が、軽く鳴った。
強く抱え込まなくても、大事なものは持てる。
両手を空ければ、誰かを助けられる。
ミラの荷物訓練は、ただの実務ではなかった。
少なくとも、俺にはそうだった。
揺れが収まったあと、旧客室には妙な達成感があった。
誰も怪我をしていない。
荷物も壊れていない。
クララの紙束も無事。
リリィの召喚石は、なぜか荷物止めの一部として採用された。
「わたくしの偶然、便利でしたわね」
「石は便利」
ミラが言う。
「わたくしではなく石が褒められましたわ」
「石を出したのはリリィ」
「なら、許します」
ロイは床に座り、荷物棚を見上げている。
「落ちなかったっすね」
「落ちないようにしたから」
ミラが答える。
「当たり前みたいに言うっす」
「当たり前にすると、怖くない」
その言葉で、ロイは少し黙った。
昨日、彼は音を怖がっていた。
迷惑になる音。
黙らせろと言われる音。
それを静かな大音量にした。
今日、ミラは揺れを怖がる前に、荷物の逃げ道を作った。
当たり前にする。
怖いものを、手順に変える。
第七部の戦い方は、少しずつ増えている。
昼過ぎ、ミラは一人で後部デッキに出ていた。
俺は記録箱を胸にかけたまま、彼女の隣へ行く。
列車の一番後ろ。
風が強い。
流れていく線路が、遠くまで続いている。
ミラは手すりに片手を置き、外を見ていた。
「寒くないか」
「平気」
「山の人は強いな」
「山でも寒いものは寒い」
「そりゃそうか」
会話が途切れる。
ミラは口数が多いほうではない。
でも、沈黙が気まずい人ではなかった。
彼女の沈黙には、荷物がちゃんと積まれている感じがある。
変な表現だが、そう思った。
「担当、嫌じゃなかったんだな」
俺が言うと、ミラは少しだけ目を伏せた。
「山では、荷物持ちは下じゃない」
「そうなのか」
「道を知ってる人が持つ。重いものを背負う人は、どこで休むかも決める」
彼女は線路の先を見た。
「でも、中央に来ると、荷物持ちは雑用だった」
その言葉は、静かだった。
怒りではない。
でも、何かが薄く削られている音がした。
「強い魔法で派手に勝つ人が上。荷物を運ぶ人は下。動けなくなる人は、邪魔」
「ミラ」
「カルミアに来る前、そう言われた」
俺は何も言えなかった。
たぶん、慰めを言う場面ではない。
彼女は事実を話している。
山では役割だったものが、中央では欠陥や雑用にされる。
それは、クララの古代文字にも似ている。
ロイの音にも。
ジャックの破壊にも。
欠陥と呼ばれるものは、置かれる場所で意味が変わる。
「今日、助かった」
俺は言った。
「荷物も、リメルも、俺も」
ミラは俺を見た。
「ルカも?」
「記録箱を強く抱えすぎるなって言っただろ。あれ、効いた」
「荷物の話」
「俺には、荷物以外の話にも聞こえた」
ミラは少し考える。
「なら、よかった」
それだけ言って、また線路を見た。
彼女らしい返事だった。
過剰に喜ばない。
でも、受け取らないわけではない。
「ミラは、動けなくなるのが怖くないのか」
聞いてから、少し踏み込みすぎたかと思った。
だが、ミラは怒らなかった。
「怖い」
短い答え。
「でも、山では止まる前提で動く。止まったら、回収してもらう。だから、一人で遠くへ行かない」
「中央では?」
「止まったら、置いていかれる」
風が強く吹いた。
俺は胸の記録箱を押さえる。
強く抱えすぎないように。
「第七部では?」
俺が聞くと、ミラはほんの少しだけこちらを見る。
「今日、回収された」
「誰に」
「みんなに」
それは、表情の少ない彼女にしては、かなり大きな言葉だった。
俺はうなずく。
「じゃあ、次も回収する」
「うん」
「俺が忘れてたら、誰かに言ってくれ」
「リメルが覚える」
「リメルだけに背負わせるなって話をしただろ」
ミラは少しだけ首を傾げた。
そして言った。
「じゃあ、荷物表に書く」
「荷物表」
「ルカ、ミラを回収」
「それ、俺の担当なのか」
「一つ」
ミラは真面目だった。
俺は笑ってしまった。
「分かった。荷物表に書いておいてくれ」
「書く」
後部デッキの扉が開いた。
コレットが顔を出す。
「ミラさん、荷物表を正式な車内管理表にします。よろしいですか」
「いい」
「それから、ミラさんの役割名ですが」
コレットは手帳を見る。
「車内荷物長、でいいでしょうか」
ミラは少し考えた。
「長い」
「では、荷物長」
「うん」
「正式に、ミラさんは第七部の荷物長です」
ミラは、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。
風に髪が揺れる。
「任された」
その声は小さい。
でも、列車の音に消えなかった。
旧客室に戻ると、荷物表が壁に貼られた。
レイナ先輩が字を整え、クララが古い文字で補足を書き、アルフが配置図を付け足した。
ロイは「荷物長ミラ!」と書こうとして、ネルに止められた。
リリィはなぜか召喚石に小さな顔を描いていた。
ガレス先輩は荷物棚の金具を補強している。
ジャックはその横で、壊さないように留め具を渡している。
ノル先輩は寝ながら「荷物の夢、落ちなかった」と言った。
リメルは旗金具で揺れ、旗布に短い文字を浮かべた。
背負い方。
ミラはそれを見て、少しだけ目を細めた。
「荷物は、背負い方で軽くなる」
彼女は言った。
誰に向けた言葉でもないようで、たぶん全員に向けた言葉だった。
重いものは、軽くならない。
大事なものも、消えない。
欠陥も、なくならない。
でも、背負い方で少し変わる。
誰が持つか。
どこで休むか。
どう結ぶか。
いつ回収してもらうか。
それを決めれば、荷物はただの重さではなくなる。
俺は胸の前の記録箱を見た。
肩と手、半分ずつ。
強く抱え込まない。
でも、離さない。
両手は空く。
誰かに一秒を渡せる。
ミラの荷物表には、いつの間にか小さく書き足されていた。
ルカ:記録箱。ミラ回収。
俺はそれを見て、少し笑った。
ミラは真顔でうなずいた。
冗談ではないらしい。
なら、覚えておこう。
忘れるかもしれないけれど。
少なくとも、今は。
巡業列車は山間部を抜け、広い草原へ出た。
揺れが少し穏やかになる。
旧客室の荷物は、もう勝手には動かない。
ミラが作った結び目が、車両のあちこちにある。
それは飾りではない。
派手な魔法でもない。
けれど、確かに俺たちを守っていた。
第七部の旅は、また一つだけ暮らし方を覚えた。
音の届かせ方。
荷物の背負い方。
たぶん次は、誰かの怒り方や、誰かの毒舌や、誰かの夢の見方も、旅の中で形を変えていく。
列車の一番うしろで、ミラ荷物長の最初の仕事は成功した。
誰も落ちず。
何も壊れず。
大事なものを抱えたまま、両手を空ける方法を残して。




