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第21話 巡業列車の一番うしろ

 ミナセ分校との公式練習試合は、勝利では終わらなかった。


 敗北でも終わらなかった。


 判定は、競技継続能力あり。


 試合結果は、時間切れによる引き分け。


 観客の反応は、困惑。


 審判の総評は、長かった。


「カルミア魔法学園第七魔法競技部は、戦術理解に粗さがあり、個々の魔法にも重大な不安定性が見られる。ただし、旗保護、危険回避、自己制御、作戦修正能力に一定の改善が認められる。よって巡業リーグへの参加資格を保留解除とする」


 要するに。


 弱いけど、試合に出しても即座に競技場を爆発させるほどではない。


 だいたい、そんな意味だった。


 ロイは「褒められたんすかね?」と聞いた。


 アルフは「最低限の許可だ」と答えた。


 レイナ先輩は「最低限でも許可は許可よ」と胸を張った。


 ネルは「爆発させるほどではない、って何」と不満そうに言った。


 ジャックは黙っていた。


 試合中、彼は一度だけ撃たなかった。


 そして一度だけ、撃った。


 撃たなかった声は、ロイの低音とアルフの結界を呼んだ。


 撃った魔法は、ミナセの水路旗の足元ではなく、水の流れを曲げる小さな節だけを砕いた。


 それで勝てたわけではない。


 でも、負けなかった。


 リメルは試合後、旗布に一つだけ記録を残した。


 保留解除。


 リメルがそれを大事な言葉として選んだことに、俺は少し笑った。


 ずいぶん事務的な旗だ。


 けれど、その四文字がなければ、俺たちは今日ここにいない。


 カルミア魔法学園の駅前。


 巡業リーグ専用列車の前に。


「……でかい」


 ロイがぽかんと口を開けた。


 俺も、正直同じ感想だった。


 巡業列車は、普通の列車ではなかった。


 線路の上に乗っているのに、どこか生き物めいている。


 先頭車両には金属の角のような飾りがあり、車体の側面には各校の校章を掲げるための枠がずらりと並んでいた。


 窓は大きく、客車というより移動する校舎に近い。


 車両と車両の間には、試合用具を固定する魔法錠が見える。


 屋根の上には、旗が走るための細い足場まであった。


「うわ、屋根も使うんすか?」


「列車上訓練は上位校だけだ」


 アルフが資料を見ながら言った。


「下位校は許可がない」


「下位校って」


 ネルが顔をしかめる。


 その言葉に、駅の向こうから笑い声がした。


「下位校は下位校だろう」


 制服の違う生徒が三人、荷物を軽々と浮かせながら歩いてくる。


 校章は見覚えがない。


 銀の歯車と青い線。


 たぶん、どこかの工房系か技術系の学校だ。


 先頭の男子生徒は、カルミアの古い制服を見て、口元を歪めた。


「カルミアって、まだ参加するんだ」


「参加資格は保留解除されたわ」


 レイナ先輩が即座に返した。


 彼女の背筋は、駅の柱よりまっすぐだった。


「つまり保留されてたんだろ」


 男子生徒が笑う。


「うちじゃ聞いたことないな、保留解除なんて」


「そう。語彙が増えてよかったわね」


 レイナ先輩の返しが速い。


 ネルが少しだけ感心した顔をした。


「へえ」


「何よ」


「いや、上品に殴れるんだなって」


「殴っていないわ。言葉を置いただけよ」


「投げつけてたけど」


 相手の男子生徒が眉をひそめる。


「まあいい。カルミアの荷物置き場は一番後ろだ。間違えて前に来るなよ」


「案内ありがとう」


 俺が言うと、彼は俺を見た。


 いや、正確には、見ようとして少しずれた。


 俺の存在感は、相変わらず薄い。


 彼の視線は俺の肩の少し後ろを通り、すぐに興味を失った。


「誰だ、お前」


「カルミアの雑用係」


「ルカさん」


 コレットが小さく注意する。


 俺は肩をすくめた。


 嘘ではない。


 最近、俺はかなり雑用をしている。


 リメルが俺の足元で跳ねた。


 古い旗は、列車を見上げている。


 駅の風に旗布が揺れた。


 その揺れ方が、少しだけ緊張しているように見えた。


「リメル、列車は初めてか」


 俺が聞くと、リメルは二回跳ねた。


 肯定なのか否定なのか分からない。


 ノル先輩が眠そうにリメルを見た。


「夢では、乗ったことあるかも」


「夢で?」


「古い旗は、列車を覚えてる。でも、この列車じゃない。もっと短い。もっと木の匂い」


 クララがその言葉に反応する。


「初期巡業列車ですね。記録では百年以上前、地方校を巡るための小型列車があったとされます。ただし、公式資料にはほとんど残っていません」


「何で残ってないの」


 ネルが聞く。


「燃えた、紛失した、消された、のどれかです」


「最後だけ急に物騒」


「資料がないときは、だいたい物騒です」


 クララは真顔だった。


 リメルは列車の車体に近づき、車輪のそばで止まった。


 古い旗布が、ほんのわずかに青白く光る。


 列車の側面に刻まれた魔法文字が、それに応えるように一瞬だけ浮かび上がった。


 俺には読めない。


 クララには読めたらしい。


 彼女の目が丸くなる。


「え」


「どうした」


「これ、現代の巡業契約文ではありません」


 クララは車体へ顔を近づけた。


「下に古い文字があります。上から新しい契約を重ねているだけで、基礎術式は古代式です」


「列車も古い旗みたいなもの?」


 ロイが言う。


「みたい、ではなく、近いです。移動する競技場。各校の旗を運ぶ媒体。もしかすると、列車自体にも記憶があります」


「列車が覚えてるんすか?」


「可能性はあります」


 ロイは列車を見上げた。


「じゃあ、俺の音も覚えられるんすかね」


「迷惑記録ですね」


 リリィがさらりと言った。


「ひどいっす!」


「事実を整えただけですわ」


 そのとき、駅員ではなく、連盟職員らしい女性が歩いてきた。


 灰色の制服。


 胸元に巡業連盟の紋章。


 手元の板には、各校の乗車配置が表示されている。


「カルミア魔法学園第七魔法競技部ですね」


「はい」


 コレットが前へ出た。


 小さい。


 連盟職員の女性より、頭一つ以上小さい。


 でも、声はしっかりしていた。


「部長のコレット・セインです」


「確認しました。カルミア魔法学園は、後部補助車両です」


「後部補助車両」


 コレットが復唱する。


「はい。第十二車両のさらに後ろ、用具車両横の旧客室です」


 旧客室。


 いい響きではない。


 ロイが小声で聞いた。


「それ、客室なんすか?」


 連盟職員は表情を変えずに答える。


「過去には客室でした」


「今は?」


「補助用途です」


「補助用途って何すか」


「荷物、予備部品、低優先参加校の待機場所です」


 はっきり言った。


 低優先参加校。


 ネルの眉が上がる。


 レイナ先輩の背筋がさらに伸びる。


 ジャックが一歩前に出かけ、ガレス先輩に肩をつかまれた。


「低優先って何だよ」


 ジャックが低く言う。


「リーグ規定上の区分です」


 連盟職員は淡々としている。


「直近成績、設備評価、競技安全評価、スポンサー評価、観客動員見込みによって決まります。カルミア魔法学園はすべて低評価のため、後部補助車両となります」


「全部低いって言われた」


 ロイが呆然とした。


「逆に清々しいな」


 俺が言うと、ネルに足を踏まれた。


 痛い。


「抗議はできますか」


 コレットが聞いた。


「できます。ただし、再配置は行われません」


「なら、抗議しません」


 コレットは即答した。


 レイナ先輩が驚いたように彼女を見る。


「部長」


「今ここで部屋を変えることに力を使うより、後部補助車両で何ができるかを見たほうがいいです」


 コレットは振り返る。


「低優先参加校の待機場所なら、低優先参加校にしか見えないものがあるかもしれません」


 負け筋を机に広げた人間の言い方だった。


 与えられた場所が悪いなら、その悪さを先に見る。


 それから潰す。


 俺は少しだけ笑った。


「部長、たくましくなったな」


「たくましくならないと、列車に乗る前に心が折れます」


「正論だ」


 連盟職員は、こちらの反応には興味がなさそうだった。


「乗車時刻まで残り二十分です。荷物は各自で運んでください。後部補助車両には荷物浮遊補助がありません」


「え」


 ロイが固まった。


 他校の生徒たちは、荷物を魔法でふわふわ浮かせている。


 こちらには補助がない。


 つまり、人力。


 いや、魔法を使えばいいのかもしれない。


 ただし、第七部で荷物運びに都合のいい安定魔法を持っている人間は、あまりいない。


 ロイが荷物を浮かせれば、発動音で駅が揺れるかもしれない。


 ネルの魔力は一瞬で切れる。


 レイナ先輩は一度落としてから浮かせることになる。


 ジャックは荷物を壊しかねない。


 ガレス先輩はそもそも壊すほうだ。


 アルフは一方向だけなら守れるが、浮かせられない。


 リリィは何が出るか分からない。


 クララは古い荷札なら読めるかもしれないが、運べない。


 ノル先輩は寝ている。


 コレットは小さい。


 俺は魔法を使いたくない。


「……詰んでないか?」


 俺が言うと、ミラが一歩前に出た。


「詰んでない」


 彼女は自分の荷物を背負い、さらにロイの鞄を片手で持った。


 もう片方の手で、リメルの棚から外した小箱を持つ。


「山では、荷物は背負う」


「いや、量」


「背負える」


 ミラは淡々としていた。


 山岳地方出身の彼女にとって、荷物を背負うことは特別ではないらしい。


 ただ、彼女の筋力強化は使いすぎると動けなくなる。


 駅のホームで石像化されても困る。


「ミラ、魔法は」


「使わない」


 彼女は言った。


「これは山の仕事。魔法じゃない」


 その言葉に、俺は少し驚いた。


 魔法ではなく、身体の使い方。


 欠陥とは関係ない、彼女の当たり前。


 ミラは荷物の紐を結び直し、背中の位置を調整する。


 重さを分散させる手つきがやけに慣れていた。


「重いものは、上に置かない。揺れるものは、身体に近づける。割れるものは、揺れない人に持たせる」


 ミラはリリィを見た。


「リリィ、召喚しないで持つ」


「わたくし、荷物持ちに任命されましたの?」


「割れるもの、持てる」


「まあ、持てますけれど」


 リリィは不満そうに言いながら、クララの紙束が入った箱を抱えた。


「絶対に濡らさないでくださいね」


 クララが真剣に言う。


「わたくしを何だと思っていますの」


「ランダム召喚で水を出す可能性がある人」


「否定できない言い方をしないでくださいまし」


 ミラは次にロイを見た。


「ロイは、軽いけど大きいもの」


「俺、役に立てるっすか?」


「音が鳴っても壊れないもの」


「条件が俺用っすね!」


 ロイはなぜか嬉しそうに予備の訓練布を抱えた。


 レイナ先輩には、見た目の整った箱が渡される。


「レイナは、外から見えるもの」


「分かっているじゃない」


 レイナ先輩は顎を上げた。


「カルミアの荷物がみすぼらしいと思われるのは不本意だもの。せめて運び方だけでも優雅にするわ」


「箱、重い」


「……優雅に、持つわ」


 ネルには紐と固定具。


 アルフには地図と乗車票。


 ガレス先輩には工具箱。


 ジャックには、壊れても困らない予備部品の袋。


「何で俺だけ壊れてもいいやつなんだよ」


「安全」


 ミラは短く答えた。


 ジャックは反論しようとして、袋の中身を見た。


 壊れた金具、古い杭、予備の留め具。


 彼は鼻を鳴らす。


「まあ、壊れても直せるやつか」


「壊さない」


 ガレス先輩が言う。


「分かってるよ」


 俺には、リメルの記録箱が渡された。


 軽い。


 でも、持つと少し緊張した。


 中には、リメルの旗布から写し取った記録の紙片が入っている。


 撃たない声。


 一秒。


 保留解除。


 まだ少ない。


 でも、たぶん増える。


 俺が忘れたものも。


 誰かが忘れたくないものも。


「ルカは、それ」


 ミラが言った。


「忘れたら困るから」


「プレッシャーがすごい」


「でも軽い」


「重さの問題じゃないんだ」


 ミラは少し考えた。


「大事な荷物は、重さと別」


 それは本当にその通りだった。


 俺は記録箱を胸に抱え直した。


 リメルが足元で跳ねる。


 自分の記録箱を俺が持っているのが気になるのか、少し誇らしいのか、判断がつかない動きだった。


「行きましょう」


 コレットが言った。


 その声で、第七部は歩き始めた。


 他校の荷物は、魔法で滑るように運ばれていく。


 こちらは人力だ。


 紐が肩に食い込む。


 箱が揺れる。


 ロイが布の山で前が見えなくなり、ネルに「右」と言われて左へ行く。


 リリィが「庶民的ですわね」と言いながら一番丁寧に箱を抱えている。


 レイナ先輩は重さで少し顔を引きつらせながら、絶対に姿勢を崩さない。


 ジャックは予備部品の袋を肩に担ぎ、ガレス先輩の工具箱をちらちら見ている。


 ガレス先輩はその視線に気づいているのかいないのか、無言で歩く。


 ミラは全体の重さの偏りを見ながら、時々荷物の位置を直す。


 アルフは後部補助車両までの最短経路を読み上げる。


 ノル先輩は歩きながら寝そうになり、クララに袖を引かれる。


 コレットは先頭で、小さな体に似合わない責任を背負っている。


 俺はその後ろを歩きながら、ふと思った。


 これが旅の始まりなのか。


 格好よく旗を掲げて、観客に見送られて、華やかに出発するのではない。


 低優先参加校として、補助車両へ荷物を運ぶ。


 でも、それが俺たちらしい気もした。


 負け筋を机に広げる部だ。


 最初の旅支度が荷物運びでも、たぶん間違っていない。


 巡業列車の後ろへ回ると、景色が少し変わった。


 先頭側の華やかな校章や磨かれた窓は見えない。


 かわりに、車体のつなぎ目、予備車輪、古い魔法配線、補修跡が見える。


 第十二車両のさらに後ろ。


 そこに、古びた客車が一両だけつながっていた。


 他の車両より少し短い。


 窓枠は古く、塗装もところどころ剥げている。


 入口の札には、かすれた文字で「補助」と書かれていた。


 その下に、さらに古い文字が見える。


 クララが近づいた。


「これは……」


「何て書いてある?」


 俺が聞くと、クララは少し黙った。


 それから、ゆっくり読んだ。


「残された校の客室」


 誰も、すぐには喋らなかった。


 残された校。


 それは、低優先参加校という言葉より、ずっと古く、ずっと直接的だった。


 昔から、そういう学校があったのだ。


 強豪でもなく、華やかでもなく、でも巡業から完全には外されなかった学校。


 残された校。


 たぶん、褒め言葉ではない。


 それでも、残された。


 消されなかった。


 リメルが入口の札へ近づく。


 旗布が、ふわりと光った。


 車両の古い文字も、かすかに光り返す。


 ノル先輩が寝ぼけた声で言った。


「知ってるって」


「誰が?」


「列車が。リメルのこと、たぶん知ってる」


 俺は記録箱を持つ手に力を込めた。


 列車がリメルを知っている。


 古い旗。


 残された校の客室。


 消された資料。


 カルミアの第七部。


 点と点が、まだ線にはならない。


 でも、何かがつながりかけている気配があった。


「入りましょう」


 コレットが言った。


 声が少し震えていた。


 怖いのか、嬉しいのか、両方かもしれない。


 旧客室の扉を開ける。


 中は、思ったより広かった。


 古い木の長椅子。


 壁に折りたたみ式の寝台。


 小さな机。


 荷物棚。


 窓際には、旗を立てるための金具が一つだけ残っている。


 埃っぽい。


 華やかではない。


 でも、空っぽではなかった。


 ミラが荷物を下ろす。


 ロイが布の山から顔を出す。


 レイナ先輩が窓枠の埃を指でぬぐい、少し顔をしかめる。


 ガレス先輩は無言で椅子の軋みを確かめる。


 ジャックは壁の金具を見ている。


 クララは古い文字を探し始める。


 リリィは「悪くありませんわ。掃除すれば」と言った。


 ネルは窓の外を見た。


「一番うしろだ」


 確かに、窓の外には線路が伸びている。


 前ではなく、後ろ。


 これから行く場所ではなく、過ぎていく場所が見える席。


 普通なら外れ席だ。


 でも、俺は少しだけ気に入った。


 忘れていくものを見送るには、後ろの窓が一番いいのかもしれない。


「リメルはここ」


 コレットが、窓際の旗金具を指さした。


 リメルは跳ねて、そこへ自分から収まった。


 古い旗布が、旧客室の空気に馴染む。


 まるで、最初からそこに戻る予定だったみたいに。


 その瞬間、列車全体が低く震えた。


 発車の合図だ。


 ロイが慌てて窓へ張り付く。


「動く! 動くっす!」


「列車だから動くわ」


 レイナ先輩が言う。


「分かってても言いたいんすよ!」


 車輪が回り始める。


 カルミアの駅が、ゆっくり後ろへ流れていく。


 見送りは多くない。


 校長と数人の教師。


 それから、物珍しそうに見ている生徒が少し。


 華やかな声援はない。


 横断幕もない。


 でも、校長は帽子を取って頭を下げていた。


 コレットが窓際で、小さく礼を返す。


 ネルは何も言わずに外を見ている。


 レイナ先輩は最後まで姿勢を崩さない。


 ロイは手を振りすぎて、荷物棚に肘をぶつけた。


 リリィは呆れながらも、少しだけ指を振った。


 ミラは「行ってくる」と短く言った。


 ガレス先輩は頷いた。


 ジャックは窓から離れていたが、視線だけは外へ向けていた。


 ノル先輩はもう寝ている。


 クララは車両の壁に浮かんだ古い文字を必死に書き写している。


 俺は記録箱を机の上に置いた。


 その横に、リメルの旗布が揺れる。


 列車の振動に合わせて。


 古い客室の壁が、かすかに軋んだ。


 リメルの旗布に、一瞬だけ文字が浮かぶ。


 おかえり。


 俺は瞬きをした。


 次の瞬間、その文字は消えていた。


「クララ」


「はい?」


「今、リメルに何か出たか」


「見ていませんでした。何か出ましたか」


「……いや」


 見間違いかもしれない。


 列車の古い文字の反射かもしれない。


 でも、俺は確かに見た気がした。


 おかえり。


 リメルに向けた言葉なのか。


 カルミアに向けた言葉なのか。


 それとも、残された校すべてに向けた言葉なのか。


 まだ分からない。


 列車は速度を上げていく。


 カルミアの校舎が小さくなる。


 俺たちの旧客室は、巡業列車の一番うしろで揺れていた。


 低優先参加校の待機場所。


 残された校の客室。


 どちらも同じ場所を指している。


 ただ、呼び方が違うだけだ。


 コレットが机の上に公式練習試合の判定書を置いた。


 保留解除。


 その横に、巡業リーグ参加票。


 そして、リメルの記録箱。


「ここからです」


 彼女が言った。


 小さな声だった。


 でも、列車の音に負けなかった。


「ここから、第七魔法競技部の巡業が始まります」


 誰も茶化さなかった。


 たぶん、全員が少しだけ分かっていた。


 これは華やかな出発ではない。


 でも、本当の出発だ。


 俺は後ろの窓を見た。


 過ぎていく線路。


 遠ざかるカルミア。


 そして、窓に映るリメルの旗。


 忘れるかもしれない俺たちを乗せて、忘れられた旗を乗せて、残された校の客室は走り出した。


 巡業列車の一番うしろから。


 俺たちは、ようやく旅に出た。


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