↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
185/241

第184話 土地と旗の約束

 翌朝、クララは古代旗保管施設の閲覧室にいた。


 もちろん、自由に入れたわけではない。


 コレットが確認書を三枚書き、学園長からの保全依頼写しを添付し、アストラムのディオン主任から緊急推薦を取り付け、標準化審査局の観測官を同席させたうえで、ようやく許可が出た。


 書類で橋を架ける。


 最近のコレットは、本当にそれが上手い。


 閲覧室は静かだった。


 石の壁。


 湿度を一定に保つための水晶。


 木製の長机。


 そして、古い旗布を広げるための白い台。


 クララは台の前に立ち、深呼吸した。


「読みます」


 手順は、もう彼女の一部になっている。


「対象は、オルディナ古代旗保管施設公開閲覧範囲内、土地契約旗基礎資料。許可者は施設管理官および連盟同席観測官。読解範囲は一枚目から三枚目まで。個人名、現存地権、封鎖指定、カルミア旧第七運用班に直接接続する内容が出た場合、停止します。読解結果は仮説として扱います」


 施設管理官は頷いた。


 観測官も渋々頷く。


 クララは一枚目を開いた。


 古い文字。


 現代の競技規則とはまったく違う、柔らかい線。


 彼女の目が追う。


「土地契約旗は、場所と共同体の名前を結ぶ媒体です」


 クララが読みながら説明する。


「旗を立てることで、ここに誰がいるか、何を守るか、何を分け合うかを記録した」


「旗は境界線?」


 アルフが聞く。


「境界でもあります。でも、壁ではありません。むしろ、ここからここまでを一緒に覚えるための目印です」


 一緒に覚える。


 ノルが部誌に書く。


「競技旗は、その簡略化と儀式化です。土地を奪うのではなく、旗を奪う。共同体同士の争いを競技に変えたもの」


「だから旗奪競技」


 ロイが言う。


「そうです」


 クララは二枚目を開く。


「古い競技旗は、単なる得点対象ではありません。学校、地域、部隊、共同体の名前を一時的に預かる」


 名前を預かる。


 俺の胸が反応した。


 名の預託。


 忘却契約。


 戻り目印。


 全部が同じ根を持つ。


「旗が壊れると、名前も壊れるのか」


 ジャックが聞く。


「壊れるというより、戻り道が失われることがあります」


 クララは慎重に答える。


「だから古い旗は、処分ではなく保管される。保管自体は必要です」


「でも、箱にされた」


 ノルが言った。


 クララは頷く。


「はい。必要な保管と、名前を閉じる保管は違います」


 施設管理官の表情が少し動いた。


 彼は年配の男性で、旗を道具としてではなく大事に扱う人に見えた。


 少なくとも、粗末にはしていない。


「我々は閉じ込めているつもりはない」


 管理官が言った。


「破損した旗を外に出せば、旗自身も周囲も傷つく」


「わかります」


 クララはすぐに答える。


「だから、どの旗が眠りたいのか、どの旗が名前だけでも外に置かれたいのか、区別が必要です」


 管理官は黙った。


 その発想は、今までなかったのかもしれない。


 保管するか、廃棄するか。


 公開するか、封鎖するか。


 その二択ではなく、旗ごとに違う。


 第七部の欠陥魔法と同じだ。


 三枚目は、古代旗の眠りについての資料だった。


 クララの声が少し低くなる。


「旗を眠らせる場合、名前を完全に削除してはならない。名前は旗の帰路である。帰路を断たれた旗は、夢の中で道を探す」


 ノルが顔を上げた。


「夢」


「はい」


 クララは続ける。


「帰路を断たれた旗は、記録係、夢見、歌い手、音持ち、または召喚逸脱者を通じて外へ出ようとする場合がある」


 部屋の空気が止まった。


 記録係。


 ノル。


 夢見。


 ノル。


 歌い手、音持ち。


 ロイ。


 召喚逸脱者。


 リリィ。


 まるで、第七部が呼ばれているような記述だった。


 観測官がすぐに言う。


「やはりカルミアの非標準魔法が」


「違います」


 クララが珍しく強い声を出した。


「これは、旗が外へ出る経路の記述です。カルミアが原因という意味ではありません。むしろ、帰路を断った保管方法が原因です」


 観測官が黙る。


 クララは栞に手を置いたまま続けた。


「第七部は反応しやすいだけです。原因ではありません」


 その言葉は、大事だった。


 俺たちは、また原因にされかけていた。


 旗が逃げる。


 第七部がいる。


 だから第七部が悪い。


 そうではない。


 旗に帰路がないから、帰路に似たものへ寄ってくる。


 ノルの夢。


 ロイの音。


 リリィの召喚。


 俺の名の反射回避。


 それらは原因ではなく、道の端だ。


 クララは三枚目の端で止まった。


 栞が震えたからだ。


「ここから先は封鎖指定に触れます」


 彼女はすぐに栞を挟んだ。


「停止します」


 観測官は少し安心したように見えた。


 でも、施設管理官は違った。


「今の続きを読むには、どの権限が必要だ」


 彼が聞いた。


 観測官が驚く。


「管理官」


「私は、この施設の旗を守る責任がある。帰路を断った保管が暴走の原因なら、知らないままでは守れない」


 管理官の声は静かだが、強かった。


 クララは答える。


「連盟旗管理部門上位権限、または標準化審査局封鎖解除権限です」


「標準化審査局」


 管理官は観測官を見る。


 観測官は視線を逸らさなかったが、答えもしなかった。


 ローエン・ミルツ。


 また、その名前が見えない場所にいる。


 閲覧室を出ると、廊下でリリィが待っていた。


 グレイが肩の上で落ち着かない。


「どうした」


 俺が聞くと、リリィは無表情で言った。


「召喚陣が勝手に反応しました」


「何が出た?」


「まだ止めています」


 その瞬間、遠くの保管室から警報が鳴った。


 短く、鋭い音。


 施設管理官の顔色が変わる。


 ノルが部誌を抱えた。


「また起きた」


 今度は、一つではない。


 廊下の向こうで、複数の旗管理箱が同時に震え始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。