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第181話 旗の都市へ

 古代旗保管都市オルディナへ向かう列車の中で、最初に異変に気づいたのはノルだった。


 いつものことだ。


 彼女は窓際の席で眠っていた。


 部誌を抱えたまま、首がかくんと落ちている。


 ロイが「首、痛くないんすかね」と言い、ミラが「たぶん慣れてる」と答えた。


 その直後、ノルが目を閉じたまま言った。


「旗、多い」


 全員の動きが止まる。


 最近、ノルの寝言は寝言で済まない。


 クララがすぐに記録用紙を出した。


「どこに」


「まだ遠い」


 ノルは眠ったまま答える。


「でも、呼んでる。起きてない。起きたい」


 旗が起きたい。


 その言い方が、旧旗倉庫で聞いた言葉を思い出させた。


 旧第七の旗は寝ていた。


 起こさない方がいい、とノルは言った。


 今度の旗は、起きたいと言っている。


「いい起き方?」


 ネルが聞く。


「わかんない」


 ノルの眉が寄る。


「名前、いっぱい。しまわれてる。布の中。箱の中。札の中」


 クララのペンが速く動く。


 オルディナは古代旗保管都市。


 競技旗だけでなく、古い土地契約旗、式典旗、廃止された校旗、破損した旗獣の残布まで保管している。


 旗を眠らせる街。


 そう、連盟資料には書かれていた。


「眠らせる街、ですか」


 クララが資料を見ながら言う。


「保管という意味でしょうが、ノルさんの言葉と重なります」


「眠らせるって、優しい言葉にも聞こえるけど」


 アルフが言った。


「閉じ込めるって意味にもなる」


 ジャックが続ける。


 その通りだった。


 眠っている旗。


 眠らされている旗。


 どちらなのかで、意味が変わる。


 列車の通路を、連盟の観測官が歩いてきた。


 白灰色の腕章。


 標準化審査局。


 下位校連合リーグの時より、人数が増えている。


 そのうち一人が、こちらの車両の前で足を止めた。


「カルミア魔法学園第七魔法競技部ですね」


 コレットが立ち上がる。


「はい」


「オルディナ到着後、標準化審査局観測班の指示に従ってください。古代旗保管施設内での非標準魔法使用は原則禁止です」


 紙を渡される。


 禁止事項が多い。


 読解禁止区域。


 召喚禁止区域。


 音響魔法制限。


 瞬間移動系魔法制限。


 破壊魔法完全禁止。


 風系干渉禁止。


 夢記録の提出義務。


 最後の項目を見て、ノルが目を開けた。


「夢、出すの?」


 観測官は表情を変えない。


「保管旗への精神干渉が疑われる場合、関連記録の提出を求めます」


「疑われる」


 ネルの声が冷たくなる。


「ノルが悪いことしてるみたいな言い方」


 観測官はネルを見た。


「規則です」


 便利な言葉。


 最近、何度も聞いた。


 コレットが紙を受け取る。


「確認しました。こちらからも、観測範囲と記録提出条件について書面で確認します」


「必要ありません」


「必要です」


 コレットは即答した。


「第七部は現在、非標準機能運用について連盟へ詳細報告を行っています。提出条件が曖昧なままでは、双方に不利益が生じます」


 観測官は少しだけ眉を動かした。


 下位校連合リーグの報告書が効いている。


 コレットはもう、黙って紙を受け取るだけではない。


「後ほど確認書を提出してください」


 観測官はそう言って去った。


 ロイが小声で言う。


「コレット先輩、書類で殴るの上手くなってないっすか」


「殴っていません。防いでいます」


 コレットが返す。


 アルフが少し嬉しそうに言う。


「書類の一方向結界」


「それです」


 クララが真面目に頷いた。


 列車が進む。


 湖上都市の水の匂いは遠ざかり、代わりに乾いた石の匂いが入ってくる。


 オルディナに近づくにつれ、沿線に古い旗柱が増えた。


 使われていない旗柱。


 布のない棒。


 根元に小さな札がある。


 何かの名前が書かれていたのだろう。


 でも、列車の速度では読めない。


 ノルが窓に額をつける。


「名前、隠れてる」


「消えてる?」


 クララが聞く。


「隠れてる」


 その違いは大きい。


 消えたのではなく、隠れている。


 誰が隠したのか。


 何のために隠したのか。


 俺は、自分の名前を呼ばれた時の感覚を思い出す。


 ルカ。


 戻り言葉。


 名を外へ逃がす。


 旗の名前が隠れているなら、それは戻れるのか。


 それとも、隠されたまま保管されているのか。


「ルカ」


 ネルが呼んだ。


「風」


「使ってない」


「じゃなくて、顔」


「顔?」


「また一人で考え始めてる」


 俺は少し息を吐いた。


「旗の名前のことを考えてた」


「言って」


「隠れてる名前は、戻れるのかって」


 ネルは窓の外を見る。


「戻すだけが正解じゃないんでしょ」


「うん」


「でも、隠されたままも嫌」


「うん」


「じゃあ、見るしかない」


 単純だ。


 でも、今はそれでいい。


 オルディナ駅に到着する直前、列車の荷物室から小さな騒ぎが起きた。


 連盟職員が慌てて走る。


 旗管理箱の一つが勝手に震えているらしい。


 標準旗ではない。


 古代旗保管施設へ輸送中の、修復待ち旗布。


 まだ都市に着いてもいないのに、旗が反応している。


 ノルが目を閉じた。


「起きたい」


 その声は、今度は寝言ではなかった。


 列車がオルディナ駅へ滑り込む。


 ホームには、古い旗柱が何十本も並んでいた。


 どの旗柱にも、布はない。


 でも、風が吹くと、見えない旗が揺れたような気がした。


 古代旗保管都市オルディナ。


 旗たちが眠る街。


 そして、たぶん、眠りから覚めたがっている街。



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