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第180話 最低条件突破

 最終評価通知は、閉会式の夜に届いた。


 早すぎる。


 コレットはそう言った。


 事務処理が早いというより、最初から何かの枠が用意されていたような早さだった。


 研修館の談話室に全員が集まる。


 通信板の前にコレット。


 隣にクララ。


 ノルは部誌を開いている。


 ロイは膝の上で指を動かしている。


 音を鳴らしたいのを我慢しているらしい。


 ネルは俺の隣に立った。


「風」


「使わない」


「今は通知読むだけ」


「わかってる」


 そう言いながらも、確認してくれるのがありがたい。


 コレットが通信板を開く。


 連盟の印。


 巡業管理部。


 標準化審査局。


 両方の名義が並んでいる。


「読みます」


 コレットの声は落ち着いていた。


「下位校連合リーグ暫定評価確定通知。カルミア魔法学園第七魔法競技部は、ミラージュ湖畔魔法学院戦およびハーヴェスト実習校戦において公式勝利二勝を取得」


 二勝。


 そこまではわかっている。


「加えて、非標準魔法運用における安全管理、他校機能の事故化防止、観客合図の自然発生に関する統制、合同訓練報告の有効性を評価し、相当評価点を付与」


 ロイが小さく息を吸う。


 観客合図の自然発生に関する統制。


 言い方は硬い。


 でも、ロイの音が点になった。


「これにより、カルミア魔法学園は後半リーグ存続審査における最低勝利条件を暫定突破したものとする」


 談話室が静まり返った。


 言葉が落ちる。


 最低勝利条件。


 暫定突破。


 確定ではない。


 でも、突破。


 カルミアは、今すぐ閉じられる道を一つ越えた。


「勝ったんすか」


 ロイが聞いた。


 コレットは紙を見たまま答える。


「最低条件は突破しました」


「勝ったんすか」


「まだ全部ではありません」


「でも」


 ロイの声が震える。


「学校、すぐ終わりじゃないんすよね」


 コレットは顔を上げた。


 少しだけ笑った。


「はい。すぐ終わりではありません」


 その瞬間、ロイが音を鳴らした。


 ぽん。


 いつもの小さな音。


 でも、談話室の中ではよく響いた。


 レイナが目元を押さえる。


「急に鳴らさないでくださいませ」


「すみませんっす」


 でも、誰も怒っていない。


 ミラが小さく拳を上げた。


 アルフが笑った。


 リリィは「暫定です」と言いながら、グレイを撫でている。


 ジャックは壁にもたれたまま、少しだけ口元を緩めた。


 ガレスは「椅子、壊れてない」と言った。


 たぶん、喜んでいる。


 ノルは部誌に書いた。


 カルミア、すぐ終わりではない。


 その文字が、やけに胸に来た。


 すぐ終わりではない。


 それは、まだ残るということだ。


 完全な勝利ではない。


 廃校審査そのものが消えたわけでもない。


 標準化審査局の監査も続く。


 でも、今日のところは、閉じられる扉に足を挟んだ。


 コレットは続きを読んだ。


「ただし」


 全員が静かになる。


 やっぱり、ただしがある。


「標準化審査局は、カルミア魔法学園第七魔法競技部の非標準機能運用が、複数校に波及している点を重く見て、追加観測対象に指定する」


「波及」


 ネルが言う。


「応援されたら危険扱い?」


「そう読めます」


 クララが答える。


 コレットは読み続ける。


「次巡業地、古代旗保管都市オルディナにおける公式戦および旗管理訓練に、標準化審査局観測官を同席させる」


 古代旗保管都市。


 旗。


 ノルが部誌から顔を上げた。


「旗、いっぱい」


「知ってるのか」


「夢で少し」


 その言い方が少し不穏だった。


 クララも表情を引き締める。


「オルディナは古代競技旗の保管施設がある都市です。連盟の旗管理部門とも関係が深い」


「つまり、次は旗そのものが見られる」


 コレットが言う。


 俺は、旧旗倉庫で見た深い青の旗を思い出した。


 閉じた道は、試合でしか通れない。


 下位校連合リーグで、俺たちはその道に少し触れた。


 他校の欠陥を機能として見せた。


 ロイの音が応援になった。


 アルフの守りが勝利条件になった。


 リリィの木べらが畝整備具になった。


 全部、標準化審査局にとっては波及だ。


 俺たちにとっては、道が広がっただけだ。


「最後です」


 コレットが読む。


「カルミア魔法学園の廃校審査については、後半リーグ終了時点の総合評価により最終判断する。現時点での段階的閉校手続き開始は保留」


 保留。


 昔の資料で見た言葉。


 欠陥判定保留。


 今度は、カルミアそのものが保留された。


 閉じられずに、残った。


「保留って、いいことっすか」


 ロイが聞く。


 コレットは少し考えた。


「今は、いいことです」


 クララが頷く。


「閉じられていません」


 ノルが書く。


 保留は、まだ名前がないだけ。


 誰もすぐには喋らなかった。


 その言葉は、第七部全員に関わる。


 欠陥ではなく、保留。


 まだ名前がないだけ。


 俺たちは、ここまでその名前を探してきた。


 そして、カルミアにもまだ名前がない。


 没落校。


 受け皿校。


 廃校寸前。


 そう呼ばれてきた学校が、下位校連合リーグで別の何かになり始めた。


「報告します」


 コレットが言った。


「学園長、アストラム、参加校、全員に。最低条件を暫定突破。段階的閉校手続き開始は保留」


「セイン家にも?」


 クララが聞く。


 コレットは一瞬だけ迷い、それから頷いた。


「資料保全の件と合わせて送ります。家のためではなく、記録のために」


 レイナが言う。


「それでよろしいですわ」


 談話室の窓の外で、湖が暗くなっていく。


 水面には、宿舎の灯りが映っていた。


 本物の灯りと、揺れる灯り。


 どちらも消えていない。


 ネルが俺の横で言った。


「よかった」


「うん」


「でも、次も嫌な感じ」


「うん」


「旗がいっぱい、ってノルが言った」


「うん」


「あんた、また何か反応しそう」


「しないようにする」


「そこは、するかもしれないから見てて、でしょ」


 俺は少し驚いた。


 ネルは真っ直ぐこちらを見ている。


「一人でしないようにするって言うと、あんたは一人で抱える」


「……見てて」


 ネルは頷いた。


「見てる」


 その言葉で、少しだけ息が楽になる。


 下位校連合リーグは終わった。


 カルミアは最低条件を暫定突破した。


 下位校の拍手が残った。


 ロイの音が応援になった。


 そして、次の都市は古代旗保管都市オルディナ。


 旗そのものが眠る場所。


 閉じた道の奥で、何かが目を覚ましかけている。



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