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第175話 畝を走る旗

 カルミアの二試合目は、ハーヴェスト実習校との対戦だった。


 農村連合から来た実習校。


 競技順位は低い。


 でも、観客席には地元の人たちが多かった。


 作業着姿の大人。


 小さな子ども。


 ハーヴェストの生徒の家族らしい人たち。


 強豪校の観客席とは違う。


 勝利を見るためというより、自分たちの学校がまだここにいることを確かめに来ているような視線だった。


「あれ、やりにくいっすね」


 ロイが言った。


「敵の応援なのに?」


 ネルが聞く。


「敵って感じしないっす」


 ロイの言葉に、俺も頷きそうになった。


 ハーヴェストの選手たちは、緊張していた。


 昨日リリィに相談していた女子生徒、マリカ・フォーンが先頭に立っている。


 彼女の魔法は、土や木の根を短時間だけ成長させるもの。


 農作業では便利だが、競技場では足場を乱す。


 旗を絡め取ろうとして、自分たちの通路まで塞いでしまう。


 連盟資料には、広域誤作動と書かれていた。


 本人は、迷惑魔法と呼んでいた。


 リリィはそれを聞いた時、かなり嫌そうな顔をした。


「迷惑かどうかは、使い方で決まります」


 その一言で、マリカは少し泣きそうになっていた。


 今日の競技場には、ハーヴェスト側の準備した土入りの小さな溝がある。


 畝。


 もちろん、本物の畑ではない。


 競技場規格に合わせた、低い誘導線だ。


 連盟の許可は取ってある。


 コレットとクララが一緒に申請文を書いた。


 植物成長魔法の無秩序発動ではなく、旗経路誘導実験。


 標準化審査局の職員は嫌そうな顔をしたが、規則上は拒否できなかった。


「言い換え戦、勝ちましたね」


 リリィが満足そうに言った。


「まだ試合前です」


 クララが返す。


「書類で一勝です」


 グレイが鳴いた。


「あなたも申請対象外として許可されています。勝ちです」


 試合開始。


 ハーヴェストの旗は、緑色の小さな鹿のような旗獣だった。


 名は、芽旗スプラウト。


 足元に草の模様を残しながら走る。


 かわいい。


 観客席の子どもが「スプラウト!」と叫ぶ。


 スプラウトは耳を揺らした。


 かわいい。


 だが、かわいい旗ほど捕まらない。


 試合開始直後、スプラウトは畝の間を走り抜けた。


 ハーヴェストの選手たちは成長促進魔法で畝を少しだけ伸ばす。


 旗が通りたがる細い道を作る。


 昨日の練習よりかなり良い。


「通路になってる」


 ネルが言う。


「ええ。邪魔ではありません」


 レイナも認める。


 しかし、問題はすぐに起きた。


 マリカの魔法が緊張で強くなりすぎた。


 畝の一部が伸び、カルミア側の足場にまで根が出る。


 減点対象。


 標準化審査局の職員がすぐに板へ書き込む。


 マリカの顔が青ざめた。


「また」


 その声が聞こえた気がした。


 また、迷惑魔法。


 また、邪魔。


 また、失敗。


 リリィが舌打ちした。


「グレイ」


 グレイが飛び出す。


 ランダム召喚ではない。


 すでにいる相棒だ。


 グレイは伸びた根の匂いを嗅ぎ、スプラウトが通りたがる方向へ走った。


「リリィ、召喚は?」


 コレットが聞く。


「します。ただし、何が来ても畝係にします」


 リリィが手を上げる。


 召喚陣が光る。


 出てきたのは、小さな木べらだった。


 生き物ですらない。


 ロイが叫びかけて、口を押さえた。


「木べらですわね」


 レイナが冷静に言う。


「見ればわかります」


 リリィは木べらを掴んだ。


「採用」


「採用なんだ」


 アルフが驚く。


「畝を整える道具です」


 リリィは真顔で言った。


 彼女は木べらで伸びすぎた根を軽く押し、通路の端へ寄せる。


 ガレスが支え板を置く。


 ミラが短時間だけ重い土を押さえる。


 アルフが一方向結界で根の伸びる方向を外へ逃がさない。


 ロイが小さな音でスプラウトの足音を追う。


 ハーヴェスト側の失敗を、カルミアが潰すのではなく、通路に戻している。


「敵の助けになってません?」


 ジャックが聞く。


「なっています」


 コレットが答える。


「勝つ気あるのか」


「あります。相手の魔法を事故にしない方が、こちらの評価点も上がります」


「面倒だな」


「はい」


 ジャックは少し笑った。


「でも、嫌いじゃない」


 スプラウトは畝を走る。


 根が整ったことで、むしろ速くなった。


 ハーヴェスト側の観客席が沸く。


 マリカが驚いた顔をする。


 自分の魔法が、邪魔ではなく道になっている。


 その顔を見て、リリィが言った。


「そこで止まらない」


 声は鋭い。


「あなたの魔法です。あなたが次を作りなさい」


 マリカははっとして、両手を前に出した。


 今度は伸ばしすぎない。


 畝の端だけを少し起こす。


 スプラウトがそこへ向かう。


 旗が喜んでいるように見えた。


 ノルが言う。


「旗、走りやすい」


 クララが記録する。


 成長促進魔法、旗経路誘導として機能。


 カルミア側、過成長部を安全整流。


 重大事故なし。


 観客反応、好意的。


 試合は混戦になった。


 ハーヴェストはスプラウトを畝で誘導し、カルミアはその誘導を読みながら先回りする。


 ネルは瞬間魔法を温存している。


 レイナは赤い失敗印を、伸びすぎた根の場所に置く。


 ハーヴェスト側も緑の印を置くようになった。


 ロイの音が観客席にも届き始める。


 大音量ではない。


 でも、スプラウトが曲がるたびに、小さな合図が鳴る。


 観客がそれに合わせて息を呑む。


 子どもたちが「ぽん」と真似する。


 ロイが一瞬、嬉しそうにした。


「集中」


 ネルが言う。


「はいっす」


 試合終盤。


 スプラウトが畝の中央を駆け抜ける。


 マリカが最後の誘導を作る。


 少しだけ伸びすぎる。


 でも、今度は自分で止めた。


 緑の印を置き、通路を折る。


 その折れた瞬間を、ネルが読む。


「今」


 一瞬。


 ネルが畝を踏まず、根の隙間を抜ける。


 スプラウトの布端に触れる。


 接触。


 同時に、リリィの木べらがなぜかスプラウトの前に落ちた。


 スプラウトが驚いて跳ねる。


 グレイがその横を走り、旗の匂いを追って進路を塞がない位置へ出る。


 偶然。


 でも、偶然を作戦に入れる。


 リリィの目が細くなる。


「採用継続」


 木べらは何も言わない。


 当然だ。


 カルミアが二度目の接触点を取る。


 時間切れ。


 結果は、カルミア勝利。


 後半リーグ二勝目。


 ただし、試合後の拍手は、ハーヴェストにも大きかった。


 マリカは泣きそうな顔でスプラウトを抱えていた。


「迷惑じゃなかった」


 彼女が言う。


 リリィは腕を組んだ。


「まだ迷惑になる時もあります」


「はい」


「だから、畝を作りなさい」


「はい」


「あと、その呼び方はやめなさい」


「迷惑魔法、ですか」


「あなたの魔法でしょう」


 マリカは、今度こそ少し泣いた。


 観客席の子どもたちがスプラウトの名前を呼んでいる。


 ロイの小さな音を真似している子もいる。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽん。


 湖上競技場に、小さな音が広がる。


 標準化審査局の職員は、険しい顔で記録していた。


 カルミアは勝った。


 でも、相手の欠陥も機能として見せた。


 それは、たぶん彼らにとって都合が悪い。


 コレットは報告書の最後にこう書いた。


 広域成長促進は、競技場破壊ではなく、旗経路誘導として安全運用可能。


 カルミア側の非標準機能は、相手校機能の事故化を防ぐ形で運用された。


 重大事故なし。


 勝利点取得。


 観客反応、良好。


 俺はその横に、自分の主観記録を書いた。


 風、使用なし。


 ハーヴェストの魔法は、邪魔ではなく道だった。


 下位校の観客が、カルミアの音を真似した。


 閉じた道は、少しだけ人の声で広がるのかもしれない。



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