第174話 失敗目線
カルミアがミラージュに勝ったという結果は、下位校連合リーグの空気を少し変えた。
大きな変化ではない。
誰も急に希望に満ちた顔をしたわけではない。
でも、練習場の端に置かれた赤と青の印を、他校の生徒が何度も見に来るようになった。
失敗印。
反射酔いの位置。
足場の揺れで判断が遅れた場所。
観客視線が水面に返ってきた地点。
それらは、普通なら隠したいものだ。
でも、昨日の試合では、それが勝敗を分けた。
負けたミラージュにとっても、次へ進むための地図になった。
「失敗目線、流行るっすかね」
ロイが言った。
「流行らせる言葉ではありませんわ」
レイナは言いながら、少し満更でもなさそうだった。
「でも、広まるなら悪くありません」
「認めたっす」
「黙りなさい」
午前の自由練習では、グレイベル魔法学校のダンがミラのところへ来た。
昨日、重力補助魔法は競技向きではないと言っていた男子生徒だ。
彼は大きな石板を持っていた。
鉱山で使う足場板らしい。
「持ち方を見ろって言ったな」
ダンはミラに向かって言った。
ミラは頷いた。
「言った」
「どう見ればいい」
短い問い。
でも、昨日より諦めが少ない。
ミラは石板を持ち上げようとした。
ダンが慌てる。
「重いぞ」
「知ってる」
ミラは筋力強化を一瞬だけ入れる。
石板が持ち上がる。
ただし、長くは持たない。
すぐに下ろす。
「重いものは、ずっと持つと潰れる」
「そりゃそうだ」
「短く持つ。置く場所を決める。回収役を決める」
ダンは黙る。
ミラはガレスを指した。
「ガレス」
ガレスが頷く。
「下を壊さないように、周りを持つ」
「またそれか」
ダンは少し困った顔をする。
でも、今度は聞いている。
ガレスは石板の角を指した。
「ここに重さが集まる。旗は嫌がる」
「標準旗が重力を嫌うんだ」
「嫌うんじゃない。逃げ道が潰れる」
ガレスの説明にしては長い。
ダンは石板を見る。
「逃げ道」
「作ればいい」
ミラが言う。
彼女は石板を水面足場の端に置いた。
直接置くと沈む。
だから、ガレスが周辺に支え板を入れる。
アルフが一方向結界で重さの流れを外へ逃がさない。
ロイが小さな音で足場の軋みを聞く。
それは、試合ではない。
でも、欠陥魔法の運用だった。
標準型に合わない魔法を、競技の中でどう使うか。
ダンは何度か試し、最後に小さく笑った。
「重いままでも、置けるのか」
「うん」
ミラが頷く。
「持てないなら、置く」
「単純だな」
「単純は大事」
ダンは少しだけ笑った。
「グレイベルでも、やってみる」
その横で、ハーヴェスト実習校の生徒たちがリリィを見ていた。
理由は、グレイだ。
農村連合の生徒たちは、召喚された謎の小動物に興味津々だった。
「それ、畑を荒らしますか」
一人が真面目に聞いた。
リリィは即答した。
「荒らしません。荒らす前に私が怒ります」
グレイが不満そうに鳴く。
「あなたは賢いので荒らしません」
グレイは満足した。
ハーヴェストの生徒たちの魔法は、植物の成長促進だ。
旗奪競技では扱いにくい。
旗の布まで膨らませたり、足場の隙間から草を伸ばしすぎたりして、減点される。
「育てる魔法なのに、競技では邪魔って言われます」
ハーヴェストの女子生徒が言った。
リリィは腕を組む。
「邪魔な育ち方をさせるからです」
「え」
「目的を決めずに伸ばせば、何でも邪魔です。召喚も同じです。何が来るかわからないなら、何が来ても役割を作る場所を先に用意する」
「場所」
「はい。畑でしょう」
農村の生徒たちが顔を見合わせる。
リリィはさらりと言う。
「競技場に畑を作るのではなく、旗が通りたがる畝を作りなさい」
言い方はきつい。
でも、相手の魔法を否定していない。
むしろ、かなり真面目に考えている。
グレイが偉そうに鳴いた。
「そうです。あなたも畝を歩けます」
なんの話か少しわからなくなった。
でも、ハーヴェストの生徒たちは目を輝かせていた。
シェルポート学院の生徒は、ロイの音に興味を示した。
潮流魔法は流れすぎる。
なら、音で流れの端を知らせられないか。
リンドロウ補助魔法校の生徒は、アルフとコレットの安全管理に食いついた。
補助魔法は得点力がないと言われる。
でも、安全運用点と報告書点があるなら、補助こそ評価されるべきではないか。
いつの間にか、カルミアの周りに人が増えていた。
強豪校で囲まれた時の圧迫感とは違う。
下位校の生徒たちが、少しずつ自分の失敗を持ってくる。
どうせ無理だと思っていたもの。
欠陥だと言われたもの。
競技向きではないと笑われたもの。
それらを、カルミアの部員たちが一つずつ別の言葉に置き換えていく。
重力補助は、短時間固定。
成長促進は、経路誘導。
潮流魔法は、境界流。
補助魔法は、安全運用。
反射酔いは、失敗位置可視化。
例外ではなく、機能。
コレットは忙しそうに記録していた。
「これはまずいですね」
彼女が呟く。
「何が」
俺が聞く。
「全部、報告書に書きたくなります」
「書けばいい」
「量が大変です」
「コレットなら書く」
「信頼が重いです」
そう言いながら、彼女は書くのを止めない。
標準化審査局の職員が、遠くからこちらを見ていた。
警戒。
評価。
たぶん、両方。
下位校の生徒たちがカルミアの周りに集まることは、連盟にとって良いことなのか悪いことなのか。
彼らの顔を見る限り、簡単には判断できないらしい。
夕方、ミラージュのセナがレイナに声をかけた。
「明日、カルミアを応援してもいいですか」
レイナは一瞬、驚いた。
「あなた方は同じリーグの相手ですわ」
「はい。でも、昨日負けて、今日見て、思ったんです」
セナは水面に浮かぶ青い印を見る。
「カルミアが勝つと、私たちの失敗も少し違って見える気がします」
レイナは黙った。
その言葉は、たぶん彼女の奥に届いた。
かつて、カルミアを恥じていたレイナ。
失敗を見世物にしたと笑われたレイナ。
その彼女に、下位校の生徒が言っている。
カルミアが勝つと、自分たちの失敗も違って見える。
「応援するなら、上品にしなさい」
レイナは言った。
セナが笑う。
「はい」
「そして、次に対戦する時は勝つつもりで来なさい」
「はい」
レイナは満足そうに頷いた。
ロイが小声で俺に言う。
「レイナ先輩、完全に失敗目線の先生っす」
「聞こえていますわ」
ロイは慌てて姿勢を正した。
俺は少し笑った。
その時、湖の向こうで連盟の通信旗が光った。
標準化審査局の職員が通信を受けている。
こちらを見る目が、少し変わった。
カルミアが下位校の中心になり始めている。
それは希望かもしれない。
同時に、危険視される理由にもなる。
コレットはその視線に気づき、作戦板に一行書き足した。
応援される勝利は、監査される勝利でもある。
後半リーグは、まだ始まったばかりだった。




