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第171話 湖上都市の下位校リーグ

 後半リーグ最初の舞台は、湖上都市ミラージュだった。


 巡業列車の窓から見えた街は、今までのどの都市とも違っていた。


 水面の上に橋が伸び、白い桟橋が何本も分かれ、建物の影が湖に映っている。


 風が吹くと、街が二つに割れる。


 本物の街と、水面の街。


 どちらが先に揺れたのか、一瞬わからなくなる。


「うわ、綺麗っす」


 ロイが窓に張りついた。


「綺麗って言えるんすね、俺たち」


「どういう意味」


 ネルが聞く。


「いや、最近ずっと、封鎖とか廃校とか連盟とかだったんで」


「それでも綺麗なものは綺麗ですわ」


 レイナが言う。


「ただし、綺麗な場所ほど足元を見ます」


「経験者の言葉が重いっす」


 湖上都市ミラージュは、水鏡魔法で有名な都市だ。


 水面に魔力を映し、相手の動きや旗の軌道を反射で読む。


 標準型魔法との相性も良い。


 だから、てっきり強豪校との試合だと思っていた。


 でも、到着前に配られた連盟資料には、別の名前が書かれていた。


 後半リーグ地方短期戦。


 通称、下位校連合リーグ。


 参加校は六校。


 カルミア魔法学園。


 ミラージュ湖畔魔法学院。


 旧鉱山地区のグレイベル魔法学校。


 農村連合のハーヴェスト実習校。


 港湾小校のシェルポート学院。


 そして、廃止審査中のリンドロウ補助魔法校。


 どれも、連盟順位表の下の方にある学校だった。


 ミラージュだけは都市の名前が有名だが、学院の競技成績は低い。


 湖上都市の中心校は別にあり、今回の会場校はその影に隠れた学校らしい。


「下位校同士をまとめて処理する場、ですわね」


 レイナが資料を見て言った。


 言葉はきつい。


 でも、資料の書き方もそうだった。


 効率的な評価。


 存続審査対象校の比較。


 非標準魔法運用校の観察。


 支援対象の選別。


 選別。


 その言葉に、部室で見た欠陥判定保留が重なる。


 今の制度では、下位校はまとめて見られる。


 強豪校のように一校ずつ丁寧な物語を与えられない。


「ここで勝てば、条件に近づく」


 コレットが言った。


 彼女は列車内でも報告書の雛形を直している。


「ただし、勝ち方が重要です。下位校相手に危険運用をしたと見られれば、評価点は下がります」


「弱い相手に乱暴した、みたいに書かれる?」


 アルフが聞く。


「はい」


 コレットは否定しない。


「逆に、非標準機能を安全に示すには、この短期リーグは重要です」


「弱い相手だから?」


 ネルの声が少し冷えた。


「いいえ」


 コレットはすぐに首を振る。


「下位校には、標準型に合わない選手が多い可能性があります。第七部の運用が、カルミアだけの例外ではないと示せるかもしれません」


 例外ではなく、機能。


 その言葉が、また作戦板の文字として頭に浮かぶ。


 俺たちは自分たちを示すだけでは足りない。


 他の学校にも、同じように閉じられた道があるかもしれない。


 ミラージュ駅に着くと、桟橋の上に連盟職員が並んでいた。


 いつもの巡業管理部の制服。


 それに混じって、白灰色の腕章をつけた職員がいる。


 標準化審査局。


 腕章には小さくそう書かれていた。


 ローエン・ミルツ本人かはわからない。


 でも、見られている。


 レガリアの観客席とは違う。


 拍手ではなく、採点の視線。


 ネルが小声で言う。


「嫌な見方」


「うん」


「風」


「使わない」


「よし」


 最近、この確認が呼吸のようになっている。


 窮屈ではある。


 でも、戻るための目印にもなっている。


 駅前広場では、参加校の生徒たちが集まっていた。


 強豪校のような統一感はない。


 制服の色も、生地も、持っている道具もばらばらだ。


 どこか落ち着かない空気がある。


 自分たちが下位校として集められたことを、みんな知っている。


 知っていて、知らないふりをしている。


 その感じが、最初の頃の第七部に似ていた。


 ミラージュ湖畔魔法学院の代表らしい女子生徒が前に出た。


 薄い青の制服。


 胸元には水鏡の校章。


「ミラージュ湖畔魔法学院、代表補佐のセナ・ルークです」


 声は丁寧だが、少し緊張している。


「このたびは、地方短期リーグへようこそ」


 歓迎の言葉は用意されている。


 でも、彼女の目は連盟職員の方へ何度も動いた。


 自分の言葉が評価されているか気にしている。


 その視線を、俺は知っている。


 レガリアのエレナとは違う。


 でも、見られることで言葉が硬くなる感じは似ている。


「カルミア魔法学園、第七魔法競技部監督補佐、コレット・セインです」


 コレットが一礼する。


「よろしくお願いします」


 セナはコレットの名前に少し反応した。


「セイン」


 小さな声。


 コレットも気づいた。


「何か」


「いえ。古い競技記録で、見たことがある名前だったので」


 コレットの表情がわずかに動く。


 ここにも、古い記録の端がある。


 ミラージュは水面の街だ。


 映す街。


 もしかすると、失われたものまで映すのかもしれない。


 開会説明が始まった。


 短期リーグは三日間。


 各校二試合。


 試合形式は短縮旗奪。


 勝利点、旗接触点、安全運用点、観客評価点、報告書点が加算される。


 つまり、勝つだけでは足りない。


 見せ方。


 説明。


 安全管理。


 全部が評価に入る。


「観客評価点、嫌っすね」


 ロイが小声で言う。


「でも、味方にできるかもしれませんわ」


 レイナが返した。


「下位校の観客は、下位校の生徒と関係者が多いはずです。強豪校の観客とは違います」


 ノルが眠そうに言う。


「旗も違う」


「わかるのか」


 俺が聞くと、ノルは湖の方を見た。


「水の下、いっぱい見てる」


 水面が揺れる。


 街の影。


 空の影。


 旗の影。


 そして、俺たちの影。


 ミラージュの水面競技場は、湖の上に浮かんでいた。


 観客席も、足場も、旗の開始位置も、全部が水面に映る。


 本物と反射。


 見られる自分と、映る自分。


 標準化審査局の腕章が、湖に白く揺れている。


 コレットが静かに言った。


「第18章」


「何の宣言?」


 ネルが聞く。


「いえ。今、何かが始まった気がしたので」


 ロイが笑う。


「監督補佐、たまに部誌みたいなこと言うっす」


 ノルが頷く。


「いいこと」


 俺は湖上競技場を見た。


 カルミアは、また下に見られている。


 でも、今の俺たちは、下にいることをただ恥じるだけでは終わらない。


 閉じられた道は、試合でしか通れない。


 最初の試合は、明日。


 相手は、会場校ミラージュ湖畔魔法学院だった。



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