第170話 後半リーグへ戻る
後半リーグへ戻る前日、第七部は部室で作戦会議を開いた。
作戦会議というより、荷造りに近かった。
ただし、持っていく荷物が普通ではない。
練習用具。
旗管理記録。
旧第七運用班の写し。
閉じた旗道の道標。
白い花。
グレイが匂いを覚えた白銀の欠片。
セイン家旧印の記録。
廃校審査前倒しの通達。
どれも、落としたら困る。
でも、全部持つと重すぎる。
物理的にも、意味としても。
「分散します」
コレットが言った。
「部室に残す正本。列車に持っていく写し。セイン家へ送る封印写し。アストラムへ送る要約。学園長室に保管する公的控え」
「多いっす」
ロイが言う。
「多くします」
コレットは即答した。
「一つ奪われても、全部は消えないように」
ノルが部誌に大きく書いた。
消えないように。
その文字は、彼女にしては少し強かった。
クララは報告書の雛形を作っている。
連盟に提出するためのものだ。
非標準魔法運用報告書。
名前だけで嫌になる。
でも、嫌だから雑に書くわけにはいかない。
雑に書けば、相手の言葉で上書きされる。
「各試合後四十八時間以内」
クララが確認する。
「記載項目は、魔法発動者、発動条件、危険管理、旗反応、観客影響、施設影響、勝敗への寄与、代替手段の検討、再発防止策」
「再発防止って、悪いことした前提みたいですわね」
レイナが不満そうに言う。
「そう見せたい文書です」
クララは淡々と答えた。
「だから、こちらの言葉で書きます。再発防止ではなく、次回運用条件として」
「言い換え戦」
リリィが言う。
「嫌いではありません」
グレイが鳴いた。
「あなたは報告書に載ります。誇ってください」
グレイはなぜか得意げだった。
ジャックは自分の欄を見ていた。
「危険攻撃役」
紙にはそう書かれている。
彼は眉をひそめた。
「危険砲じゃない」
コレットが言う。
「はい。あなたは危険攻撃役です。危険を消すのではなく、明示して運用する役割」
「撃たない時も?」
「撃たない判断も記載します」
ジャックは少しだけ紙を見つめて、それから頷いた。
「ならいい」
アルフは自分の欄に首を傾げていた。
一方向防御。
外部干渉遮断。
逆流防止。
「俺、そんなに書くことある?」
「あります」
クララが言う。
「アルフさんの結界は、連盟報告上とても重要です。安全管理として説明しやすい」
「安全管理」
アルフは少し嬉しそうだった。
「守る役」
ミラが短く言う。
アルフは頷いた。
ミラの欄には、短時間固定、回収前提、負荷限界明示と書かれている。
「動けなくなるのも書く?」
「書きます」
コレットが答える。
「隠すと危険扱いされます。前提として書けば、運用計画になります」
「わかった」
ミラは納得した。
レイナは赤い失敗跡の欄を見ている。
「失敗を公式報告書に書くの、やはり腹が立ちますわね」
「書き方を変えます」
クララが言う。
「予備接触点。危険経路の可視化。失敗蓄積による次動作補正」
レイナの表情が明るくなる。
「それなら高貴です」
「高貴かはわかりません」
「高貴です」
誰もそれ以上は言わなかった。
ガレスの欄には、破損選別、構造保持、周辺支持と書かれている。
彼はそれを見て、小さく言った。
「直す手じゃない」
「残す場所を選ぶ手です」
コレットが言う。
ガレスは頷いた。
「それならいい」
ロイは音声経路拡張、観客視線分散、名称遮蔽と書かれた自分の欄を見て、やけに嬉しそうだった。
「俺、めちゃくちゃ重要じゃないっすか」
「重要です」
コレットが即答した。
「ただし、音量ではなく経路です」
「わかってるっす」
ロイは五本指を立てた。
「小さい音、五つ」
ネルの欄は、瞬間接続、接触経路、非接触離脱、揺れ逃がし。
彼女はそれを見て、少し黙っていた。
「何か違う?」
俺が聞く。
「違わない」
ネルは答えた。
「ただ、私の魔法って、ずっと一瞬しかないと思ってた」
「うん」
「でも、一瞬の前後も書かれてる」
接触経路。
非接触離脱。
揺れ逃がし。
それは、ネルがここまで積み上げてきたものだ。
一瞬だけではない。
一瞬をどう使うか。
一瞬の前に何を見るか。
一瞬の後にどう戻るか。
「ネルが作った部分だ」
俺が言うと、ネルは横目で見る。
「あんたが決めないで」
「悪い」
「でも、今のは少し合ってる」
いつもの判定だった。
俺の欄は、名の反射回避、風前確認、戻り言葉、使用制限。
そして、大きく赤で書かれている。
後半リーグ中、原則として風を使用しない。
原則。
その文字が怖い。
絶対ではない、と逃げ道を残しているように見える。
でも、競技では絶対と言い切れない場面がある。
だからこそ、事前条件が必要だ。
「使用条件を決めます」
コレットが言った。
「ルカさんの風は、部員生命に直結する場合を除き使用禁止。使用判断は本人単独で行わず、ネルさん、コレット、クララさんのうち二名以上の確認が必要。緊急時は使用後即時記録」
「戦闘中に二名確認なんて無理じゃない?」
ネルが言う。
「無理な場合は使えない、という条件です」
コレットの声は厳しかった。
俺は頷く。
「それでいい」
「本当に?」
ネルが聞く。
「よくはない。でも、必要」
ネルは少しだけ目を細めた。
「今のは、合ってる」
クララが最後に全体の見出しを書いた。
欠陥魔法運用報告。
その下に、線を引く。
そして書き直した。
非標準機能運用報告。
「こっちの方が正確です」
彼女が言う。
コレットが頷いた。
「連盟提出版では指定名称も併記します。でも、第七部内ではこちらを使います」
非標準機能。
例外ではなく、機能。
それが、後半リーグの旗印になった。
夕方、巡業列車への再乗車通知が届いた。
後半リーグ最初の行き先は、湖上都市ミラージュ。
水面に競技場が浮かぶ、反射魔法で有名な学校。
連盟評価は高い。
標準型制度との相性も良い。
つまり、簡単な相手ではない。
「湖上都市」
ロイが言う。
「音、反響しそうっすね」
「水は大事」
ガレスが言った。
「それはたぶん違う意味ですわ」
レイナが返す。
でも、少し笑いが起きた。
重いものを持ったままでも、笑える。
それは大事なことだった。
部室を出る前に、ノルが旧旗倉庫から持ち帰った道標の写しを部誌に挟んだ。
閉じた道は、試合でしか通れない。
その隣に、彼女は新しく書く。
試合で通る。でも、昔へ戻さない。
「いい言葉だな」
俺が言うと、ノルは少し眠そうに笑った。
「部誌が言った」
「部誌、便利だな」
「便利じゃない。大事」
「そうだな」
白い花は、別のページに挟まれている。
ネルはそれを見た。
嫌そうな顔をした。
でも、何も言わなかった。
俺も何も言わない。
言葉にしない方がいいこともある。
ただ、記録だけは残す。
過去が戻らないまま。
今が消えないまま。
後半リーグへ戻る。
カルミアを残すために。
閉じた旗道を、試合の中で通るために。
そして、俺たちが欠陥ではなく機能だと、自分たちの言葉で示すために。
翌朝、巡業列車の汽笛が鳴った。
ロイの声ではない。
でも、どこか似ている。
出発の音。
第七魔法競技部は、また列車に乗った。
今度は、閉じられた道の端を持って。




