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第163話 セイン家の保存担当

 コレットは、自分の家の話をあまりしない。


 名家だとは聞いていた。


 レイナの家ほどわかりやすく派手ではない。


 王都の中心に屋敷を構えるような家でもない。


 ただ、古い記録と競技運営に関わってきた家。


 それが、俺の知っているセイン家だった。


 コレット自身も、それ以上を語ろうとはしなかった。


 必要がなかったからか。


 言いたくなかったからか。


 それとも、本人も知らなかったからか。


 部室の机の上に置かれた紙束には、セイン家の旧印がある。


 第七運用班保存担当。


 その言葉は、コレットを監督席から引きずり出して、別の場所へ立たせた。


「一度、読むのを止めます」


 クララが言った。


「コレットさんに関係する可能性が高い資料です。許可を確認したいです」


「許可なら出します」


 コレットはすぐに答えた。


 でも、クララは首を振る。


「監督としてではなく、コレットさんとして」


 その言葉に、コレットは黙った。


 部室の誰も急かさなかった。


 レガリア戦なら、急がなければ負ける場面がいくらでもあった。


 でも、今は違う。


 古い資料は逃げない。


 ただし、雑に触れれば壊れる。


 人の気持ちも、たぶん同じだ。


「私は」


 コレットはゆっくり言った。


「読みたいです」


 クララが頷く。


「理由を聞いてもいいですか」


「家のためではありません」


 コレットは、そこだけははっきり言った。


「家の名誉を回復したいわけでも、祖先が正しかったと証明したいわけでもありません。もし悪いことをしていたなら、それも記録しなければいけません」


「うん」


 ノルが小さく頷く。


「記録係、そう思う」


 コレットは少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


 それから、俺たちを見る。


「第七部が、今どこに立っているのか知りたいんです。私は負け筋を見ることができます。でも、過去にどんな負け筋が選ばれて、どんな勝ち筋が捨てられたのかは、まだ知りません」


「捨てられた勝ち筋」


 ジャックが言った。


「そんなものがあるのか」


「あります」


 コレットは答えた。


「勝てるけれど、人を壊す道。制度を守れるけれど、誰かの名前を消す道。学校を残せるけれど、欠陥者を欠陥者のままにする道」


 その声には、レガリア戦の後の疲労が残っていた。


 でも、折れてはいない。


「私は、それを選ばないために読みたいです」


 クララは栞を机に置いた。


「許可を確認しました。読みます」


 彼女はセイン管理記録の紐をほどく。


 中には、保存目録が入っていた。


 丁寧な字。


 感情を消そうとしているのに、ところどころ筆圧が強い。


 クララは一行目を読んだ。


「セイン家は、第七運用班解体後、関連資料の散逸を防ぐため、カルミア部室および旧資料庫に一部を秘匿保存する」


「解体」


 アルフが言う。


「第七運用班、なくなったんだ」


「今はありません」


 コレットが小さく答えた。


 当たり前のことなのに、声は痛そうだった。


 クララは続ける。


「連盟標準化委員会は、保留者運用を競技倫理に反すると判断。資料の回収、研究停止、関係者の配置転換を通達」


 連盟。


 また、その言葉が出てきた。


 アストラムで見えた影。


 レガリアで感じた白い圧力。


 そして今、カルミアの古い箱にも連盟がいる。


「競技倫理って何ですの」


 レイナが不快そうに言う。


「勝敗のために人を使い潰すな、という意味ならわかります。でも、欠陥者を欠陥者のまま放置して研究を止めるのが倫理ですの?」


「言葉は便利です」


 リリィが言う。


「守るためにも、隠すためにも使えます」


 グレイが小さく鳴いた。


「そうです。あなたは便利ではありません。あなたは優秀です」


 リリィは相変わらずグレイには甘い。


 クララは二枚目に移る。


「内部意見。標準型制度の普及には、分類不能例の処理が不可欠。カルミアの再分類研究は制度安定を阻害する恐れあり」


「制度安定」


 ネルの声が低くなる。


「つまり、私たちが欠陥じゃない可能性があると困る人がいたってこと?」


「そう読めます」


 クララは慎重に言う。


「断定はまだできません。でも、少なくとも、カルミアの研究が標準型制度にとって邪魔だったという記録はあります」


 ロイが椅子の背にもたれた。


「俺たち、弱いから下にいるんじゃなくて、下に置かれてた可能性あるんすか」


「両方かもしれない」


 俺は言った。


 ロイが俺を見る。


「俺たちは実際、勝てなかった。扱いも下手だった。自分の魔法に潰されかけたこともある」


「でも」


 ネルが言う。


「でも、そこから出る道が最初から閉じられていたなら、話は違う」


 俺は頷いた。


「うん。違う」


 ガレスが紙束を見つめていた。


「直せる道を、壊された?」


 彼らしい言い方だった。


 クララは次の記録を開いた。


「保存担当者覚書。第七運用班は完全ではない。保留者を保護できなかった例もある。競技形式が負担を増やした例もある。だが、標準型制度への一括編入は、彼らの機能を名づける機会を奪う」


 コレットの手が、机の下で握られる。


「この筆跡」


 彼女が呟く。


「知っているんですか」


 クララが聞く。


「家にある古い手紙と似ています。曾祖母の字かもしれません」


「曾祖母」


「セリア・セイン。私が生まれる前に亡くなっています。家では、記録を守った人だとだけ聞いていました」


 守った人。


 何を守ったのか。


 家族は言わなかった。


 あるいは、言えなかった。


 クララは目録の最後を読んだ。


「最重要資料は分散保存。カルミア部室、旧旗倉庫、セイン家蔵、競技連盟中央保管庫」


「連盟にもあるのか」


 ジャックが言う。


「あるなら、向こうも知ってる」


「おそらく」


 コレットの顔が冷える。


「だから、アストラムの時点で警戒されたのかもしれません。私たちが古い記録に近づけば、連盟側も反応する」


 アルフが少し青ざめた。


「じゃあ、これ読むのまずい?」


「まずいです」


 コレットは即答した。


「でも、読まない方が安全かというと、そうではありません」


 その通りだった。


 レガリア戦で、俺たちは公式記録に書かれないものを見た。


 書かれないものは、放っておけば消える。


 消えるものが多すぎると、人の名前まで消える。


 俺は、それを知っている。


 完全には覚えていないからこそ、知っている。


「続き、読もう」


 俺が言うと、ネルが横目で見た。


「風は使わない」


「使わない」


「一人で抱えない」


「抱えない」


「エレナのことも、勝手に結論出さない」


「出さない」


 ネルは少しだけ頷く。


「ならいい」


 それを見て、ロイが小声で言った。


「確認項目が増えてるっす」


「必要な確認ですわ」


 レイナが真面目に言う。


 部室の空気が少し戻った。


 クララは次の資料を開く。


 そこには、古い競技の記録があった。


 日付は標準型制度移行期。


 対戦校名の一部は食われている。


 選手名も欠けている。


 でも、判読できる行がある。


 第七運用班、公開試験。


 保留者十一名。


 旗道接触による名の一時預託を実施。


 観客視線過多。


 復帰目印不安定。


 忘却反応、発生。


 俺は息を止めた。


 忘却反応。


 発生。


 クララも、そこで声を止めた。


 コレットが紙を見つめる。


「これが」


 言葉が続かない。


 ノルが部誌を抱きしめるように持った。


「夢、来るかも」


「今?」


 ミラが聞く。


「夜」


 ノルは眠そうに瞬きをした。


「古い試合、起きてる」


 部室の窓が、また小さく鳴った。


 外は夕方になりかけている。


 カルミアの校舎に、古い影が伸びていた。


 コレットは紙束を閉じなかった。


 ただ、手を置いて言った。


「記録します」


 監督の声ではない。


 保存担当の家の子としてでもない。


 第七部のコレットとしての声だった。


「私たちが読んだことを、ここで終わらせません」



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