第139話 撃つ時は撃つ
公式戦の日、ラグエッジの観客席は朝から騒がしかった。
貴族校のような拍手ではない。
軍事校のような統制された声でもない。
山岳校のような地鳴りに近い応援とも違う。
ラグエッジの声は、もっと近い。
選手に届く距離で飛んでくる。
「カルミア、昨日の続き見せろよ!」
「危険砲は出るのか?」
「名前で呼べって言われるぞ!」
「ジャックだろ!」
悪意と期待が混ざっている。
荒い。
でも、昨日より少し違う。
危険砲という通称だけではなく、ジャックの名前が混ざっている。
小さな違いだ。
けれど、第七部では小さい違いほどよく残る。
ジャックは観客席を睨んだ。
「うるせえな」
「ロイくんよりは静かです」
クララが真面目に言う。
「比較対象が悪いっす!」
ロイが抗議した。
「俺も今日は小音量担当っすよ」
「大音量は?」
ネルが聞く。
「最後まで取っとくっす」
「取っておけるようになったの、成長だね」
「ネル先輩に褒められたっす!」
「まだ褒めてない」
「ほぼ褒めっす」
ネルは呆れた顔をしたが、否定しきれずに少し笑った。
その横で、コレットは作戦板を確認している。
今日の出場は、昨日の練習試合とほぼ同じ。
俺。
ジャック。
アルフ。
ネル。
ロイ。
ガレス。
コレット。
ただし、公式戦なので交代枠も使える。
ミラは回収役兼交代要員。
リリィは召喚補助を外から準備。
クララは旗術式の読み。
ノルは記録。
レイナは失敗宣言を使う場面があれば入る。
全員で戦う。
ただ、今日の中心はジャックだ。
「作戦確認します」
コレットが言った。
「ラグエッジの旗イエロウは、危険へ寄ります。ラグエッジ側はその性質を利用して、危険を複数発生させ、こちらの判断を散らします」
「昨日やられたやつだな」
俺が言う。
「はい。さらに公式戦では、罠模型ではなく、実際の得点装置と防壁を使ってきます。危険度は上がります」
ジャックが手を開閉する。
昨日ほどではない。
でも、緊張はある。
「ジャックくん」
コレットが彼を見る。
「撃つ時は撃つ。撃たない時は撃たない。撃った後は、預けてください」
「何回言うんだよ」
「必要な回数です」
「面倒」
「はい」
コレットは頷いた。
ジャックは小さく息を吐く。
「わかってる」
「本当に?」
「本当に、って聞くな」
「本当に?」
「部長、意外としつこいな」
「必要なので」
ジャックは少しだけ笑った。
「撃つ時は撃つ。撃たない時は撃たない。撃った後は、預ける」
自分の口で言った。
それだけで、昨日の続きが今日につながる。
審判の笛が鳴った。
公式戦開始。
イエロウは、開始と同時に旗台から飛び出した。
速い。
昨日の練習より速い。
公式戦用に調整された本気の旗だ。
黄色い裂け布が床すれすれを滑り、まず右側の防壁へ向かう。
そこでは、ラグエッジの選手がわざと魔力圧を上げていた。
危険発生。
イエロウが寄る。
こちらの旗が追う。
ロイの短音。
配置確認。
アルフが左を見る。
「右は誘導。本命は中央下」
「風前確認、中央床の圧が遅れて上がってる」
俺が言う。
コレットが即座に指示を出す。
「右は捨てます。中央下を処理。ジャックくん、準備」
ジャックは中央を見る。
中央床の赤い警告が、じわじわと光り始めている。
イエロウはまだ右。
だが、危険が上がれば中央へ戻る。
そのタイミングを狙う。
「ロイくん」
音が鳴る。
一音目。
二音目。
三音目。
風前確認。
「中央寄り。許容内」
俺が言う。
ジャックはアルフを見る。
アルフは左側面。
ネルは右後ろ。
ガレスは破片回収。
コレットは停止札。
全部を一度見て、彼は言った。
「撃つ」
「発射許可」
ジャックが撃った。
攻撃は中央へ走る。
だが、途中で右へ寄りかけた。
イエロウが右にいるからだ。
危険へ寄る旗。
壊してはいけない旗。
ジャックの攻撃が、その存在へ引かれる。
アルフの結界が側面に触れる。
薄い一方向防御。
止めない。
逸らす。
ぱき、と小さく割れる。
攻撃は中央床の赤い警告点へ落ちた。
床の排圧板が割れる。
圧が抜ける。
イエロウが右から中央へ戻る前に、危険が消えた。
観客席がざわめく。
「おお!」
「昨日のやつだ!」
「一方向で曲げた!」
「危険砲じゃねえ、なんだあれ!」
ジャックは反応しない。
次を見る。
撃った後を預けて、次へ。
それができている。
俺は少し安心しかけた。
その瞬間、ラグエッジが二段目を入れた。
サラが動く。
彼女はイエロウの進行方向を直接操作しない。
旗を押すのではなく、危険を置く。
低い魔力刃を床へ走らせ、黄色い警告線を三本同時に赤くする。
三点危険。
イエロウが反応する。
どこへ行くかわからない。
「三点!」
ロイが音を変える。
短音三連。
アルフが眉を寄せる。
「左前、中央、右奥」
「本命は?」
コレットが聞く。
「まだ読めない」
その言葉は重い。
アルフが読めない。
俺も風を見る。
三つとも違う圧がある。
左前は速い。
中央は深い。
右奥は遅いが重い。
「風前確認、右奥が遅れて伸びる」
俺が言う。
「イエロウは左前へ寄っています」
クララが外から叫ぶ。
「ただし、旗の術式は中央へ戻る道を残しています」
情報が多い。
多すぎる。
ジャックの魔力が暴れる。
壊してはいけないもの。
イエロウ。
仲間。
旗台。
三つの危険。
攻撃がどこへ寄るかわからない。
コレットの指が停止札へ動く。
その時、ジャックが言った。
「撃たない」
全員が一瞬止まった。
でも、コレットはすぐに頷く。
「了解。ネルさん、左前の危険を一瞬ずらしてください。ロイくん、長音。ミラさん、右奥の回収準備」
ジャックが撃たない。
その判断が作戦を変える。
ネルが一瞬で左前の警告線をまたぐ。
踏まない。
魔力の端だけをずらす。
ロイの長音が響き、観客の視線を中央へ引く。
ミラが交代線の近くで構える。
右奥の遅い危険が立ち上がった瞬間、ガレスが床の支えを小さく砕き、圧を横へ逃がす。
ジャックは撃っていない。
でも、役に立っていないわけではない。
撃たない判断が、他の作戦を動かした。
「撃たないのかよ!」
観客の誰かが叫ぶ。
別の声が返す。
「今のは撃たないだろ!」
その反応が面白かった。
ラグエッジの観客が、撃たない判断を見ている。
危険へ寄る学校の観客が、危険を撃たないことも評価し始めている。
ジャックは顔をしかめた。
「うるせえ」
「聞こえてるのか」
俺が言う。
「聞こえるだろ」
「嬉しいか」
「嬉しくねえ」
でも、耳が少し赤い。
ネルが笑った。
「嘘下手」
「うるせえ」
試合は中盤へ入った。
点数は互角。
旗接触はまだない。
イエロウは何度も危険へ寄り、そのたびにこちらは危険を消すか、逸らすか、名前をつけて置き直す。
ジャックは三度撃った。
二度撃たなかった。
撃った三度は、どれも壊すべき危険へ逸れた。
撃たなかった二度は、コレットの別作戦へつながった。
ラグエッジ側も黙っていない。
ベンが中央の防壁をわざと崩し、こちらの旗の逃げ道を狭める。
サラがイエロウを危険の連鎖へ誘う。
ラグエッジの旗は、危険を渡り歩く。
黄色い布が、赤い警告から赤い警告へ走る。
まるで火花を踏む踊りだ。
見ているだけで心臓に悪い。
「あれ、捕まえるんじゃなくて、止めるしかない」
ネルが言う。
「止めるには危険を消す必要があります」
コレットが答える。
「でも、全部消したら旗は別の危険へ行く」
アルフが言う。
「危険を一つ残す必要がある」
「残す?」
ロイが聞く。
「安全な危険」
アルフは自分で言ってから、少し首を傾げた。
「矛盾しているが」
「第七部ではよくあるっす」
「そうか」
安全な危険。
イエロウが寄るが、壊してもいい場所。
ジャックの攻撃が寄っても、アルフが逸らせる場所。
ガレスが破片を拾える場所。
ネルが一瞬でずらせる位置。
「作れます」
コレットが言った。
「中央左の古い防壁。あそこなら壊しても減点は小さいです。ただし、イエロウをそこへ寄せるには、危険の匂いが足りません」
「匂いって、比喩ですか」
リリィが外から聞く。
「半分比喩です」
「グレイ、行けます?」
リリィが足元を見る。
グレイが小さく鳴いた。
ランダム召喚の小さな使い魔。
迷子一号の石と縁のある灰色の小さな存在。
グレイは危険そのものではない。
でも、旗の匂いを追うことがある。
「公式戦中の外部使い魔投入は?」
コレットが確認する。
審判が答える。
「交代枠消費なら可」
「ではリリィさん、交代準備」
リリィが毒舌を飲み込むような顔をした。
「仕方ありません。危険なものに鼻を貸すなんて、ひどい仕事です」
グレイが不満そうに鳴く。
「あなたのことではありません。たぶん」
交代でリリィが入り、グレイが中央左の古い防壁へ走る。
イエロウが反応した。
危険ではない。
でも、旗に関わる何かがある。
そこへ、ロイが小さな音を重ねる。
危険音に似た、でも本物ではない音。
イエロウが迷う。
サラが目を細めた。
「おもしろい誘い方」
中央左の古い防壁へ、黄色い旗が少しずつ寄る。
そこに安全な危険を作る。
矛盾した作戦。
でも、今の第七部にはそれができる。
ガレスが防壁の支点を確認する。
「ここなら壊せる」
アルフが結界位置を決める。
「受けるならここ」
ネルが足場を見る。
「一瞬だけずらせる」
俺は風を見る。
「圧は軽い。見せ危険にできる」
コレットが頷く。
「ジャックくん」
ジャックは中央左を見る。
イエロウが寄る。
こちらの旗も追う。
チャンスだ。
でも、ジャックの攻撃が寄る場所には、イエロウもいる。
壊してはいけないもの。
触れれば危険。
外せば逃げられる。
アルフが言う。
「俺が受ける」
ネルが言う。
「私が道を作る」
ロイが言う。
「音、残すっす」
ガレスが言う。
「破片、拾う」
コレットが言う。
「止める時は止めます」
俺は言う。
「俺は立つ」
ジャックは全員を見た。
観客席がうるさい。
イエロウが揺れる。
ラグエッジの危険が場を満たす。
その中で、ジャックは静かに言った。
「撃つ」
コレットの声が重なる。
「発射許可」
ロイの音。
ジャックの攻撃。
それは今日一番鋭かった。
イエロウへ寄る。
古い防壁へ寄る。
俺の横を通る。
アルフの結界へ吸い寄せられる。
すべての危険が一つの線に集まる。
怖い。
でも、名前のある怖さだ。
一方向結界が攻撃の横腹を受ける。
ぱきん、と明るい音を立てて割れる。
ネルが一瞬で足場をずらす。
ガレスが支点を砕く。
ロイの音が観客の声を裂く。
攻撃は、イエロウの端をかすめず、古い防壁の支点へ当たった。
防壁が倒れる。
壊れていい場所へ。
その倒れた防壁が、イエロウの進路を一瞬だけ塞いだ。
カルミアの旗が追いつく。
旗同士が触れる。
審判の笛。
旗接触点。
カルミアに加点。
観客席が爆発したように騒いだ。
「やった!」
ロイが叫ぶ。
ネルが拳を握る。
コレットが作戦板を抱きしめた。
アルフは割れた結界符を見て、静かに頷く。
ガレスは破片を拾う。
リリィはグレイを抱き上げて「よくやりました。たぶん」と褒めている。
ジャックは、撃った姿勢のまま動かなかった。
俺は彼の横に立つ。
「撃ったな」
「見ればわかる」
「預けたな」
「……うるせえ」
でも、否定しなかった。
試合はまだ終わっていない。
ラグエッジは強い。
ここから巻き返してくる。
それでも、今の一発は本物だった。
撃つ時は撃つ。
撃たない時は撃たない。
撃った後は、預ける。
その全部がつながった一発だった。
ジャック・バーネルの攻撃が、初めて第七部の公式戦で点になった。




