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第138話 撃った後を預ける

 練習試合の一発目は、成功した。


 だからといって、試合が楽になるわけではない。


 むしろ、ラグエッジは楽しそうになった。


 サラ・ディーンは、危険が形になった時ほど笑う。


 ベンは、こちらの作戦が通った瞬間から目つきが変わった。


 他のラグエッジ生たちも、見学者から相手に戻る。


 さっきまでは、カルミアが危険をどう扱うか見ていた。


 今は、その危険をどう壊すか考えている。


「二発目、来るよ」


 サラが言った。


「うちが」


 その直後、ラグエッジの左側選手が床を蹴った。


 魔力は大きくない。


 ただ、床の警告線を踏む角度がうまい。


 黄色い線が赤へ変わる。


 危険表示。


 イエロウが反応する。


 黄色い旗がそちらへ寄る。


 同時に、ベンが別の罠模型を起動した。


 二つの危険。


 片方は本物。


 片方は見せ罠。


 イエロウは迷わない。


 より危ないほうへ寄る。


 でも、どちらがより危ないかは、こちらには一瞬でわからない。


「二点危険!」


 コレットが叫ぶ。


「ロイくん、短音二連!」


 ロイが鳴らす。


 こつ、こつ。


 危険点が二つある合図。


 山岳校で作った音の応用だ。


 小さいが、ラグエッジの競技棟ではよく通る。


 アルフが視線を走らせる。


「右が見せ罠。左が本命」


「根拠は」


 俺が聞く。


「右は赤が早すぎる。左は床の継ぎ目まで光が遅れている」


「風前確認、左の圧が重い」


 俺も重ねる。


 ジャックは左を見た。


 その瞬間、彼の魔力が揺れた。


 壊してはいけないものへ寄る。


 今回は、イエロウが寄っている左。


 旗と危険が重なっている。


 撃てば、イエロウの近くを通る。


 外せば、罠が残る。


 ラグエッジの狙いは明らかだ。


 ジャックに撃たせる。


 危険へ寄る旗の近くで。


 そして、味方だけではなく相手旗まで巻き込む絵を作る。


「撃つな」


 ネルが言いかけて、止まった。


 言うべきか迷ったのだ。


 コレットも停止札に指をかけている。


 でも、まだ止めない。


 ジャックは、全部を見ようとしていた。


 左の危険。


 右の見せ罠。


 イエロウの位置。


 アルフの結界。


 俺の立ち位置。


 ネルの足。


 ロイの音。


 ガレスの回収位置。


 多すぎる。


 彼の目が忙しく動く。


 撃つ前に全部を掴もうとしている。


 俺は言った。


「ジャック」


「見てる」


「見すぎ」


「うるせえ」


「預けろ」


 ジャックの目が俺に向いた。


 短い一瞬。


 その一瞬で、魔力の揺れが少し変わる。


 彼は唇を噛んだ。


「左、本命」


 アルフが言う。


「右は俺が捨てる」


「捨てる?」


 ジャックが聞く。


「右へ逃げる道は使わない。ネル、左前へ一瞬だけ道を作れ」


「了解」


 ネルが膝を沈める。


 俺は風を見る。


 左の圧が上がる。


 イエロウはさらに寄る。


 危険へ寄る旗。


 自分が危ないとわかっている場所へ、ためらわず近づく。


 ジャックの顔が歪む。


 撃つのが嫌な顔。


 撃たないのも嫌な顔。


 その両方がある。


「撃つなら、俺が受ける」


 アルフが言った。


「ネルが道を作る」


「ロイが音を残すっす」


 ロイが続ける。


「ガレスが拾う」


 ガレスが言う。


「止める時は私が止めます」


 コレットが言う。


 ジャックは全員を見た。


 今度は、全部を握るためではない。


 預ける先を確認するために。


 短い沈黙。


「撃つ」


 コレットが即座に判断する。


「発射許可。ただし、左本命。アルフくんの一方向受けに合わせてください」


 ロイの音。


 ジャックが撃つ。


 攻撃は左へ寄る。


 イエロウへ寄る。


 壊してはいけないものへ、危険なほど近づく。


 俺の体が前に出そうになる。


 止めたい。


 でも、今止めるのは俺の役ではない。


 俺の役は風前確認。


 撃った後を預けるのは、ジャックだけではない。


 俺も、預ける。


 アルフへ。


 ネルへ。


 ロイへ。


 ガレスへ。


 コレットへ。


 ネルが一瞬だけ動いた。


 ほんの一瞬。


 左前の空間がずれる。


 旗への近道ではない。


 危険が流れる道。


 アルフの結界が横腹に触れる。


 ぱき、と音。


 昨日より浅い。


 割れ方を選んでいる。


 ジャックの攻撃が、イエロウのすぐ横を通る。


 旗の端が焦げる。


 でも、当たらない。


 攻撃は左の床継ぎ目を砕いた。


 本命の圧が下へ抜ける。


 赤い光が消える。


 イエロウが、消えた危険の跡へ飛び込んだ。


 その動きに合わせて、カルミアの練習旗が揺れる。


 追う。


 届きそうで、届かない。


 ラグエッジ側のベンが笑った。


「やるじゃん、危険砲!」


「名前で呼べ」


 言ったのは、ジャックだった。


 攻撃を撃った直後の、まだ息が荒い声。


 ベンの笑みが少し止まる。


 サラが楽しそうに口笛を吹いた。


「いいね、ジャック・バーネル」


 ジャックは顔をしかめる。


「そっちはそっちで腹立つな」


 ネルが小さく笑った。


 でも、練習試合はまだ続いている。


 ラグエッジはすぐに次の危険を作る。


 彼らは止まらない。


 イエロウも止まらない。


 危険が消えれば、次の危険へ行く。


 その速度が上がっていく。


 こちらの作戦は、毎回ぎりぎりだ。


 ロイの音が増える。


 短音二連。


 長音一回。


 小さな連続音。


 ラグエッジの競技棟は音を拾う。


 ロイの音は、危険音として場に馴染み始めた。


「右、見せ罠!」


「左、圧あり!」


「ネル、今!」


「一瞬だけ!」


「ガレス、破片!」


「拾う」


 声が重なる。


 ジャックは撃つたびに、少しずつ変わった。


 最初は全部を見ようとしていた。


 二発目は、アルフを見た。


 三発目は、ネルの足を見た。


 四発目は、ロイの音を聞いてから撃った。


 五発目は、ガレスが破片を拾う位置を確認しただけで、そこから先は見なかった。


 預けている。


 まだぎこちない。


 たぶん、本人は信じていると言われたら怒る。


 でも、行動は変わっている。


 撃った後、全部を握ろうとしない。


 仲間の役割が働くと信じて、次を見る。


 その分、攻撃の威力は上がった。


 皮肉なことに。


 自分で全部制御しようとしていた時より、預けたほうが、ジャックの攻撃は鋭くなった。


 サラがそれに気づかないはずがない。


 彼女はベンに合図を送った。


 ラグエッジ側の配置が変わる。


 罠模型ではない。


 本物の危険ではない。


 人の位置を使う。


 ベンがわざと、ジャックの攻撃が寄りそうな場所に立った。


 壊してはいけないもの。


 相手選手。


 練習試合なので、攻撃が当たれば当然停止。


 ジャックの魔力が大きく揺れた。


「停止!」


 コレットの声が飛ぶ。


 全員が止まった。


 ジャックも止まった。


 撃つ前だった。


 コレットの停止は正しい。


 ベンは両手を上げて笑っている。


「おっと、止められた」


 サラがベンを睨む。


「今のはやりすぎ」


「練習だろ」


「練習でも雑」


 ラグエッジ内部でも、今のは線を越えたらしい。


 ベンは不満そうに肩をすくめた。


 ジャックは、動かない。


 手に魔力が残っている。


 撃つ前に止まった。


 でも、止まれたことに驚いている顔だ。


「ジャック」


 コレットが近づく。


「止まれました」


「……ああ」


「今のは、撃たない判断で正解です」


「わかってる」


「本当に?」


 ジャックは少し黙った。


 それから、ベンのほうを見た。


「撃ったら、あいつの横を通った」


「はい」


「アルフでも逸らせたか?」


 アルフは首を横に振った。


「位置が悪い。受ければ、ベン側へ跳ねた可能性が高い」


「ネルは?」


「動かすには距離が足りない」


 ネルが答える。


「ロイの音は?」


「停止音が正解っす」


 ロイが言う。


「ガレス」


「拾えない」


 ガレスが短く言う。


 ジャックは最後に俺を見た。


「ルカ」


「風前確認でも無理」


「……そうか」


 彼は手の魔力を消した。


 ゆっくり。


 無理に握り潰すのではなく、吐き出すように。


「撃たないのも、預けるうちか」


 その言葉に、コレットが頷いた。


「はい。止める判断を私に預けてくれました」


「あんたに止められるの、腹立つな」


「止めます」


「知ってる」


 ジャックは少し笑った。


 本当に少しだけ。


 でも、今の笑いは大きかった。


 攻撃役が撃たない。


 危険砲が止まる。


 それは弱さではない。


 少なくとも、第七部では。


 練習試合はそこで一度中断された。


 ラグエッジ側の顧問がベンに短く注意する。


 ベンは不満そうだが、反論しなかった。


 サラがこちらへ来る。


「悪い。今のはうちが雑だった」


「雑で済ませるなよ」


 ジャックが言う。


 サラは頷いた。


「そうだね。危なかった」


 ラグエッジの副長が、はっきりそう言った。


 危ないものを隠さない学校。


 だからこそ、今の危なさも隠さない。


「でも、止まれたね」


 サラが続ける。


「危険砲なら撃ってた」


 ジャックの眉が動く。


 サラはすぐに言い直した。


「ジャック・バーネルは止まった」


 ジャックは何も言わなかった。


 怒らない。


 たぶん、受け取った。


 練習試合は、残り時間を短くして再開された。


 今度はラグエッジ側も線を越えない。


 危険は作る。


 でも、人を罠そのものにはしない。


 イエロウは相変わらず危険へ寄る。


 俺たちはその危険を見て、名前をつけ、線を引き、音を鳴らす。


 ジャックは撃つ。


 時々撃たない。


 その二つが、同じくらい大事になった。


 最後の一分。


 イエロウが中央の赤い罠へ寄る。


 こちらの旗も追う。


 距離は近い。


 ジャックが撃てば、罠を消せる。


 ただし、攻撃は俺の横とアルフの結界を通る。


 いつもの道。


 怖い道。


 でも、名前のある道。


 ロイの音。


 風前確認。


「許容内」


 俺が言う。


 ジャックは全員を見た。


 短く。


 預けるために。


「撃つ」


「発射許可」


 攻撃が走る。


 一方向結界が受ける。


 ネルが一瞬だけ足場をずらす。


 ガレスが破片を拾う。


 ロイの音が残る。


 俺は動かない。


 コレットは止めない。


 攻撃は赤い罠を砕いた。


 イエロウがその危険の跡へ飛び込み、カルミアの旗が追いつく。


 旗同士が一瞬、触れそうになる。


 そこで終了の鐘が鳴った。


 引き分け。


 練習試合としては、上出来だった。


 ジャックは肩で息をしていた。


 俺も疲れている。


 アルフの結界符はまた数枚焼けた。


 ネルは足を押さえている。


 ロイは喉ではなく指を振っている。


 ガレスは破片を布に包んでいる。


 コレットは作戦板に大きく丸をつけた。


 撃つ。


 撃たない。


 預ける。


 その三つに。


 サラが近づいてきて、手を差し出した。


「公式戦、楽しみにしてる」


 ジャックはその手を見た。


 少し迷ってから、握る。


「こっちは楽しみじゃねえ」


「それでも来るでしょ」


「来る」


「撃つ?」


 サラが聞く。


 ジャックは少しだけ考えた。


「撃つ時は撃つ」


「撃たない時は?」


「撃たない」


 サラは笑った。


「いいね」


 ジャックは手を離し、こちらへ戻ってきた。


 イエロウがその足元へ近づく。


 危険へ寄る旗。


 今は、ジャックの足元で静かに揺れている。


 ジャックは嫌そうに見下ろした。


「お前、ほんと嫌な旗だな」


 黄色い旗は揺れる。


 でも、ジャックは逃げなかった。


 その場に立って、言った。


「明日も来いよ」


 俺は少し笑った。


 ジャックは気づいて、睨む。


「笑うな」


「いや」


「何だよ」


「嫌な旗に来いって言ったなと思って」


「うるせえ」


 でも、否定しなかった。


 練習試合は終わった。


 公式戦は明日。


 危険砲ではなく、ジャック・バーネルが撃つ試合が来る。


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