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第137話 信じないなら撃つな

 ラグエッジとの練習試合は、公式戦の前日に組まれた。


 本番ではない。


 点数も記録上は残らない。


 ただし、ラグエッジの練習試合は、たいてい本番より荒い。


 サラがそう言った。


「本番は審判が多いからね」


「それ、笑って言うことですの?」


 レイナが眉をひそめる。


「うちでは笑い話」


「絶対に価値観が合いませんわ」


「試合が終わる頃には少し合うよ」


「嫌な予言ですわね」


 練習試合の競技場は、昨日まで使っていた第二練習区画より広い。


 外縁校らしく、床は平らではない。


 わざと段差がある。


 低い防壁。


 壊れかけに見える橋。


 黄色い警告線。


 魔力圧が一定以上になると赤く光る罠模型。


 そして、中央には旗台。


 ラグエッジの旗、イエロウはすでに旗台から離れていた。


 試合開始前なのに、危険を探してうろついている。


 こちらの古い練習旗は、カルミアの補助旗台で静かに揺れていた。


 静かと言っても、落ち着いているわけではない。


 イエロウの動きを、見ている。


 忘れられた部室の旗は、危険へ寄る旗をどう思っているのだろう。


 ノルなら夢で聞けるかもしれない。


 でも、今のノルは眠っていない。


 記録係として、作戦板を抱えている。


「練習試合の目的を確認します」


 コレットが言った。


 彼女の声は落ち着いている。


 落ち着こうとしている声ではなく、本当に落ち着いている。


 ジャック回のここまでで、一番部長らしい顔かもしれない。


「勝敗よりも、ジャックくんの攻撃をチーム作戦として使えるか確認します」


「勝敗よりもって言われると、ラグエッジ側は喜びそうだな」


 俺が言うと、サラは遠くで手を振った。


「聞こえてるよ。勝敗より危険確認なんて、うち好み」


「うち好みにならないでください」


 コレットが即座に返す。


 サラは笑った。


 ラグエッジ側の練習メンバーは五人。


 サラ。


 ベン。


 他三人。


 全員が防護具を着けているが、着方はばらばらだ。


 こちらは、第七部から七人を出す。


 俺。


 ジャック。


 アルフ。


 ネル。


 ロイ。


 ガレス。


 コレット。


 残りの部員は外から記録と補助に回る。


 リリィはグレイを抱いて、すでにラグエッジの罠模型を嫌そうに見ている。


 クララは旗の動きを読む準備。


 レイナは観客席に近い場所で、こちらの失敗を見逃さない顔をしている。


 ミラは回収役。


 ノルは眠そうに記録板を持つ。


「眠るなよ」


 ジャックが言う。


「起きてる」


 ノルは目を細めたまま答えた。


「起きてる顔じゃねえ」


「起きてる時の顔」


「じゃあ全部寝てる顔だろ」


「そうかも」


 ジャックは言い返すのを諦めた。


 試合前の軽口。


 それ自体は悪くない。


 でも、俺はジャックの手を見ていた。


 開く。


 閉じる。


 また開く。


 昨日より落ち着いている。


 ただし、緊張が消えたわけではない。


 むしろ、緊張を自分で持とうとしている。


「ジャック」


 俺が呼ぶ。


「何だ」


「作戦確認」


「さっき聞いた」


「聞くのと、確認するのは違う」


「面倒だな」


「第七部だからな」


「便利に使うな」


 ジャックは嫌そうにしながらも、こちらを向いた。


「最初の攻撃は、俺が前に出て、ロイの五音合図。アルフが左側で受ける。お前は風前確認。ネルは俺の右後ろ。ガレスは破片回収。コレットは停止」


「発射同意は?」


「俺が言う」


「それから?」


「コレットが許可」


「それから?」


 ジャックが眉を寄せる。


「撃つ」


「撃った後は?」


「標的を見る」


「違う」


 俺は言った。


 ジャックの表情が固まる。


「違う?」


「撃った後、何を見る」


「当たり所」


「違う」


「罠」


「違う」


「旗」


「違う」


 ジャックの声が低くなった。


「じゃあ何だよ」


「仲間だ」


 俺は言った。


「撃った後、お前は仲間を見る」


「見てるだろ」


「位置は見てる。でも、預けてない」


「預ける?」


「アルフが受ける。ネルが動かない。ロイが合図を残す。ガレスが破片を拾う。コレットが止める。俺が風前確認する。撃った後は、全部お前一人では追えない」


 ジャックは黙った。


 俺は続ける。


「お前は、撃つ前に全部見ようとしてる。撃った後も全部自分で確認しようとしてる。それは慎重に見えるけど、違う」


「違うって何が」


「信じてない」


 空気が少し冷えた。


 ジャックの目が鋭くなる。


 ネルがこちらを見る。


 コレットが息を止めた。


 アルフは何も言わない。


 たぶん、俺がどこまで言うかを見ている。


「今、喧嘩売ってんのか」


 ジャックが言う。


「確認だ」


「便利な言葉だな」


「便利だから使ってる」


「俺が信じてない?」


「そうだ」


「位置見て、声出して、許可待って、合図聞いて、それでも足りねえって?」


「足りない」


 俺は言い切った。


 言ってから、自分でも少し怖くなった。


 でも、ここを濁すと、たぶん試合で壊れる。


 ジャックの攻撃は味方の近くを通る。


 それをチームで使うなら、位置確認だけでは足りない。


 撃った後、仲間が役割を果たすと信じる必要がある。


 自分の魔法が逸れた時、アルフが受ける。


 ネルが動かない。


 俺が逃げない。


 ロイが音を残す。


 コレットが止める時は止める。


 ジャックが全部を自分で握ろうとしたら、逆に誰も信じられなくなる。


「信じないなら撃つな」


 俺は言った。


 その言葉は、思っていたより鋭く出た。


 ジャックの顔から表情が消える。


 遠くで、イエロウが黄色く揺れた。


 危険を見つけたみたいに。


「ルカ」


 コレットが小さく呼ぶ。


 止める声ではない。


 でも、心配している。


 ジャックは一歩近づいた。


「今、何て言った」


「信じないなら撃つな」


「俺に撃つなって?」


「そうだ」


「俺が攻撃役だろ」


「信じない攻撃役はいらない」


 言った瞬間、ネルが目を見開いた。


 ロイが息を飲む。


 ガレスの眉が少し動く。


 アルフは静かにこちらを見ている。


 ジャックの拳が握られた。


 殴られるかもしれない。


 今度こそ。


 俺は逃げなかった。


 逃げるつもりもなかった。


 ジャックは俺の胸ぐらを掴んだ。


 強い力。


 練習用防護服の襟が歪む。


「お前に何がわかる」


 声が低い。


「わからない」


「だったら黙れよ」


「黙ったら、お前は撃つだろ」


「撃って何が悪い」


「撃った後、全部自分で何とかしようとする」


「俺の攻撃だ」


「第七部の攻撃だ」


「俺の魔法だ!」


 その叫びは、競技場に響いた。


 ラグエッジの生徒たちも見る。


 サラも止めない。


 危険を見ている。


 でも、これは見世物ではない。


 俺たちの中にある危険だ。


「俺の魔法が寄るんだよ」


 ジャックは言った。


「俺の攻撃が、味方の近くを通る。俺のせいで、アルフの結界が割れる。お前の横を通る。ネルの足元へ寄る。コレットが止める判断をしなきゃいけなくなる」


「そうだ」


「だったら俺が見なきゃ駄目だろ!」


「全部は見られない」


「見る」


「見られない」


「見るって言ってんだろ!」


 俺はジャックの手首を掴んだ。


 外すためではない。


 逃げないためだ。


「見られないから、チームなんだろ」


 ジャックの手の力が、一瞬弱まった。


「お前一人で全部見られるなら、俺たちはいらない。アルフも、ネルも、ロイも、コレットも、ガレスもいらない」


「そんなこと言ってねえ」


「でも、そう撃とうとしてる」


 ジャックは言葉に詰まった。


 俺は続ける。


「撃つ前に見るのは必要だ。位置を確認するのも必要だ。怖いって言うのも必要だ。でも、撃った後まで全部自分で握るなら、誰も信じてないのと同じだ」


「信じろって簡単に言うな」


「簡単じゃない」


「じゃあ言うな」


「言う」


 俺はジャックを見返した。


「お前が撃つなら、俺は立つ。ネルも立つ。アルフは受ける。ロイは鳴らす。ガレスは拾う。コレットは止める。勝手にやってるんじゃない。自分で決めてる」


「それが嫌なんだよ」


 ジャックの声が少し掠れた。


「俺のせいで、誰かが決めるのが嫌なんだよ」


 その言葉が、やっと出た。


 俺は少しだけ息を吐いた。


 怒りの奥にあったもの。


 守られるのが嫌いな理由。


 自分のせいで、誰かが危険な場所に立つ。


 それが嫌。


 たぶん、それだけだった。


 単純で、重い。


「俺たちは、お前のせいで決めてるんじゃない」


 俺は言った。


「お前と勝ちたいから決めてる」


 ジャックの目が揺れた。


 こういう言葉は苦手だ。


 言っている俺も苦手だ。


 たぶん、聞いているジャックはもっと苦手だ。


 だから、少しだけ乱暴に続けた。


「信じろ。無理なら撃つな。撃つなら、撃った後を預けろ」


「命令か」


「作戦確認だ」


「便利すぎるだろ、その言葉」


「今日は特売だ」


 ロイが小さく吹き出した。


 緊張の糸が、ほんの少しだけ緩む。


 ジャックは俺の襟を離した。


 乱暴に。


 でも、突き飛ばさなかった。


「最悪だ」


 彼は言った。


「この部、全員面倒くさい」


「今さらですわ」


 レイナが外から言った。


「それは私の担当台詞になりつつありますわね」


 ネルがジャックの横に来る。


「私は、あんたの攻撃が怖い」


「知ってる」


「でも、立つ」


「だから」


「私が決めた」


 ネルは短く言った。


「あんたのせいじゃない。私が決めた。だから、勝手に私の決定を取り上げないで」


 ジャックは言い返せなかった。


 アルフも近づく。


「俺も立つ」


「お前はもう少し遠くに」


「無理だ」


「だから腹立つんだよ」


「俺が決めた」


 アルフは同じように言った。


「結界が割れる場所も、俺が決める。お前の攻撃を受けるかどうかも、俺が決める」


 ロイが手を上げる。


「俺も鳴らすって決めてます」


 ガレスが言う。


「拾う」


 コレットが言う。


「止める時は、私が止めます」


 クララが外から言う。


「記録と旗反応は私が見ます。許可は得ています」


 リリィがグレイを撫でながら言う。


「靴紐監視は私がします」


「それ必要か?」


 ジャックが思わず聞く。


「必要になる前に必要です」


「意味わかんねえ」


 いつもの返しが出た。


 それだけで、少し戻った気がした。


 サラが遠くから声をかける。


「そろそろ始める?」


「少し待て」


 ジャックが返した。


 ラグエッジ側ではなく、こちらを見て。


 彼は一人ずつ見た。


 アルフ。


 ネル。


 ロイ。


 ガレス。


 コレット。


 俺。


 外の部員たち。


 見ているだけではない。


 たぶん、預ける相手として見ている。


 それがわかったから、俺は何も言わなかった。


 やがてジャックは、小さく息を吐いた。


「撃った後」


 彼は言った。


「全部は見ない」


 コレットが頷く。


「はい」


「アルフが受けるなら、受ける。ネルが動かないなら、動かない。ロイが鳴らすなら、その音を聞く。ガレスが拾うなら、拾わせる。コレットが止めるなら、止まる」


 そこまで言って、彼は俺を見た。


「お前が立つなら」


「立つ」


「逃げるなよ」


「逃げる必要があれば逃げる」


「そこは逃げないって言えよ」


「必要なら逃げる。それも作戦だ」


 ジャックは顔をしかめた。


「ほんと腹立つ」


「信じる相手が逃げる判断をすることも、信じろ」


「注文が多い」


「第七部だからな」


 彼は舌打ちした。


 でも、その舌打ちは軽かった。


 コレットが作戦板に新しい一行を書いた。


 撃った後を預ける。


 その文字は、作戦としてはあまりに感情的だった。


 でも、今の第七部には必要だった。


 練習試合が始まった。


 ラグエッジの生徒たちは、開始直後から危険を作りに来た。


 ベンが低い魔力弾を床に撃ち、黄色い警告線を赤く光らせる。


 サラがイエロウの進路をわざと開ける。


 旗は危険へ寄る。


 イエロウが赤い罠模型の近くへ滑る。


 こちらの旗も、それを追うように揺れる。


 ロイの一音目。


 配置確認。


 俺は白線に立つ。


 ネルは右後ろ。


 アルフは左側面。


 ガレスは破片回収位置。


 コレットは停止札を握る。


 二音目。


 防御方向確認。


 アルフが一方向結界を構える。


 三音目。


 風前確認。


 空気が重い。


 イエロウが近い。


 ラグエッジの危険が、わざと置かれている。


 ジャックの魔力が、それに反応して暴れかける。


「風前確認」


 俺は声を出す。


「危険寄り強め。許容ぎりぎり」


 コレットがジャックを見る。


 四音目。


 発射同意前。


 短い沈黙。


 ジャックが仲間を見る。


 見る。


 そして、最後にイエロウではなく、アルフを見る。


「撃つ」


 コレットが頷く。


「発射許可」


 五音目。


 ロイの音。


 ジャックが撃った。


 攻撃は、やはり近くを通った。


 俺の横。


 ネルの足元。


 アルフの結界。


 全部へ寄ろうとする。


 でも、ジャックは追わなかった。


 撃った後、全部を自分で握ろうとしなかった。


 アルフが受ける。


 一方向だけ。


 結界が割れる。


 ガレスが破片を見る。


 ネルが動かない。


 俺は逃げない。


 ロイの残響が場内に残る。


 攻撃は曲がった。


 赤い罠模型へ。


 壊すべき危険へ。


 ばん、と音が鳴る。


 罠模型が消灯する。


 イエロウが、その消えた危険の跡へ飛び込む。


 サラが笑った。


「やるじゃん」


 練習試合はまだ始まったばかりだ。


 成功と言うには早い。


 でも、今の一発は違った。


 危険砲が撃ったのではない。


 ジャック・バーネルが、第七部を信じるふりではなく、ほんの少しだけ本当に預けて撃った。


 その差は、競技場の音より小さい。


 でも、俺たちには聞こえた。


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