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第136話 守られるのが嫌い

 ジャックは、守られるのが嫌いだ。


 それは、作戦室に戻る前からわかっていた。


 アルフの結界符が焼け落ちた瞬間、ジャックの顔が変わったからだ。


 怒っていた。


 でも、アルフに怒っているだけではない。


 自分の攻撃が、誰かに受けられたこと。


 その誰かが、自分を止めるためではなく、攻撃を使うためにそこへ立ったこと。


 それが、どうしようもなく気に入らない顔だった。


「次は俺の位置を変える」


 休憩後、アルフがそう言った瞬間、ジャックは机を叩いた。


 金属の机が鈍い音を立てる。


「次はない」


 作戦室の空気が止まった。


 ロイが持っていた水筒をそっと置く。


 コレットが作戦板から顔を上げる。


 ネルは腕を組んだまま、ジャックを見た。


「何それ」


「次はないって言った」


「勝手に決めないで」


「俺の攻撃だ」


「第七部の作戦でしょ」


「俺の魔法だろ」


 二人の声がぶつかる。


 いつもの喧嘩に見えて、少し違う。


 ネルは怒っている。


 ジャックも怒っている。


 でも、ジャックの怒りは、いつもより行き場がない。


「アルフに受けさせるのはなしだ」


 ジャックは言った。


「俺がどこへ撃つかは、俺が決める」


「決められないから練習してるんでしょ」


 ネルが返す。


「うるせえ」


「うるさいのはそっち」


「あいつの結界が割れた」


「割る場所を決めたって言ってた」


「だから何だよ」


 ジャックの声が大きくなる。


「割れたら怪我するだろ!」


 その言葉が、部屋の真ん中に落ちた。


 誰もすぐには返さなかった。


 ジャック自身も、言ってから気づいたような顔をした。


 怪我するだろ。


 それは、問題児の言葉ではない。


 危険砲の言葉でもない。


 味方の横を撃つやつが言うには、あまりにも普通で、あまりにも切実な言葉だった。


 アルフが静かに口を開く。


「火傷はない」


「そういう話じゃねえ」


「結界符は替えがある」


「そういう話でもねえ」


「なら、何の話だ」


 アルフは責めない。


 本当に聞いている。


 だから、ジャックは余計に苛立った。


「お前が俺の攻撃を受ける話だ」


「そうだ」


「そうだ、じゃねえよ」


「必要なら受ける」


「必要にするな」


「必要だ」


「するなって言ってんだよ!」


 ジャックの声が部屋に跳ね返る。


 作戦室の壁は音を逃がさない。


 怒声が近く戻ってきて、自分の耳にも刺さる。


 ジャックは一瞬、苦い顔をした。


 自分の声の大きさに気づいたのだろう。


 ロイが少しだけ肩をすくめる。


 普段なら「俺よりうるさいっす」とでも言うところだ。


 でも、今は言わない。


 誰も茶化さない。


 アルフは机の上に焼けた結界符を置いた。


「ジャック」


「何だ」


「俺は守られた」


 ジャックが眉をひそめる。


「は?」


「お前の攻撃を片側だけ受けた。だが、俺も守られた。ロイの合図、ルカの風前確認、コレットの停止権限、ガレスの破片回収、ネルの緊急移動。俺だけが受けたわけではない」


「でも、割れたのはお前の結界だろ」


「そうだ」


「じゃあ、お前が受けたんだろ」


「一方向だけ」


 アルフは淡々と答えた。


 ジャックは歯を食いしばる。


「そういう言い方が一番腹立つ」


「すまない」


「謝んな」


「では撤回する」


「撤回もすんな」


 ネルが額を押さえた。


「面倒くさ」


「聞こえてるぞ」


「聞こえるように言った」


 レイナが小さくため息をつく。


「ジャックさん。あなたは、誰かを傷つけたくないのですわね」


 ジャックが露骨に嫌な顔をした。


「綺麗にまとめんな」


「綺麗な話ではありませんわ」


 レイナは冷静だった。


「あなたは自分を危険物扱いされることに慣れすぎています。でも、本当に嫌なのは、危険物として扱われることより、自分のせいで誰かが傷つくことなのでしょう」


「違う」


「違わないと思います」


「違うって言ってんだろ」


「では何が嫌なのです?」


 ジャックは言葉を詰まらせた。


 レイナは逃がさない。


 彼女は失敗を晒され続けてきた。


 だから、相手が何を隠しているかに敏感だ。


「自分の攻撃を使われるのが嫌なのですか。アルフさんが怪我をするのが嫌なのですか。守られるのが嫌なのですか。それとも、守られたら自分が危険物だけではなくなるから嫌なのですか」


「レイナ」


 コレットが少しだけ止める。


 レイナは頷いた。


「言いすぎましたわ」


「最初から最後まで言ってから止まるな」


 ジャックは低く言った。


 でも、怒鳴らなかった。


 言葉が刺さったからだ。


 守られたら、自分が危険物だけではなくなる。


 それは一見いいことに聞こえる。


 でも、ジャックにとっては怖いのかもしれない。


 危険物として扱われるなら、簡単だ。


 近づくな。


 避けろ。


 使うなら自己責任。


 そう言っていれば、誰かが近くに立った時の責任を見なくて済む。


 でも、守られたら違う。


 誰かが、自分のために位置を取る。


 結界を張る。


 怖いと言いながら、逃げない。


 それは、自分がただの危険ではないと認められることだ。


 同時に、相手を信じなければならなくなることだ。


「ジャック」


 俺は言った。


「守られるのと、使われるのは違う」


 ジャックが俺を見る。


「何だよ、急に」


「お前は、アルフに使われたと思ってるのか」


「違うのか」


「違うだろ」


「お前が決めんな」


「じゃあ聞けよ」


 俺はアルフを見る。


 アルフは少しだけ首を傾げた。


「俺に?」


「そう。アルフはジャックを使ったのか」


 アルフは真面目に考えた。


 妙な間が空く。


 ジャックが苛立つ。


「即答しろよ」


「言葉を選んでいる」


「選ぶな」


「使った」


 部屋が一瞬固まった。


 ジャックの顔が険しくなる。


 俺も少し驚いた。


 アルフは続けた。


「ジャックの攻撃を作戦に使った。だが、ジャックを道具として使ったわけではない」


「同じだろ」


「違う」


 アルフは言い切った。


「攻撃は使う。欠陥も使う。怖さも使う。だが、本人の確認なしには使わない。だから発射前に宣言させる。だから合図を置く。だから停止権限をコレットに渡す」


 彼の声は静かだ。


 でも、いつもより強い。


「俺も使われている。一方向結界を、ジャックの攻撃を逸らすために使われている。だが、俺は道具ではない。自分でそこに立つ」


「何で」


 ジャックが言う。


「何でそこに立つ」


「勝つため」


「それだけか」


「それだけではない」


 アルフは少しだけ視線を落とした。


「お前の攻撃が、危険砲のまま終わるのは惜しい」


 ジャックは黙った。


 誰も喋らなかった。


 アルフがそういう言い方をするのは珍しい。


 惜しい。


 感情が混ざった言葉だ。


「危険な攻撃だ。怖い。だが、壊すべきものへ届く。味方の近くを通るなら、味方が近くにいる意味を作れる」


「意味を作るな」


「作る」


「何でだよ」


「第七部だから」


 ロイが小さく笑った。


「便利な答えっすね」


「便利だ」


 アルフは頷く。


 ジャックは顔を両手で覆った。


「最悪だ、この部」


「今さらですわ」


 レイナがまた言う。


「何回言わせますの」


 それでも、ジャックの肩から少し力が抜けた。


 完全に納得したわけではない。


 むしろ、納得したくない顔だ。


 でも、怒りの形は変わった。


 アルフに受けさせたくない。


 それはまだある。


 守られるのが嫌だ。


 それもまだある。


 ただ、アルフが自分で立つと言った。


 攻撃を使うが、ジャックを道具にしないと言った。


 その言葉を、ジャックは捨てられずにいる。


「僕、少し思ったんすけど」


 ロイが手を上げた。


「今言っていい空気かは自信ないっす」


「言いなさい」


 コレットが促す。


「俺の音も、最初は迷惑扱いだったじゃないっすか」


「今も時々迷惑です」


 リリィが即答した。


「そこは今いらないっす!」


「必要な正確性です」


「いらないっす!」


 少し笑いが起きた。


 ロイは咳払いする。


「でも、山で合図になって、今も五音合図に使ってもらってる。音は使われてるけど、俺が道具って感じはしないっす」


「何で」


 ジャックが聞く。


「俺が鳴らすからっす」


 ロイは自分の胸を叩いた。


「勝手に鳴らされてるんじゃなくて、俺が鳴らす。うるさい音を、俺が合図にする。それなら、使われてるっていうより、使ってる感じがするっす」


 ジャックはロイを見た。


 その表情には、少し意外そうな色があった。


 ロイは普段軽い。


 でも、彼も自分の欠陥魔法をずっと背負っている。


 大きすぎる音。


 迷惑な発動。


 隠れられない魔法。


 それを合図に変えてきた。


「ジャック先輩も、撃たされるんじゃなくて、撃つって決めたら、ちょっと違うんじゃないっすか」


「簡単に言うな」


「簡単じゃないっす」


 ロイはまっすぐ答えた。


「でも、言うだけは簡単にしときます。難しく言うと、俺がわかんないんで」


 ジャックは一瞬、何か言おうとして、やめた。


「お前、たまにずるいな」


「褒めてます?」


「悪口」


「じゃあ記録しないっす」


「するな」


 空気が少し軽くなる。


 コレットが作戦板の端に、新しい項目を書いた。


 ジャック自身の発射同意。


 彼女はそれを丸で囲む。


「次から、発射許可の前に、ジャックくん自身の同意を入れます」


「今までも俺が撃ってただろ」


「はい。でも、手順として明確にします」


「また面倒に」


「します」


 コレットは柔らかく言った。


「撃たされるのではなく、撃つと決めるためです」


 ジャックは作戦板を見た。


 配置確認。


 防御方向確認。


 風前確認。


 発射同意。


 発射許可。


 攻撃。


 怖さ確認。


 どんどん増える手順。


 ラグエッジなら笑うだろう。


 実際、サラは部屋の端で面白そうに見ている。


「外縁校からすると、遅いか?」


 俺が聞くと、サラは肩をすくめた。


「遅いね」


 ジャックがほら見ろ、という顔をする。


 サラは続けた。


「でも、面白い。うちは危険を見てから動く。カルミアは危険を囲んで名前をつけてから動く」


「悪口か」


 ジャックが聞く。


「半分」


「残り半分は」


「褒めてる」


 サラは窓の外を見る。


 イエロウが練習場の端で揺れていた。


「イエロウは、名前のない危険にも近づく。だから時々、こっちも間に合わない。あんたらみたいに、いちいち名前をつけるやり方は、うちにはない」


「欲しいですか」


 クララが聞く。


 サラは少し考えた。


「欲しいとは言わない。でも、試合で見たい」


 その目は、完全にラグエッジの副長だった。


 危険を見たい。


 ただし、雑にではなく。


「午後、もう一回やる」


 ジャックが言った。


 全員の視線が向く。


「アルフに受けさせるのは嫌だ」


 彼は先に言った。


「それは変わらねえ」


「うん」


 俺は頷く。


「でも、俺が撃つって決める。撃つなら、アルフがどこにいるか見る。ネルがどこにいるか見る。ルカがどこに立ってるか見る」


 ジャックは顔をしかめたまま続ける。


「見た上で撃つ。それでいいんだろ」


 アルフが頷いた。


「いい」


「よくねえよ」


「では、最低条件だ」


「そういう言い方ならいい」


 ネルが呆れた顔をする。


「面倒」


「うるせえ」


「でも、今のはちょっとまし」


「ましって何だ」


「危険砲より、まし」


 ジャックは黙った。


 反論しない。


 ただ、窓の外のイエロウを見た。


 黄色い旗は危険へ寄る。


 ジャックも、危険な攻撃を持っている。


 でも、危険なだけでは終わらない。


 守られるのが嫌いな攻撃役が、自分から味方の位置を見る。


 それはまだ信頼ではないかもしれない。


 でも、信頼へ向かうための、最初の面倒な手順だった。


 午後の練習では、作戦板に一つ音が増えた。


 ロイの五音合図の後。


 短い沈黙。


 ジャック自身が言う。


「撃つ」


 それを聞いてから、コレットが許可を出す。


「発射許可」


 その一拍が、練習全体を変えた。


 攻撃はまだ近くを通る。


 アルフの結界はまだ割れる。


 ネルはまだ怖い顔で動かず、俺の袖を一瞬掴む。


 ロイは音を鳴らし、ガレスは破片を見る。


 コレットは止める準備をし、クララは旗の反応を読む。


 何も安全にはなっていない。


 それでも、撃たされた攻撃ではなくなった。


 ジャックが撃つと決めた攻撃になった。


 その違いは、まだ小さい。


 でも、第七部では小さい違いほどよく残る。


 練習後、ジャックは焼けた結界符の欠片を拾った。


 アルフに渡すのかと思ったら、渡さずにしばらく見ている。


「返せ」


 アルフが言う。


「壊れてるぞ」


「記録用に残す」


「悪趣味だな」


「必要だ」


 アルフが返す。


 ジャックは少しだけ笑った。


「そうかよ」


 彼は欠片をアルフに渡した。


「次は、もう少し外に逸らす」


 アルフが頷く。


「次は、もう少し内側で受ける」


「おい」


「嘘だ」


「お前、冗談言うの下手だな」


「練習する」


「するな」


 そのやり取りを聞きながら、俺は思った。


 守られるのが嫌いなジャックは、まだ守られることを受け入れていない。


 ただ、守る側の位置を見るようになった。


 それだけで、次の一発は少し違う。


 危険砲ではなく、ジャック・バーネルが撃つ一発に近づいていた。


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