表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
136/165

第135話 一方向だけ受ける

 アルフは、守ることを万能だと思っていない。


 一方向しか守れないからだ。


 正面を守れば、背後は空く。


 右を守れば、左は空く。


 上を守れば、足元は空く。


 それが彼の欠陥魔法であり、彼の戦い方だった。


 だからアルフは、守れない場所を先に数える。


 どこを諦めるか。


 どこを空けるか。


 どこを危ないまま残すか。


 普通の守備役なら嫌がることを、アルフは当たり前のように作戦板へ書いていく。


 ラグエッジ二日目の朝。


 俺たちは第二練習区画ではなく、競技棟の作戦室を借りていた。


 作戦室といっても、レガリアや研究都市にあるような綺麗な部屋ではない。


 壁は傷だらけ。


 机は重い鉄製。


 椅子の脚は一本ずつ高さが違う。


 床には、古い魔力焼けの跡がある。


 窓の外では、黄色い旗イエロウが練習場の端をうろついている。


 正式な試合前なのに、旗が勝手に危険を探し回る。


 そういう学校だ。


「結論から言う」


 アルフが作戦板の前に立った。


「ジャックの攻撃は、止めない」


「守備役が最初に言う言葉じゃありませんわね」


 レイナが眉を上げる。


「止めるには、全方向の防御が必要だ。俺にはできない」


「できないことを堂々と言うなよ」


 ジャックが言う。


「言う必要がある。できるふりをすると、誰かがそこに立つ」


 ジャックは黙った。


 昨日起きたことが、まだ全員の中に残っている。


 無許可で撃った一発。


 俺の肩の横をかすめ、排圧板を壊した攻撃。


 助かった。


 怖かった。


 その両方を、まだ誰も忘れていない。


「止めないなら、どうするんすか?」


 ロイが聞く。


「片側だけ受ける」


 アルフは作戦板に線を引いた。


 ジャックの位置。


 標的。


 味方の位置。


 そして、ジャックの攻撃が寄りやすい危険な線。


「ジャックの攻撃は、壊してはいけないものへ寄る。味方、旗台、支え、防御の薄い場所。なら、寄ることを前提にする」


「それは昨日もやった」


 ネルが言う。


「昨日は最低出力で、怖さと軌道を確認した。今日は、逸らす」


「逸らす?」


「俺の一方向結界は、正面から受け止めると割れる。横から片側だけ受ければ、軌道を曲げられる」


 アルフは線の片側に短い壁を書いた。


 全体を防ぐ壁ではない。


 攻撃の横腹に触れる壁。


「ジャックの攻撃を安全に止めるのではなく、壊すべき場所へ押し出す」


 部屋が静かになった。


 コレットが作戦板を見つめる。


「壊すべき場所……」


「ラグエッジの旗イエロウは危険へ寄る。試合では、こちらの攻撃、相手の罠、壊れかけの足場、全部に寄るはずだ」


 アルフは次の図を描く。


 黄色い旗。


 危険発生点。


 ジャックの攻撃。


 一方向結界。


 そして、罠。


「相手はおそらく、ジャックの攻撃を味方か旗台へ寄せる。ラグエッジなら、その危険をわざと見せるはずだ」


 サラが部屋の端で口笛を吹いた。


 彼女はラグエッジ側の人間だが、練習の監督として同席している。


「ひどい言い方だね」


「間違いか」


「合ってる」


 サラは悪びれない。


「うちは相手の危険な癖を試す。ジャックなら、味方の近くへ撃たせる配置は絶対に作る」


「副長が言い切りますの?」


 レイナが呆れる。


「言い切る。隠すほうが失礼だから」


「失礼の基準が荒いですわ」


 サラは笑った。


 ジャックは笑わない。


「つまり」


 彼は作戦板を睨む。


「俺が撃つと、向こうは俺に一番壊しちゃまずいところを見せる」


「そうだ」


 アルフが頷く。


「そして、お前の魔法はそこへ寄る」


「最悪だな」


「だから、そこへ行く前に片側だけ受ける」


 アルフは短い線を叩いた。


「攻撃を完全に止めると、お前の魔力は反発して別の危険へ跳ねる可能性がある。だが、片側だけ受ければ、流れを残したまま方向を変えられる」


「それ、結界が割れたら?」


 ネルが聞く。


「割れる」


「前提?」


「前提」


「守備役が言う言葉じゃない、その二」


 ロイが小声で言う。


 アルフは気にしない。


「結界を壊される場所を先に決める。結界が壊れた破片も、軌道を逸らす材料にする」


 ガレスが少し顔を上げた。


「壊す場所を選ぶ」


「そう」


 アルフは頷く。


「フォルジアでガレスがやったことに近い。ただし、今回は攻撃を壊すのではなく、壊れる防御で攻撃を曲げる」


 ガレスはしばらく考えた。


「嫌だな」


「同感だ」


「でも、できる」


「同感だ」


 ジャックが二人を見比べる。


「お前ら、嫌な作戦の時だけ息合うな」


「必要だから」


 ガレスが言う。


「必要だ」


 アルフも言う。


 コレットが作戦板へ近づいた。


「リスクは三つあります」


 彼女は小さな字で書き込む。


「一つ。結界が割れる方向を読み違えると、攻撃が味方側へ跳ねる。二つ。ジャックくんが結界を壊してはいけないものと認識すると、攻撃がアルフくん自身へ寄る。三つ。イエロウが攻撃ではなく割れる結界へ寄ると、旗の位置が読めなくなる」


「全部嫌だな」


 ジャックが言う。


「はい」


 コレットは頷いた。


「だから、練習します」


「またそれか」


「またそれです」


 アルフは自分の手首に結界符を巻き直した。


 彼の表情はいつも通り静かだ。


 でも、俺にはわかった。


 少し緊張している。


 アルフは自分が守れない場所を知っている。


 その上で、守れない場所に仲間を立たせる。


 それは、守る側にとっても怖い。


「アルフ」


 俺が呼ぶ。


「何だ」


「怖いか」


「怖い」


 即答だった。


 ジャックが少し驚いた顔をする。


 アルフは続けた。


「怖いから、線を引く」


「お前、それ気に入ってるだろ」


「便利だから」


「便利って言葉も流行ってるな」


 リリィが言う。


「この部は語彙が偏りますね」


「リリィは毒舌ばかりだろ」


「多機能毒舌です」


「何が違うんだ」


「用途です」


 グレイが同意するように鳴いた。


 少し笑いが起きる。


 その笑いの間に、コレットは次の練習手順を書き終えた。


 一、ジャックは発射前に標的を宣言する。


 二、ロイは五音合図。


 三、ルカは風前確認。


 四、ネルは緊急瞬間移動役として、ただし初回は動かない。


 五、アルフは結界を攻撃の正面ではなく側面へ置く。


 六、ガレスは壊れた結界板の回収位置を確認。


 七、イエロウは誘導線外。


 八、怖さを言葉にしてから次へ進む。


「八番、作戦手順なんすか」


 ロイが聞く。


「はい」


 コレットは真剣だった。


「言わない怖さは、次の攻撃でずれます」


 ジャックが頭をかいた。


「面倒な部に入ったな」


「今さらですわ」


 レイナが即答する。


「もう何度も言っています」


 作戦室から練習区画へ移動する途中、イエロウが窓の外でこちらについてきた。


 黄色い裂け旗は、壁の向こうを滑るように動く。


 まるで、作戦を聞いていたみたいだ。


「あれ、入れないんだよな」


 ジャックが言う。


「初回は入れません」


 コレットが答える。


「ずっと見てるぞ」


「見られるだけなら、まだ危険ではありません」


「ほんとか?」


 窓の向こうで、イエロウが黄色い端を揺らした。


 ジャックは嫌そうに目を細める。


「嫌な旗だ」


「もう聞き飽きた」


 ネルが言う。


「嫌なものは何度言っても嫌だろ」


「でも逃げないんでしょ」


「逃げる理由がない」


「信じる理由は?」


 ジャックは黙った。


 ネルの問いは短いが、逃げ道がない。


 逃げないことと、信じることは違う。


 昨日、ネルが言った言葉だ。


 ジャックはまだ、その違いの前に立っている。


 第二練習区画には、昨日より大きい標的板が置かれていた。


 その横に、壊していい罠の模型。


 ラグエッジが貸してくれた練習用の危険装置だ。


 危険装置を貸す学校。


 言葉だけ聞くと最悪だが、作りはしっかりしている。


 一定以上の魔力が当たると赤く光るだけで、爆発はしない。


 ただし、赤い光はかなり不快だ。


 人間の視線を引くように作られている。


「相手は本番で、こういう目立つ危険を置く」


 サラが説明する。


「危ないぞ、壊しちゃまずいぞ、って顔をした罠。イエロウは近づくし、危険な攻撃も寄りやすい」


「悪趣味ですわ」


 レイナが言う。


「褒め言葉」


「言っていませんわ」


「知ってる」


 標的板。


 赤い罠模型。


 ジャック。


 アルフ。


 俺。


 ネル。


 白線が引かれる。


 昨日と違うのは、アルフの結界位置だ。


 彼は攻撃の真正面に立たない。


 少し横。


 危険な線に触れるだけの位置。


「その位置、怖くないか」


 ジャックが言う。


「怖い」


 アルフが答える。


「ずっと怖いって言うな」


「必要だから言う」


「撃ちにくいだろ」


「撃ちにくくする」


 アルフは短く言った。


「撃ちやすいままなら、昨日の無許可攻撃に戻る」


 ジャックの顔が固まる。


 痛い言葉だ。


 でも、アルフの声は責めていない。


 ただの事実として置いている。


「撃ちにくい中で撃つ。だから、味方の位置を確認する」


 アルフは自分の足元の線を指した。


「俺はここにいる。お前の攻撃の正面ではない。側面だ。結界は左から右へ押す。割れるなら外側。破片はガレスが拾える方向へ飛ばす」


 ガレスが頷く。


「拾う」


「ルカは?」


 アルフが聞く。


「攻撃予想線から二歩。風前確認。異常があれば止める」


「ネル」


「ルカが動けなくなったら引っ張る。アルフが割れ方を読み違えたら、標的板側へ瞬間でずらす。初回は動かない」


「ロイ」


「五音合図。異常時は長音一回」


「コレット」


「全体停止権限を持ちます」


 コレットが言った。


「私が止めると言ったら、理由を聞く前に止めてください」


「了解」


 全員が答えた。


 ジャックだけが少し遅れて頷く。


「……了解」


 その遅れが、逆に大事に見えた。


 雑に流していない。


 自分が止まることを、ちゃんと飲み込んでいる。


「一回目」


 コレットが言う。


「出力は最低。目的は軌道確認。ジャックくん、宣言を」


 ジャックは息を吐いた。


「標的板を狙う」


「ロイくん」


 一音目。


 配置確認。


 二音目。


 防御方向確認。


 アルフが結界符を構える。


 三音目。


 風前確認。


 俺は空気を見る。


 昨日より重い。


 理由はわかる。


 アルフの結界が、攻撃を受ける気配を先に出している。


 ジャックの魔力が、それに反応している。


 壊してはいけないもの。


 結界。


 守るもの。


 壊れたら困るもの。


 ジャックの魔法は、そこへ寄る。


「風前確認」


 俺は言った。


「アルフ側へ寄りあり。許容内。ただし昨日より強い」


 ジャックの目が少し動いた。


 アルフは頷く。


「想定内」


 四音目。


 発射許可待ち。


 コレットが全員を見る。


 誰も止めない。


 五音目。


 発射。


 ジャックの魔力弾が走った。


 昨日より、はっきりアルフ側へ寄る。


 結界を壊そうとしている。


 薄い一方向結界が、攻撃の側面に触れた。


 止めない。


 受ける。


 片側だけ。


 ぱき、と嫌な音がした。


 結界にひびが入る。


 ジャックの顔が歪む。


 攻撃がさらにアルフへ寄ろうとする。


 アルフが一歩も動かない。


 俺は止めかけた。


 コレットも息を吸った。


 その瞬間、結界が割れた。


 ただし、外側へ。


 ガレスのいる方向へではなく、その手前の空白へ。


 破片が散り、魔力弾の片側を押した。


 軌道が曲がる。


 標的板の中央ではない。


 赤い罠模型の端。


 壊すべき場所へ。


 ばん、と音が鳴る。


 罠模型が赤く光り、すぐに消えた。


 成功。


 そう言っていいはずだった。


 でも、誰もすぐには言わなかった。


 アルフの結界符が一枚、焼け落ちていた。


 ジャックは撃った姿勢のまま、アルフを見ている。


「今の」


 彼の声が低い。


「お前に寄った」


「そうだ」


 アルフが答える。


「お前、動かなかった」


「動くと、さらに寄る」


「割れたぞ」


「割る場所を決めた」


 ジャックが歯を食いしばった。


「お前ら、なんでそういうことを平気で」


「平気ではない」


 アルフは言った。


 その声が、少しだけいつもより硬かった。


「怖い。だが、今のは使える」


 ジャックは言い返さない。


 俺はアルフの手を見た。


 少し震えている。


 ほんの少し。


 彼はそれを隠さなかった。


 ジャックにも見えている。


「アルフ」


 コレットが近づく。


「手、確認します」


「火傷はない」


「確認します」


「わかった」


 アルフは素直に手を出した。


 結界符の焼け跡はあるが、皮膚は無事だった。


 コレットが息を吐く。


「一回目、成功。ただし継続不可です。結界符交換。次は休憩後」


「今ので終わりか?」


 ジャックが聞く。


「休憩後です」


「続けるのかよ」


「続けます」


 コレットはジャックを見る。


「ただし、怖かったことを言ってからです」


 ジャックは顔をしかめた。


 全員の視線が集まる。


 彼はしばらく黙っていた。


 そして、吐き捨てるように言った。


「アルフに当たると思った」


 アルフが頷く。


「俺も思った」


「思うな」


「事実だ」


「事実なら何でも言っていいわけじゃねえだろ」


「今は言う手順だ」


「最悪の手順だな」


 ジャックは顔をそらした。


「……もう一つ」


 コレットが静かに待つ。


 ジャックは小さく続けた。


「当たりそうになった時、止めたかった。でも止めたら、変な方向に跳ねる気がした。だから、止められなかった」


 部屋ではない。


 練習区画だ。


 ラグエッジの生徒たちも遠くから見ている。


 それでもジャックは言った。


 怖かったことを。


 自分が止められなかったことを。


 それは、危険砲という通称からは一番遠い言葉だった。


「記録します」


 コレットが言う。


「ジャックくんは、攻撃中に止めるより、撃つ前の合図と撃った後の逸らしに意識を置く。途中で止めさせる作戦は使いません」


 アルフが頷いた。


「同意する。途中停止は危険」


「じゃあ、撃つ前に止めろってことか」


 ジャックが言う。


「そうだ」


 俺は答えた。


「撃ったら、俺たちも最後まで付き合う」


 ジャックが俺を見る。


「付き合うって言い方、軽いな」


「重く言うと、お前が嫌がるだろ」


「軽くても嫌だ」


「どっちにしろ嫌か」


「嫌だ」


 でも、拒否ではなかった。


 それがわかるくらいには、俺たちはジャックの嫌だを聞き慣れてきた。


 練習区画の入口で、イエロウが誘導線の外から揺れている。


 今の攻撃で、危険が罠模型へ逸れた。


 旗はそれを見ていた。


 危険なものへ寄る旗が、壊すべき危険へ向かう軌道を見た。


 黄色い端が、少しだけ震える。


 クララがつぶやいた。


「覚えていますね」


「旗が?」


 俺が聞く。


「はい。今の道を、危険の道として覚えた可能性があります」


「それは困るのか」


「困ります」


 クララは頷いた。


「でも、使えるかもしれません」


 最近、そればかりだ。


 困る。


 怖い。


 嫌だ。


 でも、使える。


 第七部の作戦は、いつも気持ちのいい言葉だけではできていない。


 ジャックはイエロウを見て、低く言った。


「あの旗も、今のを見たのか」


「見てたな」


 俺が言う。


「嫌な旗」


「知ってる」


 ジャックはアルフへ視線を戻した。


「次、もっと遠くに立て」


「無理だ」


「なんで」


「結界が届かない」


「じゃあ結界を伸ばせ」


「伸びない」


「役に立たねえな」


「一方向だけなら役に立つ」


 ジャックは少し黙った。


「……さっきは、立った」


「何が」


「役に」


 アルフは瞬きをした。


 ジャックはすぐに顔をそらす。


「一回だけだ。調子に乗るな」


「記録する」


「するな」


「重要だ」


「重要じゃねえ」


 ロイが笑いをこらえきれずに吹き出した。


 ネルも笑った。


 コレットは少しだけ笑ってから、作戦板に書いた。


 ジャック攻撃。


 アルフ一方向受け。


 壊すべき罠へ逸らす。


 怖さは残る。


 合図前に止める。


 撃った後は、信じて最後まで通す。


 その一行を見て、俺は思った。


 ジャックはまだ、仲間に守られることを嫌がるだろう。


 アルフが自分の攻撃を受けることも、きっと腹が立つ。


 でも、今の一発で、ただ危険なだけではない道が見えた。


 攻撃は止めなくていい。


 一方向だけ受ければ、壊してはいけないものから逸らせる。


 そして、壊すべき罠へ届く。


 第七部のジャックの使い方が、初めて作戦として形になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ