表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
128/165

第127話 壊させる罠

 フォルジアの競技場は、工房だった。


 ただ広いだけの競技場ではない。


 床には交換式の金属板。


 壁には工具棚。


 観客席の下には部品庫。


 競技区域の四隅には、小さな炉と水槽が置かれている。


 中央には、破片旗クラムが静かに揺れていた。


 錆びた赤の旗布。


 壊れた歯車。


 焦げた魔力管。


 守って割れた結界板。


 昨日ガレスが外枠だけを壊して守った炉心固定具の欠片。


 それらをまとい、クラムは少し重そうに揺れている。


 ガレスが昨日言った通りだ。


 重くなるぞ。


 クラムは、それでもいいと言うように鳴った。


 今日も、からん、と。


 正式試合は明日。


 今日は事前観察と、フォルジア側の競技設備説明だった。


 案内役はリューネ教師ではなく、フォルジア代表の主将だった。


 名前はオルド・ハース。


 背が高く、肩幅が広い。


 腕には分厚い防護具。


 髪は短く、額に小さな火傷の跡がある。


 いかにも工房の人間という感じだ。


「カルミア第七部。昨日はうちの解体場で見事だったらしいな」


 オルドはガレスを見る。


 声は明るい。


 だが、目は測っている。


 ガレスの手。


 工具箱。


 破壊魔法の使い方。


 リューネ教師の目とは違う。


 職人の目ではなく、対戦相手の目だ。


「外枠だけ砕いたって?」


 ガレスは頷く。


「炉心は残した」


「いい腕だ」


 オルドは笑った。


「なら、明日は助かる」


「助かる?」


 俺が聞く。


 オルドは競技場を指した。


「フォルジアの試合は、よく壊れる。仕掛けも、足場も、罠も。壊していいものと駄目なものを見分けないと、旗に届かない」


 それは、ガレス向きに聞こえる。


 でも、俺は少し引っかかった。


 壊していいものと駄目なもの。


 それを相手がわざわざ説明する時、だいたい罠がある。


 アルフも同じことを思ったらしく、競技区域をじっと見ていた。


「罠、ありますね」


 クララが小声で言う。


「見えるのか」


「古代式ではなく、工房式です。現代の仕掛けなので読めるというより、配置が変です」


 クララが現代式を読めないことは変わらない。


 でも、旅の中で彼女は「読めない」ものも見方を覚えつつある。


 配置。


 違和感。


 許可。


 止まる場所。


 そういうものから判断する。


 オルドは俺たちを競技区域の端へ連れていった。


 そこには、壊れかけたように見える小さな橋があった。


 金属板を組み合わせた可動橋。


 下には浅い水路。


 橋の中央に、赤い印がある。


「これは?」


 ネルが聞く。


「破壊誘導橋」


 オルドが答える。


「赤い印を壊すと橋が落ちる。だが、落ちた橋の破片をクラムが拾うと、旗が重くなる。重くなれば捕まえやすい」


「壊せば有利?」


 ロイが言う。


「一見な」


 オルドは笑う。


 一見。


 やっぱり罠だ。


 ガレスは橋を見ている。


 赤い印。


 金属板のつなぎ目。


 水路の深さ。


 橋を支える軸。


 彼の目が、どこを壊せばいいかではなく、どこを壊してはいけないかを追っているのがわかった。


「落とすと、水路が塞がる」


 ガレスが言った。


 オルドの目が少し動く。


「よく見たな」


「塞がると、逃げ道が消える」


「そうだ」


 オルドはあっさり認める。


「橋を落とすとクラムは重くなる。だが、水路の逃げ道が消える。旗は重くなる代わりに、予測不能な陸路へ移る」


「つまり、捕まえやすく見せて逃げ方を変える罠」


 アルフが言う。


「正解」


 オルドは楽しそうだった。


 彼は罠を隠すというより、見抜けるか試している。


 フォルジアらしい。


 壊す判断を問う街。


「次」


 彼は別の区画へ案内する。


 そこには、壊れた防壁発生器が三つ並んでいた。


 どれも同じように見える。


 ただし、一つだけ、わざとらしく火花を散らしている。


「壊れた発生器」


 オルドが言う。


「クラムは壊れたものを集める。発生器を砕けば破片に寄る。旗を誘導できる」


「でも?」


 リリィが先に言った。


「でも、火花を散らしてるやつは囮だ」


 オルドは笑う。


「派手に壊れて見えるものほど、実は危なくない。静かに壊れているものほど、触ると爆ぜる」


 ジャックが眉をひそめる。


「嫌な作りだな」


「工房では普通だ。派手に煙を出してる故障は、意外と逃げ道がある。静かな故障は、内側で詰まってる」


 ガレスは三つの発生器を見ている。


 火花の派手なもの。


 外装が割れたもの。


 ほとんど無傷に見えるもの。


 彼の視線は、無傷に見える発生器で止まった。


「真ん中」


 オルドが頷く。


「当たり。静かに詰まってる」


「壊すなら?」


 ガレスが聞く。


「聞くのか」


「観察だ」


 オルドは少し笑い、答えた。


「外装ではなく、背面の逃がし弁。そこだけ砕けば爆ぜない」


 ガレスは発生器の背面を見る。


 頷く。


「壊す場所」


 ノルが部誌に書く。


 壊す場所を選ぶ。


 ここまで来ると、フォルジアの競技場全体がガレスへの問題集のように見えてくる。


 ただし、答えを間違えれば大きく壊れる問題集だ。


「明日の相手は、こういう仕掛けを試合中に使うのか」


 俺が聞く。


 オルドは悪びれずに頷く。


「使う。うちは工房学院だ。作って、壊して、直す。それが競技だ」


「第七部の旗や道具も狙う?」


 アルフが聞く。


 オルドの笑みが少し深くなる。


「競技規則内ならな」


 空気が少し硬くなる。


 第七部の旗。


 古い練習旗。


 俺たちの部に残っている、忘れられた旗。


 この旅で何度も助けられ、何度も反応してきた旗。


 それを壊させようとする。


 壊してはいけないものを、壊していいように見せる。


 ガレスの破壊魔法を誘う。


 そういう試合になる。


「第七部の旗を壊したら、失格では?」


 レイナが聞く。


「直接破壊は当然反則だ」


 オルドは言う。


「ただし、自分たちの魔法で壊した場合は別だ。相手が置いた罠に乗って、自分の旗や道具を壊す。それは判断ミスとして扱われる」


「嫌なルールですね」


 リリィが言う。


「工房ではよくある。触った手の責任だ」


 触った手の責任。


 ガレスの顔が少しだけ固くなる。


 彼は、自分の手が何を壊すかを誰よりも怖がっている。


 その手の責任を、相手は突いてくる。


「ガレス」


 ジャックが低く呼ぶ。


「ん」


「明日、相手はお前に壊させる気だ」


「知ってる」


「嫌か」


 ガレスは少し考える。


「嫌だ」


 昨日より早かった。


 ジャックは少しだけ頷く。


「なら言え」


「今言った」


「試合中もだ」


 ガレスは頷く。


「言う」


 小さな約束。


 でも、大事だ。


 オルドはそのやり取りを興味深そうに見ていた。


「仲がいいな」


「今のを見てそう言うんですか」


 リリィが言う。


「工房では、喧嘩しながら直す奴らは仲がいい」


「基準が荒い」


 オルドは笑った。


 次の区画には、細い旗竿が置かれていた。


 見た目は、第七部の練習旗に少し似ている。


 古い木の芯。


 金属の補強。


 ただし、わざと弱そうに作られている。


 オルドはそれを指す。


「これは模擬旗竿。明日の試合では、相手の旗周辺に似た罠を置くことができる」


「似た罠?」


 クララが聞く。


「旗本体には触らない。だが、旗の周辺部品を壊すよう誘導する。支え、留め具、道具、足場。旗は無事でも、周りが壊れれば守れなくなる」


 周り。


 ガレスの言葉。


 周りを持つ。


 その周りを壊す罠。


 相手は、ガレスの考え方を逆手に取るつもりだ。


 旗を直接壊すのではない。


 旗の周りを壊させる。


 守るために周りを見るガレスに、周りを壊す選択をさせる。


「悪趣味」


 ネルが言った。


 オルドは肩をすくめる。


「工房競技では基本だ。物は単体で立っていない。周りを見ない奴から壊れる」


「見てる人を狙うのね」


 レイナが言う。


「見てる人ほど、迷う」


 オルドはガレスを見る。


「迷ったら遅れる。遅れたら旗が重くなる。重くなった旗は、うちが扱いやすい」


 破片旗クラムは、壊れたものを集める。


 試合中、相手は壊れるものを増やす。


 ガレスが壊すか迷う。


 壊せばクラムが重くなる。


 壊さなければ仕掛けが残る。


 そして、こちらの旗や道具を壊すよう誘導される。


 厄介だ。


 ガレスにとって、かなり厄介だ。


「リューネ先生は、これを見せていいと言ったのか」


 俺が聞くと、オルドは頷いた。


「事前観察だからな。罠の種類は見せる。試合でどう組み合わせるかは別だ」


「正々堂々嫌なことをしてきますね」


 リリィが言う。


「褒め言葉として受け取る」


「違います」


 クラムが中央で揺れる。


 からん。


 壊れた部品たちが鳴る。


 ガレスはその音を聞いている。


 ロイも聞いている。


「クラム、重い音が増えてます」


 ロイが言った。


「昨日より?」


 俺が聞く。


「はい。守った破片が入ったからかもしれません」


 ガレスが少しだけクラムを見る。


 昨日、自分が壊した外枠の欠片。


 守った破片。


 それが今、旗の音に混じっている。


「明日」


 ガレスが言った。


 みんなが彼を見る。


「クラムは、重くなる」


「壊れたものを集めるから?」


 俺が聞く。


「相手が壊す。俺も壊すかもしれない」


「壊したくない?」


 ジャックが聞く。


 ガレスは首を横に振った。


「壊す」


 その答えに、少し驚いた。


 ガレスは続ける。


「でも、壊す場所を選ぶ」


 短い。


 でも、昨日より前に進んでいる。


 壊さないのではない。


 壊す。


 ただし、場所を選ぶ。


「相手は、壊させたい場所を作る」


 ガレスは橋を見る。


 発生器を見る。


 模擬旗竿を見る。


「俺は、壊していい場所じゃなく、壊さない場所を見る」


 ジャックが少しだけ笑った。


「昨日言ったやつか」


「そうだ」


 クララが手帳に書く。


「作戦として整理しましょう。壊す対象ではなく、残す対象を先に決める」


「フォルジア相手に、かなり大事ですね」


 アルフが頷く。


「第七部の旗周り、道具、足場、逃げ道。残すものの優先順位を決める必要がある」


「クラムが集める破片も、全部悪いとは限りません」


 ロイが言う。


「守った破片なら、旗の重さが意味を持つかもしれません」


 ノルが部誌に書く。


 守った破片。


 誘われた破片。


 違う。


「違う」


 ガレスが、その文字を見て言った。


 ノルが頷く。


「書く」


「壊れたものにも種類があるんですね」


 レイナが言う。


「失敗にも種類があるように」


 彼女らしい言い方だ。


 ガレスは頷いた。


「守った破片。捨てる破片。罠の破片」


「罠の破片は?」


 ミラが聞く。


「砕く」


 ガレスの声は静かだった。


 でも、はっきりしていた。


 オルドが楽しそうに笑う。


「いいね。明日が楽しみだ」


「楽しむ試合じゃない」


 ガレスが言う。


 オルドは少しだけ目を丸くした。


 ガレスが相手にそう言うのは珍しい。


「そうか」


 オルドは笑みを引っ込める。


「なら、真面目に壊そう」


「真面目に残す」


 ガレスが返す。


 短い言葉同士が、競技場の中央でぶつかった。


 悪くないぶつかり方だった。


 事前観察が終わる頃、クラムはまた金属片を鳴らした。


 昨日より重い音。


 明日はさらに重くなる。


 壊れたものを集める旗。


 壊させる罠。


 壊す場所を選ぶガレス。


 その全部が、明日の公式戦でぶつかる。


 宿舎へ戻る道で、ガレスは工具箱を持っていた。


 俺が「持とうか」と聞く前に、彼は言った。


「帰り、頼むと言った」


「ああ」


 俺は工具箱を受け取った。


 重い。


 でも、持ち方は教わった。


 斜めにしない。


 留め具の近くを持たない。


 短い距離なら横持ちもできるが、今日はしない。


 ガレスは俺の持ち方を見て、少しだけ頷いた。


「いい」


「合ってる?」


「合ってる」


「嫌じゃない?」


 ガレスは少し考えた。


「少し」


「正直だな」


「練習」


 俺は笑った。


 ガレスが言葉を練習している。


 壊す場所を選ぶのと同じように。


 沈黙だけで持っていたものを、少しずつ周りへ渡す練習。


 明日の試合では、きっとそれが必要になる。


 相手はガレスに壊させようとする。


 俺たちは、ガレスが何を壊さないかを一緒に見る。


 工具箱は重い。


 でも、持てない重さではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ