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第123話 壊れたものを集める旗

 解体実習場は、修理実習場の地下にあった。


 階段を下りる途中で、音が変わった。


 上の修理実習場は、かちり、すう、きん、という丸い音が多かった。


 ここは違う。


 ごん。


 がん。


 ばきん。


 金属が割れる音。


 古い魔道具の外殻が外される音。


 炉の安全弁を落とす音。


 音の角が立っている。


 ロイが少し顔をしかめた。


「丸くない音です」


「でしょうね」


 リリィが言う。


「地下に降りるほど、会話も物騒になります」


 ジャックは少しだけ落ち着いて見えた。


 壊す音がする場所だからかもしれない。


 でも、ガレスは逆だった。


 歩幅が少し小さい。


 工具箱を持つ手は落ち着いている。


 ただ、目がよく動く。


 壁の亀裂。


 床に埋められた緩衝材。


 破片回収用の溝。


 避難用の扉。


 壊す場所で、どこが壊れないように作られているかを見ている。


 リューネ教師が前を歩きながら言った。


「解体実習場は、壊すための場所じゃない」


 意外な言葉だった。


「壊す音がしてますけど」


 ネルが言う。


「壊れる時に、他を壊さないための場所だ」


 リューネ教師は階段の下で振り返る。


「壊すだけなら、外で石でも割ってりゃいい。解体は、残すものを決める仕事だ」


 ガレスが顔を上げた。


 残すものを決める。


 その言葉は、彼に届いたようだった。


 解体実習場は広い円形の部屋だった。


 中央にいくつもの作業区画があり、それぞれ厚い結界で区切られている。


 古い魔力炉を分解する班。


 暴走しかけた搬送機の芯を抜く班。


 失敗作の防壁発生器を安全に砕く班。


 修理実習場と違って、部品は傷だらけだ。


 でも、雑ではない。


 壊す順番が決まっている。


 残す部品には布がかけられている。


 砕く部品には赤い印がついている。


 危険な魔力管には水を張った容器がそばにある。


 水は大事。


 ガレスが小さく頷いた。


「ここでは、破壊魔法持ちは多いんですか」


 クララが聞いた。


「多くはない」


 リューネ教師は答える。


「破壊魔法は便利だが、雑に使えば全部駄目にする。解体班に必要なのは、壊す力じゃなく、壊す場所を選ぶ目だ」


 壊す場所を選ぶ目。


 ガレスの手が、工具箱から少し離れた。


 リューネ教師はそれを見ていたのか、何も言わずに中央奥へ進む。


 そこに、一本の旗があった。


 旗竿は短い。


 布は灰色ではなく、錆びた赤。


 端には金属片のような飾りがいくつもぶら下がっている。


 近づくと、それが飾りではないことがわかった。


 壊れた歯車。


 折れた針。


 割れた結界板の欠片。


 小さなねじ。


 焦げた魔力管の輪。


 全部、壊れた部品だ。


 それらをまとって、旗は静かに揺れていた。


「工房都市の競技旗」


 リューネ教師が言った。


「破片旗クラム」


 破片旗。


 クラム。


 名前からして、壊れたものを抱えている。


 クラムは、俺たちが近づくと、金属片を小さく鳴らした。


 からん。


 かち。


 きん。


 ロイが耳を澄ませる。


「丸くないけど、嫌な音じゃないです」


「壊れた音?」


 俺が聞く。


「壊れた後の音です」


 ロイは少し考えて言った。


 壊れた後の音。


 確かに、そうかもしれない。


 壊れる瞬間の音ではない。


 壊れて、拾われて、旗にぶら下がっている音。


「クラムは壊れたものを集める」


 リューネ教師が説明する。


「競技中も、破損した部品、壊れた仕掛け、失敗作、折れた道具へ近づく。集めて、身につける。重くなれば逃げ足は鈍るが、その分、軌道が読みづらくなる」


「壊れたものを集めるって、修理するためですか」


 レイナが聞いた。


 リューネ教師は首を横に振る。


「修理はしない」


 ガレスがクラムを見る。


 修理しない旗。


 壊れたものを集めるだけの旗。


「捨てないためですか」


 クララが言った。


 リューネ教師は少し笑った。


「そう言う職人もいる」


「先生は?」


「私は、判断保留だと思ってる」


 保留。


 また、その言葉だ。


 壊れたもの。


 直すか。


 捨てるか。


 砕くか。


 残すか。


 すぐには決めない。


 破片旗クラムは、その保留を集める。


 そう考えると、少しリブランのセリオにも似ている。


 忘れられた名前を返さず、壊されないように守った灰栞旗。


 食べた文字を道にした字喰旗。


 そして、壊れた部品を集める破片旗。


 旗は、どれも単純な競技道具ではない。


「ガレス」


 リューネ教師が呼ぶ。


「近づいてみな」


 ガレスは一歩前へ出た。


 クラムの金属片が鳴る。


 からん。


 さっきより少し大きい。


 旗が、ガレスを見ているように見えた。


 目はない。


 でも、旗は見る。


 これまで何度もそうだった。


 ガレスはクラムの前で止まる。


 手は出さない。


 工具箱を持ったまま。


「触っていいのか」


 彼が聞いた。


 リューネ教師は頷く。


「今日は事前観察だ。旗が嫌がらなければ」


 ガレスは、すぐ触らなかった。


 クラムに向けて、短く言う。


「見る」


 許可を取る言葉としては短い。


 でも、ガレスらしい。


 クラムが揺れた。


 金属片が鳴る。


 嫌がってはいないように見える。


 ガレスは旗にぶら下がる小さな歯車を見た。


 片側の歯が三つ欠けている。


 焦げ跡。


 軸穴の歪み。


 たぶん、何かの小型搬送機の部品だ。


 ガレスは指を伸ばし、触れずに止める。


「これは、直さないのか」


 リューネ教師が答える。


「直せるものもある。直せないものもある。直すと記録が消えるものもある」


 ガレスの眉が少し動く。


「記録」


「どこで壊れたか。どう壊れたか。何を守って壊れたか。破片には残る」


 ノルが部誌に書く。


 破片には記録が残る。


 ガレスは、もう一つの部品を見る。


 割れた結界板。


 端が黒く焦げている。


 中央は割れているが、外枠は残っている。


「守って割れた」


 ガレスが言う。


 リューネ教師が頷いた。


「わかるかい」


「外が残ってる」


「そうだ。内側で受けた。これは訓練中に生徒を守って割れた板だ」


 ガレスは黙って結界板を見る。


 直せるかもしれない。


 でも、直すと、その割れ方が消える。


 守って割れた記録が消える。


 ガレスは修理好きだ。


 壊れたものを直したい。


 でも、ここにある破片は、直せばいいものばかりではない。


 それが彼をさらに揺らしているように見えた。


「壊れたまま残すのも、嫌ですか」


 クララが静かに聞いた。


 ガレスはすぐには答えない。


 クラムの金属片が小さく鳴る。


「嫌だ」


 ガレスは言った。


 正直だった。


「でも」


 彼は言葉を探す。


 珍しく、長く。


「捨てるよりはいい」


 クラムが揺れた。


 金属片が、からん、と鳴る。


 それは返事のようだった。


 リリィが小声で言う。


「ガレスさんと旗、会話が短すぎて逆に高度です」


「書く?」


 ノルが聞く。


「書いてください」


 リリィは即答した。


 ガレスは気づいていないのか、気にしていないのか、クラムを見続けている。


 その時、解体実習場の別区画で大きな音がした。


 がん。


 続いて、生徒の声。


「炉心固定具、外れました!」


 結界の向こうで、小さな魔力炉が揺れている。


 実習中の生徒たちが慌てて距離を取る。


 リューネ教師の顔が変わった。


「全員、下がりな」


 ブランが走る。


 魔力炉は暴走というほどではない。


 でも、固定具が外れ、炉心が作業台の上で斜めに傾いている。


 修理実習場なら、修復魔法で固定具を戻すのだろう。


 しかし、ここは解体実習場。


 炉心はすでに分解途中で、下手に魔力を流せば余計に危ない。


 リューネ教師が指示を出す。


「水槽を寄せろ。外枠を先に落とす。炉心には触るな」


 生徒たちが動く。


 でも、外枠の固定が一箇所噛んでいる。


 外れない。


 炉心がまた揺れる。


 ガレスが一歩出た。


 ジャックが反射的に彼を見る。


「行くのか」


「噛んでる」


 ガレスは短く言う。


「壊すの?」


 ミラが聞く。


「外枠だけ」


 リューネ教師がガレスを見る。


 一瞬、判断する。


 修理班には置けない。


 でも、解体班なら。


「できるかい」


「できる」


 ガレスは答えた。


 珍しく、たぶんではなかった。


 彼は炉心には近づきすぎない。


 水槽の位置を見る。


 生徒の立ち位置を見る。


 外枠の噛んだ場所を見る。


 傷を直接持たない。


 周りを持つ。


 ガレスは手をかざした。


 破壊魔法。


 黒い、小さな亀裂が外枠の一箇所に走る。


 大きく壊さない。


 砕かない。


 噛んでいた部分だけを割る。


 かん。


 外枠が外れた。


 炉心は揺れたが、水槽へ落ちる道が開く。


 リューネ教師がすぐに指示を出す。


「落とせ」


 生徒たちが外枠を引き、炉心を水槽へ滑らせる。


 じゅっ、と音がする。


 蒸気。


 でも、爆発はしない。


 解体実習場に、少しだけ沈黙が落ちた。


 ガレスは手を下ろす。


 壊した。


 でも、守った。


 外枠だけを壊して、炉心を水槽へ逃がした。


 リューネ教師が近づく。


「今のは、いい破壊だ」


 ガレスは何も言わない。


 でも、工具箱を握る手は、少しだけ緩んだ。


 ブランが息を吐く。


「助かりました」


 ガレスは頷く。


「水槽が近かった」


「水槽?」


「水は大事」


 いつもの言葉。


 でも、今は少し違って聞こえる。


 水があったから、壊した後に守れた。


 周りがあったから、破壊が守る力になった。


 クラムが、中央で揺れた。


 破片旗の金属片が鳴る。


 そして、さっき壊れた外枠の小さな欠片が、床を転がった。


 クラムがそれを拾うように、旗布を伸ばす。


 欠片が、旗の端にぶら下がった。


 新しい破片。


 壊れて、守ったものの記録。


 ガレスはそれを見る。


 直さないのか、と言わなかった。


 ただ、見た。


「今の破片」


 リューネ教師が言う。


「クラムは気に入ったらしい」


 ガレスは少しだけ目を伏せた。


「捨てないのか」


「捨てない」


 リューネ教師は答える。


「守った破片だからね」


 ガレスは何も言わなかった。


 でも、ノルが部誌に書いた。


 壊れたものを集める旗。


 守った破片を捨てない旗。


 ガレス、少し見ていた。


「少し?」


 リリィが覗き込む。


「すごく見てましたよ」


「すごく、は重い」


 ノルが言う。


 ガレスは、クラムに新しくぶら下がった破片を見ている。


 壊したのは自分だ。


 でも、その破片は捨てられなかった。


 守ったものとして、旗に残った。


 壊す魔法しか使えない手。


 修理班には置けない手。


 でも、壊す場所を選べば、残るものを守れる手。


 ガレスはまだ何も言わない。


 ただ、工具箱を一度だけ確認した。


 そして、クラムに向けて短く言った。


「重くなるぞ」


 破片旗クラムが、からん、と鳴った。


 まるで、それでもいいと答えるように。


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