5-1
「気を付けて行ってらっしゃいね」
「ロナルド様、クラリスを頼みましたよ」
「ああ。任せてくれ。行って来る」
「行ってまいります」
心配そうなモニカとアランに見送られ、クラリスはロナルドとともに馬車に乗り込む。
絶対に留守番はしないという強い意志を示したシエルとシュティーも馬車に乗り込んできた。シュティーは向かいの座席にでんと寝ころび、シエルは彼のお腹に着地する。
アランがドアを閉め、御者を務めてくれているコーディに合図を出せば、馬車はゆっくりと動き出した。
今日は、シンディと話をする日だ。とあるレストランをロナルドが貸切ってくれて、ジェフリーがシンディを連れてきてくれることになっている。
モニカとアランにも、シンディと話をしてくると手紙のことも含めて伝えてある。母の最期の言葉は伝えなかったけれど、アシュリー伯爵家と向き合いたい気持ちを伝えると心配しながらも、こうして送り出してくれた。
「そういえば、どうしてコーディ様が御者を?」
「口が堅くて、俺たちの内情を知っていて、信頼が置ける人物というと限られてくるからな。コーディなら何かあっても自分の身を守れるし、君を任せることもできる。それになぜか、コーディもどうしても同行したいと言い出してな」
「きっと心配してくださったのではないでしょうか? コーディ様はロナルド様のことをいつも一番に考えてくださっていますから」
「俺は良い部下を持ったということだな」
「はい」
クラリスが頷くとロナルドは柔らかに目を細めた。
「今日もこれをつけてきてくれたんだな」
ロナルドの手がクラリスの髪に伸ばされる。モニカがハーフアップにみつあみを加えて、可愛らしく仕立ててくれた髪には、ロナルドがくれた銀色の小鳥のバレッタがあるはずだ。
「私のお守りです」
シンディとの対話が怖くないと言えば嘘になってしまう。それはシンディに対する恐怖というよりは、そこにあるだろう真実を知るのが怖いのかもしれない。
「ロナルド様がいて下さらなかったら、私はお嬢様と向き合う事なんてできなかったから……でも」
「でも?」
「一人で立ち向かわなくてもいいって、ロナルド様やモニカさんやアランさんが教えて下さったから、だから今日、こうして馬車に乗ることができました」
「そうか。君の力になれているなら何よりだ」
甘やかすようなキスがこめかみに降って来る。くすぐったくて首をすくめればロナルドがくすくすと笑った。
「でも、立ち上がったのも、前を向いたのも君自身だ。いくら俺やモニカが手を引いたって、君が自分で立ち上がらなければ、どうすることもできない」
「はい」
その優しさに泣きそうになるのをこらえて、クラリスは微笑んだ。
「……いい子のクラリスに、もう一つ。手を出して」
そう言われて手を出せばひっくり返されて、手のひらにころんと石が転がった。いや、石ではない。これは魔石だ。
「残念ながらアクセサリーには仕立てる時間がなかったんだが、俺の魔力を込めて防御のお守りを作った」
「防御のお守り?」
「あらゆる攻撃を防いでくれる。防御魔法は水の属性だから青い魔石になるんだ。本来、俺の魔力を込めた魔石は当たり前に危険なんだが、君の魔力なら俺の魔力は大人しくなって、ただのお守りになる。二回も魔獣に遭遇しているから、作ったんだ」
「とても綺麗です」
クラリスは指でつまんで、掲げてみる。馬車の窓から差し込む日差しに魔石は、サファイアのようにキラキラしている。
「……大切に、大切にいたします」
クラリスはその魔石をぎゅっと握りしめる。
手のひらにロナルドの魔力を感じる。クラリスにとってはいつだって優しい魔力。
「とりあえず今日は、ポケットにいれておくといい」
「はい」
クラリスはデイドレスのスカートのポケットにそっと魔石を忍ばせた。今日は、色んな支えが欲しくてデイドレスも以前仕立てたロナルドの瞳の色のものを選んだ。ロナルドも騎士服ではなく、貴族らしい格好をしているのだが、彼が選んだ色はクラリスの瞳の色と同じ青だった。
ロナルドが顔を上げ、窓の外を見る。
「もうすぐ着くな」
その言葉にいくら抑え込んでも顔を出す緊張と恐怖が顔を出す。
シンディが怖いと言うより、彼女の真意を聞くのが怖い。母の「いらない」という言葉の先にあるものを、彼女が知っているかは分からないけれど、その先を聞くのも怖い。
無意識のうちに震え、握りしめられた手に大きな手が重ねられる。
「大丈夫。俺がいる」
「……はい」
クラリスは震える手をほどいてその手を握り返した。
馬車が速度を落とし、ゆっくりと止まる。少ししてドアが開けられた。
「到着しました」
「ありがとう」
ロナルドが先に降り、次にシュティーが降りた。シエルはクラリスの肩にちょこんと乗った。
ロナルドが差し伸べてくれる手を借りて、クラリスも馬車から降りる。
レストランは王都の郊外にあった。中心部よりずっと緑が多く、建物と建物の間隔も広い。
馬車は係の人が「お預かりいたします」と告げて、御者席に乗ると去っていく。
「僕は隣室で待機させて頂きますので」
「ああ。頼む」
中へ入りながらコーディが言った。
貸し切りなので、お店の中は静かだった。一階の広い店内も誰もない。
「ようこそ、フェアクロフ侯爵令息様。私は支配人のハドリーと申します。お連れ様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「ああ、ありがとう」
支配人が一礼し、案内してくれる。通されたのは二階の個室だ。
ドアの手前、ロナルドが足を止め、彼にエスコートしてもらっていたクラリスも足を止める。
「大丈夫か?」
彼の腕に掛けた震える手をロナルドが撫でながら心配そうに首を傾げた。
「は、はい。……大丈夫です」
深呼吸をして心を落ち着けて顔を上げた。
ロナルドは心配そうな顔をしていたが、クラリスの決意を受け取り、微笑んで頷いてくれた。
「……よろしいですか?」
ドアに手を掛けた支配人が少し心配そうに問いかけて来る。
「ああ。すまない、開けてくれ」
「はい。お食事はお話し合いが終わったらとのことで承っております。終わり次第、ベルを鳴らしてお知らせください」
「分かった。当初の予定通り、人払いを頼む」
「承知いたしました。最初にお飲み物だけご用意させて頂きます」
支配人がドアを開けてくれクラリスは顔を上げる。頑張ってください、と応援してくれたコーディの言葉に頷き、ロナルドとともに中へ入る。
そこにはジェフリーとトラスト、そして、アリスとレイラ、そして、シンディがいた。
シンディが好む桃色のデイドレスを身にまとっている。
「お待ちしておりました、閣下!」
ジェフリーが嬉しそうに立ち上がり、こちらにやって来る。
その背後でシンディはゆっくりと立ち上がり、クラリスに視線を向けた。青い眼差しが頭の先から足下まで見定めるのが分かった。
「お久しぶりです、クラリス嬢」
「は、はい」
シンディに意識を向けていたクラリスはジェフリーに話しかけられて、慌てて彼に顔を向ける。
「お久しぶりでございます、イアルホール侯爵令息様」
「今日もお綺麗ですね」
「ありがとうございます」
紳士らしく世辞を述べるジェフリーに家庭教師に教わった通り、微笑みとお礼を返す。
「さあ、ジェフリー。席に戻ってくれ。いつ討伐依頼が来るとも分からない身なので、申し訳ないがさっさと話をしよう」
ロナルドがそう告げると、ジェフリーは「そうですね!」と頷き、席に戻っていく。
「それでは、我々も隣室で待機させて頂きます」
「ああ。俺の事務官もいるが……」
「え! トラスト、事務官殿にできれば、あれこれお話しを」
「ジェフリー様」
トラストが笑顔で振り返れば、ジェフリーは懸命にも口を噤んだ。とにもかくにも彼は魔物や魔獣の話がしたいようだと、少し笑ってしまう。いい意味で緊張をほぐしてくれる存在だ。
「申し訳ありません、閣下」
「ふっ、かまわないさ。俺の事務官は守秘義務はしっかり守れるので気にするな」
「ありがとうございます。では」
トラストとアリスとレイラが一礼し、部屋を出ていく。未婚の令嬢であるシンディをジェフリーと二人きりにするわけにはいかないので、ここにいたのだろう。
「さあ、座ってくれ」
ロナルドが座り、そう促してからジェフリーとシンディが腰を下ろした。
クラリスも座ろうとしたが、おもむろに立ち上がったロナルドがクラリスの椅子を自分の椅子のすぐ横に置いた。
「俺が君にくっついて居たい」
「……ありがとうございます」
彼の優しさと気遣いに心からお礼を言って、クラリスはロナルドのすぐ隣に置かれた椅子に腰かけた。シュティーはテーブルの下、クラリスの足元に寝そべり、シエルは窓辺で待機することにしたようだ。ジェフリーがしっかりテーブルの下を覗いている。
支配人が冷たいハーブ水を用意してくれ、彼はその場を整えると一礼して部屋を出て行った。
四人きりになった部屋に沈黙が落ちる。
目の前に座るシンディは目を伏せていて、何を考えているかは分からない。
「早速だが今日来てもらったのは、アシュリー伯爵令嬢、君に聞きたいことがあったからだ。……この手紙の内容について」
ロナルドがジャケットの内ポケットからあの手紙を取り出してテーブルの上に置いた。
シンディは伏せていた目を上げ、それを見た。
「これを書いたのは間違いなく君か?」
「はい。ジェフリー様からのお手紙なら、受け取ってくださるだろうと思い、失礼を承知で彼に協力を頼みました」
「頼まれました」
ジェフリーがきりりとした顔で頷いた。
ロナルドが小さく笑い、中身を取り出す。
「……『フェアクロフ侯爵令息様へ 一つだけ、厚かましいと承知の上でお願い申し上げます。 どうか、私たちの父、アシュリー伯爵にだけは、あの子の存在を知られないよう、お願い申し上げます。 貴方様なら、あの狂気からあの子を守ってくださると信じております。 シンディ』」
ロナルドが手紙を読み上げる。
ジェフリーは内容は知らなかったようで、驚きと困惑を乗せた顔でシンディを振り返った。シンディは一度、目を伏せて、唇を結んだ。どう言葉を紡ぐが悩んでいる時の彼女の癖だ。
言葉が鋭いシンディだったが、大事なことを話す時はいつも、一度口を閉じる。そして、適切な言葉を探すのだ。
「…………もう知っているかと思いますが」
そう前置きしてシンディが重い口を開いた。




