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4-2



「ロナルド様!」


 エントランスのドアを出迎えてくれたアランが開けてくれた瞬間、満面の笑みのクラリスが駆け寄って来て、ロナルドは躊躇いなく腕を広げて、彼女を抱き上げ、ぎゅうっと抱きしめた。クラリスはロナルドの頭に無邪気に抱き着いてくる。


「ただいま、クラリス」


「おかえりなさいませ、ロナルド様」


「ふふっ、仲良しでなによりだわぁ」


 のんびりとモニカがこちらにやって来た。クラリスの腕の力が緩んで、ロナルドは彼女を片腕に抱えなおす。


「ただいま、モニカ」


「おかえりなさい。お疲れのご様子だけど……怪我はなさそうね」


 モニカがほっとしたように表情を緩めた。


「ああ。怪我はない。疲れてはいるが……」


「すみません、重いのに……!」


 ロナルドの言葉にわたわたとクラリスが降りようとする。


「だめだ、君を抱えていたほうが調子がいい」


 そう告げるとクラリスはぴたりと抵抗を止めた。

 それに鳥人族であるクラリスは、とても軽い。その内、抱えていることを忘れそうなほどには軽いのだ。


「魔力は大丈夫ですか?」


 アランが心配そうに問いかける。

 クラリスと出会ってから、一週間以上、遠征に行っていたのは初めてだった。


「大丈夫だ。やはり彼女の魔力を込めた魔石を身に付けていると違うな。前は三日もすると魔力がぴりぴりしていたんだが、今回は特に変化はなかった。もちろん寂しかったがな」


 ちゅっと油断しているクラリスの頬にキスをすれば、白い頬が真っ赤になった。アランが「ロナルド様!」と怒るので、さっさと逃げ出す。


「お腹が空いた。夕食にしよう」


「もう準備はできていますから、ダイニングへどうぞ」


「モニカさんを手伝うので、下ろしてくださいませ」


 そう言われてしまっては下ろさないわけにはいかないので、渋々、クラリスを下ろす。クラリスは、微笑ましそうに笑うモニカと一緒にキッチンへ行ってしまった。


「大体、ロナルド様、クラリスはまだ嫁入り前で……!」


 ここにいても仕方がないので、ダイニングへと歩き出したロナルドの後ろをアランが小言と一緒についてくる。半分だけ聞きながら、ロナルドはダイニングへ入り、着席した。 

すでにいくつかの料理はテーブルの上に準備されていて、美味しい匂いに腹の虫が鳴く。

 アランはまだぷんすかしながら文句を言っていたが、ロナルドが席に着くと食前酒をワイングラスに注いでくれた。


「……何か異変はあったか?」


 アランが小言を止めて、周囲に視線を走らせた後、口を開いた。


「ご不在の間にイライザ様の遣いが三度ほど我が家に来ようとして、結界に阻まれておりました」


「やはり来たか」


「エルマー曰く『怒り狂って暴れ回って、そりゃあもう面倒臭いご様子』とのことでしたので、おそらく抗議文でしょう」


「第二師団にもわざわざ抗議文が送られてきたから、ここに帰る前、『王家の決定に文句があるなら、この手紙を転送する』というようなことを返信しておいた。というかもうすでに一通目から、レイフとの約束通り、レイフに送ってあるんだがな」


「殿下はなんと?」


「あきれ果てて、もはや観劇するのと同じ気持ちで楽しんでる。ここまで自己中心的な人間は早々いないとお墨付きをもらったよ」


「いいのか悪いのかは分かりませんが、怒っておられないなら良いです」


「レイフは早々、怒りはしないさ。……ただ、兄上と組んで、そろそろ世代交代は実現させる」


 アランの一瞬緩んだ表情が引き締まる。


「兄上も、母の我が儘には付き合い切れないと嘆いておられたからな。それに兄上も立場上、さっさと爵位を継いだほうが色々と便利なのだろう」


「確かに。……ますます荒れそうですなぁ。弟に栄養薬でも贈ってやりましょう」


 やれやれとアランが肩をすくめる。


「不便で悪いが、モニカやクラリスだけではなくアランも、一人では出かけないように」


「かしこまりました。ロナルド様が安心してお仕事が出来るのが一番でございますから」


「ありがとう。それともう一つ……」


 まだクラリスとモニカの気配がここに近づいてくる様子はないことを確認し、懐からシンディの手紙を取り出してアランに渡す。アランは首を傾げながらも素早く中身を確認する。そして、わずかに眉を寄せた。


「これは……」


「読み終わったら返してくれ」


「ああ、はい。どうぞ……ですが、これはどういうことでしょう」


 その目は、クラリスはシンディにいじめられていたのでは、と問うてくるが、ロナルドにも真実は分からない。手紙を懐に戻して、首を横に振る。


「先日の茶会に彼女も参加していて、そこでジェフリーからと言われて渡された。まあ、中身はこれだったわけだが……探れるか?」


「いくつか伝手がございますので」


「そうか。ただ深入りはしなくていい。クラリス自身も父親に見つかってしまうことを恐れているから、慎重にな」


「承知しました」


 アランが頷いたところでダイニングのドアが開き、ワゴンを押すモニカとパンのカゴを抱えたクラリスが入って来た。


「お待たせしました」


「ロナルド様、色んな種類のパンを焼いたので、お好きなのを召し上がってくださいね」


「お、本当に色々あるなぁ」


 クラリスがロナルドの近くにパンのカゴを置いてくれる。

 家族での食事なので、基本的には自分で自分のことをする。おかわりがしたければ、真ん中に置かれている大皿から好きなだけ取り分けるのが我が家のルールなのだ。といっても、おかわりは基本、ロナルドしかしない。時々、クラリスがするくらいである。

 食前のお祈りをして、賑やかな夕食が始まる。

 これまでは、ロナルドの向かいにアラン、モニカ、クラリスと座っていたが、恋人になってからはモニカの采配で、クラリスがロナルドの横に移動した。夕食もそれだけでより美味しくなるというものである。


「俺が留守の間、変わったことはなかったか?」


「とくにはありませんが嬉しいお知らせが一つ」


 パンをちぎる手を止めて、アランがにっこり笑った。モニカもにこにこしていて、二人の視線はロナルドの隣、クラリスに向けられている。

 ロナルドもクラリスに顔を向け、どういうことだろうと首を傾げる。


「換羽期が終わって、元気になったんです」


「それは嬉しい知らせだ」


 顔が自然とほころぶ。クラリスも「モニカさんのごはんのおかげなんです」と嬉しそうに笑った。


「あとでぜひ、翼を見せてくれ」


「そりゃあもう綺麗ですよ。ね、モニカ」


「ええ。羽繕いのお手伝いをしましたけれど、あの鞘みたいのがスーッと取れるの、面白かったですねぇ」


 可愛い可愛いクラリスが元気になったとあって、アランもモニカもにこにこしていて大変すばらしいが、それどころではない単語が聞こえた。


「羽繕い?」


「そうですよ。面白いもので、羽が生えて来る時、白い筒状の組織に覆われていてですね、それを外して、中の羽をほぐすんです」


 アランが手振りを交えて教えてくれる。


「細かいところは手が届かなくて、モニカさんとアランさんが手伝ってくれたんです」


 クラリスが言った。

 きっと三人で和気あいあいと、楽しく羽繕いをしていたに違いない。


「俺も、俺もやりたかった! クラリスの羽繕い!」


「もう終わっちゃいましたから、また来年ですね」


 アランがふふんと笑った。なんて大人げない執事なのだ。


「もうないのか、その、筒状のものは」


「な、ないですねぇ。綺麗に生えそろってしまったので……」


 クラリスが申し訳なさそうに眉を下げる。


「俺だってしたかった……クソッ、魔獣めっ」


 どうしてあいつは、ここまで壊滅的に空気が読めないのだ。

 魔獣さえ出没しなければ、クラリスの膝枕で歌を聴いて、その後、彼女の美しい翼を保つ手伝いができたというのに。

 今回に至っては毒をまき散らされて、それの中和にこんなにも時間がかかってしまった。あのクソナメクジどもめ、とロナルドは奥歯を噛みしめる。


「はいはい、ロナルド様、夕食が終わったら特別にクラリスを貸してあげますから」


「本当か?」


「特別ですよ」


 うふふっとモニカが笑った。

 クラリスが「でも、洗い物が……」と眉を下げる。


「大丈夫ですよぅ。アランがいますから」


「皿洗いはかまいませんが、そうなったらロナルド様と私の可愛いクラリスが二人きりになってしまうではないですか! 未婚の男女が二人きりなど!」


「あら、わたしはロナルド様をそんな野獣に育てた覚えはないわぁ。……ね、ロナルド様」


 モニカは、いつぞやロナルドの脳裏に出てきた時と同じ笑顔(※ただし目は笑っていないものとする)で小首を傾げた。おかしい、麺棒を持つ幻影まで見えてきた。

 ロナルドは、ぶんぶんと首がもげそうなほど頷いた。アランがモニカの迫力に小さくなって気配を消している。


「それに何かあったら、シュティーが守ってくれますよ」


 モニカの言葉に何も信用されていない気がするが、主の言うことは一つも聞かないシュティーは「にゃ」と素直に返事をして、気合を入れて長い尻尾をぶんと振った。

 銀色の目はまさしくナイフだ。こいつは隙あらばロナルドを殺って、クラリスを自分のものにしようとしている。ロナルドの使い魔なのに、忠誠心が全くない。その髭の一本分さえもない。


「モニカさん、ロナルド様はお優しいですよ?」


 クラリスが少し頬を赤くしながら言った。


「ええ。モニカはそのようにお育てしましたからね」


 モニカが得意げに頷いた。


「はい。モニカさんと同じようにロナルド様はお優しいです。いつも私のことを気にかけて大事にしてくださいます」


 クラリスの言葉にモニカが、うんうんと嬉しそうに頷いている。

 アランは複雑な顔をしている。多分だが息子のように想うロナルドが褒められて嬉しい気持ちと可愛い娘のクラリスが男を褒めているのが気に食わない気持ちの狭間に居るのだろう。


「そういえばロナルド様、クラリスの翼が綺麗に生えそろったら、空を飛ぶ練習をするとかしないとか」


 複雑な狭間を抜け出したいらしいアランが話題の転換を試みてきた。


「ああ。騎士団の機能回復訓練師に相談したところ、まずは広い野原とかがいいとアドバイスをもらったよ」


「機能回復訓練師?」


 クラリスが首を傾げた。


「機能回復訓練師は、怪我をしたりすると体が思うように動かせなくなることがある。そういう時に、元通りに動くように訓練する際に指導してくれる人のことだ。鳥人族も翼を怪我したりすると飛べなくなることがあって、彼らの世話になることもあるんだそうだ」


「なるほど。ですが、クラリスはこれまで一度も飛んだことがないので、その患者の方々とは少々条件が異なりそうですが」


 アランが心配そうに言った。

 彼の言っていることも分かる。翼を怪我して飛べなくなった患者たちは、それ以前は自由に空を飛び回っていたのだ。それまでできていたことの勘を取り戻すのと、一から始めるのでは異なって来るだろう。


「そこは焦らないようにと助言をもらった。初めてのことなんだ。いきなりうまくいかなくても心配はいらないさ。クラリスは勇ましく戦う騎士ではないのだから、のんびり時間をかけて何度でも練習すればいい」


「はい。ありがとうございます」


 表情を緩めるクラリスのなんと可愛いことだろうとロナルドも目じりを緩める。


「もう少し仕事が落ち着いたら、皆でピクニックがてら練習しに行こう」


「はい」


「あら、いいですねぇ。お弁当、何にしようかしら」


「外で飲む紅茶は格別ですからね」


「私、ピクニック初めてです」


「そうなのね。とても楽しいわよ。あ、ピクニック用のワンピースも用意しないとねぇ」


「え。でもワンピースはたくさんありますし……」


「ピクニックにはピクニック用のが必要なのよ。ね、あなた、ロナルド様」


 うんうんとアランが頷き、ロナルドもうんうんと頷いておいた。クラリスは可愛いが、着飾ればより可愛いので、クラリスを可愛くさせる衣装は何着あったっていいのである。


「どんなワンピースがいいかしらねぇ。飛ぶ練習があるから、装飾は少なめがいいわね」


「色はピンク」


「紫が良いと思う」


 アランを遮り、ロナルドは宣言する。アランがキッと睨んでくるが気づかないふりをする。


「クラリスは何色が良いかしら?」


「えっ、えーっと……その」


 だんだんと白い頬を赤く染めながら、クラリスがちらりとロナルドを見て、視線を手元に落とす。


「……む、紫がいいです」


「クラリス……!」


 自分の瞳の色を選んでくれた恋人にロナルドは胸がいっぱいになる。抱きしめたいし、キスしたいが夕食中なので我慢する。

 アランが元気よく「ギィィィ」と鳴いているが、モニカは「ふふっ、恋人の色は特別よねぇ」と微笑ましそうに笑っている。

 そうして、フェアクロフ家の夕食は賑やかに、愉快に、美味しく過ぎていくのだった。



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