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2-3



 レストランにはあっという間に到着した。ロナルドがあらかじめ連絡を入れてくれていたようで、個室に案内される。もともとコース料理などではなく、好きなものを注文できるようにと頼んでいたらしく、急な増員も快く迎え入れてくれた。

 クラリスとロナルドが並んで座り、ジェフリーと侍従――トラストと紹介してくれた――が向かいの席に並んで座った。トラストは「自分は使用人ですので」遠慮したが、ロナルドが「かまわない」と笑った。


「俺は自分の乳母と執事と、そして、彼女と毎日、食卓を囲んでいるんだ。気にすることはない。好きなものを食べると良い」


 そう言われてしまえば、トラストが反論する余地はなく、トラストは「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、申し訳なさそうに座った。

 元使用人として、彼の気持ちがクラリスには分かる気がした。骨身の髄まで主人一家と自分たちは別の存在と認識しているので、同じ食卓にというのは、本当に驚くほどありえないことなのだ。

 シュティーはクッションが用意されていて、その上でくつろぎ、シエルはクラリスの肩の上だ。


「まずは食べるものを決めよう」


「はい」


 ジェフリーが頷き、メニューを広げる。

 クラリスもロナルドとメニューを一緒に覗き込む。


「ここは肉料理が美味しいらしい」


「こっち、食べてみたいです」


 クラリスは木の実と鶏肉の炒め物を指さす。


「君、木の実が好きだったか?」


「換羽期の体力回復には木の実が良いとヴィム先生が教えてくださって、モニカさんが色んなお料理を作ってくれて、どれも美味しくて……私、木の実って食べたことなかったんですが、すごく美味しいって感じたんです」


「木の実が好物だったということか?」


「そうみたいです」


 貴族はあまり木の実を食べるという習慣がない。庶民の間ではおやつに食べたり、料理に使ったりもするそうだ。モニカはモニカの祖父が木の実が大好きで、色々な調理法を祖母に教わったと言っていた。

 カリカリして、特有のコクや甘みがあって、木の実はどれもとても美味しい。


「アランさんも最初は遠慮してたんですが、今では美味しいとおやつに食べてますよ」


「へぇー……俺は、あまり好きじゃないなぁ。遠征先で食うものがなくて食べたことはあるんだが、美味しいものじゃなかった」


「モニカさんが作ってくれるのはすごく美味しいんですよ。きっとここのも美味しいはずです」


「ちゅんちゅん」


 シエルがクラリスの言葉を肯定するように鳴いた。


「なら少しもらおうかな……俺はメインはこっちのステーキにする。他はどうする?」


「サラダも食べたいです。……あ、見てください、サラダも木の実がかかっているのがありますよ!」


「ふふっ、分かったよ。あとは何がいいか……」


「これ、ロナルド様が好きそうです」


「本当だ、ならこれとこれにしよう。……どうだい? 君たちは決まったかな」


 ロナルドが顔を上げて、ジェフリーたちに尋ねた。

 ジェフリーとトラストがなぜかジェフリーは申し訳なさそうに頬を指で掻き、トラストは気まずそうに視線を外している。


「どうかしたか?」


「いえ、僕自身、もっと人間関係に興味というか、察するということをしなければいけないなと反省していたところです」


「よく分からんが相手に興味をもつのは大切なことだと俺も思う」


「ありがとうございます。……僕らは、シェフのおすすめコースというのでお願いします」


「分かった」


 ロナルドが手元に置かれていたベルをならせばすぐに店員がやってきた。ロナルドが注文をすると一礼して、部屋を出ていく。


「イアルホール侯爵令息殿。そういえば、レパードたちが出没した際、怪我をしていただろう? うちに来た時も包帯を巻いていたし、もう大丈夫なのか?」


「どうぞ、ジェフリーとお呼びください。怪我はもうなんとも。小石か何かがあの騒ぎの中で飛んできて、運悪くこめかみに。トラストが心配性で、なかなか包帯を外すのを許してくれなかっただけですから」


「では、ジェフリーと呼ばせてもらおう。元気ならよかった。俺のこともロナルドと呼んでくれ」


「いえ! 閣下は尊敬すべきお方ですので!」


 ジェフリーが力強く首を横に振った。


「本国にいた頃から、フェアクロフ侯爵閣下には、ぜひ、お話しをお伺いしたいと思っておりました。もともとエアフォルク王国は広い国土が豊かな自然を有する分、他国に比べ魔獣の発生が多く確認されています。その中で代々、魔獣討伐を専門としてきたファルベ騎士団第二師団の師団長の中で、魔力過多症という未知の病を抱えながらも最年少でその任を任され、周辺諸国にもその活躍ぶりは知れ渡っています。やはり実際に討伐する騎士たちの話を聞きたいと思っておりまして、その中でも討伐数が群を抜いている貴方様にと願っていたのです!」


 ジェフリーは一気にそこまで言ってのけた。

 クラリスは、やはりロナルドは素晴らしい騎士なのだと、彼のことだというのに自分のことのように嬉しくなった。

 しかし、ひとつだけひっかかってクラリスはロナルドを見上げた。


「……ロナルド様、皆さん、魔力過多症のことはご存知なのですか?」


 ロナルドは困ったように眉を下げて頷く。


「ああ。一応、隠してはいたんだがな……師団長に就任した折、母が勝手に公表してしまったんだ」


「勝手に?」


 クラリスが世情に疎いとはいえ、立場ある人間の病について詳細を公表することが、良策とは思えなかった。


「どこぞの高位貴族のパーティーで勝手に喋ったらしい」


「ええー」


 ジェフリーが頬を引きつらせている。


「たまたま殿下が出席していてその場で箝口令を敷いてくれたには、くれたんだが……人の口にドアはないし、もともと持病があるのは周知されていたから、あっという間に広がってしまったよ。だから、ジェフリーが知っていても、おかしくはない」


「まさかそんな事情があるとはつゆ知らず、軽々しく口にしてしまって申し訳ない」


 ジェフリーが深々と頭を下げた。

 ロナルドがゆるく首を横に振る。


「いいや、もともと、隠しきれる病でもなかった。師団長の身でありながら、部下に会うことも叶わず、俺が姿を見せられるのは魔獣討伐の時だけと、年々症状は悪化していたからな」


「でも、最近は回復されたと……」


「ああ。主治医が執念で新薬を開発してくれた。そのおかげで、こうして彼女と食事にも行ける」


 ロナルドがクラリスを振り返り嬉しそうに目を細め、クラリスも笑みを返す。テーブルの下、大きな手にそっと手を重ねれば、すぐに優しく包まれる。


「正直、母が勝手に公表したことには失望したが、どこかで同じ症状の人間がいないかと思った部分もある。なにか治療法が見つかるんじゃないか、と。……まあ、周辺諸国に知れ渡っても、なんの情報も得られなかったがな」


「もし、差支えなければどういった症状があるのか教えて頂けませんか? 僕らが知っているのは、閣下の魔力は攻撃的な性質を帯びていて、魔力が器におさまりきらないと」


「おおむね、その認識で合っている。正式名称は、過剰生成型魔力過多症。もともと魔力の性質が赤ん坊の頃から素手で触れると痛みを伴うほど攻撃だった。大人になるにつれ強さが増して、騎士団の養成所を出るころには素手で触れると火傷するほどになった。魔力が漏れ始めたのも大人になってからだな。それまでは器自体も成長に合わせて大きくなっていったが、やはり成長期を過ぎればそう成長することはな いから」


「なるほど……」


 ジェフリーが神妙な顔で頷いたところで、ドアがノックされて給仕がワゴンを押しながら入って来た。

 ロナルドとクラリスは、好きなように頼んだが一応、コース料理風に頼んでいるので、コースを頼んだ彼らに合わせて運んできてくれたようだ。

 並べられた前菜はどれも美味しそうだ。

 お互い、それぞれの食前の祈りを捧げてからカトラリーを手に取る。

 その後も運ばれてくる料理はどれも美味しくて、もちろん、木の実をふんだんに使った料理も最高だった。美味しい料理があれば会話も弾む。

 ジェフリーは本当に魔物や魔獣という生き物に詳しく、あまりその分野に明るくないクラリスにもわかりやすかった。


「ダールマン教授の研究室にいるのか。彼には時々、俺たちも世話になっているんだ。我が国の魔物生態学の第一人者だからな」


「はい。本当に素晴らしい教授で、この国へ来て良かったと僕は泣きました」


 ジェフリーが照れくさそうに笑ったが、トラストは遠い目をしている。おそらく冗談でも比喩でもなく本当に泣いたのだろう。


「ジェフリー様は、そもそもどうして魔物や魔獣に興味を持ったのですか?」


 クラリスの問いにジェフリーの眉が下がる。


「僕は幼いころから動物や魔物がとにかく好きで、暇さえあれば領地の森の中で彼らを観察していました。……ですが、ある日、領地でフレアモスが発生しました」


「フレアモス?」


「分かりやすく言えば、炎を纏った蛾だよ。成人女性くらいあって、群れで移動する。炎が森に引火して火事を引き起こすんだ。今年の春先にも討伐に行ったよ」


 ロナルドが教えてくれた。

 だから焦げていたのか、とあの頃任された制服の穴を思い出して納得する。


「うっすらとした記憶で申し訳ないが、そちらの国で十数年前に甚大な被害を及ぼしたという記録を覚えているよ」


「おそらくそれだと思います。我が領地は森林地帯の三分の一を焼失しました。隣の伯爵領は大半を失いました。あの時、風の向きが違えば、我が領も全てを失っていたでしょう」


 ジェフリーは目を伏せた。その沈黙の中に、森が焼け落ちただけではない被害の大きさが見えたような気がして、クラリスは小さく息を詰めた。


「僕らは川向こうへ逃げました。その先の丘から焼ける森が見えました、その森の上を悠然と飛ぶフレアモスは、とても美しく、しかし、恐ろしかった」


 テーブルの上で組まれた筋張った手は強く握りしめられている。


「フレアモスは、もともと、グランモスという魔虫です。グランモスは、穏やかな気質で平素はとくに害はありません。ですが、魔獣化することで、あれだけの被害を及ぼすという事実に僕は衝撃を受けました。魔獣は等しく凶暴化し、人や動物、魔物を襲うようになる。なぜ、魔獣化すると彼らは凶暴化するのか、僕はそこを紐解きたいと思うようになったんです」


「瘴気だまりに触れると人間も気が狂う……やはり瘴気だまりに何かあると俺個人は感じている」


「僕もです。魔獣化という事象の一番の謎は、この瘴気だまりにですが……そもそもこの瘴気とはなんなのか、そもそも瘴気だまり――つまり、この瘴気がなんであるかを突き止めなければ、魔獣化の謎は解けないと思っているのです」


「確かにな。浄化魔法が唯一、この瘴気だまりには作用する。浄化魔法は、なんらかの穢れを祓う。だとすればなんの穢れがそこにあるのかが分かっていないんだ」


「閣下は、実際に瘴気だまりをご覧になったことはありますか? 僕はまだなくて……」


「俺もない。俺たちは魔獣討伐専門だからな……それに出来そうな場所は分かっていても、必ずそこにできるわけではないし」


「基本的に研究に必要なのは、どの分野でも『観察』なんですが、こと、魔獣と瘴気だまりに関しては、ほぼほぼ観察は出来ませんからね」


「どちらも性質上、観察は難しいなぁ……」


 ロナルドが眉を下げ、顎を撫でているところでデザートが運ばれてきた。

 バニラアイスに砕いた木の実がかけられたそれにクラリスは顔を輝かせる。


「本当に好きなんだなぁ。可愛い」


 ロナルドが何か言ったがアイスに夢中で聞いていなかった。どうかしましたか、と顔を上げると「俺のも食べるか」とフォークで切り分けられたチョコレートケーキが差し出され、口を開ければそこに運ばれる。


「こっちも美味しいです。ロナルド様も食べますか?」


「一口貰おうかな」


 クラリスもアイスクリームをスプーンですくい、ロナルドの口へと運ぶ。

 カリカリと木のみが砕ける音が聞こえて来る。


「ん、うまいな。甘いアイスに木の実の香ばしさがあってる。しかもなんかほろ苦いこのソース……なんだろうか」


「キャラメルだと思います。牛乳を煮詰めて作るんですよ。モニカさんに教わりました」


 ロナルドが「へぇ」と感心する。


「そういえば、ジェフリーは……どうした? 何か変なものを飲みこんだような顔をして」


 ロナルドが彼らに視線を向け、首を傾げた。クラリスもつられて顔を向ければ、ロナルドの言う通り何か変なものでも飲み込んだかのような顔でスプーンを握りしめるジェフリーとトラストがいた。


「いえ、ソルベのレモンが酸っぱくて、きゅーってなってただけです」


「そうか。ところでジェフリーは、魔獣の異常個体については知っているか?」


「魔獣の異常個体!?」


 ジェフリーの顔が真夏の太陽を浴びたかのように輝いた。


「ダールマン教授からもまだそんな話は聞いたことがありませんよ! ぜひ!!」


「異常個体とはシュティーたちのことですか?」


 クラリスは後ろのクッションで寝ているシュティーを振り返る。シュティーはけだるげに目を開けたが、すぐにまた眠ってしまった。


「いいや。あれはそもそも魔獣なのかどうかも怪しい部分があるからな……。魔獣が魔物に戻ったというのも異例だし」


「では普通の魔獣に異常個体が発見されたということですか!!」


 ジェフリーがついに立ち上がった。トラストがなんとか座らせようとしているがジェフリーはびくともしない。ロナルドが苦笑しながら口を開く。


「今年の春先ぐらいから、討伐する際に同じ魔獣でも少し異なる個体が混じっていることがあるんだ」


「春? ほんのつい最近じゃないですか」


「ああ。一番最近だとランスタートルの討伐に異常個体が混じっていた。俺が討伐したんだが……まあ、この話はまた別の機会に」


「そ、そんなぁ! あ! 守秘義務とかですか!?」


「いや、退出の時間だ。個室は時間予約だからな」


 ロナルドが壁際に置かれた柱時計を指さした。ジェフリーが「ぐっ」と悔しそうに顔をしかめると「それはしょうがない……っ」と帰り支度を始めたのだった。



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