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2-1



 王都の職人街は、これまで行ったことのある広場や大通りとは、大分、雰囲気が違っていた。

かんかんと何かを打ち付ける音、金属を打っているのだろう甲高い音、木製の何かを打っている音と様々で、煙の臭いや何かが溶けた不思議な匂いもする。

 クラリスはロナルドと腕を組み、きょろきょろと辺りを見回しながら、地図を手に進むロナルドについていく。後ろからシュティーと彼の頭に乗ったシエルが付いてくる。ここまではコーディが馬車で職人街まで送ってくれた。


「ここか?」


 ロナルドが足を止めたので、クラリスの足も止まる。

 彼が見上げた先には、路地裏へ続く細長い通路があって、その入り口にカットされた宝石の意匠の看板がぶら下がっていた。


「アランが、細長い路地の奥だと言っていたから、ここだと思う。並んでは歩けなさそうだな……手を繋いでいこう」


「はい」


 クラリスは彼の腕にかけていた手を外し、ロナルドが差し出した手を握り返す。そして狭い路地をロナルドに手を引かれ、広い背中を見ながら進んでいく。シエルを乗せたシュティーものしのしとついてくる。

 奥へとどんどん進んでいくと、ぽっかりと視界が開いた。

 小さな家庭菜園のあるささやかな庭があり、その奥に小さな家が一つ、その隣りに小屋があり、そちらに表に掛かっていたものと同じ看板がかけられていた。この小屋が工房のようだ。庭には、横に枝が一本出ている棒が無造作に立っている。

 ロナルドがドアの前に立ち、ノックをすると「どうぞ」と優しそうなおじいさんの声がした。

 中へ入ると真っ白な髪に白い口髭のおじいさんが出迎えてくれた。金縁の半月型の眼鏡が彼の頭の上に乗っている。


「アランの紹介で来たんだ。俺はロナルド、こちらは恋人のクラリス」


「アランの? となるとフェアクロフ侯爵家のロナルド様ですかな?」


 ロナルドが手紙のようなものを差し出すとおじいさんが青い目を丸くしながらそれを受け取る。


「ああ。ロナルド・フェアクロフだ」


「これはこれは。アランとはもう何十年という付き合いでしてね。あ、申し遅れました、僕はクリフと申します。どうぞ以後お見知りおきを」


 皺と傷が目立つ手が差し出され、ロナルドが一瞬の躊躇いの後、そっと握手を交わした。


「アランから話は聞いておりますよ。本当にお元気になられたのですなぁ。いえ、初対面ですが、あやつは口を開けば、貴方様とモニカの話ばかりで、勝手に知った気になってしまいまして……まあ、最近はそちらのお嬢さんの話がほとんどですがね」


 どうやらアランは、頻繁に友人と交流を重ねているようだ。

 微笑ましそうに細められた眼差しにクラリスは小さく会釈を返す。

 クリフは満足そうに頷くとロナルドから受け取った手紙の封を切り、眼鏡を目元へ降ろすと中身を確認する。


「なるほど……ペンダントが入用だと」


「ああ。出来れば、この魔石をペンダントに仕立ててほしいんだ」


 ロナルドがポケットから魔石を取り出して、クリフに渡した。クリフはそれを受け取り、しげしげと眺める。


「魔力が……入っているような、いないような」


「少し特殊な魔力が入っているんだ」


「なるほど。……ふむ、とりあえず、座りましょうか。ここは狭いので、外へどうぞ」


 促されるまま外へ出る。

 先ほどは気づかなかったが、小屋の横にテーブルセットがあった。青々と何かの葉っぱが生い茂るバーゴラの下で日陰になっている。

 三人は座れそうなベンチが一つと一人掛けの椅子が一つ。クラリスはロナルドと並んで座り、クリフがクラリスたちの向かいに腰かけた。

 クラリスはかぶっていた帽子を膝へ置く。今日は夏らしい爽やかな黄緑色のワンピースに白いツバの大きな帽子をモニカと選んだ。


「あちらは、お二人の使い魔ですか?」


「ああ。デカい方は俺ので、小鳥は彼女の使い魔だ」


「ほほっ、まったりしてますなぁ」


 シュティーが日向でどべーっと寝ていて、シエルはそのおなかをベッドにして眠っている。シュティーは雪山に棲息している魔物だが、暑くないのだろうか。


「さて、ペンダントについてですが、一週間以内に欲しいと?」


「ああ。実はこのペンダントは俺の病気を治療するもののひとつなんだ。大いに面倒くさくて、感情が乱れそうな場所に行かなければならないので、身に付けていたいんだ」


「でしたら、複雑な装飾などは施さず、魔石が素肌に直接触れるほうがよろしいですかな」


「そうしてくれると助かる」


「では、いくつか見本をお持ちしますので、お待ちください」


 そう言ってクリフは一度席を立ち、小屋の中へ戻ると小さな革製の平たいケースを手に戻って来た。スケッチブックもその上に乗っている。

 テーブルの上でそれを開けば、中には数本のペンダントが並んでいる。


「クラリス、どういうのが良いと思う?」


「そうですね……素肌にくっつけるものですから、留め具がチクチクしない方がいいですよね」


「確かに、丸っこいものの方がいいかもしれん」


 クラリスとロナルドは留め具の形状やチェーンの素材や長さ、意見を出し合い、クリフがその都度、見本と一緒に持ってきたスケッチブックにデザインを書き込み、職人としての助言をしてくれる。

 そうして、なんとかデザインが決まった。シンプルなデザインでなおかつ、討伐の時もつけていたいという要望で頑丈さを重視した作りになった。


「どれくらいでできるだろうか?」


「お急ぎのようですから、五日ほどで仕上げましょう」


「無理を言ってすまないが、正直、とても助かる」


「アランの頼みでもありますから」


 クリフは穏やかに微笑んだ。


「あなた、お話しは済んだ?」


 凛とした声に振り返れば、家の方から白い髪を綺麗に結わえた背の高い老婦人がトレーを手にこちらにやって来た。


「妻のメリッサです。ありがとう、そろそろ頼もうと思ってたんだ」


「初めまして、妻のメリッサです。安物ですけれど、紅茶をどうぞ」


 そう言ってメリッサはてきぱきと紅茶を出してくれた。

 メリッサの薬指の指輪がグラスに当たって、小さな音を立てる。

綺麗なグラスに氷と一緒にレモンティーが注がれている。銀色のストローが木漏れ日の下でキラキラ光る。綺麗な琥珀色が夏にぴったりだ。


「あなた、あたしは婦人会に出かけてくるからね。夕食までには帰るから」


「ああ。分かったよ。気を付けて行っておいで」


「ええ。お客様、失礼いたします」


 メリッサは丁寧にお辞儀をすると、一度家の中に戻って小さなハンドバッグを腕に掛けると忙しそうに出かけて行った。


「職人街の婦人会の会長を請け負っていて、なかなか忙しそうですよ」


 クリフがレモンティーを飲みながら教えてくれた。


「はきはきとして、素敵な方ですね」


 クラリスの言葉にクリフは「そうでしょうとも」と嬉しそうに頷いた。アランとモニカのようにクリフとメリッサも仲の良い夫婦なのだろう。


「そういえば、アランとはどこで出会ったのか聞いても?」


「学院ですよ」


 クラリスはぱちぱちと瞬きを繰り返した。ロナルドも少し驚いている。

 彼の言う学院は、おそらく王立の学院だ。ロナルドやヴィム、コーディ、この国の貴族の令息たちが通う学校である。


「失礼だが……クリフは貴族なのか?」


「生まれは貴族でした。と言ってもしがない男爵家の三男でしたが」


 クリフがレモンティーのグラスをテーブルへ置く。


「十六歳の春、町でひったくりに遭ってしまいまして、それを助けてくれたのがメリッサでした。彼女はその時、現場近くの食堂で働いていて、ひったくり犯に食堂のメニューが書かれた看板を投げつけて、足止めをしてくれたんです。すぐに僕や他の男たちが捕まえてひったくりは騎士団に引き渡しましたよ。でも『ダサいことすんじゃないわよ!』と看板を投げつけたメリッサが格好良くて、一目惚れしてしまったんです」


 クリフの頬が赤くなる。だが、出会いを語る彼は、なんだか幸せそうだ。


「……それからは暇さえあれば彼女が働く食堂に通い詰めて、たくさんのライバルと競いながら、なんとか恋人になってもらえたんですよ」


「まあ、素敵なお話です」


 クラリスは胸の前で小さく拍手を贈る。クリフは照れくさそうに頭を掻いた。

 するとその時、ばさりと翼の開く音がしてクラリスたちは、音の方へと顔を向ける。

 鮮やかな赤い翼を広げた大きな鳥が庭へと降りて来た。庭に突き刺さっていた不思議な棒は彼の止まり木だったようだ。

寝ていたはずのシュティーとシエルがじっとその大きな鳥を見つめている。


「ああ、ルーイ、おかえり」


「ピュー」


 クリフが声をかけると、大きな鳥――ルーイは美しい声で返事をした。


「ロウムか」


「はい。学院時代、友人が家で飼育していて、その雛を譲り受けたんです。使い魔契約をしているので、もうずいぶんと長い付き合いですよ」


 どうやらルーイは、シエルやシュティーと同じく使い魔のようだ。ということは、魔鳥なのだろうか。


「ロウムは魔鳥だよ。南国に住んでいるんだ。美しい声とあの色鮮やかな羽が特徴で、愛好家も多い」


「そうなのですね」


 何でも知っていてすごいと尊敬の眼差しを向ければ、ロナルドは気恥ずかしそうに頬を指で掻いた。

ルーイは全体的に赤いが顔は青で、黄色の冠毛が生えている。長い尾羽は緑とオレンジのグラデーションで、赤い翼も先端に向かうにつれて白くなっていて、まるで宝石のように綺麗だ。


「クリフ様、ご挨拶をしてきても良いですか?」


「もちろん。ルーイは穏やかな子ですから、ご安心ください」


「気を付けて行っておいで。帽子を忘れずに」


 ロナルドが帽子をかぶせてくれた。ありがとうございます、とお礼を言ってクラリスは立ち上がり、ルーイの下へ駆け寄る。途中で背中のボタンをはずして、翼を広げれば、仲間だと思ってくれたのか、ルーイがご機嫌に翼を広げて返してくれた。


「初めまして、ルーイ。私はクラリスよ」


「ピュー」


 差し出した指をルーイが甘噛みしてくれる。


「ちゅんちゅん!」


 シエルが早速飛んできて、クラリスの肩の上で挨拶をする。のしのしとシュティーもやってきたが、シュティーはどてーっとクラリスの足下に寝そべっただけだった。

 ルーイはクリフが青年時代から一緒だと言うから、クラリスたちよりずっと年上だ。それゆえか貫禄があり、シュティーが来てもどしりと構えている。


「ピュイピューイ」


「あなた、とても綺麗な声ね。私も歌が得意なの」


 クラリスは鼻歌を口ずさむとルーイも右へ左へ揺れながら、楽しそうに囀り始めた。それにシエルも加わって、一人と二羽で合唱が始まった。




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