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本日2度目の更新です。

朝7時にはじまりの話、第1話 1ー1を更新しています。



 ロナルドは後ろ髪を引かれるどころか、もはや背中に抱き着いているんじゃないかというくらいの未練を引きずりながら、我が家を後にして、愛馬に跨り騎士団へと向かった。

 ここ数日、具合が優れなかったクラリスが熱を出してしまった。だが、同時にそれがおそらく換羽期によるものだと分かったことは、少しばかりロナルドを安心させてくれた。

 ロナルドの部下にも鳥人族が何人もいて、換羽期に入ると体調がどうやってもすぐれずに休暇を申請する者は少なくない。


「どれくらいで生えそろうものなのか、ヴィムに確認しないとな」


 騎士団に到着し、エントランスで愛馬を馬番に任せて中へと入ろうとすると、師団長、とその馬番に呼び止められる。


「どうした」


 馬番は気まずそうな顔で、そっとロータリーを指さした。

 そこに停まっている馬車に気づいて、ロナルドは盛大に顔をしかめた。

 二頭立ての立派な馬車、そのドアに刻まれた紋章には嫌なほど見覚えがあった。


「……いつから来ている? まだ帰らないか?」


「師団長の出勤時間に合わせていらして、一時間ほど待っておられます。一階の応接室にお通ししたと伝えるようにコーディ事務官から伝言です」


 ロナルドは『討伐依頼よ、今こそ来い!』と念じたが、どうでもいい時には来るくせにこういう時には来ないのが世の理なのだ。


「……ありがとう」


 とりあえずお礼を言って、ロナルドは重い足取りで中へ入り、応接室へと向かう。

 応接室の前にはコーディがいて、ロナルドに気づいて駆け寄って来た。


「クラリス嬢はいかがですか?」


「換羽期で体調を崩したらしい。今はぐっすり眠っているだろう」


「そうですか」


 コーディがわずかに表情を緩めたが、すぐに引き締められる。


「フェアクロフ侯爵夫人がお待ちです」


 ロナルドは足を止めた。応接室は防音魔法がかけられていて、ドアさえ閉まって居れば中の会話も、廊下での会話もお互いには聞こえない。ドアが閉まっているのを確認して口を開く。


「なんとか帰らせる方法はないか?」


「……いくらでも待つと、今日がダメなら会えるまで毎日通うと……」


「もう何年会ってないと思ってるんだ」


 ロナルドは今年で、二十八歳。記憶にある限り、もう二十年近く母の顔など見たことはない。病気がよくなって先日久しぶりに再会した姉が母に似ているので、浮かぶのは姉の顔ばかりで、母の顔などさっぱりと思い出せないほどだ。父などもっと会っていないので、さらに思い出せない。兄も母親似なのだ。アランが言うには、ロナルドは父親に似ているらしいが、自分の顔なのでよく分からない。


「……討伐依頼はないか?」


「残念ながら」


 クラリスから離れたくない時は空気も読まずにやって来るというのに、なんというやつだ。


「……一緒に来てくれるか? 密室に隔離されたら、何をされるか」


「もちろんです! 師団長は僕が守りますから!」


 心強いコーディの返事にロナルドはお礼を言って、深呼吸をしてからドアの前に立ち、念のためクラリスの魔力が込められた魔石を握りしめてから、ドアを開けた。

 姉よりずっと老けた夫人が、そこに座っていた。母の侍女と思われるメイド服姿の女性が二人、背後の壁際に控えている。


「あら、久しぶりね、ロナルド」


「……お久しぶりです。魔力が暴走すると危険ですので、ここで失礼します」


 ロナルドはドアを全開にしたまま、出入り口の脇に控えた。隣にコーディがちょこんと控える。


「病気は治ったと聞いているわ? 町にも自由に出かけているとか」


「町は密室ではないですから」


「それに部外者がいるなんて」


「部外者ではありません。俺の大事な腹心です。用件は何ですか? 手短にお願いします」


「薄情な息子だこと。一人で立派になったと思っているのかしら?」


 薄情はどっちだよ、と心の中で悪態をつく。

 魔力過多症を患い、人を傷つけてしまう魔力を持つ息子を恐れ、捨てたのは目の前の女だ。何がひとりで立派になった、だ。ロナルドを育ててくれたのは、痛みに耐えて乳をくれた乳母、そして、モニカとアランで、ここまで来られたのは、友人たちや理解ある教師たちや、上司や同僚、陰ながら支えてくれた兄と姉のおかげ以外の何ものでもない。

 間違ってもロナルドを見捨てた母じゃない。


「用件は何ですか?」


 あれこれ言い返せば、より長い時間、この人と対峙していなければならないと淡々と話を進めることを選ぶ。


「嫌な息子」


 ばさりと扇子を広げて母が口元を覆う。

 ロナルドは胸ポケットに入れたクラリスからもらった彼女の美しい羽根のことを考えて、なんとか心の平静を保つ。


「お茶の一つも出て来ないの?」


「用件は何ですか?」


 同じ言葉しか繰り返さないロナルドに母は、眉をひそめた。まさか感動の再会でも期待していたのだろうか。


「もちろん、結婚、についてよ。何度も何度もお手紙を出しているのに、同じ言葉しか返ってこないんですもの。病気も治ったというから、こうして直接来てあげたのよ」


「結婚に関しては、貴女の手を煩わせることはないと何度も申し上げているはずです」


「二十八にもなって、独身だなんて我が家の恥よ」


「そうですか。でしたらその恥は静かに生きて行きますので、どうかお気になさらず」


 前々からずっと考えていたことだが、やはりフェアクロフ侯爵家の籍から抜けると言うのは良い考えなのかもしれない。この人と関わらずに生きて行くのなら、家を捨てるのが一番手っ取り早い。一応、騎士爵は持っているので準貴族にはなるが、貴族の端くれとしての地位は保てる。

 それに騎士爵なら、何はどうあれ伯爵令嬢であるクラリスより身分が下になるのだから、身分差に悩むクラリスも結婚に頷いてくれるかもしれない。ますます家を捨てることが良い案に思えて来た。


「……まさか結婚しないつもりなの? これまで散々、迷惑をかけてきたのだから、せめてわたくしの言うことを聞いて、良いご縁を結び、我が家に貢献しようという考えはないのかしら?」


「ないですね」と返したかったが、母が逆上しても面倒くさいので「申し訳ありません」と言うにとどめた。


「用件は以上でしょうか? 朝礼がありますので、失礼いたします。どうぞ気を付けてお帰り下さい」


「お待ちなさい!」


 キンキンと頭に響く声に踵を返した足を止める。

 母の扇子を持つ手が震えている。間違いなくあれは怒りだろう。兄が昔から「母上はすぐに癇癪を起して、面倒くさい」と嘆いていた。


「二週間後、フェアクロフ侯爵家で茶会を開きます。貴方の婚約者候補のご令嬢たちが来てくれるのよ」


「結構で」


「時間は午後二時から。我がフェアクロフ侯爵家に相応しい家柄のご令嬢ばかりよ」


 ロナルドの返事などまるで聞こえないかのように母は勝手に話し続ける。

 本当は、心に決めた女性がいるのだと宣言したいが、この母がクラリスの存在を知れば、何をしでかすか分かったものではない。


「行かない、なんて言わないわよね? 別に来ないなら来ないで構わないわ。こちらに来るだけだから」


 それはつまり茶会のために集めた令嬢をここに連れて来ると言うことだろうか。


「それにわたくしの息子を世話してくれているんだもの。アランと……なんだったかしら、あの洗濯メイドには、とくにきちんと挨拶をしないとね」


 ふふふっと母は扇子の向こうで嗤った。

 ロナルドは拳をきつく握りしめる。

 母は、息子を育ててくれた乳母の名前さえ覚えていないようだ。アランはフェアクロフ侯爵家に代々仕えてくれている男爵家の血筋で家令まで務めた人だから名前を覚えているけれど、商家出身の下級使用人だったモニカのことは、まず同じ人間として考えていないのだ。誰もがロナルドの魔力を恐れて乳母の役目を拒否する中で、唯一、手を挙げてくれた人だ。そもそもモニカがいなければ、ロナルドは今の地位にはいなかっただろうし、最悪、生きていたかどうかも分からないのに。

 ロナルドが従わなければ、モニカに対して、危害を加える気だとありありと伝わって来る。モニカは、最近は買い物にも出かけることはないとはいえ、一応、権力と財産だけは有り余る侯爵夫人だ。どういった伝手で何をしでかしてくるかはここで軽率に判断するのは避けたい。ロナルドもできうる限りの対策は施しているつもりだが、母の人脈に優秀な魔術師がいれば、ロナルドの施した防護魔法も解かれてしまうかもしれない。


「……分かりました。では、一度だけ、その茶会に出席しましょう」


「一度で決めてくれるなら、一度でも良いけれど」


 そう何度もあってたまるものか、とロナルドは数瞬の間を置いて口を開く。


「……実は私の結婚については、非常に有難いことにとある高貴な方にお願いしてあるのです。私も師団長という立場ある身ですから、貴女の言う通り、いつまでも独身というわけにはいきませんから」


 母の眉がぴくりと跳ねる。


「二週間後、ということは招待状も出されているのでしょう。ご令嬢も準備をしておられるはずだ。ですから、貴女の面目を潰さないよう、出席して差し上げますが……以降は、何が有ろうと応じることはありません。……私は王太子殿下のご厚意を無碍にするわけにはいきませんから」


 出世をしたとはいえ、母にとっては出来損ないの息子の口からまさか侯爵家であろうと逆らうことのできない権力者の名前が出て来るとは思っていなかったのだろう。


「殿下と私は学院時代から深い縁がありまして、心優しい殿下は持病を抱える私の結婚に対して、心を砕いてくださっているのですよ。ですが、殿下は心の広い方でもありますから、母親の面子を立てるくらいは、許して下さるでしょう」


 ロナルドは嘲るように口端を吊り上げた。

 まるで目で殺そうとでもしているかのように母がこちらを睨んでくる。扇子で隠された口もとは屈辱に歪んでいるのだろう。

 だって、出てやるが、それだけ。ご令嬢たちには一切の望みはないし、次はない。と宣言されているのだ。

 傲慢な母は見下している出来損ないの息子が、自分に逆らうなんてことは、針の先ほども考えたことはないのだろうから。


「見送りはしている暇もないので、しません。勝手にお帰り下さい。失礼します」


 ロナルドは鷹揚に一礼し、コーディを連れて部屋を出る。コーディも部屋を出る前に一礼して、ドアを閉めた。

 バチンと何かがドアに当たる音がした。多分だが、扇子を投げつけたのだろう。元気で下品な人だと心の中で悪態をつく。


「……なあ、コーディ」


「はい」


 師団長室へと階段を上がりながら一歩後ろについてきてくれる事務官を呼ぶ。


「あの女、シュティーのエサにしたらまずいだろうか」


「師団長、お気持ちは分かりますが、シュティーが腹を壊しますよ。あんなアクの強いものを食べたら。というかシュティーが拒否すると思います」


 確かにあれはとても賢い魔物だ。ロナルドが食えと言ったところで、あんなものを食うわけがないと納得する。


「そうか。…………今日の予定は?」


「書類のみにしておきました。持ち出しができない必要書類だけ確認して頂けたら、報告書は持ち帰れるように準備してあります。ですから連絡が取れるようにだけして頂ければ、自宅待機で構いません」


「コーディ、来年は絶対に昇給させてやるからな」


「ありがとうございます!」


 優秀な事務官をほめたたえながら、ロナルドは階段を駆け上がり、さっさと終わらせてクラリスの下に帰ろう。

 だがしかし、魔獣とは全く空気が読めないのである。

 ロナルドが師団長室のドアノブに手を掛けた瞬間、「師団長!」と叫ぶようにロナルドを呼びながら騎士の一人が階段を駆け上がって来た。


「緊急討伐依頼です!」


「遅い!!」


「え!? す、すみません!」


 思わず叫んだロナルドに騎士が慌てて謝る。それにロナルドは「すまん、君のことじゃない」とこちらも慌てて謝り、騎士が握りしめて来た召集令状を受け取る。


「……サンダーウルフか、厄介だな。コーディ、母がどう動くか分からん以上、こちらに待機してくれ。三番隊、四番隊を連れて行く。すぐに出発準備だ」


「「はい!」」


 二人の声が揃い、騎士は階段を駆け下り、伝達へと走る。


「コーディ、できればでいいのだが、逐一、クラリスの様子を報告してほしい。それと先ほどの結婚云々の件、レイフに一応、手紙を出しておいてくれ」


「承知しました」


「では、行って来る」


「ご武運をお祈り申し上げます! お気をつけて!」


 騎士の礼でもってコーディに見送られ、ロナルドは上って来たばかりの階段を駆け下りる。母と行き会ってしまうか、とわずかに眉を顰めるも、幸い、母はさっさと帰ったようで、ロータリーに停められていたフェアクロフ侯爵家の馬車の姿はなくなっていた。

 エントランスで待っていてくれた愛馬に跨り、広場へ移動する。今回の討伐場所は遠いため転移魔法での移動に、なる。すでに魔術師たちが到着し、準備を始めてくれていた。

 それにお礼を言って、ロナルドは集まり始めた騎士たちに声をかけ、討伐準備を進めていく。

 胸ポケットに入れたクラリスの羽根をポケットの上から撫でる。初めての発熱で心細そうだったクラリスの様子を思い出し、さっさと終わらせ、さっさと帰ろうと固く決意を固めるのだった。




明日以降は毎日19時更新を予定しておりますので、よろしくお願いいたします。

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