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なかなかすっきりしない。
動けないほどではないが、なんとなく体の調子がぱっとしないというのが、ロナルドの家に戻って来て三日が経ったクラリスの状態だった。
クラリスの仕事である洗濯も裁縫も出来るのだが、疲れやすくて、食欲があまり湧かないし、気分もなんだか落ち込み気味だ。せっかく、ロナルドが用意してくれたピアノも練習したいのに、体が思うように言うことを聞いてくれないのだ。
「ちゅんちゅん」
「んにゃー」
洗濯をしようと裏庭に向かうクラリスの肩の上でシエルが、隣でシュティーが心配そうに気遣ってくれる。シュティーは器用に氷魔法で自分の背中に籠を固定して、洗濯物まで運んでくれている。
「大丈夫よ、なんだかちょっと怠いだけだもの」
大きな頭を撫でれば、ひんやりとしていて気持ちがいい。
「クラリス、おはようございます」
「アランさん、おはようございます」
廊下の向こうからアランがやって来た。
アランの手には、ロナルドの寝間着があった。何かあった時、すぐに動けるようにと分かりやすい寝間着は着ないロナルドだが、自宅では騎士団で眠る時よりラフな格好をしているとのことだ。
「ロナルド様は?」
昨夜、夕食の後だったがロナルドは帰って来ていた。いつもなら屋根の上で過ごすのだが、クラリスの体調が心配だと少し話しただけだった。
「もう先にお庭で訓練をしていますよ……ところでクラリス、ちょっと失礼しますよ」
アランがいつも嵌めている白手袋を外すと、節くれだった手はクラリスの額に触れた。
「やっぱり……クラリス、熱がありますよ!」
「え?」
思ってもみなかった言葉にクラリスは自分で額に触れてみたがさっぱりと分からない。
けれど、言われてみれば確かにシュティーの冷たさがいつもよりずっと気持ち良いと感じていることに気が付いた。
「ロナルド様! モニカ!」
アランが慌てたように二人を呼ぶ。
「どうした?」
「アラン、なんの騒ぎ?」
キッチンからロナルドとモニカが顔を出した。
「クラリス、熱があるようです」
「まあまあまあ! 大変!」
モニカが慌てて駆け寄って来て、クラリスの額に触れた。おそらく水仕事をしていたのか、モニカの手はひんやりしていて気持ちがいい。
「本当、結構熱いわ」
「客間で良いか?」
「ええ、あ! ヴィム先生に連絡しないと」
「私がして来ますから」
「じゃあ、私は看病の仕度をしますからね。シュティー、それは裏庭の入り口に置いてきてちょうだい」
クラリスの目の前で流れるようにあれこれが決まり、気が付けばクラリスはロナルドに抱えられていた。
そのまま一階の客間へと連れて行かれて、ベッドにそっと置かれた。
「大丈夫か? 気持ちが悪いとか、頭が痛いとか、喉が痛いとかは?」
「ないです……熱なんて、人生で初めてかもしれません」
「そういえば前に風邪も引いたことがないと言っていたな」
大きな手が心配そうにクラリスの頭を撫でてくれるのが心地よい。
初めての発熱でよく分からないが、頭がぼんやりしているのも熱のせいなのだろうか。
「すぐにヴィムが来てくれるからな」
「ふふっ、はい」
ロナルドの手が頭を撫でてくれるのが心地よくて自然と笑みが零れる。クラリスが笑うとロナルドが少しだけ、ほっとしたように目じりを緩めた。
それから、ロナルドと他愛のない話をしていると騎士団に所属する魔法治癒医士のヴィムが到着する。ヴィムはロナルドの魔力過多症の主治医でもあるのだ。
問診と視診を経て、服の上から当てられていた聴診器をしまいながらヴィムが口を開いた。
「もしかしてなんだけど……クラリスさん、よければ、翼を出してもらえるかな?」
「はい」
首を傾げながらもロナルドに起こしてもらい、モニカが背中のボタンをはずしてくれたので翼を出す。
「あらあら……」
ばさりと広がった翼は、その勢いを彩るかのように大量の羽が抜け落ちた。
ベッドの上に大きさも長さもまちまちの羽がひらひらと舞い落ちる。
「やっぱり……換羽期ですね」
「「「換羽期!」」」
ロナルドとアラン、モニカの声が見事にそろった。
「個人差はありますが、鳥人族は換羽期には体調を崩しやすくなるらしいんです。三日前に騎士団の鳥人族を診察したんですが、彼も換羽期でクラリスさんと症状が似ているなと……ただ彼もクラリスさんも少々季節外れですから、余計に体調が優れなかったんだと思います。その患者は春の討伐で怪我をしまして、丁度、換羽期にその影響で寝込んでいたから、それで遅れてしまったんですよ」
クラリスたちには誰か分からなかったが、ロナルドは顔が浮かんだようで「彼か」と納得している。
「換羽期……そういえば、もう何年も来ていませんでした」
「換羽期は栄養状態がかなり関係してくるから、きっとここで美味しいご飯を食べて、栄養が溜まったんだよ。ただ春から急激に環境も変わって、さらに何年も来ていなかったということだから、その反動がちょっと強く大きく出てしまっているのかもね」
「先生、熱は換羽期だからですか?」
アランが尋ねる。
「そうですねぇ、僕は鳥人族専門じゃないので断定はできませんが、その可能性は否定できません。とりあえず解熱薬と痛み止めのお薬を出しておきます。喉が痛くなったり、頭が痛くなったりしたら飲んでくださいね。解熱薬は、この後、何かお腹に少しでもいいので入れてから飲んでください。モニカさんに渡しておきますから」
「はい、お預かりしておきますね」
モニカがしっかりと受け取った。
ヴィムは「何かあったら気軽に呼んでくださいね」と告げると部屋を出ていく。クラリスがか細い声でお礼を言うと、一度、振り返って小さく笑って頷いてくれた。アランが見送りについていく。
「クラリス、体調がよくなるまでは、この部屋を使うように。屋根裏だとモニカが様子を見に行けないから心配だ」
ロナルドがクラリスの頬を撫でながら言った。モニカの心配そうな顔にクラリスは素直に頷く。それに初めての発熱で、熱を自覚した今、階段を上るのが大変そうなのだ。熱とはこんなにも体をふにゃふにゃにしてしまうものらしい。
「クラリス、何なら食べられそう?」
「……モニカさんのスープ、食べたいです。お野菜の」
「丁度、朝食用に作ったのがあるから持って来てあげましょうね。それを食べたらお薬を飲んで、今日はゆっくり休みなさい」
「でも、お洗濯が……」
「俺がしておくから心配するな」
ロナルドがそう言ってクラリスの額にキスをする。
家の主であるロナルドにさせていいわけがないのだが、熱でふわふわの頭はまともな判断ができそうになく、クラリスはとりあえず、こくんと頷いた。
モニカがスープを持ってきてくれ、ロナルドに支えてもらいながら、なんとか食べて、薬を飲む。
そこまで見届けるといつに間にか戻って来て、ベッドの横から離れそうになかったアランを「あなたがそこにいたら休めません」と引きずってモニカは部屋を出て行った。
「ほら、横になって」
ロナルドがそっとクラリスを横たわらせてくれて、ベッドに沈み込む。体が鉛のようだ。
シエルが心配そうにクラリスの胸の上で小さくなり、シュティーがベッドに顎を乗せてのぞき込んでくる。
「シュティー! ちょっと手伝ってちょーだい」
モニカの声が聞こえてシュティーが顔を上げた。
「いってあげて、わたしのぶんも、よろしくね」
「にゃん!」
任せろ、とでも言うように返事をするとシュティーは尻尾をぴんと立ててやる気満々で部屋を出て行った。
「俺の言うことは本当に何も聞かないのになぁ」
ぼやく彼の向こう、窓の外に爽やかな青い空が広がっているのが目に入る。
「……ロナルド様」
「ん?」
「おそら、とべるでしょうか」
紫色の瞳が、一瞬丸くなったあと、優しく細められた。
「そうだな、綺麗に生えそろったら、きっと飛べる。俺も練習に付き合うよ。……ところで、この羽根、きれいだから貰ってもいいか?」
ロナルドの視線がクラリスの周りに散らばる羽根に向けられる。
「……きられてるのは、はずかしいから、だめ。きれいなの、もっててください」
「ありがとう。なら……そうだな……これとこれ、もらっていいか?」
ロナルドは真剣な顔で吟味し、二枚の羽根を選んだ。
一枚は大きめの羽根、もう一枚は、小さな羽根だ。どちらも欠けておらず、色も自慢の綺麗な青色が美しくて、クラリスは「うん」と頷いた。
「小さいほうはいつもポケットに入れて、大きい方は騎士団の執務室に飾る。そうすれば書類をやる気も起きる」
「ふふっ、つれてってもらえるの、うれしい」
自分の羽根がロナルドといつも一緒にいられるなんて、とても嬉しい。布団を口元まで引き上げて、だらしなくにやけているだろうそこを隠す。
「あまり可愛いことを言わないでくれ。このまま騎士団に持って行きたくなってしまう」
笑いを含んだ柔らかい声がそう言って、柔らかな唇が額に触れた。そろそろと顔を出せば、ちゅっと唇にもキスが落とされる。
「かぜ、うつっちゃいます……!」
慌てて布団を引き上げる。
「大丈夫、俺は生まれてからこれまで風邪を引いたことはないからな。怪我をして熱を出したことはあるが……それに君のも風邪ではないってヴィムが言ってただろ?」
悪戯を思いついた子どものような顔でロナルドは得意げに言った。クラリスは「もう」と布団の下で唇を尖らせるが、恋人に甘やかしてもらうのはとても嬉しいので強く拒否できないのが悔しい。
「さて、お遊びはここまで。君が眠ったら仕事に行くよ」
「もういっても、だいじょぶ、ですよ」
「俺が大丈夫じゃない。君が寝たら仕事に行く」
「……わかりました。……て、つないでてもいいですか?」
「もちろん」
布団から出した手をすぐに大きな手が重ねられた。そのぬくもりは、初めての熱で思ったより不安を感じていたらしい心を包み込んでくれる。
「おやすみ、クラリス」
低く静かな声が夢の世界へと見送ってくれる。クラリスは、返事をしたつもりだったけれど、それがロナルドに届いたかは分からないまま、すっと引き込まれるように眠りの世界に落ちて行ったのだった。
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