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驚きの贈り物

第3部、始まります!

※同時に第1話 1-1を更新しています。

※本日は午後7時にも第1話 1-2を更新します。


どうぞよろしくお願いいたします。




「大丈夫だ、そのまま歩いて」


 クラリスはレースのリボンで目隠しをされて、ロナルドに手を引かれて久しぶりの屋敷に帰って来ていた。

 二度目の魔獣襲撃事件から早いもので一カ月が経ち、いよいよ夏は盛りを迎えていた。

 一週間ほどで騎士団から自宅へ帰れるという話だったのだが、クラリスがいつでも会える騎士団内にいるとロナルドの体調が安定するのと、二度の襲撃ですっかり過保護になってしまったロナルドが自宅により強固な防御魔法を施したいとのことで、滞在期間が最初は、もう一週間だけ伸びた。

 だが、その後、ロナルドが討伐に出かけて、自分が王都にいないのに何かあったらと思うと仕事に集中できないからここにいてくれと言われ、彼が帰って来るまでの二週間の延長、やっとロナルドが帰って来たと思ったら、疲れが出たのか今度はクラリス自身が体調を崩してしまい、さらに一週間伸びた。

 結局、騎士団には一ヶ月もの長い間、お世話になってしまった。

 そして今日、ロナルドの仕事も落ち着き、クラリスの体調もいくらか落ち着いたので、久々にこうして自宅に帰ってくることになったのだが、なぜかクラリスは到着するや否やこうして目隠しをされてしまった。ロナルドがクラリスに見せたいものがあるらしい。

 アランとモニカは、空気の入れ換えや軽い掃除のために、先に帰っていて、クラリスはロナルドとシュティー、シエルと一緒にこうして帰って来た。

 クラリスの感覚だと、エントランスを通り過ぎ、談話室も通り過ぎ、このままだと階段に差し掛かる。


「階段は危ないので、こうしよう」


「きゃっ」


 急に体が浮いて、ロナルドの頭にしがみつく。ロナルドはひょいひょいと軽い調子で階段を上がって行き、二階に到着するとそっと下ろされた。


「あと少しだ」


「なんですか? 見せたいものって……」


「それは見てからのお楽しみだ」


 ロナルドの声は弾んでいて、きっと素敵なものに違いないとクラリスも楽しくなってくる。


「さあ、部屋に着いた」


 ロナルドがノックをすれば、ドアの開く音がした。きっとアランが開けてくれたのだろう。


「手を離すが、君の隣に移動するだけだ」


 部屋へ入って少しして足を止め、ロナルドが手を離す。彼の気配が左隣に移動したのが分かった。肩の上にシエルが降りて来て、ちゅんちゅんと可愛らしいさえずりが聞こえた。


「では、外すよ」


 ロナルドがクラリスの目隠しを外してくれた。

 ゆっくりと目を開けて、クラリスは目の前の光景に息を呑み、口を両手で押さえた。


「……うそ」


 目の前にあったのは、黒く輝く立派なグランドピアノだった。

 しかも気のせいでなければ、客間だったはずの部屋が広くなっている。


「客間の壁を取り払って、二部屋を一つにして、防音魔法を施して音楽室にしたんだ。アランにはもともと相談してあって、工事の時期も決まっていたんだが、魔獣事件で騎士団に滞在することになっただろう? だからこうして驚かせようと思ったんだ」


 広い部屋にはピアノが一台、たくさんの楽譜が詰まった本棚が一つ。譜面台も一台あって、そして、きっとロナルドやモニカやアランがその演奏を聴けるようにと新たにソファセットも用意されていた。


「本当は、他にも楽器を用意したかったんだが、何がいいか分からなくて……」


「ピアノなんて、高価なもの……」


 驚きと申し訳なさとそして、心を砕いてくれる恋人の愛情への喜びと感情が嵐のようにクラリスの胸の内を掻き乱す。


「俺は君の歌が大好きだ。だからこそ、これは可愛い恋人への贈り物であると同時に才能あふれる歌姫への投資でもあるんだ。なあ、アラン、モニカ」


「はい。クラリスの歌は素晴らしいですからね。その素晴らしい歌を磨き続けていくには必要な投資です」


「クラリスは楽器も弾けるなんて、すごいわぁ」


 後ろにいた二人が傍にやって来て、手放しで褒めてくれる。

 クラリスは嬉しさと気恥ずかしさで熱くなった頬を両手で押さえる。


「どうだろう? 気に入ってくれたかい?」


 伺うようにロナルドがクラリスの顔をのぞき込んでくる。


「はい。でも、皆さんにお聞かせするには、まずは練習しないと……。母が亡くなってから一度も弾いていないから、きっと指が動かないです」


「気に入ってもらえたなら9何よりだ。だが、練習もいいが、今は一番に体調を整えることが大事だ」


「今日は元気です」


 早くピアノに触れたくて、クラリスは勢い込んで答える。ロナルドは「さすが文字より先に楽譜を読めるようになっただけはある」と苦笑をこぼす。


「では少しだけだぞ」


「少し……二時間だけですか?」


「……君の音楽の少しは長いな」


「ロナルド様の鍛錬と一緒でございますな」


 うんうんとアランが頷きながら言った。


「お勉強の二時間は長すぎると文句を言っていたのに剣の稽古は三時間でも四時間でも喜んでやっておられましたものねぇ」


 モニカがくすくすと笑い、ロナルドがバツの悪そうな顔になる。


「子どもの時の話じゃないか」


「今もそうそう変わりませんよ」


 アランの言葉にモニカが頷き、ロナルドは分が悪いと悟ったのか口を閉ざした。

 クラリスはちらりと本棚に視線を向ける。たくさんの楽譜が詰め込まれているが、ここからではなんの楽譜かは分からない。あれを確認するのも楽しみだ。


「あ、そうだ。クラリス」


 楽譜を見ようと伸ばしていた首を引っ込めてロナルドを見上げる。


「体調が安定するまでは、いつもみたいに飛び降りるのは禁止だぞ?」


「そうですね。具合が悪いといつもはなんともない着地に失敗してしまうかもしれませんし、こればかりはロナルド様に賛成です」


 ロナルドの言葉にアランがうんうんと頷いた。モニカも「それがいいわ」と心配顔だ。

 具合が悪いのに加えて怪我までして心配をかけたいわけではないので、クラリスは素直に頷く。


「それと……もし、クラリスが良ければなんだが、君のお母上の竪琴なんだが、修理に出してみないか?」


「修理?」


 思いがけない言葉にクラリスは、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「ああ。俺の部下の実家が竪琴の工房なんだ。それでピアノの職人を彼に紹介してもらって買ったんだんだが、その時に、修理も出来るかと聞いたら、出来ると言っていたから」


 クラリスの脳裏に弦が切れてしまい、年々、出せる音が減ってしまっている母の形見の大事な竪琴が浮かぶ。生前、母はあの竪琴を本当に大事にしていたのだ。


「……直したいとは思うのですが」


「信頼のおける職人なんだが、クラリスが嫌なら……」


 いえ、とクラリスは慌てて首を横に振った。


「職人さんの腕を心配しているわけじゃなくて……前にもお話ししたと思うんですが、父は母にだけ異様に執着しているって」


「ああ。……確か、他には執着がなくてお母上のことだけに興味があって、お母上が亡くなった後は遺品は全て、それこそ部屋の壁紙まで剥がして持って行ったとか……ちょっとまあ、少しばかり、あれだとは思っているが」


 ロナルドがとても言葉を選んでくれているのが伝わって来る。現にアランとモニカが大分、引いているのがその表情から伝わって来る。クラリスと目が合うと、二人は慌てて表情をなんとかしようとするので、クラリスは苦笑交じりに首を横に振った。


「私もあれは異常だと思っていますから。……あの竪琴は母が一番大事にしていたもので、絶対に父にも存在を知られないようにしていました。そして唯一、私が父から守り切った母のものなんです。壁に埋め込まれた型のクローゼットの底に隠し場所があって、さすがの父も気づかなかったようで」


「本当に他には何も、可愛い娘のクラリスにお母様のものは遺してもらえなかったの?」


 モニカが心配そうに言った。


「目に見えて、手で触れるものは、あの竪琴だけです。でも母の歌と思い出は父も私から奪うことはできませんでしたから」


 クラリスは微笑んで見せたが、モニカの眉は下がったままだ。アランがそんな妻の肩を優しく抱き寄せる。


「……万が一にも父君にバレるのが困るな」


 ロナルドの言葉にクラリスは頷く。


「はい。父は母が死んでから一度も領地から出て来てはいませんが……どこでどう話が伝わるかは分かりませんから。もし母の遺品があると分かれば、奪いに来ると思います。……私の知っている父は、そういう人ですから」


 クラリスにとっての父は母への執着がとにかく恐ろしい人だった。母の興味関心が自分以外に向くことさえも許せず、ゆえにクラリスのことは忌み嫌っていたほどだ。


「一応、確認だが修理自体は嫌は嫌じゃないんだな?」


「はい。母の大事なものですから綺麗にしてあげたいです。ただ修理費があまりにかかってしまうと払えなくなってしまうので、お金を貯めてからでもいいですか?」


「費用は心配しなくていい。俺が好きでやることだ」


「でも、ピアノだって楽譜だって……」


「恋人が大事にしているものを、俺も大事にしたいんだ」


 大きな手がそっとクラリスの頬を撫でる。その手に甘えるように頬を寄せれば、紫色の眼差しがこれでもかと優しく細められた。


「なら、私もロナルド様の大事なものをもっともっと大事にします」


「ああ。それで十分だ。竪琴の修理に関しては、もう少し色々と考えてみる」


 ちゅっと瞼にキスが降って来て、くすぐったさに首をすくめた。アランが「んぎーーーー!」と何やら鳴いているが(最近、よくこうした鳴き声を発するがモニカが大丈夫だと教えてくれた。元気な証拠らしい)、モニカはにこにこしている。


「さて、俺が戻るにはまだ時間があるし、久しぶりの我が家だから、とりあえずゆっくり茶でも飲むか」


「あら、いいですね。昨日、あちらで焼いたクッキーがありますよ。クラリスはロナルド様の相手をしてあげてね」


「それは私が! あ、うそ、本当にどこにそんな力が!?」


 ずるずると騒ぐアランを引きずって部屋を出ていくモニカにクラリスとロナルドは顔を見合わせ、声を上げて笑ったのだった。



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