2‐101虎猟り
「虎っ、虎ですか?」
新たな薬は虎でつくる。
宮廷に帰還した慧玲はただちに虎の調達を要請した。要請を受諾した鴆から「虎を獲ってこい」と命令されたのは竜劉だ。
毎度ながら危険なことばかり押しつけられて辟易しているかと思いきや、劉は威勢よく声を張りあげた。
「よっしゃああ、虎猟り、だいっ好きです! やっと、得意分野きたああぁってかんじですよ! まっかせてください!」
意気揚々と彼は小隊を連れて虎の生息地に赴き、翌朝には十頭もの虎をしとめて、宮廷に帰ってきた。
荷車に積まれた虎を慧玲は新鮮なうちに解体、赤身の肉の塊にした。
毒が疎水に混入していた段階で都の民全員が毒を飲んでいる。虎化発症の確率は低いが、全員に等しくその危険性がある。
つまりは都の民全員が患者だ。
よって鴆は布令をだし、都民はひとり残らず薬を接種するよう、義務づけた。各地域ごとに会場を設けて、接種者は戸籍で管理する。
薬はいっきに製造はできないので、順を追って接種を進めることになった。
「調薬を始めます」
慧玲がたすきを結ぶ。
側には補助として藍星が控えている。
藍星は慧玲の帰還が嬉しくて延々と泣き続け、ひと晩明けても眼を腫らしていた。比喩ではなく、後宮が沈むのではないかと想うほどの滂沱の涙だった。だが虎の解体という現場をみて、一周まわって落ちつきを取りもどしている。
「なんか、とんでもないものをみたような――あ、でも、こうなっちゃうと赤身でおいしそうですね。虎だなんて思えません」
「ですが、じつはこちらの赤身、非常にくせのある臭いがするのですよ」
「え! どれどれ……うわっ、くっちゃい」
虎は肉食だ。草だけを食む鹿や猪とは違って野趣のある味が、というか、言葉を濁さずに表現するならば、硬くて臭くて、まずい。
「なので、まずは臭みをとるために塩、紹興酒をつかいます」
赤身肉の塊に塩をたっぷりかけてから酒をまわしかけ、なじませるように揉む。臭みのもとになる血が滲みだしてきた。新たな紹興酒をそそいで虎肉を洗うと、暗めの赤だった虎肉が桃いろに変わった。
「わ、すごい。ぜんぜん臭いがなくなりましたね」
肉の塊を角切りにしてから、葱と一緒にこんがりとするまで焼く。
豚と違って脂がないので焼きすぎて硬くならないよう、こげめがついたらすぐに火をとめた。これで煮崩れることはなくなった。
「ここからが下茹でです」
「了解です。鍋に湯を沸かしますね」
「いえ、沸かすのはこちらです」
慧玲は桶いっぱいに白濁した水を持ってきた。
「なんですか、このばっちい水は」
「ふふ、米のとぎ汁です。とぎ汁の濁りはよごれではなく糠からきていて、この糠には硬い肉を柔らかくする効果があるほか、残った臭みを吸いとってくれます」
弱火で茹でてから鍋に蓋を乗せ、しばらく蒸らして、また茹でる。約二刻(四時間)にわたってこれを繰りかえした。一刻経ったところで米のとぎ汁は捨てて、熱湯と取り換え、大蒜や葱、生姜といった薬味を投入する。
藍星に鍋の番をしてもらって、慧玲は窯をつかって虎の骨を乾燥させ、砕く。
「ええっ、骨までつかうんですか」
「もちろんです。こちらは虎骨といい漢方の生薬です。骨とあわせて、爪と牙もつかいますよ。これらには四肢の筋や骨の神経痛を癒す効能がありますが、無意識下に侵入する邪気を退けるともされています。よって古くは悪夢を取り除く薬としてももちいられてきました。錯乱して意識のない状態で人を害するこのたびの都の毒は夢遊病に酷似しています。つまり、虎骨こそが最適な薬です」
砕いた虎骨は陳皮や人参、蛇胆とあわせて酒に漬ける。続けて微量ずつだが、安息香、石菖、檀香、木香、霊猫香を混ぜた。
藍星が横から意外そうに壺を覗きこむ。
「これ、御香ですよね? 香炉とかで焚くやつだとおもうんですけど」






