最終章 1-2
「あの日。
ここに利沙がいたんですね?
こんなに桜は咲いていなかっただろうなあ。
見たかったんだろうに」
「桜、ですか?」
「ええ、利沙は桜が好きでした。
よく言ってたなあ。
桜は、咲いている時には、希望を感じさせてくれるし、
散ってからも、行く先をピンクの絨毯で、エールを送ってくれるって、
だから、好きなんだって」
「希望と、エールですか?」
「そうなんです。
ずっと応援してくれるって、そう思ってたんでしょう」
「今は、何をしてるのか。どこにいるのか。
それも調べようがありません。もう、何もないので……」
「仕方ないです。利沙らしい。
でも、戸籍上はともかく、私には妹がいる。
この世界中のどこかに、必ず。
それは確かな事実です。杉原さん」
「利沙が預けられていた施設に、俊一という男の子がいて、
その子に随分優しく接していたらしいです。
確か、あなたが駿一さんですよね?
もしかしたら、ダブらせていたのかもしれませんね?
お兄ちゃん子だったと伺ったような?」
「そうですね。利沙とは良く遊んでいました。
利沙も慕ってくれていたし、それがかわいくて。
母親の目を盗んで、本当に良く遊んでいた。
でも、補導されてからは、なかなかそうもいかなくて。
もしあの時、もっと利沙といられたら、もっと話を聞いてやれたのに、
そうしたら、ここまでは、なっていなかったかも……」
「そんなに、ご自分を責めないで下さい。
そういうの、利沙は望んでいないでしょうから。
それに、利沙は元気でいてくれてると、思います。
利沙はしぶといですから、
……あっ、私が言えることではないですね?」
「ええ、元気にしています。利沙は」
杉原でも駿一でもない声がした。
いきなりの声に後ろを振り向くと、そこに女性が一人立っていた。
ちょうど公園の入り口を背にして。
「……あの、どちら様ですか?
それに利沙っておっしゃいました?」
戸惑いながら口を開いたのは、駿一だった。
いぶかしげに。
「突然すみません。
私は相田香波と言います。
少し前からお二人のお話聞かせていただいてました。
失礼を承知で」
「えっ、君は?」
「私は、利沙とは高校からの友人です。
そして、たぶん利沙と会った最後の日本人だと思います」
明らかな動揺を隠しもしないで、駿一は応じた。
「ど、どういう意味ですか?
利沙に会ったと?」
「はい、私はつい最近までIIMCにいました。
本当は口外してはいけないのですが、やっぱりお伝えしたくて」
「えっ? IIMCって……」
「IIMC。ご存じですよね?
そちらの方、警察の関係者ですか?」
「ええ。でもIIMCって、君が?」
杉原も動揺が隠せない。
なんだか女性の雰囲気がそうさせる。
隙がないのだ。
香波は一時期とはいえIIMCに所属していた。
それがIIMC独特の雰囲気を纏わりつかせていたらしい。
「はい、そこで利沙に会いました。
いえ、利沙に会いたくて、私がIIMCに入ったんです」
「利沙がIIMCにいると知っていたんですか?」
「ええ。話は長くなります。座りませんか?」
そう言うと、公園の一角にある東屋に場所を移した。
そこに移って、香波はいきさつを簡単に二人に聞かせた。
利沙戸の大学で再開したこと。
IIMCに入って利沙に再会出来たことを。
それでも、IIMCでの利沙の待遇などについては一切話さなかった。
二人には訊かれたが、そこは答えなかった。
利沙の名誉を守りたかったのもあるが、IIMCについては口外禁止だ。
たとえIIMCを離れたとはいえ、やはり口にできない。
そんな気がしている。
「……それで、利沙が元気だと?」
今まで黙って話を聞いていた杉原が、声を出した。
「はい、そう思います」
「そうか……」
そのまま、黙りこんだ。
「利沙が生きてるなら、それで……いい」
いきなりそう言って、静まり返った雰囲気を脱したのは、駿一だった。
明るく、テンション高く。無理にでもその重い空気を押し出すように。
その声で、その場は一転。三人に笑顔が戻り、そこに香波が、
「ここは、利沙の好きな公園ですか?
こんなに花が咲き溢れてる」
香波は公園を見渡しながら嬉しそうに話すと、
「そうです、きっと。
ただ、利沙はここまで花が咲いているのは見てないと思います」
「……そうなんですか。
でも、ここはいいですね。
見晴らしも、素敵」
東屋を出て、高台になった公園からの景色を眺めていた。
「でも、どうしてこの公園を?」
「利沙に聞いたんです。
IIMCで初めて利沙に会った時。
そこには殺風景な中庭があったんですが、そこで話してて、
日本には花が溢れる公園があるから、もし(日本に)帰ったら行ってみるといいって。
だから、是非来てみたくて」
「そうだったんですか。利沙から……」
なんだか温かい雰囲気が流れているように、その場が明るく照らされていた。
「花が好きだった利沙だったから。
特にこの溢れそうな桜を見せたかったんでしょうね」
香波の言葉に、駿一は頷きながら、
「きっと、そうでしょう。
でも、……利沙の周りに、桜はあるかな?
……利沙の好きな花達が、利沙を応援してくれてると、いいんですが……」
男二人と香波たちは、利沙の話をし、沈黙が時間を奏でている。
その周りには、桜のカーテンがハラハラと舞っていた。
もうすぐ、桜の季節が終わるであろう。そんな束の間。
高台に吹き抜ける風が、一度は土に触れた花びらをも舞い上げている。
ここは「ツツジ公園」




