第97話 【同窓】ヒナさんが澪と楠木さんの地上カフェを配信で紹介してくれた
【現在:開業180日目】
チリロ、チリリン。
天井のツタの上から、チルが穏やかな鈴の音を響かせた。
今日は魔石中継器のスイッチを入れた、通常通りの配信営業日だ。
オープンからちょうど半年となる百八十日目。
地下五十階層にあるこの場所の時間は、地上に比べてとてもゆっくりと流れているような気がする。
すうっ、つるんっ。
スミが『きれい!』と床を滑って磨き上げ、石の炉ではポッカが『あっためる!』と心地よいパチパチという音を立てている。
丸太の椅子の上では、コハクが仰向けになってへそ天で爆睡しており、時折「むにゃ……」と寝言のように短い鳴き声を漏らしていた。
──────【LIVE】同接:52,400──────
※探索者協会認定・第五十階層特別安全区(特区)
: うぽつー!
: コハクたんのへそ天で今日も致死量の癒やし
: グレイ店長、今日もイケメンすぎる
: 平和だなぁ。ずっと見てられるわ
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「いらっしゃい。今日も最下層カフェは、のんびりと営業中ですよ」
俺がカメラに向かって手を振り、いつものように挨拶をした、その直後だった。
ピロロロロッ!
突然、魔石中継器の接続音が連続して鳴り響き、空中に投影されている同接の数字が、異常なスピードで跳ね上がり始めたのだ。
5万2千だった数字が、一瞬で6万、7万と爆発的に増えていく。
「えっ……? な、なんだ急に!?」
俺が驚いて画面に顔を近づけると、それまでまったりとしていたコメント欄が、ものすごい勢いでスクロールし始めた。
──────【LIVE】同接:75,800──────
: ヒナちゃんの配信から来ました!!
: 蒼井ヒナちゃんが地上のカフェ紹介してるぞ!!
: 灯さん! ヒナちゃんが『深淵の雫』に行ってるよ!
: 卒業生のお店に、あのトップ配信者が!!
: 最下層カフェ繋がりでコラボみたいなことになってるww
: 澪ちゃんと楠木さんが画面越しに泣きそうになってるぞ!
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「……え? ヒナさんが? 澪ちゃんと楠木さんのお店に?」
俺は目を丸くした。
蒼井ヒナ。
言わずと知れた、登録者数十万人を超えるトップ探索者配信者であり、俺たちのカフェが世に知れ渡るきっかけを作ってくれた恩人の一人だ。
そして、澪ちゃんと楠木さんは、かつてこの店に療養枠で通い、今は地上で『アロマカフェ・深淵の雫』を共同経営している、うちの誇らしい「卒業生」たち。
視聴者からの熱いコメントを拾い読みして、俺はようやく状況を理解した。
どうやらヒナさんは今日、地上での街ブラ配信企画の途中で、探索者の間で最近話題になっているという『深淵の雫』に、アポなしでふらりと立ち寄ったらしい。
そこでヒナさんが「ここのアロマとハーブティー、どこかで……」と気づき。
澪ちゃんたちが「実は私たち、五十階層の最下層カフェの卒業生なんです。素材も灯さんたちから分けていただいていて……」と打ち明けた。
その瞬間の切り抜き動画が、今まさにSNSで爆発的に拡散され、ヒナさんの配信枠と俺の配信枠を行き来する視聴者たちで、お祭り騒ぎになっているのだという。
──────【LIVE】同接:82,100──────
: ヒナちゃんが『空気が、本物と同じ匂いがする』って絶賛してたぞ!
: 楠木さんのアロマ、ヒナちゃんも買って帰るらしいw
: 澪ちゃんが『灯さんとグレイ店長によろしく』って言ってたよ!
: 常連同士が地上で繋がってるのエモすぎる
: 店長、卒業生たち大成功してるぞ!
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「……ははっ、マジかよ」
俺は、あまりの偶然と、そしてその嬉しい報告に、たまらず声を上げて笑ってしまった。
俺の知らないところで。
地上にいる俺の恩人と、俺たちが背中を押した卒業生が繋がって、新しい笑い声を生んでいる。
なんて温かくて、優しい世界線なんだろうか。
「いやぁ……なんか、すごく嬉しいですね。ヒナさんも元気そうでよかったし、二人の地上のお店が、あんなトップ配信者に紹介されるくらい立派にやってるなんて」
俺はカメラに向かって、本当に心の底から嬉しそうに目を細めた。
「澪ちゃん、楠木さん。もし後でこのアーカイブ見てたら……ヒナさんに粗相してないか、ちょっと心配だけどな。でも、二人が元気そうで何よりです。またいつでも、遊びに来てくださいね」
俺が画面越しにメッセージを送ると、コメント欄はさらに温かい祝福の言葉で溢れかえった。
「きゅう?」
騒がしい空気を察知したのか、コハクが目を覚まして体を起こし、「なになに? おまつり?」とばかりに首を傾げている。
「はは、コハク。地上の友達が、元気にしてるってさ」
「きゅんっ!」
俺が撫でてやると、コハクはそれが「良いニュース」だと分かったのか、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回った。
ふと、カウンターの奥に視線を向ける。
これだけ配信が盛り上がり、同接が八万人を超えてお祭り騒ぎになっているというのに。
SSランクの銀狼――グレイは、全く意に介する様子もなく、ただ黙々と、明日のためのコーヒー豆の選別を行っていた。
俺たちがいちいち一喜一憂しなくても。
彼にとっては、客が立ち直って自分の足で歩き出すことなど「当然」のことなのだろう。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
重厚なミルを回す音が響く。
そして、沸かしたてのお湯を、細く、均一に注いでいく。
スッ、と。
俺の目の前に、湯気を立てる極上のまかないコーヒーが押し出された。
──『グレイ:……冷めるぞ』
「あはは。そうだな、せっかくのコーヒーがもったいない」
俺はカップを受け取り、その温もりを両手で包み込んだ。
一口飲むと、深淵珈琲の澄み切った苦味と、深く透き通るような甘みが、胸の奥までじんわりと染み渡っていく。
地下五十階層の、小さなカフェ。
ここは世界のどん底にあるけれど。
ここから地上へと伸びた見えない糸は、確実に、温かい繋がりを広げている。
「……美味いな、今日のコーヒーも」
俺は、遠く離れた地上で奮闘する同窓生たちに思いを馳せながら、ゆっくりと極上の一杯を味わった。
最下層カフェの時間は、今日も変わらず、優しく静かに流れていく。
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