第9話 【予告】公式マークの人からDMが来た(取材同行?)
【現在:開業9日目】
昨日、同接四千人を記録した配信を終え、迎えた開業九日目の朝。
端末の通知ランプが、控えめに点滅していた。
ダンジョン配信アプリ『DungeonLive』のダイレクトメッセージ。
送り主の名前を見て、俺は思わず二度見した。
『Hina_Aoi(公式):昨日の配信、とても素敵でした。もしよろしければ、一度お店を取材させていただけないでしょうか?』
蒼井ヒナ。
登録者数三十万人超のトップ配信者にして、Sランク探索者。
昨日の配信の最後でコメント欄を一瞬横切ったのは、やはり本人だったらしい。
「……取材、ねえ」
俺はため息をついて、端末を置いた。
光栄な話だ。だが、ここは地上のお洒落なカフェじゃない。
ダンジョン最下層、五十階層だ。
いくら彼女がSランク探索者とはいえ、道中の危険度は計り知れない。
それに、俺たちは昨日、協会から『条件付き仮許可』をもらったばかりの身だ。勝手な真似をして店が潰れるのは御免だった。
俺は即答を避け、ある人物に連絡を入れることにした。
「──なるほど。相手はあの蒼井ヒナか」
通話の向こう側。
監査部の倉橋は、相変わらず感情の起伏が薄い声で応じた。
「断った方がいいですか? いくらなんでも最下層は」
「いや。協会としても、彼女の影響力は無視できない。この『特区』の管理が適切に行われているとアピールする好機でもある」
さすがは歩く六法全書。判断が早い。
「ただし、条件がある。『協会監査官の取材同行』という名目でのみ許可する」
「同行枠ですか」
「ああ。私が直衛につき、滞在時間の制限、緊急退避ルートの共有、そして配信時の注意書き常時表示を厳守させる。それでよければ、話を進めよう」
徹底した制度の盾。
これなら、俺たちも彼女も、理不尽に叩かれることはない。
俺は倉橋に手配を任せ、通話を切った。
「……きゅう」
足元で、丸くなっていたコハクが目を覚ました。
小さな欠伸をして、俺の足にすりすりと頭を擦り付けてくる。
俺はしゃがみこみ、その背中を撫でた。
指先が、ふわりと柔らかな冬毛の奥へ沈む。
さらさらという毛擦れの音。
寝起きの高い体温が、手のひらからじんわりと伝わってきて、緊張が解けていく。
「コハク、近いうちにお客さんが来るかもしれないぞ」
──『コハク:いや』
──『コハク:あかり、とられる』
画面越しではなく、直接脳内に浮かび上がる字幕(BeastCaption)のイメージ。
コハクは不満げに耳を伏せ、ぽむっと俺の膝に前足を乗せた。
可愛い嫉妬だ。
一方、カウンターの奥では。
ゴリ、ゴリ、ゴリ。
グレイが、今日も無心でミルを回していた。
俺が近づいて「取材が来るかも」と伝えると、ピタリと手を止める。
そして、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
──『グレイ:……忙しい』
「まあそう言うなよ。美味いコーヒー、淹れてやってくれ」
「グルル……」
文句を言いながらも、グレイは再びミルを回し始めた。
満更でもないらしい。
◇
数時間後。
俺はいつものように、配信をスタートさせた。
──────【LIVE】同接:4,105──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(協会承認済)
: うぽつ
: 今日も癒されに来たぞ
: グレイさんちーっす
: コハクたん起きてる?
──────────────────────
画面の端には、昨日から設定した協会指定の警告文。
同接は四千人台で安定している。
俺はグレイの淹れたコーヒーを映しながら、いつものように雑談をこなしていった。
そして配信の終盤。
俺は、さらりと告知を落とした。
「あー、そうだ。もしかしたら近いうちに、ここに『お客さん』が来るかもしれません」
──────【LIVE】同接:4,520──────
: は?
: お客さん? 最下層に?
: 嘘だろ、誰が来れるんだよ
: 協会の人? また監査官?
: いや、まさか昨日の……
──────────────────────
コメント欄がざわつき始める。
同接の数字が、じりじりと上がり始めた。
五千、五千五百、六千。
誰が来るのか。その予想だけで、熱気が膨れ上がっていくのが分かる。
「詳しいことは、また後日。今日はこの辺で配信を終わります。ありがとうございました」
俺は沸き立つコメント欄を残したまま、配信を切った。
静寂が戻ったカフェ。
ふと、手元の端末が震えた。
二件の通知。
一つは、倉橋から。『明日、同行を組める。準備しておけ』。
もう一つは、蒼井ヒナからだった。
『明日、伺います』
どうやら、嵐は明日やってくるらしい。




