第10話 【来店】人気配信者が最下層カフェに来た結果(同接、桁が変わった)
【現在:開業10日目】
──────【LIVE】同接:6,102──────
: 待機
: ほんとに来るの?
: 協会同行枠ってガチじゃん
: ヒナちゃんの枠とミラー配信始まってるぞ!
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画面の端には、協会指定の『危険・真似禁止』が小さく常時表示されている。
約束の時間ちょうど。
カフェの入口である植物のアーチが、カサリと揺れた。
最初に顔を出したのは、見慣れた防護コート姿の倉橋監査官だ。
周囲に殺気がないことを確認すると、小さく頷いて道を譲る。
その後ろから、小柄な少女が足を踏み入れた。
蒼井ヒナ。
登録者数三十万人超のトップクラス配信者にして、Sランク探索者。
彼女の周囲には、小型のカメラドローンがふわりと浮遊している。
「──お邪魔します」
透き通るような声が、最下層の空気に響いた。
その瞬間。
ビリッ、と肌を刺すような重圧が店内に満ちた。
小柄な体躯からは想像もつかない、圧倒的な魔力の密度。
ヒナの瞳は柔和に笑っているが、Sランク探索者としての本能が目前のSSランク魔獣を最大の脅威と認識し、無意識のうちに臨戦態勢のオーラを垂れ流しているのだ。
一触即発の緊張感。
少しでもグレイが敵意を見せれば、彼女は一瞬で動くだろう。
だが、ヒナは武器に手をかけることはなかった。
代わりに、深く、深く頭を下げた。
「はじめまして、深山さん。今日は客として伺いました」
極限の警戒と、客としての礼儀。
そのアンバランスな姿勢を見たグレイの耳が、ピクリと動く。
コトリ。
グレイが、長い鼻先で水の入ったグラスをカウンターの前に押し出した。
──『グレイ:……座れ』
「ふふ、ありがとうございます」
ヒナは迷わず丸太の椅子に腰を下ろした。
その瞬間。彼女の配信枠からの流入が爆発し、俺の端末の同接カウンターが、見たことのない速度で回り始めた。
──────【LIVE】同接:12,540──────
: 1万超えたあああ!
: ヒナちゃんマジで最下層にいるwww
: ボス魔獣が水出したぞ!
: 絵面が強すぎる
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一気に一万人を突破した。
コメントの流れが速すぎて、もはや文字の滝だ。
俺は黙って、最高の一杯を淹れた。
ヒナは椅子に座ってなお、その肩に微かな力が入っている。
魔力のオーラは消えていない。
湯気が立ち上る。
グレイが横からスッとミルクを注ぎ、完璧なリーフ(葉)のラテアートを描いたカップを差し出した。
──『グレイ:冷める』
「いただきます」
ヒナが両手でカップを包み込み、香りを吸い込む。
そして、一口。
「……んぅ」
吐息が漏れる。
その瞬間だった。
彼女の全身から立ち上っていた刺すようなオーラが、春の雪解けのように、すぅっと霧散していくのが分かった。
張り詰めていた肩の力が完全に抜け、最強の探索者の顔から、ただのコーヒーを楽しむ少女の顔へと変わる。
「皆さん、ここ、凄いです」
ヒナがドローンカメラに向かって語りかける。
その瞳は、純粋な驚きと感動に満ちていた。
「空気が、先に本物って言ってるんです。魔獣の怖さとか、ダンジョンの冷たさとか、そういうのが全部溶けていく感じ」
名言製造機と呼ばれる彼女の言葉選び。
コメント欄が感嘆の声で埋まる。
「ここは、魔獣を倒す場所じゃない。魔獣を“隣”にする場所なんですね」
その言葉は、俺がずっと表現したかったことを、あまりにも的確に射抜いていた。
俺の喉が熱くなる。
足元では、コハクがヒナのブーツの匂いを嗅ぎ、「きゅう」と鳴いてすり寄っていた。
オーラが消え、完全に安全だと判断したのだろう。
ヒナは自然と手を伸ばし、その背中を撫でる。
指が柔らかな冬毛の奥に沈み込む。
さらさらという毛擦れの音。
ヒナの手のひらに、小さな生き物の確かな体温が伝わっているはずだ。
コハクが目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らす音がマイクに乗る。
──────【LIVE】同接:18,200──────
: 名言助かる
: 魔獣を隣にする場所……いい言葉だ
: 優しい世界
: ヒナちゃん完全にデレデレじゃんwww
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最高のコラボ配信。
俺たちの店は、今日、間違いなく多くの人に「居場所」として認知された。
だが。
光が強ければ、影もまた濃くなる。
配信が終盤に差し掛かった頃。
滝のように流れるコメントの波間に、ひときわ異質な言葉たちが混ざり始めた。
──────【LIVE】同接:21,080──────
: なあ、これ蒼穹の剣の連中も見てるらしいぞ
: 元メンバーの配信見て、ヒーラーの澪ちゃんが泣いてたって
: 追放した側は今頃どんな顔してんだろな
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俺の心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
『蒼穹の剣』。
そして、元パーティーメンバーの澪。
忘れていたはずの過去の影が、画面越しに冷たく足元へ忍び寄ってきていた。




