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第11話 【余波】バズった翌日、カフェの空気が少しだけ変わった

【現在:開業11日目】





──────【LIVE】同接:6,215──────

※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(協会承認済)

: AbyssClipのまとめ動画から来ました!

: ヒナちゃんの枠から流れてきたけど、ここガチで最下層なのか

: 今日のグレイさんもイケメンですね

: コハクたん、今日も画面の半分占領してて草

: ここの常連になりそう

──────────────────────



トップ配信者・蒼井あおいヒナが来店した翌日。

二万人を超えた同接の嵐は過ぎ去ったが、それでも俺の端末には六千人以上の数字が定着していた。



どうやら『AbyssClip』をはじめとする切り抜き職人たちが、昨日の名場面を拡散してくれたらしい。

一過性のバズではなく、「ここは面白い」と居着いてくれた常連の層が、確実に分厚くなっている。



「いらっしゃい。初見さんも、昨日からの方も、ゆっくりしていってくださいね」



俺がカメラに向かって語りかけると、コメント欄が温かい挨拶で埋まった。

荒らしや冷やかしは激減し、純粋に「この空間」を楽しもうとする空気が出来上がっている。

これが、ヒナが「本物」と定義してくれた影響力だろう。



ゴリ、ゴリ、ゴリ。



今日もグレイは、特製ミルで豆を挽いている。

その巨体が醸し出す安心感は異常だ。



──『グレイ:……遅い』



「はいはい、今お湯沸いたから。急かすなって」



字幕(BeastCaption)を通じたやり取りにも、視聴者はすっかり慣れたようだ。

そんな和やかなコメントの波間に、ふと、こんな書き込みが流れた。



: 俺、Cランクなんだけど、五十階層って何日くらいで着く?

: ヒナちゃんが行けるなら、俺らでもワンチャン……



俺は、お湯を注ぐ手を止めずに、声のトーンだけを一段落とした。



「……Cランクの方。絶対に、来ないでくださいね」



冷や水にならないよう、でも、命に関わることだから真剣に。



「ここは最下層です。俺が平気なのはスキルのおかげですし、昨日の蒼井ヒナさんはSランクで、しかも監査官の護衛付きでした。普通に来たら、間違いなく死にます。俺も助けに行けません」



: 主、マジトーン

: そりゃそうだ

: 良い子はお家で配信を見ようね!



俺の言葉に、常連たちがすかさず同調して空気を戻してくれた。

本当に、ありがたい。



「きゅうっ」



その時、コハクが小走りで近寄ってきて、俺の足元にポトリと何かを落とした。

見れば、昨日俺が落として見失っていた、携帯用ナイフのさやだった。



「お、見つけてくれたのか。ありがとうな」



俺はしゃがみこみ、コハクの頭を撫でた。

指先が、柔らかな冬毛の奥へふわりと沈む。

手のひらに伝わる、確かな体温。

撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしている。



さら、さら、と毛が擦れる音がマイクに乗り、コメント欄が「尊い」で埋まる。



「コハクたち『琥珀キツネ』って、ただ人懐っこいだけじゃないんですよ」



俺は鞘を拾い上げながら、視聴者に語りかけた。



「習性として、『弱っている生き物』や『群れからはぐれた物』を、安全な場所──上位個体の元や巣穴に運ぶっていう本能があるんです。俺が最初ここで助かったのも、コハクのその習性のおかげで……」



──『コハク:あかり、よわい』

──『コハク:まもる』



不意に出た字幕に、俺は言葉を詰まらせた。



: 泣いた

: 弱きを助ける狐

: 本能だけじゃなく、ちゃんと愛情あるじゃん

: 【速報】同接7,400突破



同接がさらに伸びる。

優しい循環だ。

俺は照れ隠しにコハクの首筋をわしゃわしゃと撫で回し、配信を終わらせる準備に入った。



その矢先、画面上部にシステム通知が割り込む。

監査部の倉橋からだ。



『通知:同接の定着を確認。引き続き画面の警告表示を義務付ける。また、位置情報を特定しようとするリスナーを煽らないこと。以上』



相変わらず事務的で、隙がない。

でも、俺たちを「特区」として監視し、守ってくれている証拠でもあった。

俺は小さく息を吐き、配信終了のボタンを押した。



「……さてと、明日の豆の選別でもするか」



伸びをして、端末を岩の上に置こうとした瞬間。

通知ランプが、もう一度だけ光った。

DMの着信。

差出人の名前を見て、俺の動きがピタリと止まった。



『送信者:Mio_Healer(神崎かんざき みお)』

『件名:面談のお願い』



文字を見た瞬間、脳裏にフラッシュバックしたのは、ギルドの作戦会議室の光景だった。

「お前もう要らないから」と吐き捨てるリーダーの隣で、俯いて目を逸らしていた彼女の姿。

安っぽい回復薬ポーションと、彼女がつけていたフローラル系の香水の匂いが、記憶の底から蘇ってくる。



……今更、何の話だ。



胸の奥が、チリッと痛んだ。

俺はメッセージを開封することなく、端末の画面を伏せて、岩の上にコトリと置いた。





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