第8話 【試運転】協会の仮許可が出たので、注意書き付きで営業してみた
【過去:1日前/開業7日目】
──────【LIVE】同接:850──────
: 画面の端になんか書いてあるぞ
: 『※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)』
: 仮許可wwwマジで許可取ったのかよ!
: つまり合法最下層配信ってコト!?
: いや真似はしねえよ、死ぬわ
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倉橋監査官が嵐のように去っていった翌日。
俺たちの『最下層カフェ』は、協会の取り決め通り、画面の右上に赤い警告文を常時表示させた状態で配信をスタートした。
「はい、そういうわけです。昨日、監査部の方と話し合いまして、いくつかルールを守ることを条件に、ここでの活動を黙認してもらえることになりました」
俺がカメラに向かって頭を下げると、コメントの流れが一段と加速した。
同接は八百人を超えている。
昨日の「監査官襲来」という劇的な展開から、どうなったのか気になって見に来た層が多いのだろう。
──────【LIVE】同接:912──────
: やるやん主
: 協会のお墨付きとか最強じゃん
: じゃあ俺らも遊びに行ってもいいの?
: ワンチャン最下層オフ会ある?
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「あ、それは絶対にやめてください」
俺はカメラに向かって、少しだけ声を低くして釘を刺した。
「ここはダンジョン五十階層です。道中には危険な魔獣がうようよしていますし、何より、ここは彼らの縄張りです。俺のスキルがあるから成り立っているだけで、一般の探索者が来たら普通に命を落とします。絶対に、降りてこないでください」
真剣なトーン。
ここで甘い顔を見せれば、取り返しのつかない事故が起きる。
それは俺が一番よく分かっている。
──────【LIVE】同接:940──────
: 主、ガチトーン
: そりゃそうだよな
: ちゃんと注意喚起してて偉い
: 危機管理しっかりしてる配信者は推せる
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コメント欄の空気が、少しだけ引き締まる。
炎上や悪ノリを防ぐための、必要な「線引き」。
それが伝わったようで、俺はホッと胸を撫で下ろした。
その横で。
ゴリ、ゴリ、ゴリ。
グレイが、今日も特大サイズのミル(昨日、俺が魔石を削って即席で作った大型版だ)を回していた。
銀色の巨体が、真剣な眼差しで豆の粉砕音に耳を澄ませている。
相変わらずの職人っぷりだ。
沸かしたお湯をケトルに移し、繊細な手首──いや、前足首のスナップでドリップしていく。
ぽこぽこと膨らむコーヒードーム。
豊かな香りが、画面越しに伝わるかのように湯気を立てる。
──『グレイ:……待て』
字幕(BeastCaption)が出た。
どうやら、ドリップの「蒸らし」の時間を視聴者に教えているらしい。
──────【LIVE】同接:1,010──────
: 待てwww
: はい、待ってます!
: 犬に待てと言われる人間たち
: バリスタのこだわりが強い
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やがて、琥珀色の液体がカップに注がれる。
グレイは長い鼻先でカップをカメラの前に押し出し、短く息を吐いた。
──『グレイ:冷める』
──────【LIVE】同接:1,042──────
: いただきます!
: 画面越しだけどいい匂いしそう
: 名物化してんなこれwww
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「ふふっ。グレイのコーヒーは、冷めないうちに飲むのが一番ですからね」
俺が笑ってカップを手に取ろうとした、その時だった。
「きゅう!」
足元から、元気な鳴き声がした。
見下ろすと、コハクが口に小さな木の実をくわえて、トコトコとこちらへ歩いてくる。
俺のお茶請け用に、ダンジョンで採れる甘い実を運んできてくれたらしい。
偉いぞ、と声をかけようとした瞬間。
コハクの短い足が、地面から少しだけ飛び出していた木の根に引っかかった。
「きゅあっ!?」
つんのめる金色の毛玉。
口から離れた木の実が宙を舞う。
「っと!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、落ちる寸前の木の実を受け止めつつ、もう片方の手でコハクの身体をふわりと抱き止めた。
「危なかったな。怪我はないか?」
俺の腕の中で、コハクは「きゅうぅ……」と情けない声を出しながら、ぺたんと耳を伏せた。
失敗して落ち込んでいるらしい。
俺は苦笑して、その頭を優しく撫でた。
指先が、柔らかな冬毛の奥へと沈み込む。
ひんやりとしたダンジョンの空気の中で、コハクの体温だけがポカポカと温かい。
撫でているうちに、伏せていた耳がぴょこんと立ち上がり、喉の奥からゴロゴロという小さな音が鳴り始めた。
──『コハク:ごめん』
──『コハク:でも、あったかい』
──────【LIVE】同接:1,180──────
: 尊死
: ウェイター失敗してんの可愛すぎる
: ちゃんとキャッチする主イケメンか
: いいなあ、俺も撫でたい……
: この配信、癒し効果が高すぎる
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コメント欄が、あっという間に「かわいい」と「もふもふ」で埋め尽くされる。
グレイの重厚な接客と、コハクのドジっ子ウェイター。
そして、美味しいコーヒー。
仮許可が下りて、初めての「探り探り」の営業。
だけど、確実に、ここは俺たちの「店」としての形を成してきている。
配信も終盤に差し掛かった頃。
和やかなコメント欄に、ぽつぽつと外の匂いを感じさせる言葉が混ざり始めた。
──────【LIVE】同接:1,240──────
: なんか探索者フォーラムで話題になってたぞ
: 監査部がここを『特区』扱いしたって噂、マジ?
: 蒼穹の剣の連中がピリついてるらしいwww
: どっかの取材が入るかもって聞いたけど
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噂は早い。
協会の動きが、すでに一部の層に漏れ始めているようだ。
俺は深く息を吐き、コーヒーを一口飲んだ。
仮許可が出て、まだ一日。
でも、同接が少しずつ増えてきたのは分かる。
色々なことが、急激に動き出している。
でも、俺がやるべきことは変わらない。
明日もここで、相棒たちと一緒に、店を開けるだけだ。
「そろそろ、今日の配信は終わりにします。見に来てくれて、ありがとうございました」
俺が締めくくりの言葉を口にした、まさにその直前。
凄まじい速度で流れるコメントの波間に、ひときわ目立つ、公式マークのついたIDがすっと横切った。
──────【LIVE】同接:1,260──────
: Hina_Aoi:……行ってみたい
: え、今のID……
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それは一瞬で流れていき、ほとんど拾われなかったけれど。
俺の目にだけは、確かに焼き付いていた。




