第77話 【真実】たくさんの古代種は死んだのではなく、光を失って休眠している
【現在:開業101日目】
昨日の定休日に見た、ルウの記憶。
光に満ちたあの楽園のような光景と、その後の絶望的な暗転が、ずっと頭から離れずにいた。
今日は配信をオフにした、静かな営業日。
カウンターの端の丸太椅子には、いつものようにルウが座り、小さな両手でマグカップを抱え込んでいる。
俺はカウンターを拭く手を止め、意を決して彼女に問いかけた。
「ルウ。……あの記憶に出てきた他の仲間たちは、今どこにいるんだ?」
ルウの三本指の小さな手が、ピクリと止まった。
頭頂部に咲いていた安心のオレンジ色の花が、一瞬で深い藍色……ひどく冷たくて重い、悲しみの色に染まっていく。
俺はスキル【万獣統括】のチャンネルを、彼女へと静かに合わせた。
流れ込んできたのは「さみしい」「いない」「でも、いる」という、ひどく矛盾した感情の波長だった。
「……死んじゃったのか?」
俺が痛む胸を押さえながら呟くと、ルウは小さく首を横に振った。
そのまま、彼女の感覚的な説明が、断片的なイメージとして俺の脳内に伝わってくる。
――死んだのではない。
――ただ、眠っているだけ。
光を完全に失った深淵の中で、植物が冬に葉を落とすように。
あるいは、動物が過酷な季節をやり過ごすために冬眠するように。
古代種たちは、一匹、また一匹と「休眠」状態に入っていったのだ。
活動するためのエネルギーである光と温かさを得られなくなった彼らは、代謝を限界まで落とし、岩や苔、あるいは結晶の一部に溶け込むようにして、数千年の時をやり過ごしている。
意識は、深く沈んだ奥底にまだあるのかもしれない。
けれど、体を動かすことはもう二度とできない。
ルウが活動できているのは、樹精型として、暗闇の中の微かな魔素を光合成のように利用できたから。
ドルが動けるのは、鉱物を直接エネルギーに変換できる特異な性質を持っていたから。
この二匹は、たまたまその絶望的な環境に適応できた「最後の二匹」だったのだ。
「……そうか。お前たちは、ずっと一人だったんだな」
ルウとドルが何度もカフェに来ていたのは、ただ温かいラテや、静かな空間が好きだからだけではない。
数千年の暗闇の中で、ようやく出会えた「温かさ」と「話し相手」がいるこの場所を、手放すのが怖かったのだ。
「きゅうぅ……」
俺の足元で、コハクが悲しそうな声を漏らした。
コハクはルウの隣に飛び乗ると、自分の体を彼女の小さな体にぴたりと押し付けた。
俺はゆっくりとしゃがみこみ、コハクの背中と、ルウの苔むした肩を、同時にそっと撫でた。
指先が、コハクの柔らかな冬毛の奥へとふわりと沈み込む。
手のひらを通してじんわりと伝わってくる、小さな太陽のような確かな体温。
俺が撫でるたびに、コハクは喉の奥からゴロゴロという深い振動音を鳴らし始めた。
さらさらと毛が擦れる音と、二匹に分け与える俺の体温が、ルウの震えを少しずつ鎮めていく。
──『ルウ:みんな、ねてる。ながい、ながいねむり。おこせない』
字幕として脳内に落ちる、彼女の切実な声。
俺が言葉を失っていると、店の隅で器を磨いていたドルが、不意に短く字幕を落とした。
──『ドル:光があれば、いずれ起きる。……いずれ、な』
「……光」
俺は、温泉エリアの奥にある、ルウが自分で削って開けた「小さな穴」を見た。
そこからは今、深淵側の完全な暗闇が覗いている。
「ルウ。……この店を、お前たちの仲間の『灯』にしよう」
俺は立ち上がり、石の炉で揺れる火の精霊を呼んだ。
「ポッカ。少しだけ光量を上げた炎を、あの穴のそばに常設してくれないか。……それと、余っている湯の花結晶の照明を一つ、深淵側に向けて置く」
──『ポッカ:まかせて! ずっと、ぴかぴかしてる!』
穴のすぐ脇に、ポッカが放つ温かいオレンジ色の光が灯る。
さらに、俺はルウたちが通る邪魔にならない場所に、淡く輝く湯の花結晶を設置した。
壁の穴を通じて、俺たちのカフェの光が、一条の光の筋となって深淵の暗闇を真っ直ぐに照らし出した。
「俺にできるのは、これくらいだ。でも、この光が少しでも向こうに届いて……いつか誰かが目を覚ましたら、その時はここに来い。熱くて美味いコーヒー、淹れてやるから」
俺が笑いかけると、ルウの頭頂部の花の色が、藍色からゆっくりと鮮やかなピンクへと変わっていった。
ふと、視界の端で大きな影が動いた。
カウンターの奥で、グレイが何も言わず、巨大な体を少しだけ壁側にずらしたのだ。
ポッカの光が、グレイの体に遮られることなく、穴を通じてより深くまで届くように。
彼なりに、光の通り道となる角度を作ってやったのだろう。
字幕は出ない。
けれど、その黄金の瞳は、どこまでも穏やかだった。
今はまだ、向こう側から返事はない。
眠りについた仲間たちが目を覚ますのは、明日かもしれないし、百年後かもしれない。
でも、俺たちのカフェがここにある限り、光と温もりはずっと届き続ける。
今は、それだけで十分だ。
「急がなくていい。……この店は、いつだって待ってるから」
俺は、深淵の奥へと伸びる一筋の光を見つめながら、静かにそう呟いた。




