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第75話 【新メニュー】暗がりで光るゼリーが、同接を過去最高に押し上げた

【現在:開業97日目】





チリロ、チリリン。



天井のツタの上から、チルが澄んだ鈴の音を響かせた。



俺はカウンターの前に立ち、魔石中継器のスイッチを入れて配信用のカメラを起動する。





──────【LIVE】同接:31,200──────

※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)

: うぽつー!

: 今日は新メニュー回だっけ!?

: 待機してたぞ!

: 同接最初から3万超えとか本気まじかよ……

──────────────────────





「いらっしゃい。今日も五十階層ごじゅっかいそうは平和ですよ」



俺はカメラに向かって軽く手を挙げ、挨拶をした。



「さて。今日は予告通り、うちの新しい『ご近所さん』たちが提供してくれた素材を使って、新作のスイーツを作ろうと思います」



俺がカメラの前に並べたのは、三つの素材だ。



一つ目は、樹精型古代種じゅせいけいこだいしゅのルウが壁に生やしてくれた、淡く発光する『銀色のこけ』。



二つ目は、岩殻型古代種がんかくけいこだいしゅのドルが、俺たちのためにわざわざ自分の甲殻を削って精製してくれた、『半透明の鉱石製カップ』。



そして三つ目は、ダンジョンの湧き水から採れる特有のゼラチン質と、角鹿つのじかが置いていってくれた甘実あまみのシロップだ。



「これらを組み合わせて、今日はゼリーを作ります」



まずは、ルウの苔を小鍋に入れ、ポッカの完璧な火加減でゆっくりと煮出していく。



ぽわんっ、と。



ポッカが『あったか!』と炎を揺らすと、お湯の中に苔の成分が溶け出し、透明だった湧き水が、みるみるうちに美しいエメラルド色へと変わっていった。



そこに甘実のシロップをたっぷりと加え、ゼラチン質を溶かし込む。



甘くて清涼感のある、不思議な香りが店内に広がった。



「きゅんっ」



足元から、待ちきれないといった様子のコハクが、ぴょんと俺の膝の上に前足をかけてきた。



──『コハク:あまい?』

──『コハク:わたしも、たべる』



「ははっ、お前の分もちゃんとあるから、少し待っててくれな」



俺はしゃがみこみ、コハクの背中を両手で優しく撫でた。



指先が、柔らかな冬毛の奥へとふわりと沈み込んでいく。



手のひらを通してじんわりと伝わってくる、小さな命の確かな体温。



コハクは気持ちよさそうに目を細め、喉の奥からゴロゴロという深い振動音を鳴らし始めた。



俺が撫でるたびに、さらさらと毛が擦れる音がマイクに乗って響き、配信のコメント欄が「助かる」「尊い」という言葉で埋め尽くされていく。



「よし、液ができたな。これをドルの作ってくれた半透明のカップに流し込んで……ポッカ、冷却モード頼む」



俺が声をかけると、ポッカの炎が赤から蒼白く変わり、『ひえひえ!』と氷魔法の冷気を放ち始めた。



石の炉の上が、あっという間に即席の冷蔵庫に変わる。



数分後。



「完成です。『深淵のしんえんのしずくゼリー』」



俺はカメラの前に、完成したゼリーの入ったカップを置いた。





──────【LIVE】同接:36,400──────

: おおー! ぷるっぷるだ!

: でも、色が綺麗な緑色ってくらいで、光ってる……?

: ドルさんのカップも、なんか曇りガラスみたいだな

──────────────────────





「このゼリーの本当の魅力は、明るいところじゃ分からないんですよ」



俺はニヤリと笑い、店内の『湯の花結晶の照明』に布を被せ、明かりを少しだけ落とした。



カフェの中が、しっとりとした暗がりに包まれる。



その瞬間だった。



ぽわぁ……っ。



カウンターの上に置かれた半透明の鉱石カップの奥から、幻想的なエメラルド色の光が、ぼんやりと浮かび上がった。



ルウの苔が放つ自然の発光が、ゼリーの中に閉じ込められ。



それがドルの精製した半透明の鉱石カップを透かして、まるで柔らかなランタンの灯りのように、暗闇の中で美しく輝き始めたのだ。



「……綺麗だろ?」



俺が静かに呟くと、コメント欄の流速が、文字通り「爆発」した。





──────【LIVE】同接:43,100──────

: !?!?!?

: うわあああああ!! 美しすぎる!!

: 食べられるランタンじゃん!!!

: 本気まじで幻想的……CGかよこれ

: これは本気まじでリアルで食べたい!!!

: 過去最高記録更新! 同接4万突破!!

──────────────────────





同接のカウンターが、かつてない勢いで跳ね上がり、ついに四万の大台を突破した。



純粋に「この店の景色が見たい」という人たちが、これだけ集まってくれたのだ。



「さて。見た目は最高ですが、肝心の味はどうでしょうね。……店長、お願いします」



俺は、暗闇の中で輝くエメラルド色のカップを、カウンターの奥で静かに待機していたグレイの前へとスッと押し出した。



グレイは、黄金の瞳でその淡い光をじっと見つめた。



そして、長い舌を伸ばし、ぷるんと揺れるゼリーをすくい取って、ペロリと一口味わう。



「…………」



長い、沈黙が落ちた。



グレイは目を閉じ、湧き水の清涼感、苔の爽やかな香り、そしてシロップの深い甘みを、一つ一つ脳に刻み込むように味わっている。



やがて目を開けたグレイの尻尾が、バフッ! と一度だけ、力強く床を叩いた。



そして、画面の端に、ぽつんと字幕が落ちてきた。



──『グレイ:……また作れ』





──────【LIVE】同接:46,800──────

: でたあああああ!!

: 『また作れ』(グレイ語で最上級の評価)

: 店長がリピート要求したぞ!!ww

: 美味いんだな、これ絶対美味いやつだ!!

: 俺も食いてえええええ!!

──────────────────────





コメント欄は、過去最高の熱狂と歓喜に包まれた。



俺自身も一口食べてみたが、口の中で冷たく溶けるゼラチンと、鼻に抜ける深い森の香り、そして優しい甘さは、まさに「深淵の雫」と呼ぶにふさわしい絶品だった。



「ははっ、店長からの最高の褒め言葉も出ましたね。……ルウ、ドル。お前たちのおかげで、最高の新メニューができたよ」



俺は、壁の奥の深淵に向かって、静かに語りかけた。



ダンジョン最下層のカフェが放つ、小さなエメラルド色の光。



それは、四万人以上の視聴者の心に、忘れられない幻想的な温もりを届けていた。


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