第74話 【改修】俺の器を出す店が崩れるのは許さん
【現在:開業95日目】
チリロ、チリリン。
天井のツタの上から、チルが朝を告げる穏やかな鈴の音を落とした。
今日も最下層カフェの、平和な一日が始まる。
俺は魔石中継器のスイッチを入れ、配信用のカメラを起動した。
──────【LIVE】同接:24,500──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うぽつー!
: 今日も朝からいい空気だ
: お、スミちゃんがすでに床をピカピカにしてる
: ……ん? なんか外から変な音しない?
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「いらっしゃい。……ええ、実は朝からちょっと騒がしくて」
俺が苦笑いしながらカメラを入り口の植物アーチの方へ向けると。
ゴンゴン、ゴンゴン!
岩を砕き、打ち付けるような重い音が響いてきた。
「きゅうぅ……」
突然の大きな音に驚いたのか、コハクが耳をぺたんと伏せて、俺の足元にぴたりと身体をすり寄せてきた。
──『コハク:あかり、こわい』
──『コハク:うるさい』
「大丈夫だ。敵じゃないよ。ちょっと様子を見てこようか」
俺はしゃがみこみ、怯えるコハクの背中を両手で優しく撫でた。
指先が、柔らかな冬毛の奥へとふわりと沈み込んでいく。
冷えた空気を遮るように、手のひらを通してじんわりと伝わってくる、小さな命の確かな体温。
俺がゆっくりと撫でていると、コハクは目を細め、やがて喉の奥からゴロゴロという深い振動音を鳴らし始めた。
さらさらと毛が擦れる音が、騒がしい外の音を少しだけ和らげてくれる。
コハクが落ち着いたのを見計らって、俺はカメラを持ったままアーチの外へと顔を出した。
そこにいたのは、うちの新しい「ご近所さん」。
岩殻型古代種のドルだった。
彼はカフェの外壁に張り付くようにして、カシャカシャと甲高い音を立てながら、自分の鉱石の甲殻を削り出している。
そして、精製した超高密度のダンジョン鉱石を、カフェの岩壁に次々と貼り付け、補強工事を行っていたのだ。
「おい、ドル。朝から何してんだ?」
俺が呆れ気味に声をかけると、ドルは手を止めずに、チラリとこちらを見た。
──『ドル:……補強』
「いや、頼んでないんだけど」
俺がツッコミを入れると、ドルは不満そうに小さな目を細め、短くも自己主張の激しい字幕を俺の脳内に落としてきた。
──『ドル:この壁、脆い。俺の器を出す店が崩れるのは我慢ならん』
──────【LIVE】同接:27,800──────
: 職人プライド高すぎぃ!!www
: 俺の器を出す店(意訳:この店気に入った)
: ドルさん完全なツンデレじゃんww
: 勝手にリフォームし始めるご近所さんとか斬新すぎるだろ
: さすが深淵の職人だぜ……
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「ははっ。まあ、崩れられても困るけどさ」
俺は苦笑しながら、彼が補強した壁面をカメラで映した。
それはただの岩壁ではなくなっていた。
ドルが精製した鉱石は、光の当たり具合で深い青や緑に輝く、美しい結晶模様を浮かび上がらせていた。
無骨でありながら、圧倒的な機能美と芸術性を兼ね備えた、極上の外壁だ。
すうっ、つるんっ!
俺の足元を滑り抜けていったスミが、完成したばかりの壁面に張り付いた。
スミが汚れを吸い取りながら表面を磨き上げると、結晶の模様がさらに際立ち、キラキラと宝石のように輝き始めた。
──『スミ:きれい!』
チリッ!
ツタの上にいたチルも飛んできて、新しくなった壁面の小さな凹みにすっぽりと収まった。
どうやら、ひんやりとした鉱石の感触が気に入ったらしく、即座にそこを新しい「定位置」に決めたようだ。
「……まあ、みんな気に入ってるみたいだから、良しとするか」
俺はため息をつきつつ、店の中へと戻った。
◇
カウンターの奥では、SSランクの銀狼――グレイが、すでに開店の準備を終えていた。
昨日ドルが一晩で作ってくれた超高精度のミルを使い、今日も完璧に深淵珈琲の豆を挽き終えている。
そして、グレイの前に並べられていたのは。
いつもの木製のカップではなく、ドルが俺たちのために作ってくれた、半透明の鉱石製カップだった。
ポッカが『あったか!』と完璧な温度に沸かした湧き水を、グレイが静かにドリップしていく。
トトトトト……。
黒褐色の液体が、鉱石のカップに注がれていく。
──────【LIVE】同接:30,200──────
: !?
: なにあのカップ! めっちゃ綺麗!
: 質感がヤバすぎる。画面越しでも重厚感が伝わってくる
: カフェの設備がどんどんハイレベルになっていくな
: ドルさん有能すぎんか?
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俺は、グレイが鼻先で押し出してくれたそのカップを、両手で持ち上げた。
手に馴染む、絶妙な重さと滑らかさ。
驚くべきは、その保温性だ。外側はひんやりと心地よいのに、中のコーヒーの熱は一切逃げていない。
「いただきます」
一口、飲む。
「……っ」
思わず、息を呑んだ。
口当たりが、昨日までと全く違う。
極限まで薄く、滑らかに研磨されたカップの縁が、コーヒーの味を一切邪魔することなく、ダイレクトに舌へと運んでくる。
湧き水で淹れたクリアなコーヒーの味が、さらに一段階、鋭く研ぎ澄まされたように感じられた。
「……すごいな。カップ一つで、ここまで味が変わるのか」
俺が感嘆の声を漏らすと、カウンターの隅で自分の甲殻を手入れしていたドルが、得意げに「フン」と鼻を鳴らした。
──『ドル:……当然だ』
その隣で、グレイもまた、自分のカップからコーヒーをひと舐めし、満足そうに目を閉じた。
──『グレイ:……良い』
言葉は少ないが、この二匹の職人の間には、道具と味に対する絶対的な信頼関係がすでに築かれているらしい。
勝手に外壁を補強する、ツンデレな岩の職人。
彼が加わったことで、最下層カフェのクオリティは、今日もまた一つ、進化を遂げたのだった。




