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第61話 【定休日】温泉で洗ったコハクが、もふもふの限界を超えた

【現在:開業70日目】



今日は週に一度の定休日。

入り口のアーチには「準備中」の札を掲げ、配信用カメラの電源も落としてある。



カフェの仕込みもひと段落し、俺はカウンターの奥から専用のブラシを取り出した。

今日は、コハクの「毛並みケアDay」だ。



日々のブラッシングだけでも、コハクの抜け毛は大量に出る。それらは集めて特製のクッションの詰め物にしているのだが、温泉が完成した今、俺には一つの野望があった。



「コハク、ちょっとこっちおいで」



俺が呼ぶと、コハクは「きゅん!」と短い返事をして足元へ駆け寄ってきた。

そのまま抱き上げ、俺は迷うことなく温泉エリアへと向かう。



コハクは水が苦手というわけではなく、むしろ温泉の温かさを好んでいる。

だが、普段は足湯のように浸かったり、浅瀬でちゃぷちゃぷと遊ぶだけだ。



「今日は、ちょっと念入りに全身を洗うぞ」



俺がそう宣言すると、コハクは何かを察したのか、ピンと耳を立てて首を傾げた。



──『コハク:……なにするの?』



「もっと綺麗にしてやるんだよ。ほら、いくぞ」



俺は少しだけ抵抗しようとするコハクを宥めながら、ぬるめに調整した浅い湯船へとゆっくり体を沈めた。



最初は「きゅ?」と不思議そうにしていたコハクだったが、お湯の温もりが伝わると大人しくなった。

俺は極上のミネラルをたっぷり含んだ温泉水を手ですくい、コハクの分厚い冬毛にたっぷりと含ませていく。



指先を毛の根本、地肌まで滑り込ませる。

毛の隙間に溜まった古い脂や細かな汚れを、優しく揉み出すように洗っていく。



「どうだ? 痛くないか?」



「きゅ……」



俺の指が、頭の後ろから首筋にかけての、魔獣が自力では掻けないツボのあたりを通った瞬間だった。



コハクの全身から、ぐにゃりと力が抜けた。

ピンと張っていた耳が横に倒れ、丸い目がとろんと半分閉じられる。

そのまま湯船の中で半分浮きながら、完全に俺の手に身を任せてきた。



「きゅ〜〜〜……」



──『コハク:………………きもちいい…………』



脳内リンクに落ちてくる字幕のテンポが、ありえないくらい間延びしている。

完全に極楽浄土へ旅立ってしまったようだ。



俺はそのまま、耳の裏、顎の下、お腹の柔らかいところ、そして太い尻尾の付け根まで、全身を隅々まで丁寧に洗っていった。

コハクの喉の奥からは、ゴロゴロゴロ……という深い振動音が絶え間なく響いている。

至福の極みだ。





しっかりと汚れを落とし、お湯から上がった後は乾燥の工程だ。

俺が声をかけると、石の炉からポッカが飛び出してきた。



「ポッカ、温かい風をお願いできるか? 熱すぎないように頼む」



──『ポッカ:ふんわり、する!』



ポッカが炎の温度を人間の使うドライヤー程度に調整し、ふわりと心地よい温風を送ってくれる。

熱気を含んだ風が、濡れてしぼんでいたコハクの毛をさらさらとなびかせた。



俺はそこへブラシを入れ、丁寧に毛流れを整えていく。

水分が飛び、一本一本の毛が分離していくにつれて、コハクの姿が信じられないことになっていった。



「……うおっ」



完全に乾ききったコハクの姿を見て、俺は思わず声を失った。



元々美しかった金色の毛並みが、今まで見たことのないレベルで輝いている。

一本一本がまるで高級なシルクのように滑らかで、発光結晶の光を受けると、表面に微かに虹色の光沢が走るのだ。



そして何より、毛のボリュームがバグっている。

温泉に入る前と比べて、優に一・五倍には膨らんでいた。

小さな狐というより、もはや床の上にぽつんと置かれた「金色の雲」だ。



俺はたまらず、その金色の雲に両手を差し入れた。

指が、底なし沼のようにどこまでも深く、柔らかく沈み込んでいく。

そこから漂ってくるのは、獣の匂いではなく、ほんのりとした温泉のミネラルの清浄な香りだ。



俺はコハクを抱き上げ、たまらずその毛の塊に顔を埋めた。



「…………これは罪だ」



もふもふの限界突破。

これを合法で摂取していいのだろうかという謎の罪悪感すら湧いてくる。



コハクは俺の腕の中で、誇らしげに胸を張った。



──『コハク:ほめて! きれい? かわいい??』



「世界一だ。お前は世界一のもふもふだよ」



俺が絶賛すると、コハクの尻尾がちぎれんばかりにパタパタと振られた。

その度に、毛に付着した温泉のミネラル微粒子が、キラキラと金粉のように舞い散る。



ふと視線を感じて振り返ると。

カウンターの奥でミルの手入れをしていたグレイが、仕上がったコハクの姿をチラリと見ていた。



一瞬だけ視線を止め、すぐにミルへと向き直る。

字幕は出ない。だが、ほんの僅かに、その黒い鼻先がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。

SSランクの絶対的な店長が、コハクの「極上もふもふ」を認めたサインだった。





【翌日:開業71日目】



そして、翌日の配信開始直後。

いつものようにカメラの前にちょこんと座ったコハクの姿が映し出された瞬間。

コメント欄は、前代未聞の異常事態に陥った。



──────【LIVE】同接:27,300──────

※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)

: は?

: え?

: なにがあった!?!?

: 毛量バグってない!?!?

: CGだろこれ……

: コハクちゃんの解像度だけ爆上がりしてる

: シャンプーのCMオファー来るぞ絶対

: 語彙力消失する

──────────────────────



「いらっしゃい。……あ、コハクですか? 昨日、定休日だったんで、うちの温泉で洗ってブラッシングしただけですよ」



俺がさらりと言うと、コメント欄はさらに加速した。



──────【LIVE】同接:29,100──────

: 洗っただけでこうなるのかよ!!

: 最下層の温泉すごすぎだろ!!

: 俺もコハクちゃんになりたい人生だった

: ちょっと五十階層まで温泉入りに行ってくる(※死亡フラグ)

──────────────────────



画面の中で、コハクが誇らしげに「きゅん!」と鳴く。

その度にキラキラと輝く金色の毛並みは、今日の配信の同接を過去最高レベルまで引き上げる原動力となったのだった。






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