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第60話 【来店】Sランクが風呂上がりに食べたプリンの感想がバズった

【現在:開業69日目】



温泉の運営が軌道に乗り、カフェに新しい「温もり」が定着し始めたある日のこと。

俺の端末に、見覚えのある名前から一通のダイレクトメッセージが届いた。



『灯店長、お久しぶりです……。あの、最下層に温泉ができたって本当ですか? もし本当なら、ぜひ入りたいです。……今すぐ!(切実)』



差出人は、トップ探索者であり人気配信者の蒼井あおいヒナさんだった。

文面からは、前回会った時以上の……いや、これまでにないほどの疲弊の色が滲み出ている。聞けば、高難易度ダンジョンの連続攻略で心身ともに限界ギリギリらしい。



俺はすぐに倉橋くらはしさんに連絡し、特区療養枠とっくりょうようわくとしての緊急利用を申請した。



「……許可が下りたぞ、ヒナさん。準備して待ってる」





数時間後。

アーチをくぐって現れたヒナさんは、幽霊かと思うほど顔色が悪かった。

足取りは重く、トレードマークの明るい笑顔も影を潜めている。



「……こんにちは。……あ、グレイ店長……。今日は、本当にもうダメそうで……」



「いらっしゃい、ヒナさん。まずは何も言わずに、あっちへどうぞ。お湯、最高の温度で沸いてますから」



俺が温泉エリアを指差すと、ヒナさんの死んでいた瞳に、パッと火が灯った。



「温泉……! 本当にあるんですね、こんな場所に……。入っていいですか!? 今すぐ入っていいですか!?」



「ええ、もちろん。ゆっくり羽を伸ばしてください」



ヒナさんは吸い込まれるように、脱衣所の仕切りの奥へと消えていった。



──────【LIVE】同接:22,800──────

※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)

: お、今日の療養枠はヒナちゃんか!

: 画面外からでも疲れが伝わってきたな……

: さあ、伝説のASMRタイムの始まりだ

: 温泉の入り口にカメラ固定たすかる

──────────────────────



配信のカメラは、プライバシーに配慮して温泉の入り口方向に固定してある。

映るのは、仕切りの上から溢れ出す真っ白な湯気だけだ。



だが、マイクは仕切りの向こう側の「音」を拾っていた。



――ザバァァァン……。

お湯が浴槽から溢れ出す、贅沢な音。

そして、数秒の静寂の後。



「……ふぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……っ」



魂が抜けていくような、至福としか言いようのない長い、長い吐息。

骨の髄まで溜まった疲れが、最下層のミネラル湯に溶け出していくのが、その声だけで手に取るように分かった。



──────【LIVE】同接:25,400──────

: ヒナちゃんの吐息ASMRキター!!

: これは課金コンテンツ。スパチャ投げさせてくれ

: 声だけで「優勝」してるのが分かる

: 浄化される……視聴者の俺たちまで浄化される……

──────────────────────





それから一時間ほどして。

温泉から上がってきたヒナさんは、さっきとは別人のような艶やかな顔色でカウンターに戻ってきた。



「……あぁ、生きてる。私、今、生きてます」



俺はそんな彼女の前に、あらかじめ準備しておいた「とっておき」を差し出した。



「お疲れ様でした。風呂上がりには、これが一番ですよ」



出したのは、ポッカの氷魔法でキンキンに冷やしておいた『濃厚深淵プリン』と、氷をたっぷり入れた『深淵アイスコーヒー』だ。



ヒナさんは、震える手でスプーンを握り、プリンを一口掬って口に運んだ。

……沈黙。

温泉で全身の細胞が開ききり、感覚が研ぎ澄まされた状態で受ける、強烈な甘みとコク。



「…………これ……っ」



ヒナさんは目を見開いたまま固まり、やがて絞り出すような声で呟いた。



「反則です。……店長さん、これは反則ですよ……」



それからは、もう言葉にならなかった。

ヒナさんは一口ごとに「……美味しい……」「……あぁ……」と呟きながら、幸せを噛みしめるように完食し、最後はアイスコーヒーで喉を潤して、大きく息を吐いた。





帰り際。

ヒナさんはいつものようにカメラの前に立った。顔は映らない位置だが、その声には確かな力が宿っている。



「みんな、聞いて。ここの温泉はね……お湯に入った瞬間に、全部『下ろせる』の」



彼女は、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。



「Sランクとか、人気配信者とか……そういう、ずっと背負わなきゃいけなかった重たい荷物を、全部。……だから、画面の向こうのみんなも、想像してて。ここには、本当の『休み場所』があるんだって。……最高だから」



その言葉は、切り抜き動画として瞬く間に拡散され、世界中の探索者たちの心を撃ち抜くことになる。



……その結果、翌日の俺の端末には、温泉目当ての療養枠申請が津波のように押し寄せた。

だが。



『通知:申請数 3,452件。……仕事を増やすな。以上』



倉橋くらはしさんからの事務的な通知が、俺を現実に引き戻した。



「……倉橋さん、ほんとごめんなさい」



俺が苦笑いしていると、ヒナさんが座っていた丸太の椅子に、コハクがトコトコと歩み寄っていった。

そして、自分の頬や背中を椅子にぐりぐりと擦り付け、必死に匂いを上書きし始める。



──『コハク:わたしのにおい、つける』

──『コハク:つぎのお客さん、あんしんする。……ここ、いいところ!』



「……ははっ、お前なりの接客か。ありがとうな、コハク」



俺はコハクの金色の頭を撫でながら、湯気とコーヒーの香りが混ざり合う店内の空気を目を閉じて吸い込んだ。










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