第6話 【初バズ】魔獣の本音が字幕で出たら、コメント欄が壊れた
【過去:3日前】
配信を始めて三十分。
同接の数字は『89』になっていた。
たかが数十人。
人気配信者の数万人に比べればゴミみたいな数字だ。
でも、コメント欄の熱量は異常だった。
──────【LIVE】同接:89──────
: ガチで最下層かこれ?
: 背景の結晶、鑑定スキル持ち呼んでこい
: 合成にしては毛の質感がヤバすぎる
: ていうか、この狼デカすぎだろ。遠近法?
: 主、逃げなくていいの?
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半信半疑。
当然だ。人類未踏の最下層で、呑気にコーヒーを淹れている男と狼なんて、誰が信じるだろう。
俺は焚き火のそばで、グレイが淹れてくれたコーヒーを啜った。
湯気が鼻先をくすぐる。
深みのある苦味と、後味の甘さ。
完璧だ。
「……美味いな, グレイ」
俺が呟くと、画面外にいたグレイがぬっと顔を出した。
カメラの枠を埋め尽くす巨大な顔面。
銀色の毛並みが、画面越しにも伝わる解像度で迫る。
コメントが加速する。
──────【LIVE】同接:104──────
: ヒェッ
: 近い近い近いwww
: 食われる!?
: 目力が強すぎる
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グレイは興味深そうに、カメラのレンズを覗き込んだ。
鼻息でレンズが曇る。
そして。
俺の調整した中継器とスキルが、噛み合った。
ノイズが、すっと引く。
次の瞬間、クリアな字幕(BeastCaption)が画面に浮かんだ。
──『グレイ:……小さい』
コメントが一瞬止まり、爆発した。
──────【LIVE】同接:131──────
: !?
: 喋った!?
: いや字幕だ
: 小さいって何が?
: 俺たちが?www
: 見下されてるwww
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グレイはフンと鼻を鳴らし、カメラから視線を外して俺の手元のカップを見た。
空になったカップ。
──『グレイ:まだ飲むか』
──────【LIVE】同接:148──────
: え、優しい
: おかわり推奨?
: バリスタの鑑かよ
: この字幕、主が打ってるの?
: ↑タイミング完璧すぎだろ。リアルタイム翻訳か?
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俺は苦笑しながら答える。
「いや、もういいよ。ありがとうグレイ。それより、挨拶してくれ。お客さんだ」
俺がカメラを指差すと、グレイは面倒くさそうに片耳を倒した。
その仕草が、あまりにも人間臭い。
──『グレイ:騒がしいのは嫌いだ』
──────【LIVE】同接:162──────
: 辛辣www
: 塩対応助かる
: 嫌われたwww
: でも見る
: この狼、キャラ立ちすぎだろ
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その時。
足元で「きゅう」と声がした。
コハクだ。
グレイだけが注目されているのが気に入らないのか、俺の膝に乗り上げ、カメラの前に割り込んできた。
画面の下半分が、金色のふわふわで埋め尽くされる。
つぶらな瞳が、カメラをじっと見つめる。
毛が頬に触れて、さらり、と擦れる。
体温が近い。
小さな鼻息が、ふ、とレンズを曇らせた。
──『コハク:わたしも』
──『コハク:かわいい?』
──────【LIVE】同接:215──────
: ぐはっ
: かわいすぎんだろオイ!
: あざとい! だが許す!
: もふもふ天国ここかよ
: 推しが決まりました
: 【速報】同接200突破
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同接が『215』を超えた。
勢いは止まらない。
コメントの流速が変わったのが分かる。
誰かが誰かを呼んで、誰かが切り抜きを見て飛んできてる。
『AbyssClip』の切り抜き動画が拡散され始めたらしい。
「最下層で魔獣がコーヒー淹れてる」「字幕で本音が出る」というパワーワードが、SNSで小さな火をつけ始めていた。
俺は呆然と数字を見ていた。
怖いぐらいだ。
でも、同時に胸が熱くなる。
俺たちの居場所が、認められている。
「無能」と言われた俺と、「怪物」と恐れられる彼らが、こうして画面の向こうの誰かを笑顔にしている。
「……ふふっ」
思わず笑みが溢れた。
グレイが「何がおかしい」と言いたげに俺を見た。
──『グレイ:変な顔』
──────【LIVE】同接:232──────
: 主、いじられてるぞwww
: 仲良しかよ
: ここが楽園か
: もっと見せてくれ
: 明日もやってくれる?
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「ああ、やりますよ。明日も、明後日も」
俺は力強く答えた。
その時だった。
配信画面の上部に、無機質なシステム通知が割り込んだ。
コメント欄とは違う、赤色の警告枠。
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【システム通知:探索者協会・監査部よりメッセージが届いています】
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俺の心臓が、ドクリと跳ねた。
協会。
探索者を管理する、絶対的な権力。
メッセージを開く。
そこには、簡潔な事務連絡だけが記されていた。
『貴殿の配信場所および活動内容について、重大な規定違反の疑いがあります。至急、詳細を確認されたし』
……見つかった。
最下層という未踏破エリアでの無許可活動。
魔獣との接触。
そして、何より。
“存在しないはずの配信”を行っていること。
同接の数字が、急に冷たく見えた。
俺たちの楽園に、現実の足音が近づいてくる。




