第5話 【配信準備】最下層から繋ぐために、魔石中継器を作った
最下層の生活は、意外と快適だった。
水は湧き水があるし、食料はダンジョンの実や、グレイが狩ってくる獲物がある。
何より、ここには最高のコーヒーと、温かい相棒たちがいる。
ただ一つ、欠けているもの。
それが「外との繋がり」だ。
俺は焚き火の前で、拾ってきた高純度の結晶──魔石を削り出していた。
ジャリ、ジャリ。
ナイフで魔石の表面を整える。
単純な作業だが、神経を使う。
俺のユニークスキル【万獣統括】は、本来は魔獣の思考波長を読む力だ。
だったら逆に、波長を“合わせて”やればいい。
魔石をレンズ代わりにして、魔素の流れを拾って、増幅して。
通信の形にして、無理やり外へ投げる。
名付けて『魔石中継器』。
理論が正しいかは知らない。
でも、俺の感覚は、たぶん当たる。
「……ふぅ」
息を吐くと、膝の上で「きゅう」と寝言が聞こえた。
コハクだ。
俺があぐらをかいて作業していると、いつの間にか膝の間に収まって眠ってしまったのだ。
丸まった背中の重み。
じんわりと伝わってくる体温が、俺の足をカイロのように温めている。
時折、ピクピクと髭が震え、寝息に合わせて背中の毛が上下するのが可愛い。
指先で撫でると、冬毛の奥にふわっと沈んだ。
あったかい。
癒される。
この重みがあるから、細かい作業もイライラせずに続けられる。
一方、グレイはといえば。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
少し離れた場所で、今日も日課の「豆挽き」に没頭していた。
あの巨大な体で、ちまちまとミルを回す姿は、何度見てもシュールで愛おしい。
挽き終わった粉の香りを、スゥーッと深呼吸して嗅いでいる。
──『グレイ:……よし』
視界の端に、ノイズ混じりの字幕(BeastCaption)が浮かぶ。
まだ調整中だから文字化けしそうだが、感情は伝わってくる。
職人の顔だ、あれは。
「よし、こっちも出来たぞ」
俺は青白く発光する魔石を、端末の背面に強引に固定した。
魔力を流し込む。
魔石がヴゥン、と低く唸り、空気が微かに震えた。
画面のアンテナ表示を見る。
『圏外』の文字が点滅し──。
ピコン。
アンテナが一本、立った。
「……繋がった」
俺は震える指で、配信アプリ『DungeonLive』を起動した。
アカウントは新規作成。
タイトルは迷った末に、こうした。
『テスト:最下層でコーヒー淹れてます』
配信開始ボタンを押す。
──────【LIVE】同接:0──────
──────────────────────
画面には、薄暗いダンジョンの岩肌と、焚き火の明かりが映し出されている。
視聴者、ゼロ。
当たり前だ。
どこの馬の骨とも知れない、宣伝もない配信なんてこんなものだ。
それでも、俺はカメラを固定し、グレイの方へ向けた。
「あー、テステス。聞こえますか?」
数分が経過。
同接が『0』から『1』になり、また『0』に戻る。
そんなことを繰り返していると、不意に数字が『5』で止まった。
コメントが流れる。
──────【LIVE】同接:5──────
: なんだここ
: 画質いいな
: 背景CG?
: 暗くてよく見えん
: タイトル釣り乙
──────────────────────
辛辣だ。
でも、人の言葉だ。
俺は嬉しくて、少しだけ声を弾ませた。
「釣りじゃないですよ。今、ちょっと相棒がコーヒーを淹れてるんで、よかったら見ていってください」
それでも「最下層」とか言われても信じないよな。
俺は一度だけ、カメラを持ち上げて周囲を映した。
壁一面の発光結晶。
湧き水の小さな流れ。
地上とは違う、湿った空気の色。
すぐに戻す。
見せたいのは、こっちだ。
俺がカメラのズームを調整する。
焚き火の光に照らされた、銀色の巨体が画面に映り込んだ。
グレイが、慎重にドリップしている横顔。
その瞬間、コメントが止まった。
──────【LIVE】同接:5──────
: は?
: でか
: 犬?
: いや、狼か? サイズおかしくね?
: これ特撮?
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ざわつき始めるコメント欄。
その時、グレイがふと顔を上げ、カメラを見た。
金色の瞳が、レンズ越しに視聴者を射抜く。
そして、俺の調整した中継器が作動し、画面下部にノイズ混じりの字幕(BeastCaption)が出た。
──『グレイ:……騒がしい』
──────【LIVE】同接:12──────
: !?
: 今なんか文字出たぞ
: 字幕?
: 演出凝ってるなー
: ていうかこの狼、イケメンすぎん?
──────────────────────
同接が『12』になった。
ほんの僅かな数字。
だけど、確実に「何か」が届いている。
俺はコハクの背中を撫でながら、安堵で肩の力を抜いた。
これで、社会と繋がった。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
この十数人の中に、拡散の引き金を引く奴がいることに。
不意に、目立つ色のコメントが流れた。
──────【LIVE】同接:12──────
: AbyssClip:……この映像、質感がおかしい。合成じゃないですね。クリップ(切り抜き)していいですか?
──────────────────────
そのコメントが流れた直後。
同接が『12』から『18』へ。
さらに『27』へ。
小さく、でも確かに、跳ね始めた。
俺の喉が、からん、と鳴った。
「……やばいな、これ」




