表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/100

第58話 【発見】湯船の底に沈んでいた結晶が、カフェの照明になった

【現在:開業64日目】



特区とっくの奥に新設した温泉は、毎日休むことなく稼働している。

お湯の温度管理はポッカが、そして清掃と水質保全はスミが完璧にこなしてくれていた。



今日の配信中、そのスミが魔獣用の浅い湯船の底で、何かを一生懸命に吸い取ろうとしていた。



──『スミ:とれない!』

──『スミ:ここ、かたい!』



スミがぽよんぽよんと跳ねながら、不思議そうに字幕を出している。



「どうしたスミ、取れない汚れでもあったか?」



俺はカメラを持ったまま、温泉エリアへと足を運んだ。

お湯越しに底を覗き込んでみると、岩肌にへばりつくようにして、白っぽい小さな石のようなものが沈殿していた。



そっと手を差し入れ、掬い上げてみる。



「……なんだこれ。石じゃないな」



手のひらに乗っていたのは、透明感のある乳白色の結晶だった。

温泉成分が固まってできる、いわゆる「湯の花」だ。



だが、地上の温泉で見かけるものとは明らかに違う。

ダンジョンの奥深くで湧き出したこのお湯には、濃密なミネラルと共に微量な魔素が溶け込んでいる。

そのせいか、手のひらの上の結晶は、それ自体が自ら淡い光を放っていた。



俺は結晶を一つ持ってカウンターに戻り、ポッカの石の炉に近づけてみた。

温かい炎の光に透かしてみると、乳白色の結晶の内部で、プリズムのように虹色の光が走る。



「綺麗だな……。まるで宝石だ」



──────【LIVE】同接:24,800──────

※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)

: うわ、めっちゃ綺麗!

: 湯の花が魔素で結晶化したのかな

: これ絶対に高く売れるやつだろ!

: 主さん、また一財産築いちゃったね

: 通販で売ってくれー!

──────────────────────



コメント欄は「売れば儲かる」という話題で持ちきりになっていたが、俺は笑って首を振った。



「売りませんよ。せっかくこんなに綺麗な光を出してるんだから……うちの照明にします」



俺はスミにお願いして、湯船の底に沈んでいた結晶をいくつか回収してもらった。

それをカウンターの隅や、奥の岩壁の棚の上に等間隔に並べていく。



今まで、このカフェの光源は天井の発光結晶と、ポッカの炎の明かりだけだった。

そこに、湯の花結晶の温かく柔らかい光が加わることで、店内の間接照明が一気に充実し、カフェの雰囲気が格段に良くなった。



ふと見ると。

カウンターの奥で、グレイが大きな鼻先を使って、結晶とコーヒーカップの位置関係をミリ単位で微調整していた。



「……グレイ、お前インテリアにもこだわるのか」



──『グレイ:……うるさい』



俺がツッコミを入れると、グレイはそっぽを向いてしまった。だが、その配置は完璧な黄金比を描いており、カップをより美しく見せているのは確かだった。相変わらず、変なところで几帳面な店長だ。



「きゅんっ!」



すると、カウンターの上に飛び乗ってきたコハクが、新しく置かれた光る石に興味津々で鼻を近づけた。

ひんやりとした結晶に濡れた鼻先がくっつき――。



「きゅちゅんっ!」



可愛らしいくしゃみと共に、結晶がコロコロとカウンターの上を転がった。

それをコハクが前足で「まてー!」と追いかけ、さらにその落ちた結晶をスミが「きれいにする!」と追いかけていく。



店内は、小さなスタッフたちのドタバタで温かい笑いに包まれた。





配信の空気が和む中、俺はふと思い立ち、一番大きな結晶を一つだけ手に取って、入り口のアーチの外へと出た。



そこには、いつものように山のような巨体を丸め、スースーと平和な寝息を立てている古竜こりゅうさんがいる。

俺は、その巨大な顔のすぐそばの岩棚に、そっと結晶を置いた。



乳白色の淡い光が、古竜こりゅうさんの硬く古い鱗を優しく照らし出す。



気配に気づいたのか、古竜こりゅうさんがゆっくりと薄目を開けた。

巨大な瞳が、目の前で揺れる小さな光をじっと見つめる。



深淵の奥底で、長い長い間、暗闇の中で孤独に生きてきた古代の王。

彼にとって、温かさを伴う光は、どれほど価値のあるものだろうか。



──『古竜:……きれい』



脳内リンクに落ちてきた短い字幕。

古竜こりゅうさんは、その小さな光を愛おしむように目を細め、やがて安心したように再び深い眠りへと落ちていった。





店内に戻ると、俺の端末がブルッと震えた。

配信を見ていた療養枠の楠木くすのきさんからの、ダイレクトメッセージだ。



『店長さん! あの結晶、アロマの香りを留めておく保香剤ほこうざいとして使えるかもしれません! 次回来店時に、少しだけサンプルをいただけませんか!?』



相変わらず研究熱心だな、と俺は苦笑した。



「よし、後で倉橋くらはしさんに手続きの申請を……」



そう呟きながら文字を打とうとした瞬間、別の通知が割り込んできた。

倉橋くらはしさんからだ。



楠木くすのきの申請はすでに通しておいた。サンプルを提供してやれ。以上』



「……仕事が早すぎるだろ」



あの堅物の監査官は、うちの配信を一体どれだけ真剣に見ているのだろうか。



「まあ、いいか」



俺は端末をしまい、綺麗に光る結晶と、グレイが丁寧に並べたコーヒーカップを眺めた。



「温泉を掘ったら、こんな綺麗な石まで見つかって。……この店、来るたびに何か新しいものが増えるな」



俺がそう言って笑うと、コメント欄も温かい賛同の声で溢れた。

今日も平和な一日が、こうして終わっていく。





夜の締め作業の最後。

俺は、淡く発光する結晶を一つだけ、温泉エリアの入り口に置いた。



暗い店内で、湯気の中で柔らかく揺れるその光は。

まるで、迷える誰かを温かいお湯へと導く、小さな灯台のように見えた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ