第58話 【発見】湯船の底に沈んでいた結晶が、カフェの照明になった
【現在:開業64日目】
特区の奥に新設した温泉は、毎日休むことなく稼働している。
お湯の温度管理はポッカが、そして清掃と水質保全はスミが完璧にこなしてくれていた。
今日の配信中、そのスミが魔獣用の浅い湯船の底で、何かを一生懸命に吸い取ろうとしていた。
──『スミ:とれない!』
──『スミ:ここ、かたい!』
スミがぽよんぽよんと跳ねながら、不思議そうに字幕を出している。
「どうしたスミ、取れない汚れでもあったか?」
俺はカメラを持ったまま、温泉エリアへと足を運んだ。
お湯越しに底を覗き込んでみると、岩肌にへばりつくようにして、白っぽい小さな石のようなものが沈殿していた。
そっと手を差し入れ、掬い上げてみる。
「……なんだこれ。石じゃないな」
手のひらに乗っていたのは、透明感のある乳白色の結晶だった。
温泉成分が固まってできる、いわゆる「湯の花」だ。
だが、地上の温泉で見かけるものとは明らかに違う。
ダンジョンの奥深くで湧き出したこのお湯には、濃密なミネラルと共に微量な魔素が溶け込んでいる。
そのせいか、手のひらの上の結晶は、それ自体が自ら淡い光を放っていた。
俺は結晶を一つ持ってカウンターに戻り、ポッカの石の炉に近づけてみた。
温かい炎の光に透かしてみると、乳白色の結晶の内部で、プリズムのように虹色の光が走る。
「綺麗だな……。まるで宝石だ」
──────【LIVE】同接:24,800──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うわ、めっちゃ綺麗!
: 湯の花が魔素で結晶化したのかな
: これ絶対に高く売れるやつだろ!
: 主さん、また一財産築いちゃったね
: 通販で売ってくれー!
──────────────────────
コメント欄は「売れば儲かる」という話題で持ちきりになっていたが、俺は笑って首を振った。
「売りませんよ。せっかくこんなに綺麗な光を出してるんだから……うちの照明にします」
俺はスミにお願いして、湯船の底に沈んでいた結晶をいくつか回収してもらった。
それをカウンターの隅や、奥の岩壁の棚の上に等間隔に並べていく。
今まで、このカフェの光源は天井の発光結晶と、ポッカの炎の明かりだけだった。
そこに、湯の花結晶の温かく柔らかい光が加わることで、店内の間接照明が一気に充実し、カフェの雰囲気が格段に良くなった。
ふと見ると。
カウンターの奥で、グレイが大きな鼻先を使って、結晶とコーヒーカップの位置関係をミリ単位で微調整していた。
「……グレイ、お前インテリアにもこだわるのか」
──『グレイ:……うるさい』
俺がツッコミを入れると、グレイはそっぽを向いてしまった。だが、その配置は完璧な黄金比を描いており、カップをより美しく見せているのは確かだった。相変わらず、変なところで几帳面な店長だ。
「きゅんっ!」
すると、カウンターの上に飛び乗ってきたコハクが、新しく置かれた光る石に興味津々で鼻を近づけた。
ひんやりとした結晶に濡れた鼻先がくっつき――。
「きゅちゅんっ!」
可愛らしいくしゃみと共に、結晶がコロコロとカウンターの上を転がった。
それをコハクが前足で「まてー!」と追いかけ、さらにその落ちた結晶をスミが「きれいにする!」と追いかけていく。
店内は、小さなスタッフたちのドタバタで温かい笑いに包まれた。
◇
配信の空気が和む中、俺はふと思い立ち、一番大きな結晶を一つだけ手に取って、入り口のアーチの外へと出た。
そこには、いつものように山のような巨体を丸め、スースーと平和な寝息を立てている古竜さんがいる。
俺は、その巨大な顔のすぐそばの岩棚に、そっと結晶を置いた。
乳白色の淡い光が、古竜さんの硬く古い鱗を優しく照らし出す。
気配に気づいたのか、古竜さんがゆっくりと薄目を開けた。
巨大な瞳が、目の前で揺れる小さな光をじっと見つめる。
深淵の奥底で、長い長い間、暗闇の中で孤独に生きてきた古代の王。
彼にとって、温かさを伴う光は、どれほど価値のあるものだろうか。
──『古竜:……きれい』
脳内リンクに落ちてきた短い字幕。
古竜さんは、その小さな光を愛おしむように目を細め、やがて安心したように再び深い眠りへと落ちていった。
◇
店内に戻ると、俺の端末がブルッと震えた。
配信を見ていた療養枠の楠木さんからの、ダイレクトメッセージだ。
『店長さん! あの結晶、アロマの香りを留めておく保香剤として使えるかもしれません! 次回来店時に、少しだけサンプルをいただけませんか!?』
相変わらず研究熱心だな、と俺は苦笑した。
「よし、後で倉橋さんに手続きの申請を……」
そう呟きながら文字を打とうとした瞬間、別の通知が割り込んできた。
倉橋さんからだ。
『楠木の申請はすでに通しておいた。サンプルを提供してやれ。以上』
「……仕事が早すぎるだろ」
あの堅物の監査官は、うちの配信を一体どれだけ真剣に見ているのだろうか。
「まあ、いいか」
俺は端末をしまい、綺麗に光る結晶と、グレイが丁寧に並べたコーヒーカップを眺めた。
「温泉を掘ったら、こんな綺麗な石まで見つかって。……この店、来るたびに何か新しいものが増えるな」
俺がそう言って笑うと、コメント欄も温かい賛同の声で溢れた。
今日も平和な一日が、こうして終わっていく。
◇
夜の締め作業の最後。
俺は、淡く発光する結晶を一つだけ、温泉エリアの入り口に置いた。
暗い店内で、湯気の中で柔らかく揺れるその光は。
まるで、迷える誰かを温かいお湯へと導く、小さな灯台のように見えた。




