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第55話 【温泉】絶景のなかで一番風呂。店長がザブンと入って波が起きた

【現在:開業61日目・夜】



魔獣たちと総出で作り上げた、最下層初の露天風呂。

源泉のせきを外すと、心地よい音を立てて透明なお湯が岩の浴槽を満たしていった。



今日は配信を休みにしている。

この贅沢な空間を一番最初に味わうのは、これまで一緒に頑張ってきた俺たちスタッフの特権だ。



「……よし。お湯も溜まったし、温度も完璧だ」



俺はおそるおそる、完成したばかりの「普通サイズ」の浴槽に体を沈めた。



「ふぅぅ……っ」



思わず、深い吐息が漏れた。

とろりとしたお湯が、ダンジョンの冷気で冷えた肌にじんわりと染み込んでいく。ピリピリとした刺激はなく、まるで温かい真綿に包まれているような感覚だ。



ふと見上げると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。



立ち上る白い湯気が、天井に埋め込まれた青や紫の発光結晶を柔らかくぼかしている。

湿り気を帯びた空気が光を乱反射させ、岩の天井はまるで、何万もの星が瞬く夜空のように見えた。



「すごいな……。地上でも、こんなに綺麗な星空はなかなか見られないぞ」



俺が呆然と呟いていると、隣でバシャバシャとお湯を跳ねさせる音がした。



「きゅうっ!」



コハクが、浅瀬のような場所で楽しそうに前足を動かしている。お日様の匂いがする金色の毛が、お湯に濡れて少しだけしぼんでいるのがまた可愛い。



──『コハク:あたたかい!』

──『コハク:ぷかぷか、する!』



スミは浴槽の端っこで、クラゲのようにぷかぷかと浮きながら『いいゆ!』と字幕を出している。

チルのさえずりが反響し、ポッカは火が消えないように浴槽から少し離れた場所で、パチパチと温かそうに見守ってくれていた。



「……最高だ。本当に、頑張って作ってよかった」



俺が岩の縁に頭を預け、完全にリラックスしきっていた、その時だった。



ズゥゥゥン……と。

巨大な質量が近づいてくる、重厚な足音が響いた。



カウンターの奥で休んでいたグレイが、ゆっくりと「特大サイズ」の浴槽の前に立ったのだ。

銀色の毛並みが湯気に濡れて、月光のような鈍い輝きを放っている。



──『グレイ:……入るぞ』



「あ、はい。どうぞ、店長」



グレイは一言そう断りを入れると。

その巨大な体を――一切の躊躇なく、ザブン!! と浴槽へ沈めた。



「うわああああっ!?」



SSランクの巨体が飛び込んだことで、特大浴槽からあふれ出したお湯が、津波のような勢いで隣の「普通サイズ」の俺を襲った。

頭からお湯を被り、俺は盛大にむせ返る。



「て、店長……豪快すぎますって……」



──『グレイ:……ふむ。悪くない』



グレイは俺の抗議など聞こえていないかのように、黄金の瞳を細めて、ゆったりとお湯を堪能し始めた。

お湯に浸かった銀色の冬毛が、水中でゆらゆらと揺れている。その姿は、荒ぶる山の神が休息をとっているかのような圧倒的な神々しさがあった。





そんな俺たちの騒ぎを、入り口のアーチの向こうから、じっと見つめている大きな影があった。

古竜こりゅうさんだ。



温泉の匂いと温かな気配に誘われたのか、彼は鼻先だけを店内に突っ込み、羨ましそうに喉を鳴らしている。

だが、さすがに彼の巨体では、グレイ用に作った特大浴槽ですら小さすぎて入れない。



「……そんな悲しそうな顔しないでくださいよ。ちゃんと考えてありますから」



俺はお風呂から上がり、あらかじめ用意しておいた「特注の道具」を手にした。

ダンジョン内に生えている、竹のように中が空洞になった頑丈な植物を繋ぎ合わせ、源泉から直接お湯を引く即席の『掛け湯システム』だ。



俺はそれを古竜こりゅうさんのもとへ運び、お湯を勢いよく放出させた。



ドバババババ……。



「よし。温度はどうですか?」



古竜こりゅうさんの巨大な背中、山のような鱗の上にお湯が降り注ぐ。

熱い体温を持つ彼にとって、ポッカが温めた源泉は最高に心地よい刺激だったらしい。



古竜こりゅうさんは、とろけるように目を細め、大きな鼻から『ふしゅー』と満足げな吐息を漏らした。



──『古竜:……あったかい』

──『古竜:すき』



画面端に出たその短い字幕に、俺は思わず笑みがこぼれた。



ダンジョン最下層に完成した、小さな、けれど最高に温かい温泉郷。

コーヒーの香りに加えて、これからは湯気のぬくもりも、この場所の大切な名物になりそうだ。






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